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猫31匹目 ダイエット

「たまみさん、太りましたね?」


 僕の指摘にたまみさんはギクッと肩をすくめた。

「ミャミャミャ~」『な、なんのことか、わからないわね~~』

 たまみさんはぷいっと顔を背けて口笛を吹く真似をして誤魔化そうとしているが、たまみさんは猫なので口笛は吹けない。

 昔やっていた今も語り継がれているト○とジェ○ーという伝説のアニメの猫のトムはよく口笛を吹いたり指笛を鳴らしたりしていたが、あれはアニメだからできることで実際の猫の口の構造ではどう頑張っても口笛は吹けないだろう。


「まぁ、誤魔化しても原因は分かっているんですけどね。僕の見ていないところで結構間食してますね?」

「ミ、ミヤウゥゥ」『し、知らないわね。そんなことするわけないじゃない。』

 必死にしらばっくれようとしているが、たまさんの身体は一回り大きくなっていてどう見てもまるっとした体型に変わっている。

 リアルの時でもそれだけ見てわかるくらいに太っていたら動きが鈍くなっていたものだが、NEO内ではその動きの違いがより顕著に表れる。

 元より基本体重が軽すぎるがゆえに強烈な体格補正でAGIが大幅に上昇しているんだから、体重が少しでも増えれば補正値が大きく変動する。

 体重が増えたことによる質量増加にAGI減少が加わればそれははっきりとした動きの違いとなって現れ、僕がヘイストをかけてもいままでの平時の動きより少し遅い程度にしか上がらないとなれば攻撃を受ける危険性がある。

 特に今は定期的にグリリフォンとのレイド戦を行っているので、その強烈な一撃を貰うことになれば事故が起こりかねない。

 先程も回避が少し遅れたためにヒヤッとする場面があったところ。




 太った原因は明らかに猫缶にあるのだが、僕が食べさせすぎたわけではない。


 一つはCKファンガスからのレアドロップの猫缶。

 僕はもうボスのTKファンガスはでないと確信しているのでもう付き合っていないが、僕がログアウトしてる時間帯に今もたまに探しに行っているらしい。

 その時、TKを探してる途中で出てきた雑魚のCKファンガスも倒しながらなので、いくつかの『幻のあらほぐし金目鯛の誘惑』がドロップする。

 普通であれば猫缶をたまみさんは開けられないはずだったが、その猫缶を一度クイックスロットに登録して使用すると開いた状態で取り出すことができるということを覚えてしまったらしい。

 もちろん、僕が一緒にいて猫缶の許可を出した時には自分で開けるなんて面倒なことはせずに全部僕に開封させるのだが、それ以外の時につまみ食いすることができるようになったということだ。


 もう一つはたまみさんの追っかけが献上してくる猫缶。

 僕が一緒にいるときは必要以上の餌を食べさせないようにお願いし追っかけの人たちも礼儀正しく引き下がってくれるのだが、彼らからするとたまみさんに猫缶を献上するのは名誉なことだと捉えていて隙を見ては献上しようとトライしてくる。

 そして、基本的にたまみさんは食い意地が張っているので差し出された食べ物は拒否しない。

 他人が飼っているペットに勝手にエサを与えることは明確なマナー違反ではあるが、以前はともかく今のNEO内のたまみさんが僕のペットかというとNPC扱いなので違うだろう。

 仮にも僕というたまみさんの食事を管理している人間があまり食べさせすぎないようにと注意しているのを尊重すべきだという人たちと、たまみさんが受け入れてくれるなら問題はないのだから望むだけ猫缶を献上してもいいだろうと主張する人たちが日夜水面下で争っているらしい。

 どちらが今のところ優勢かはたまみさんの体格を見れば答えが出ている気がするが、仮に僕がそこにいたとしても本当はたまみさんに猫缶を差し出すのを禁止する権限などはありはしない。



