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猫21匹目 開発部雑話2

◇関東S市NEO株式会社S市ビル開発部棟、屋上、某日


グラフィックサブチーフS:「それで本当に実行するっすか?」


1stチーフプログラマーO:「うむ、我々プログラマーの意地をそろそろ見せておかないとな。」


2ndチーフプログラマーG:「いつまでもNPCになめられっぱなしでは男がすたる。」


グラフィックサブチーフS:「ほんとに腹立ててるのはプロデューサーに対してなんすから、そっちに直接仕返しすればいいんじゃないっすかね?」


O&G:「「馬鹿言うな、上司には逆らえないだろ!」」


 今をときめくNEOのチーフプログラマー二人といえど所詮宮仕え、お上には逆らえないのである…。




◇関東S市NEO株式会社S市ビル開発部棟、プログラマー室、第8回闘技大会予選三日前


 発端は第8回闘技大会にあったといってもいいだろう。

 プレイヤーたちに定着しつつあるイベントで、ごく一部のプレイヤーにとってはNEO最重要のイベントと言えるほど打ち込んでいるものもいて、それ以外のプレイヤーにとっても賭け事ができる派手なお祭りといった認識で心待ちにされていた。


 だが、開発陣にとってはややマンネリ化しつつあるイベントであり、大会そのものは以前使ったプログラムをそのまま使い回し。

 忙しいのは運営部の連中だけであり、せいぜい仕事があっても大会の結果が出たあとでその賞品に特殊な装備を出すときの開発とバランス調整くらいだと思って、開発部は次期アップデートに向けた作業を継続していた。


 そんなところにひょっこり現れた総合プロデューサーKは1stチーフプログラマーであるOを捕まえて突拍子もない話を始めた。


総合プロデューサーK:「以前、猫語翻訳機が作れるかどうかって話をしたよな? 可能かどうか、一度挑戦してみてくれないか?」


1stチーフプログラマーO:「はい? 猫語翻訳機ですか? そりゃ、以前そんな話もしましたが、そんなもの作れたらノーベル賞ものだって話をしましたよね?」


総合プロデューサーK:「そりゃ現実ならの話だろ? 今回の話はあくまでゲームの中の話。NEOの中に意思を持って喋ってる猫がいて、それを理解しているプレイヤーがいて、しかもそのログが残っている。デジタルの世界の中にある猫語なんだから翻訳できるかもしれないじゃないか。」


1stチーフプログラマーO:「はぁ…」


総合プロデューサーK:「ってことで、三日後までに試作品を作ってね。」


1stチーフプログラマーO:「えぇ???? どうしていきなり三日後なんですか?」


総合プロデューサーK:「どうやら例の黒猫が闘技大会にエントリーしたらしくてね。もしも決勝トーナメントまで行ったら選手の声なしにってわけにはいかないだろ?」 


1stチーフプログラマーO:「はぁ、そうかもしれませんが、決勝まで行く保証はないんですよね? 闘技大会はレベルカンストの対人廃人たちの集まりですし、いくら超AGI極の黒猫だからって決勝に行けるとは思えないんですが…」


総合プロデューサーK:「もしもってこともあるじゃないか。あの黒猫が決勝トーナメントに進出したら、猫語翻訳機を用意してくれよ。間に合わなそうなら2ndのGも手伝わせていいからさ。じゃ、よろしく頼むよ。」


