猫26匹目 空振りと八つ当たり
「フーーー!」『喰らいなさい!』
放たれたふた筋の黒い爪がゴゴーレムの顔面に吸い込まれるように突き刺さる。
降り注ぐダメージパーティクルの中をたまみさんの小さな体がかいくぐり、闇の爪で仰け反って無防備になった胴体に猫パンチ4連撃を叩き込む。
僕が体勢を立て直そうとしたゴゴーレムの頭部にファイアボールを撃ち込んで再び怯ませると、たまみさんが深く爪を立てながらその背中を駆け上がっていく。
僕が追撃のファイアジャベリンを二本胴体に撃ち込んでいる間にたまみさんは頭部にまで到達し、ガッチリと後ろ足の爪で肩をホールドして頭部に4連猫パンチをお見舞いした。
クリティカルの大量のダメージパーティクルの花吹雪の中、ゴゴーレムは光となって散っていった。
「にゃーー」『物足りないわ。』
ゴゴーレムはその残念な名前からわかるようにイベントモンスターであるが、3mを越える体躯を誇るラージロックゴーレム相当のボスモンスターである。
強固な物理耐性と高いHPを誇り、イベントに出てくるボスモンスターの中でも強い方だ。
本来二人で戦うようなモンスターでもないのだが、たしかに僕も少し物足りないと感じてしまう。
「近場でコイツより強いイベントモンスターとなるとレイドボスしかいませんよ。イベントモンスター以外まで広げると徘徊型ボスで強いのがいますが、そいつは探しても滅多に出会えないらしいですし。」
「にゃにゃ~~」『この際、強ければなんでもいいわよ。』
たまみさんはフンスと不機嫌そうに鼻を鳴らす。
異例の緊急臨時メンテナンスではひとつのパッチが当てられた。
パッチの内容は、モンスター討伐イベントに関するもので主に二つ。
ひとつは不適切なモンスターが配置されていたために削除したこと。
もう一つは、一部のレアアイテムのドロップ率が不当に操作されていたために修正を行ったこと。
内容的に特に我々に関係するモンスターに対するものの予感がした。
僕は30分のメンテナンスの間に少し早めの夕食とその後片付け、そしてトイレをさっと済ませて、ログインロビーでメンテナンスが明けるのを待ち構えた。
バグで緊急メンテナンスに入った場合は2,3回メンテナンス時間が更新して結局終了時間未定で明けなかったりすることがあるが、メンテナンスに入ってすぐに公式にパッチの内容が出てきたしその内容も調整的なものだけなので予定通り30分で終わるだろうと思っていた。
もしかしたらロビーで待ちぼうけになる可能性もあったが、メンテナンス前にあれだけすぐにリベンジに行こうと気が急いていたのを押しとどめていたので、いまでも相当イライラしているであろうたまみさんを待たせるわけにはいかなかった。
はたして、メンテナンスは予定通り30分で終了し、ログイン可能のグリーンランプが灯ると同時にメンテナンス前にログアウトしたセーフゾーンに侵入した。
「にゃにゃ!」『トール、遅いわよ!』
たまみさんの出迎えの言葉は予想通りだった。
「いや、これでもメンテナンス明けた瞬間にログインしたんですって。」
まぁ、たまみさんがこちらの事情などにはほとんど関知しないのはいつものことだ。
「そいえば、メンテナンス中ってたまみさん的にはどんな感じなんです? 30分自由に動けたりしました?」
「うにゃ~~~」『メンテナンスってやつの間はいつも体も動かないし意識もないわよ。今回のやつも途中の記憶は全くないから、メンテに入る前の待ち時間と明けてからの時間で合わせて3分ぐらい待たされたわね。』
「へぇ、中はそんな感じなんですね。
他のNPCもメンテナンス中の意識はなくて一瞬で時間が過ぎた感じなのかな?
