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猫2匹目 その名はたまみ

序盤部分として、今日二本投稿します

書き溜めた分はそこまで

 たまみさんは連続猫パンチで僕の腕が緩むとするりと抜け出し、音もなく地面に降り立った。


 フンスッと鼻を鳴らし少しお怒りモードだったが、いきなり抱きついた事を思えばまだ穏やかな方だ。

 たまみさんも僕との再会を喜び、僕の無礼を少しだけ許してくれているようだと思いたい。


 とりあえず、友人に『事件発生中、応答不可』と短いメッセージを送っておく。

 たまみさんの相手をしている時にチャットが入ってその相手をすると、たまみさんの機嫌が悪化するのは間違いがない。

 たまみさんは、自分への対応が後回しにされるのは大嫌いだ。



 しかしと、改めてたまみさんのNPCを示す緑のタグと『たまみ』と表示された名前を見る。


 NEOにおいて、プレイヤーは青のタグ、NPCは緑のタグが付けられ、明確に区別できるようになっている。

 これは犯罪行為などが行われる際に両者で扱いが違うためではあるが、プレイヤーがNPCになりすますのを防止するためでもある。

 それほど、NEOのNPCが普通の人間と区別できないということを表してもいる。


 もちろんNEOのシステム上人間が猫のアバターで活動することは不可能であり、猫は体の構造上VR機器を扱えない。普通猫用にVR機器を開発しようとするもの好きはいないのである。


 それらを考慮すれば、目の前のたまみさんはNPCであると断言して間違いないだろう。


 ではNEOのシステムがたまみさんに似たNPCを偶然作り出しただけであろうか?

 NEOはサービス開始から一年半過ぎた現在でもNPCを新たに作り足していると言われている。

 また、その際にはネットの中からリアルの方の情報を参照し、NPC作成に活用している。


 ということはどこかからたまみさんの情報を拾い上げて、作り出した?