 そうしていつの間にか黒猫が闘技大会の決勝トーナメントに進出したら猫語翻訳機を用意するという流れになってしまっていた。




◇関東S市NEO株式会社S市ビル開発部棟、休憩室、闘技大会予選当日


1stチーフプログラマーO:「という話にいつの間にかなってたんだよな…」


2ndチーフプログラマーG:「そんなことに俺まで巻き込まないでくれよ…」


 二人のチーフは夕方の休憩室でインスタントのコーヒーを飲みながら、プロデューサーの無茶振りについて話をしていた。

 社員食堂まで行けばきちんと豆から入れたコーヒーが飲めるが、いちいちセキュリティー区画の外に出てまでうまいコーヒーを求めたりしない。

 デスマーチに慣れたプログラマー達の胃袋は時間のかかる本格的なコーヒーよりお湯だけあれば粉を入れるだけで一瞬でできるインスタントコーヒーを欲するようになるのだ。


1stチーフプログラマーO:「いや、すまないとは思うが、私から言い出したんじゃなくプロデューサーが勝手に話を広げたんだよ。」


2ndチーフプログラマーG:「あの人ってそういうところはあるよな。他人を巻き込んでおいて美味しいところを持っていくんだよなぁ。」


1stチーフプログラマーO:「それだけが取り柄とも言えるけど、結局それだけでプロデューサーにまで上り詰めて、しかも全体がなぜかうまく回ってるという…」


2ndチーフプログラマーG:「ま、実際、前の総合プロデューサーの佐藤さんだった頃より仕事はしやすいですけどね。

 あの人、仕事はできるししっかりとした世界観は持っていましたが、現実と理想のギャップが掴めてませんでしたから。

 たしかにVR技術が発展して昔夢見た世界に近づいたのは確かなんですが、それでもやはりゲームとしてできることには限界があるんですよ。

 あれやこれやと細かく口出ししてきては、無茶なダメ出しされても無理なものは無理なんですよね…。

 そういう点ではKさんはたまに無茶振りが出る以外は基本的に大雑把で、適当なところでこちらの要求通りに妥協してくれますから…」


1stチーフプログラマーO:「今回もそのたまに出る無茶振りに悩まされてるけどな。

 ある程度、頑張って開発中ですって言い訳で納得して欲しいところだけど…」


 そんな二人が熱いインスタントコーヒーをすする休憩室に、グラフィックサブチーフのSが慌てて駆け込んできた。


グラフィックサブチーフS:「あぁ、見つけたっす。二人ともこんなところで油を売ってたっすね?

 闘技大会、例の黒猫がやばいっすよ!」


O&G:「「なに!??」」


 Sの大雑把な説明では要点を得なかったが、”黒猫”という単語に心当たりがあるふたりは悪い予感を覚える。

 サブチーフであるSには猫語翻訳機のグラフィックを一応頼んでおいたので、事情を知っている。

 翻訳機の一番難しいところはその翻訳に使うプログラムだが、いざそれを形にしてゲーム内に登場させるためには外観が必要なので、Sに猫語翻訳機の件を話してそれらしいものを用意してもらっていた。


 ふたりは慌ててプログラム室に戻り、Sが開いていたNEO内監視用のモニター画面の中でドヤ顔で佇むたまみさんの姿を見た。


1stチーフプログラマーO:「ま、まさか黒猫が闘技大会予選を通過したのか?」


グラフィックサブチーフS:「そろそろちゃんと『たまみ』さんって呼んだほうがいいかも知れないっすよ?

 おふたりは猫語翻訳機のためにログ見てるから、黒猫の名前がたまみだって話も目にしてるっすよね?

 今回の予選、通過したのも驚きですがその戦いっぷりは凄かったんですから。」


 Sは手早くパソコンを操作すると、たまみさんが出場した予選ラウンドの様子を最初から再生し直した。

 ちなみに、管理者権限があれば過去ログの中から画像を出すことは可能だがどの視点で呼び出すかについては難しい操作が必要となるが、闘技大会についてはあとで公式に動画を挙げる必要があるため予選からわかりやすい画像が一箇所にまとめて保存されている。


 その画像の中ではたった一匹で同組の全ての予選参加者を屠るたまみさんが映し出されていた。


 バトルロイヤルの中で逃げ回って生き延びたのではなく、確かな実力でその全ての敵を倒したたまみさんの姿は見たものすべてに強烈な印象を与えるのに十分である。

 このような勝ち方をしたたまみさんが決勝トーナメントでも多くのプレイヤーに注目されるであろうことは既に明白だった。


1stチーフプログラマーO:「こ、こいつはやばい…」


2ndチーフプログラマーG:「やばいなんてもんじゃないだろ。この強さもやばいし、今のおれたちの状況もやばい。これだけの活躍で予選通過したなら、絶対猫語翻訳機作れって言われるぞ。

 今どこまで開発進んでる?」


1stチーフプログラマーO:「過去ログの洗い出しと、推定されてる意訳までは終わってる。そこから音ではなく内部の信号のパターンの推定がほぼ終わりそうなとこだが…」


2ndチーフプログラマーG:「そこからアルゴリズムの解析と実際の翻訳プロセスの構築が必要か…。信号の解析が終わってれば、既存の翻訳ソフトが使えるかもしれん。かなりきついが、まだ明日の決勝トーナメントまで間に合わないとまで断定できないとこまで進んでいるところがいやらしいな。」


1stチーフプログラマーO:「うちのチームはもちろん2ndのチームも全員総出でかかって何とかなるかどうかくらいだろうな。徹夜の作業になるかもしれないが、頼むよ。」


2ndチーフプログラマーG:「既に一度プロデューサーのほうから手伝ってやってくれと言われてしまってるからな。もうすでに俺たちのほうも逃げられないさ。匙を投げるにしても、限界まで頑張りましたって姿勢は見せないとな。」