でも、3分位なら我慢して欲しいところですね。」
「にゃにゃにゃ」『何言ってるの、3分も待たされたのよ!』
今回の臨時メンテナンスは特別としても、NEOではサーバーの保守とアップデート実施のために毎週水曜日昼の2時から2時間定期メンテナンスが行われる。
他のVRMMOよりもNPCがリアルなNEOではメンテナンス中どうしているかというのがいままで密かな疑問としてあったが、どうやら最有力だった時間がショートカットされる説が正しかったようだ。
たまみさんはリベンジがお預けになっているがゆえに3分でもイライラするのだろうが、こちらとしてはリアルの用事も済ませてこられたので落ち着いて冒険の続きができるというものだ。
「さて、では気合を入れてリベンジに行きましょう!」
「フーーー!」『今度は負けないわよ!』
気合を入れて颯爽と森の奥を目指して歩き出すたまみさん。
「あぁ、メンテナンス前にセーフゾーンに入るために移動したのでそのままいったら道が違います。一度北の方に戻ってから森に入らないとダメなんですって…」
道を覚えていないのも相変わらずだった。
「ふぅ」『それっ!』
闇の爪がCKファンガスに突き刺さりオートカウンターの紫の煙が吹き出すが、その範囲にたまみさんはいない。
毒の煙にはある程度の攻撃範囲があるようだが攻撃者の方向への指向性が少しあるようで背後には煙が向かわないのが分かってきた。
CKファンガスの体力自体は相変わらずで闇の爪一発だけでは倒せないので、僕の魔法かたまみさんのシャドウステップによる背後からの攻撃による追撃が必要だった。
それでも闇の爪が当たったCKファンガスはその衝撃で怯むため、追撃自体は当て放題で簡単なものだ。
「『闇の爪』は少し使いづらいとか言ってましたけど、思ったよりヒットストップが強烈で使いやすいですね。
元の攻撃力も乗るからたまみさんが使うと結構な攻撃力だし、これはなかなかいい魔法をヒカリさんに教えてもらいましたね。」
また、先程たまみさんがうっかり足を滑らせて傘を殴ってしまって判明したが、CKファンガスのオートカウンターにはCTがあるらしく、先に闇の爪でオートカウンターを発動させた直後であったためカウンターを貰わなかった。
もしも同じようにTKファンガスのオートカウンターにもCTがあるとするならば、まず闇の爪を入れればその直後に通常攻撃を入れてもカウンターが発動しないはずだ。
そうなれば闇の爪だけでチャージしながら戦うよりも時間が短縮されるはず。
「お、また猫缶がドロップしましたよ。」
僕はドロップアイテムリストの中に『幻のあらほぐし金目鯛の誘惑』を見つけてホクホク顔だ。
どうやらパッチで変更されたレアドロップ率の一つに、ここのCKファンガスのことが含まれていたらしい。
ドロップする猫缶はいまのところ『幻のあらほぐし金目鯛の誘惑』ただ一種類だけのようだが、イベント限定品だと思えばそれでも構わなかった。
闇の爪のおかげでCKファンガスの討伐速度は約2倍、レアドロップ率においては分母が0であるため計算不能。
順調なはずだったが、たまみさんは不機嫌なままだった。
「フーーー!!」『まだ真っ赤なアイツが見つからないじゃない!!』
たまみさんは食い意地も張っていたが、それ以上に負けず嫌いが酷かった…。
「みつかりませんねぇ……」
ファドの森に到着してから2時間が経過した。
「こっちもみつからなかったぜ。」
1時間ほど過ぎたところでやっとレアドロップ魔砲を手に入れたパーシヴァルたちが手伝いに来てくれたが、TKファンガスが見つからなかったので別行動で捜索してもらったがダメだった。
たまみさんが闇の爪のおかげで殲滅力が上がったのもあるがパーシヴァルたちも遠距離攻撃力が高いので別行動で捜索してもらったのだ。
特にLILICAは手に入れたばかりの新しい魔砲の試し撃ちも兼ねていて、その性能の高さに終始ご機嫌だった。
結局2時間倒し続けたCKファンガスが300匹弱、ドロップした限定猫缶は72個にものぼった。
「元は限定猫缶が目的だったんだから、これだけの数で満足して欲しいんですがねぇ…」
この世界の猫缶自体は栄養が少し偏っているためあくまでたまに出すだけで、普段はバランスのとれているカリカリ餌を使っている。
その猫缶の中でもさらに栄養が偏っていそうな高級猫缶となると、よほどのご褒美かご機嫌取りでないと出さない代物だ。
『幻のあらほぐし金目鯛の誘惑』以外にもいつもの露店や怪しい路地裏の店などで手に入れた高級猫缶があるのでこれだけあれば十分であるのだが、たまみさんは既に猫缶よりもリベンジのほうに重点が行ってしまっている。
「こんだけ探して出んのやったらもうおらんのとちゃう?