 僕はわざわざたまみさんの情報を発信するブログを作ったりしていないし、家族はここまで詳しくたまみさんの行動を把握していないはずだ。

 ねぇちゃんがたまにこっそりとたまみさんにがりっとやられた話をSNSでしているくらいだ。

 見つかったら三倍返しくらいされそうなので、たまみさんには僕は黙っている。



 こういってはなんだが、たまみさんは偶然似た猫のNPCが生み出されることはありえないほど、特殊な猫である。

 もちろん、僕と意思の疎通を行っているという点を除いても…。



 僕がたまみさんと出会ったのは14年前の夏の日のことだ。


 その日はとても暑く、当時6歳だった僕は我慢できずにコンビニでアイスを購入した。

 そして、さらに家に帰るまで我慢できずに近くの公園のベンチで食べようとしたのだ。


 僕はこの時、この公園ではけして食べ物を取り出してはいけないと近所で有名になっていたことを知らなかった。

 お菓子の袋はもちろん、弁当を広げてもそれを根こそぎ奪っていく暴君がそこに君臨していたからだ。

 それが大きなバスケット入りのお弁当でも残さず奪われ、空のバスケットが無事に帰ってきたら幸運な方だとまで言われていた。


 その時僕が手にしていたのはバニラアイスをホワイトチョコで包んだちょっと高級な感じのするアイス。



 無事に済むはずはなかった。



 袋から取り出し食べようとした瞬間に黒い影が目の前を通り過ぎ、気付くと手からアイスが叩き落とされていた。まだ一口も食べていないのに。


 僕からアイスを奪った黒い暴君はフッとドヤ顔を決めると、地面に落ちたアイスを僕の目の前で悠々と食べ始めた。


 僕はアイスが既に地面に落ちてしまったにも関わらず、諦めずに取り返そうとしたが無理だった。

 その黒い暴君は凄まじい連打で僕の手を払い除け、重い一撃で僕の頬を張り飛ばす。

 今にして思えば、それが爪を出さないただの猫パンチだったのはわずかに残った優しさだったかもしれないが、当時の僕にとってはただの舐めプで屈辱だった。


 結局、アイスは最後まで黒い暴君に食い尽くされてしまった。

 残った木の棒をゴミ箱に放り込むという、環境にやさしい余裕付きだ


 僕は屈辱に打ちひしがれたままとぼとぼと家へと帰った。

 アイスをもう一個買うというお小遣いの余裕もなければ気力も残っていなかった。


 だが僕の幼い日の不幸はそこで終わりではなく、家へと帰る僕の後ろを静かについてきていた。


 家の扉を開けた僕の脇を黒い影が通り過ぎた。

 その不意打ちに扉を閉めることも忘れて呆然と立ち尽くす僕の目の前で、黒い暴君はドアマットで足の土を落としてから悠々と僕の自宅に上がり込んだ。


 ショックから立ち直った僕は慌てて追い出そうとしたが、アイスを取り返すこともできなかった僕が力ずくで追い出せるはずもない。


 黒い暴君は僕が力尽きるまで余裕で弄ぶと、新しい領地としての僕の家を悠々と見回り始めた。


 僕は帰ってきた家族に助けを求めたが、家族の誰一人として黒い暴君には太刀打ち出来なかった。

 一番ひどくやられたのは姉の秋菜で、ばりばり爪で引っかかれていた。

 母は手を一度軽く引っかかれた程度で、父は爪なしの猫パンチで撃退されていた。


 姉を少し強めに引っ掻くことで、父と母に手を出すことを躊躇させる見事な作戦だった。


 程なくして僕たち家族はその黒猫を家から追い出すことを諦めた。

 飽きたら出て行ってくれるのでは?と淡い期待も持ったが、暴君は我が家を住処と定めてしまったようで、必ず戻ってきた。

 姉が一度外出した時に閉め出そうとしたが、僕たちも鍵をかけたまま閉じこもっているわけにも行かずに暴君は帰還を果たした。

 当然、その後に姉はバリバリ引っ掻かれた。


 結局、黒い暴君は我が家のペットとなり、『たまみ』と名付けられた。


 しかし、実態は僕たち家族が下僕とされただけで、名前も自分で付けられないまでもいくつかの候補の中から自分の気に入るものを選び出して決めていた。


 その経緯もあり僕が飼い主とされているが、ただの下僕筆頭である。

 家族もあれこれと世話を手伝ってくれたが、あくまでメインは僕であり、たまみさんが一番に呼び出すのも僕であった。


 そんな感じで無理矢理僕のペットになったはずなのに、亡くなった時にあんなに悲しかったのは不思議である。

 僕はたまみさんに洗脳されてしまったのだろうか?


 そして、ゲームの中とは言え再会してこんなにも嬉しいと思うのも、とても不思議である…。



「うーむ、とりあえずどうしようか? NPCなんですよね、たまみさん? まずはフレンド登録でもしてみましょうか…。」

 僕はたまみさんをターゲットしてシステムメニューからフレンド登録申請を飛ばした。


 NEOでは当然のようにNPCをフレンド登録できる。

 その際にはNPCの側からの承認が必要であるが、NEOのNPCはきちんと友好度やその必要性を考慮して承認するかどうかを判断する。

 NPCの側からフレンド登録を要請される時もあるし、パーティーも組めるし一緒に冒険にも行ける。


 だが、たまみさんへのフレンド登録要請は拒否された。

 猫に承認できるのか?という話ではなく、たまみさんはきちんとわかった上で拒否している。


「にゃ~~?」(フレンドっていうより下僕でしょ? と聞かれていると思う。)


『たまみよりテイムを受けました。受け入れますか? Y/N』

 僕の目の前に見たこともないシステムメッセージが表示された。


 え? テイムを受けたって何?

 俺、プレイヤーだよね? テイムを受けるなんてありえるの?

 というか、NPCがプレイヤーをテイムなんて可能なの?


 僕は思わずNoを選択した。


「にゃにゃ~~?」(なに拒否してるのよ、まさか嫌なの? と少し怒ってる気がする。)


『たまみよりテイムを受けました。受け入れますか? Y/N』

 再びテイムを受け、システムメッセージが表示された。


 僕はここで必死に考える。


 NPCがプレイヤーをテイム可能かどうかはとりあえず置いておこう。

 システムメッセージが出ている以上は、そのように処理されていると見るしかない。



 では、受け入れるとどうなるのだろう?


 NPCがプレイヤーをテイムしたという話を聞いたこともなければ、プレイヤー同士でテイムしたという話も聞いたこともない。

 プレイヤーがNPC扱いの人以外のキャラをテイムしようとしても、それは犯罪行為だとして警告されると聞いている。

 強行してテイムしようとした勇者がいた話があるが、結局テイムは失敗した上でそいつは犯罪者となり監獄送りになったらしい。


 見たところ、たまみさんのタグは犯罪者の色にはなっていない。

 NEOではNPCにも犯罪者が存在し、軽犯罪であればプレイヤーの黄色と違って黄緑色のタグになるはずだ。



 では、テイムを受けたあとはどうなるだろう?