 そこからNEO株式会社のメインプログラマーたちのデスマーチが始まる。

 企業向けのソフトにみられる仕様変更の波状攻撃に比べればマシと思われるかもしれないが、ゲーム会社における開発もまた熾烈な時間との戦いなのだ。

 プログラミングやデバグが間に合わないからとアップデートを遅らせればこちらの事情など顧みない多数のユーザーから苦情が出てくるし、度重なれば顧客離れを起こす。

 それに比べれば、間に合わなければ諦めてくれそうな翻訳機など、完成しなくてもプロデューサーの心象が悪くなる程度のもので、突発的に追加された作業とはいえ気楽なものだ。

 とはいえ、一度やると決めたら徹底的にベストを尽くすのが、プログラマーの中でもほんの一握りの人間に許されたゲーム制作会社のプログラマーというものである。



 結局、他のメンバーこそ交代で仮眠を取りはしたものの1stチーフのOは完徹。2ndチーフのGもほぼ徹夜で作業にあたり、何とかギリギリ決勝トーナメント開始に間に合わせることができた。


 猫語翻訳機が登場した時の会場の盛り上がりと、その後の黒猫の活躍がその頑張りに答えてくれるかのようだった。



グラフィックサブチーフS:「Oさん、やばいっすよ!」


 休憩室で仮眠をとっているOのところに闘技大会の監視を頼んでいたSが慌てて入ってきたのは、闘技大会の決勝が終了し、たまみさんが優勝を決めた後のことだった。


1stチーフプログラマーO:「どうした? 猫語翻訳機がバグったか?」


 Sの語彙が足りないため状況がわからずもOが最初に疑ったのはそれだった。

 簡単に試運転を行いバグを取り除いてはあったが、実際の黒猫に使わせての確認はできなかったので簡易な検査しかできていなかった。

 翻訳機がとんでもない誤訳をして問題が発生したか?と思ったのだ。


グラフィックサブチーフS:「いえ、翻訳機は正常に動作してるんっすけど、黒猫のたまみさんがとんでもないんっすよ。」


 どうもSの話は要領を得ないと休憩室を出て状況を確認し、例の黒猫がなんと闘技大会で優勝してしまったというのだ。

 まぁ、それだけで終わっていればそんなに慌てるような話でもなかったが、なんとその優勝賞品に猫語翻訳機を改造して寄越せと言ってきたらしい。

 デスクに戻ると運営部に所属するGM二人からの嘆願のメールが来ていた。

 また総合プロデューサーのKからも、優勝賞品について協力するようにとのメールが来ていた。

 先ほど闘技大会が終わったばかりのはずなのにこれほど早い催促が来るというのは、よほど黒猫の脅しが怖かったものと見える。

 たかがゲームの中の猫の話なのに大げさな話だが、そこにプロデューサーの一言が付いているなら対応しなくてはいけない。


1stチーフプログラマーO:「徹夜明けですぐ帰りたいところでの追加の残業は堪えるなぁ。」


2ndチーフプログラマーG:「まぁ、翻訳機自体はできてるからその改造だけなら数時間だけで終わるだろうから、もう一徹って話じゃないんだし。」


1stチーフプログラマーO:「すぐに帰るぞって思ってるところで出鼻をくじかれるのがきついんだよ。他のメンバーの手伝いはいらないけど、Gにはもう少し手伝ってもらうからな。」


グラフィックサブチーフS:「残業お疲れっすwww」


1stチーフプログラマーO:「何言ってるんだ、お前も残業するんだよ。」


グラフィックサブチーフS:「え? もう猫語翻訳機を鈴の形にするって決まってるっすよね? 既に以前作った鈴のグラフィックがあるんで、コピペでちょちょっとやれば三分かからないっすよ。」


1stチーフプログラマーO:「猫語翻訳機をただの鈴と一緒にしていいはずがないだろ。猫語翻訳機にふさわしい、芸術的な鈴をこれから描くんだよ!」


グラフィックサブチーフS:「えぇぇぇぇ? それって完全にとばっちりっすよね? 関係ない人間まで巻き込まないでほしいっす。」


1stチーフプログラマーO:「グラフィックは必要なんだから、関係あるじゃないか。本来、次の大型アップデートのためにチーフと一緒にデスマしてるはずのところを、こっちの作業を手伝うといって抜け出してきてるのはわかってるんだぞ? ちょっと色を変えたくらいの鈴じゃOK出さないから覚悟しろよー。」