聞いた話やとごっついイヤラシイボスやったみたいやし、この辺りで出ていい敵とちゃうやろ。
パッチの中にあった不適切なモンスターってのがそいつのことやったって話や。」
「そうですね、二手に分かれて探し回っても見つからないということはいないということでしょう。
足の速いモンスターでもなさそうですしイベントモンスターはいつもよりリポップが早いはずですから、見つからなかったのは削除されたからと考えるべきですね。」
LILICAと千の心さんの言うとおり状況から見ると削除されたと見るべきだった。
「うにゃ~~~~」『あのまま勝ち逃げなんてまったく腹立たしいキノコよねぇ…』
「不適切で削除されたんですからたまみちゃんに勝ったまま逃げたというより、天罰が下って退場したってことですよ。
たまみちゃんもいくら強くてもまだまだレベルはカンストしてないんですから無茶しちゃダメです。
NEOはレベル制なので、レベルがはるか上の敵は本来はどうしても敵わないものなんですから。」
ヒカリさんの心配もごもっともであるが、いままでレベル差をものともせずにひっくり返してきたたまみさんゆえにTKファンガスに負けたままなのが納得いかないのだろう。
「にゃーーーん!」『仕方ないからこの怒りを他のボスにぶつけに行くわよ!』
「えーっと、ここから近い位置にいるイベントモンスターのボスはマンドラドラゴラとゴゴーレムですね。
イベントに関係ないボスは見つけにくい徘徊型かダンジョンのボスなので、すぐ討伐に行くには向かないですし、次のスーの町に行く途中のエリアボスはセカンの街から行ったほうが近いですしギルドランクを上げてから行くべきですから除外ですね。」
「ま、気晴らしに殴りたいんやったらゴゴーレムのほうやな。
他のゴーレムと変わらずえらいかったいけどたまみさんの爪やったら逆に殴りがいがあってええやろ。」
「よっしゃ、それじゃいっちょゴゴーレムに八つ当たりしに行くかぁ。」
「にゃ」『行くかぁ。』
変なノリで意気投合して颯爽と歩き出すたまみさんとパーシヴァル。
ただ、残念なことにパーシヴァルはいつも千の心さんに先導を任せているせいであまり地理に詳しくない。
何が言いたいかというと、二人が颯爽と進んだ方向はゴゴーレムがいる方向とは反対だったということ。
僕らは方向を修正すべく慌てて二人を追いかけるのだった…。
「おりゃ!」
「にゃ!」『そりゃ!』
「とりゃ!」
「にゃにゃ!」『えりゃ!』
たまみさんとパーシヴァルが次々とゴゴーレムに突撃していく。
ゴゴーレムは1パーティーによる攻略を前提としたボスではあるが、本来はその物理防御の高さと高いHPで一匹倒すのにそれなりの時間がかかるはずのモンスターだ。
しかしながら、闇の爪という魔法攻撃力を得たたまみさんにパーシヴァルたちの攻撃力が加わると、あっという間にゴゴーレムを倒してしまう。
「なるほど、LILICAさんの新しい魔砲の貫通力はいいですね。CKファンガスじゃあまりわかりませんでしたが、硬いゴゴーレムだとその威力がよくわかりますね。」
「そやろ。めっちゃいいやろ。苦労してドロップさせた甲斐があるちゅうもんや。」
LILICAさんの新しい魔砲はその基本攻撃力も高かったが、特に貫通ダメージに高いボーナスが付いていた。
魔砲は物理と魔法のハイブリッドのような武器で、物理攻撃と魔法攻撃を切り替えることができるという特殊な武器であるが、その物理攻撃のダメージを判定する際には相手の防御力が影響してくる。
貫通ダメージボーナスによって相手の防御力を無視する割合が増えたことで基礎攻撃力上昇分以上にLILICAさんがパワーアップしていた。
魔法ダメージのボーナスは抵抗無視が必要なのでやや物理寄りになったと言えるが魔砲は元より万能な武器であり、その分入手が困難という欠点が一際目立つ武器だ。
それだけに今回のイベントのレアドロップで武器を更新できたことは、LILICA個人ばかりではなくパーシヴァルのパーティーにとって非常に大きなことだった。
「ちょっと、ちゃんとたまみちゃんのパワーアップについても触れてよね。魔法を使うようになってすんごく強くなったんだから!」
また一匹ゴゴーレムが光となって消えていくのを背景にヒカリさんが抗議してくる。