 結局のところ、どちらも最後はたまみさん自身の判断に委ねられている。


 そして、本当はたまみさんも食べ過ぎて太ると困るということは十分わかっているはずなのだが、そこで食欲に負けてしまうのもまたいつものたまみさんである。




 さて、ここでゲーム内なんだからいくら食べても太らないんじゃね?という疑問が出てくるだろう。


 よりリアルを求めて食事量で体重が変化するようにしようとチャレンジしたVRゲームもかつて存在したらしいが、体重の細かい変化は操作感の細かい変化へと繋がってプレイヤーからは違和感があると批判を受け、ハード的にもその処理が量子コンピューターを用いても重くなるほどであったため、あっという間に廃れてサービス終了となってしまったらしい。

 NEOにおいては、体重はそのまま体格に直結し体格補正の数値が変化することに繋がってしまうので、細かく変動することはない。

 新規登録時にキャリブレーションで測定されたリアルの体格を基本として設定で変えられる変更幅はごくわずかだけ。

 その初期値に職業による補正を加えたものがそのキャラクターの体格&体重となり、普通の食事や運動などでは変動しない。

 ではなぜたまみさんが太ったのかといえば、普通ではない暴食や絶食をすると肥満や栄養失調という状態異常になるようにNEOが作られているからだ。



 NEOでは空腹度というものが設定されている。


 近年のVRMMOの中で生産や生活にある程度の比重を傾けているものではよく導入されているシステムだが、ただログインしているだけで腹が減れば食事をしなければならず、そのためには自分で作るか店で食料を調達しなければならず、その素材や資金を調達するために何らかの活動をしなければいけない。

 ”なにもせずとも腹は減る”ことがプレイヤーの活動を促すという考え方だ。

 NEOではそこからさらに一歩踏み込み、プレイヤーだけでなくNPCも腹が減るという少しこだわったシステムになっている。

 衛兵も昼休憩で弁当を食べるし、酒場や食堂ではNPCも客として注文するし、NPCの狩人が森で狩りをしNPCの農夫が畑を耕し生産物を市場に流通させる。

 そのNPCの生産活動の流れの中にプレイヤーの作り出した生産物が乗っかり、プレイヤーたちが作り出した料理のレシピや屋台や店が関わり、そしてNPCたちとともにプレイヤーたちが物資を消費していくのだ。


 さて、この空腹度だが、0%になって飢餓状態になると徐々にHPが減少する。

 動かずにじっとしていると減少が遅くなるとか、水やポーションで誤魔化すなどという一時的な方法はあるが、飢餓になったら速やかに何らかの食事を取るべきだろう。

 NPCもまた飢餓状態になると徐々にHPが減少するが、プレイヤーよりもそのHP減少は遅いとされている。

 プレイヤーの方がスキルやら魔法やらでカロリー消費が多いからだろうと言われている。


 飢餓状態とは逆に空腹度がMAXの100%を超えても食べ続けると、そのうち飽食状態となる。

 所謂食べ過ぎという状態で、HPには影響しないがお腹がはち切れそうな飽満感と軽い吐き気を感じるようになり、少し体の動きが遅くなる。

 やや不快感を伴う状態であるために普通の人はここまで行く前に満腹感を得たところで食べるのをやめるのだが、一部の何らかのチャレンジをしている人やお残しは許しまへんえぇという人、そして食い意地が張りすぎていてどんな状態でも食べ物があるなら食べるという人やたまみさんがこの状態に陥る。


 これら飢餓状態や飽食状態は一時的な状態異常であるのだが、これを頻繁に繰り返しているとさらに一歩進んだ状態異常である肥満や栄養失調となる。

 肥満は体重の増加とともにAGIにマイナス補正がかかり、動きが遅くなる。

 栄養失調は肥満より影響が大きくVITとSTRにマイナス補正が掛かると同時にMaxHPが減少する。

 そして、その両方の状態異状で他人から見てはっきりとわかるように体型が変化する。

 この状態異常も一時的ではあるけれど、それを解消するためには少し長期的な努力が必要となるのだ。




「というわけで、ダイエットしましょう!!」


 僕の宣言に対して、たまみさんは何言ってんだこいつというような残念な子を見るような視線を返す。


「ぅみゃみゃぁあうぅぅ~」『そりゃ痩せなきゃいけないのはわかってるけど、やりたくないわねぇぇ~』

「だめです。ゲームの外でも太ったらいろいろと困るってのは理解してくれてたでしょうけど、ゲームの中ではさらにその肥満による速度の低下は命に関わってくるんですから。可及的速やかにダイエットしましょう!」