 僕はテイマーではないが、テイマーの友人からテイムモンスターとはどういうものか聞いたことはある。


 テイムモンスターは召喚士のサモンモンスターと違い、マスターがログインしていなくてもNEOの世界に存在しているものらしい。

 テイムモンスターを預ける機能がある宿屋やモンスター預かり所も存在し、ログアウト中の世話を頼むこともできる。


 だが、そのようなところに預けられずに自由に行動するテイムモンスターも存在する。


 高位の強力なモンスターによくあるらしいが、勝手に行動するだけの知能を持っていて、自分で餌を取り経験値まで勝手に稼ぐ。

 また、弱くても街中でのんびり過ごすテイムモンスターもいるらしく、そのようなテイムモンスターに無料でエサを与える施設が全ての街に存在しているらしい。


 では、自由に行動しているテイムモンスターのマスターがログインした時にどうするかといえば、自分のいる座標にテイムモンスターを転移させるスキルがあるらしい。


 そのスキルに思い至った時、僕は恐ろしい未来を思い浮かべた。


 僕がたまみさんとは別行動で冒険している最中に、たまみさんの気分で召喚スキルで突然テレポートさせられる。

 それが、ボス戦中であろうとダンジョンの中だろうと海戦中だろうと…。


 過去の経験から言って、ほんのつまらない用事でも頻繁に強制ログアウトさせられていたことを考えると、十分にありえる未来だった。


「ゆ、許してください、たまみさん。さすがにそれは洒落にならないので…」

 僕がたまらずNoを押すが、またすぐシステムメッセージが表示される。


『たまみよりテイムを受けました。受け入れますか? Y/N』

「ヒィィィーーー」


 もはや、たまみさんの怒りゲージは上限近く、無言でテイムが送られてきた。

 僕にNoを三度押す勇気はなかった。


「にいちゃん、これを。」

 必死にたまみさんに土下座して許しを請うていた僕の視界の端に、そっと猫缶が差し出される。


 それは猫の栄養バランスを一切考えずにただ味だけを追求したと言われる『魅惑のマグロ缶』だった。

 リアルでは度々たまみさんの機嫌を取るために購入していたものとそっくり同じだった。


 差し出したのは噴水近くて露店を出していたNPCの露店商。

 譲渡ではなくトレードで一つ2金と少し高かったが、背に腹は変えられずと即座に承認。


「助かります!」

 さっとインベントリから食事時用に用意してある皿を取り出し、猫缶の中身を空ける。


「どうか、どうかテイムだけはご勘弁ください、たまみさん。」


 たまみさんはその皿を一瞥すると、

「にゃぁあ~~~」(うーん、仕方ないわね と少し呆れてる気がする。)

 と、テイムをキャンセルして、魅惑のマグロを食べ始めた。


「猫缶、在庫はいくつある?」

 僕はそっと小声で先ほどのNPC露店商に確認する。


「あと4つほど。」

「全て貰おう。それに遠くない未来にまた追加で購入することになると思う。仕入れておいてくれ。」

「毎度有り。」

 少し痛い出費だが、今後のたまみさんの行動を考えるともしもの時の為の猫缶は必須だ。


 僕はたまみさんが猫缶を食べ終えて綺麗に舐めとった皿をインベントリにしまい、そっとフレンド登録の申請を飛ばした。

 たまみさんはその申請画面を一瞥し、フンスと一度鼻を鳴らしてから、承認した。

 フレンドリストに無事『たまみ』が追加される。


「ふぅ~~~~~」

 一つの山を乗り越えた感じで、達成感に僕の心が満たされた。




「お、いたいた。トール! 事件発生ってなんだ?」

 四人組の友人が始まりの街の噴水広場に転移してきた。


 気になりつつも僕のメッセージを守って連絡せずに、急いで駆けつけてくれたらしい。


「いやそれなんだけどねぇ…」

 僕はそっと傍らに居るたまみさんに視線を送るが、たまみさんは我関せずと食事のあとの顔とヒゲの掃除をしていた。


「黒猫のNPC? 珍しいとは思うが、事件というほどでは…」


「うそ、たまみちゃん? たまみちゃんよね!」


「「「え?」」」

 四人組の一人、ヒカリさんがたまみさんを認識し、驚きの声を上げた。

 その驚きの内容に他の三人も驚かされた。


 実はヒカリさんはリアルでたまみさんと会ったことがある。

 うちの近所に住んでいるらしく、犬の散歩中にたまみさんの散歩と称する縄張り巡回に遭遇したのだ。

 僕がお付としてたまみさんのあとを付いて歩いていたのを見て、たまみさんだとわかったという。

 つまり僕ともついでにリアルで会っているが、僕はオマケ扱いである。


 ヒカリさんは必死にたまみさんを抱き上げようとしていたが、たまみさんに猫パンチで阻止されていた。


「たまみって、トールのペットの猫でこの前死んだって言ってた、たまみ?」

 四人組のリーダー、パーシヴァルが僕に確認してくる。


「そう、そのたまみさんだ。」

「そのたまみさんが、どうしてNEOのNPCに? たまたま似てる猫とかじゃなく?」

「あれは間違いなくたまみさんだ。もう確認したし、他の猫とはいろいろと違いすぎる。たまみさんを猫だと思っていると痛い目を見るぞ?」

 パーシーはまだまだ疑わしげな表情をしているが、これは紛れもない事実だ。




 やがて、ヒカリをあしらえ終えたたまみさんから、パーティー申請が飛んできた。


「にゃ~~」(それじゃ早速いくわよ と言ってる気がする。)

 たまみさんはスラリと尻尾を立てて、歩き出した。


「え? いくってどこへです、たまみさん?」

 僕は慌ててパーティー申請を承認し、たまみさんの後を追いかけた…。


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