ちなみに、魔砲は詠唱を必要としないために雑談しながらでも攻撃していたが、ヒカリさんは詠唱が必要となる位置づけなのでいちいち声に出して唱えてはいないが雑談しながら攻撃はできなかった。
「それはもちろんわかっていますが、少しやりすぎです…」
ゴゴーレムが出現している地域はリヤム街道と呼ばれる広く視界が開けた地域だったが、数匹見えていたはずのゴゴーレムが全滅している。
イベントモンスターであるがゆえに一匹しか出ないということはなかったが、それでもボスモンスターなので雑魚に比べると数が少なくリポップも早めとは言っても限界があった。
「一匹倒す時間が異常に短いのでほぼ独占になっているじゃないですか。ゴゴーレムのレアドロップのハンマーも欲しい人は誰もいませんよね?」
「にゃにゃにゃ!」『仕方ないじゃない、そこにボスがいるんだから!』
「そこに山があるみたいな言い方してもダメですよ。ほんとにハンマーが欲しい人が困っちゃうじゃないですか。」
先程から何組かのパーティーがリヤム街道に姿を見せているが、たまみさんの圧倒的な攻撃力を見て諦めたようにほかへ移動している。
ちなみに、モンスターと戦おうとせずにのんびりたまみさんを見ているいつもの取り巻きも少しいるが、彼らはノーカウントだ。
「さて、俺らはそろそろ戻らないと接続時間が限界だ。今日はこの辺で街に戻って解散しようと思う。」
「はい、今日はわざわざきてもらってありがとうございました。僕はもう少し時間があるのであとちょっとたまみさんに付き合っていこうかと思います。」
「リベンジできなかったのは残念だけど、たまみちゃんもあまり無理はしないでね。」
「にゃ~~」『このくらい余裕よ。』
たまみさんはすっかり元の調子に戻って返事を返していたが、いつも軽い調子で無理をしているのでその言葉に信用はできなかった。
ただ、こうして普通のボスと戦ってしみじみ思うが、やはりTKファンガスは異常なボスだった。
やはり、削除されるべくして削除されたんだなと納得である。
まぁ、ここで納得できなくても、もう一度TKファンガスを探してファドの森に篭るのは遠慮したいところだが…。
パーシヴァルたちと別れたあとも1時間ほどゴゴーレムをたまみさんと二人で狩っていたが、今日は一日中狩りをしていたのでそろそろ僕も接続限界だった。
ゴゴーレムを二人でも問題なく狩れていたが、今のたまみさんの調子だと一人でも問題なく狩れそうな勢いだ。
「さて、そろそろ僕は戻りますが、たまみさんもあまり無理はしないでくださいね。」
「にゃにゃ」『わかってるわ。』
せっかくなのでと出した『幻のあらほぐし金目鯛の誘惑』を食べながら、たまみさんの返事は軽い。
「にゃ~~~?」『ちなみにほかのボスはどこにいるの?』
「ドライの街の北の山脈の麓の岩場にマンドラドラゴラがいます。
また、ドライの南西の森の奥にレイドボスのグリリフォンがいるらしいですね。
マンドラドラゴラは恐慌の状態異常を使ってくるらしいですし、グリリフォンは飛行も可能な強敵だという話です。
マンドラドラゴラを見に行く位ならいいですが、レイドボスに単独で突撃するようなムチャはしないでくださいね?」
「な~」『はいはい。』
空になった餌入れを片付けながら、この調子だとマンドラドラゴラには突撃しそうだなと思っていた。
まぁ、僕がログアウトしたあとのたまみさんの行動など制御できるはずはないので、僕はそそくさとドライの街へと帰る事にする。
明日も休日なので、一日たまみさんの狩りに付き合わされることになろうだろうが、あまりイベントモンスターを独占して欲しくないものである。
しかしながら、この時の僕のセリフがフラグになったのか、その後たまみさんはマンドラドラゴラだけでなく、グリリフォンにまで単独で突撃し、単独で撃破してしまっていた。
TKファンガスにリベンジできなかったたまみさんの八つ当たりは留まるところを知らず、その後討伐イベント終了までドライの街周辺で吹き荒れることになる…。
魔砲の扱いをどうするかちょっと迷いましたが、
特殊な武器というのをひとつは設定しておきたかったのでちょろちょろいじってます。
ま、小説にはゲームバランスなどあって無きが如しなのでw