グラフィックサブチーフS:「そりゃ、次の大型アプデには領域拡張があるせいでグラフィッカーはみんな大忙しなところを抜け出てるのはあるっすけど、ちゃんと仕事はしてるっすよ。まぁ、描けと言われればなんでも言うとおりに描くのが手下であるグラフィッカーの悲しいところっすけど。」


2ndチーフプログラマーG:「ちゃんと最後の動作確認まで付き合ってもらうからなw」


 こうして他のメンバーを帰した後の、三人だけの追加デスマーチが始まる…。




2ndチーフプログラマーG:「そいえば、今回闘技大会を見てて思ったんですけど、あの黒猫って攻撃が当たればダメージが入ったんですよね?」


1stチーフプログラマーO:「そりゃ、当たりさえすれば入っただろう。今回は早すぎて一発も入ってなかったようだが、実は当たってもノーダメージでしたなんてことをNEOのNPC作成AIが許してるはずがない。」


グラフィックサブチーフS:「AIのくせに妙にリアルにこだわるから、ダメージが入らないキャラに闘技大会出場を許すとは思えないっすよね。」


 三人は動作チェックのためにダミーの猫アバターに鈴型の猫語翻訳機をつけて操作しながら、疲労がピークに達した深夜残業のテンションの中で会話していた。


2ndチーフプログラマーG:「当たればダメージが入るってことは、外でダメージが入ると死亡するってことなんですかね? 今回は闘技大会だったから会場で倒されても死亡しませんが、ダメージが入るのに外で狩りをしてるってことはそういうことじゃないですか。」


1stチーフプログラマーO:「そういうことになる……のか? まぁ、過去ログの中でも外で狩りをしててダメージを受けた記録は見なかった気がするが…。せいぜいあっても街中の決闘で範囲攻撃でダメージを受けたくらいか?」


2ndチーフプログラマーG:「ほら、ちゃんとダメージ判定はあるってことじゃないですか。あの猫も一応特級扱いにするってなってますけど、他の特級NPCってそもそもダメージ判定がないかあっても馬鹿みたいに強いかじゃないですか。 あの黒猫なら外で死ぬ可能性があると思いませんか?」


グラフィックサブチーフS:「昔の偉い人も血が出るならば殺せるはずだって言ってたっすけど、特級NPCって死んだらどうなるんすかね?」


1stチーフプログラマーO:「過去に死亡したNPCで一番偉いのでも一級2種までだが、死亡した後は復活しなかった。3級とかでも死んだ後にそのまま復活するんじゃなく違うNPCがそのポジションを埋めたはずだから、復活しないということになるんだろうか…」


2ndチーフプログラマーG:「うーん、実際に死亡してみないとわかりませんね。今ドライの街周辺まで来たとなると、これから特殊攻撃や範囲攻撃、魔法攻撃の敵が増えてくることになりますが、追尾型の魔法も平気で回避するあの速度でそう簡単に死にますかねぇ…」


1stチーフプログラマーO:「次のイベントの予定が、イベントモンスター討伐イベントじゃないか。そこに黒猫暗殺用のモンスターを入れたらどうなるだろう? あの黒猫も尖った性能をしてるから、徹底的にメタな対策を施したモンスターならいけるかもしれん。」


2ndチーフプログラマーG:「ついでに他の人は欲しがらないけど、黒猫だけは飛びつくようなドロップアイテムを用意してですね?」


グラフィックサブチーフS:「二人とも、悪巧みして痛い目を見ても知らないっすよ? 相手はあくまで特級3種扱いのNPCなんだから、いざ怒らせると怖いっすよぉ~」


2ndチーフプログラマーG:「別にキャラを削除しようとしてるわけじゃない、ちょっとメタなモンスターを用意しようとしてるだけだ。それで死亡する可能性はあるが、我々が悪いんじゃなくその罠にかかるほうが悪いんだから。」


1stチーフプログラマーO:「そうそう、我々はただ次のイベントに用意するモンスターをちょっといじるだけだ。なにも恐れるようなことはしていないさ。」


グラフィックサブチーフS:「大丈夫っすかねぇ~~」



 こうして開発部の一部の人間によるたまみさん暗殺計画が密かに練られていくのであった…。


はじめサブタイトルにたまみさん暗殺計画って入れようかと思ったけど、やめました。

先に書くとネタバレですし、そこまですごい計画でもいなかったんでねw

はたして、たまみさんの運命やいかに…

(そこの話は書き始めたころから予定があったりしますけどねw


ブクマ、評価、感想などよろしくお願いしますね

そこのポイントが増えるともうちょと書くのが早くなるかも…しれないw


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