「にゃぅぅ」『仕方ないわねぇ』

 渋々ながらも、たまみさんは同意してくれた。

 たまみさんも以前に太った時に姉に散々バカにされた時の屈辱を覚えているのだ…。


「さて、まず大前提ですが、しばらく猫缶は禁止です。」

「にゃー!?」『えぇぇぇぇええ!?』

 たまみさんはこの世の終わりのようなショックを受けた顔をしているが、そんな顔をしてもダメである。

「猫缶はたまみさんのような標準的な体格の猫の一日分の食事量をあれ一つで十分に満たす大きさになっています。つまり、あれひとつ食べてしまうと、我々が目指す空腹度に抑えるということができなくなってしまいます。それではどうやってもダイエットが進みません。」

「にゃぅ…」『そうなら仕方ないのかしらねぇ…』

 本当は猫缶を開けても全部食べずに小分けにするという選択肢もあるのだが、一度開けた缶の残りが残しておけるのか?という問題があり、さらにたまみさんが目の前に明らかに残っている分があるのに我慢できるかという問題が付いてくる。

 過去に何度かたまみさんに”待て”を教えようと無謀なチャレンジをしたことがあるが、いずれも速攻の猫パンチで黙らされていた。

 たまみさんは目の前に食べ物があると我慢ができない猫なのである。


「肥満の解除、つまりダイエットの方法ですが、一日の半分以上の時間を空腹度50%以下に保つこと。

 そのうえで空腹度50%以下であった時間がトータルで40時間以上でそのうえで適度な運動を行っていれば解消されるらしいです。

 まぁ、ログアウトの必要も時間制限もないたまみさんなら頑張れば二日、少し余裕を持っても三日で肥満状態が解消できるでしょう。」

「にゃ~~ぅ」『随分かかるのねぇ』

「リアルの方で太った時に行ったダイエットに比べれば、あっという間のことですよ。」

 リアルでのダイエットの時は餌を適量の3分の1にまで減らし運動量を3倍にした上で一ヶ月かかったという過酷なものであったが、その間に何度も姉の襲撃を受け散々馬鹿にされたという事件が起こっていた。

 当然痩せたあとに姉には倍返しでバリッバリ爪をお見舞いしていたが、その時の苦い経験があったからそれ以降は僕もたまみさんも太らないように注意を怠らなかった。

 しかし、NEO内には姉はやってこないという油断が、今のたまみさんの肥満につながったのだろう。



「にゃにゃ?」『でも、絶食したらもっと早く元に戻るんじゃない?』


 ゴゴーレムの背中に爪を立てながら、たまみさんはふと思った。

 現在のたまみさんの空腹度は20%ほど。

 少し空腹を感じるくらいだろうが、我慢できないほどではないはずだ。


「残念ながら、ずっと飢餓状態にしておいても2時間ほどしか短縮できないらしいですね。それよりも飢餓状態でのHP減少の方が問題になるので0%にはしておけません。」

 僕はゴゴーレムにウィンドカッターを撃ち込みながらたまみさんの提案を否定する。

 属性の相性的には風はダメージが出やすいのだが、牽制としてのヒットバックはやはり火魔法の方が強いと感じる。

 弾速が早く弱点である額に当てやすいのだが、一発の威力は全体的に低めだ。




 われわれは今、適度な運動に最適な相手としてゴゴーレムと重点的に戦っている。


 硬さと一撃の強烈さはあるが動きが遅く、今の肥満で少し速度が落ちているたまみさんでも危なげなく戦うことができる。

 同等のラージロックゴーレムと比べると少し経験値は低めだがボスモンスターであるし、イベントモンスターでもあるので通常ではありえない数のゴゴーレムが同時に出現している。

 少し独占気味でたまにゴゴーレムを狩ろうとやってきたパーティーがたまみさんを見て諦めて帰っていくのを見かけるが、たまみさんのすみやかなダイエットのために許して欲しい。


 マンネリ防止のためにたまにグリリフォンを狩りに行くが、ヘイスト込みでも少し速度の落ちているたまみさんではやや不安があるので少し回数を減らしている。

 まぁ、相変わらずレイド自体はたまみさんの追っかけで安定して埋まるのだが、その中でもダメージ量2位の人がご褒美を貰う習慣は続いており、隙を見て猫缶を献上しようとしているので油断はできない。

 それにグリリフォンのレアドロップはゴゴーレムのレアドロップの魔石(大)と違ってここでしか手に入らない希少性があるので人気が高く、きちんとレイドパーティーを組んで討伐しに来る人たちもいるのであまり独占気味になっては申し訳がない。



「にゃーーん?」『だいぶ動きにキレが戻ってきた気がしない?』

「それはたまみさんが今の肥満状態の体に慣れてきて動きが良くなっただけです。

 肥満状態に中間はないので解消されるまでは同じ体重ですから、キレがあると思うのは気のせいです。

 仮に状態が改善しつつあるとしても猫缶はひとつで量がありすぎるので出せませんからね?」

「にゃにゃーーん?」『で、でもたまには息抜きしないとダイエットはうまくいかないって前に言ってたじゃない?』

「それは一ヶ月以上もかかるようなリアルのダイエットでの話です。

 2、3日で終わるダイエットではそんなものは不要です。

 明日も平日で僕は学校から帰ってきてからのログインになりますから、空腹度が70%くらいになる程度の量を出しますね。」

 取り出した餌入れに勘で今の空腹度に加えると70%になるであろう量の餌を入れる。

 残念ながら精密に測れるような計りを持っていないのであくまで勘だが、今日一日こまめに出しては空腹度を確認していただけに大分コツがつかめるようになった。

 今日は空腹度が50%を超えないように少しずつこまめに出していたから、その量と比べれば大分まとまった量があるはずだが、いつもログアウト前に出す量と比べるとやはり少ないと感じてしまうのだろう。

「にゃぁ~~ん」『ちょっと少ない気がするわ。もっとくれてもいいんじゃない?』

 文句を言いつつも誰かに取られないようにとさっさと食べ始めるたまみさん。

 野良猫だったのはだいぶ昔の話のはずなのに、食事するときは常に誰かに取られないかと警戒を怠ることをやめない。

 僕の家に来てからは餌を横取りしようとするのはただのいたずらで餌を横取りしようとする姉くらいのものなのに…。



「さて、ということで僕はもうログアウトしますが…」

 これ以上餌をねだられないうちにとそそくさと餌入れを仕舞いながら、まだ食べ足りない様子のたまみさんを一瞥。

「わかっていると思いますが、僕がログアウトしている間の間食は禁止ですからね?

 特にグリリフォンのレイド戦で差し出される猫缶は受け取ってはいけませんし、CKファンガスは猫缶がドロップすると食べたくなるでしょうからダイエットが終わるまで交戦も禁止です。

 いいですね?」

「ぅにゃーん…」『わかっているわよ…』




 僕はそのたまみさんの力ない返事を聞きながら、これは三日の予定のダイエットが四日位には伸びそうだなという予感とともにログアウトするのだった…。


やっと20万文字到達です

投稿の間隔が少し広くなっているのでやっとという感じですね…。


遊んで欲しい攻撃やそれの玩具がちょっと欲しい攻撃よりも、

やはり一番激しい猫の攻撃はもっと餌が欲しい攻撃でしょうね。

そして、その攻撃への防御が甘いとあっという間に肥満猫の完成です。


猫の餌は容量用法を守って正しくお使いくださいw

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