猫一匹目 とある猫の死
コミカルなVRMMOものの投稿を始めようかと思います。
ブクマ、評価、感想などをよろしくお願いします。m(__)m
とりあえず、序盤はもう少し書いてあるので随時出していきますが、
それ以降は毎日必ず更新は無理です。ご了承ください。
木下透(20)は深い悲しみの中にいた。
「透ぅ、いい加減にしなさいよ。もう三日もそんな感じじゃない。弟がそのまま猫の後を追ったなんてなったら、ご近所様に恥ずかしくて顔向けできなくなっちゃうわよ。」
ねぇちゃんの戯言が聞こえるが、心には響かない。
そして、いつもKYな発言で行き遅れの26歳だ。今時、まだ結婚する年齢じゃないと強がっているが、家事手伝いでは説得力はない。KYな発言でまたアルバイトをクビになったらしい。
「秋菜、あんたまたそんなこと言って! ほんと、気遣いってものができないんだから!
でも、透もいい加減元気出しなさいよ。そんなんじゃ、たまみちゃんも浮かばれないわよ?」
母が姉を叱る声が聞こえるが、僕の心の表面を滑っていく。
三日前、僕の最愛の猫たまみさんがこの世を去った。
死因は老衰による衰弱死。
たまみさんが我が家に来てから14年。うちに来た頃には既に成猫で、おそらく満15か16歳であったと思われる。元が野良であったことを考えると十分な大往生だ。
一月前ほどから足腰が弱って歩けなくなり、そのまま食が細り、眠るように亡くなった。
最後の言葉は、
「なぁ~~」(心配しなくてもまた会えるわよと言っている気がする)だった。
猫の言葉が分かるのかって? そういう風に鍛えられたから、多分合ってるはずだ。
どこで会うのだろう? 人間の天国と猫の天国は同じ場所にあるのだろうか?
僕はたぶん天国に行けるだろうけど、たまみさんはいろいろ悪さをしてるから行けるかどうか微妙な気がする。
まぁ、そんなことを口に出すと、たまみさんのお怒りの猫パンチが飛んでくるんだが…。
「ほら、気分転換にいつものゲームでもしたらどう? そのためのせっかくの設備なんだから。ほら、におだかにゃおだかってやつ。」
「NEOよ、母さん。いい加減覚えてよね。透も外出する気分じゃなくても気軽に息抜きにはなりそうだから、ちょっと潜ってきなさいよ。もしかしたら、たまみさんの妨害があの世から入って、たまみ落ちするかもよ?」
「秋菜、あんたはまた!」
叩きなれた感じで姉の尻を叩く母と、叩かれなれた感じでべっと舌を出しながら逃げていく姉。
いつもの光景を横目で見ながら、僕は自室へと足を向ける。
母の慰めというよりたまみ落ちという言葉に心が動いたのか?
そんなことは起きないだろうと心ではわかっているし、母が心配してくれているのもわかる。
そうだな、NEOにログインして友人と話でもすれば、少しは心が晴れるだろう。
三日前にたまみさんが死んだと短いメッセージを残したままだから、心配してくれているかもしれない。
トイレを済ませて自室に入ると、番号錠付きの扉を閉める。
エアコンを動かし、加湿器をセット。
指先に心拍数測定用の器具を取り付け、体の何箇所かにセンサーの端子を取り付けていく。
パソコンを立ち上げてNEOサーバーとの接続を確立、ヘッドギアを待機状態にする。
そして、ベッドに横になりヘッドギアを装着、個人認証を兼ねたプレスキャンが始まり、そのまま、ログインシークエンスに移行した。
2048年の今はVR法によって、フルダイブ型のVR機器を使う環境が厳しく定められている。
フルダイブ型VRの黎明期には、さまざまな事故や事件が起き、それが社会問題となって新しい法律が作られたのだ。
鍵はかかるが外から家族と管理会社が開けられる扉。
数時間横たわっていても体に影響しないよう室内の環境を保つ設備。
そして、何か異常がないかを監視するセンサーと異常があった時にフルダイブから強制ログアウトさせるためのシステム。
これらをきっちりと揃えた上で公的機関の審査を行ってパスしないと、フルダイブVRを使うための許可が下りなくなっている。
僕は大学の入学祝い+四年間のお小遣いの半額の先払いという条件で、この環境を整えてもらった。
ちなみに、定期的にたまみさんの機嫌を取るための高級猫缶を購入する必要があるため、全額で二年という選択肢はなかった。
ただし、僕の部屋には普通のVR環境ではついていないものがドアに付いている。
『キャットドア』だ。
後からこのドアをつけるという修正申告をした時には係りの人に不思議な顔をされたものだ。
「猫にフルダイブ中に邪魔されると、困るのでは?」
とも聞かれたが、付けないとたまみさんが家族の誰かを脅して扉を開けさせるので、家族の安寧のために付けざるを得なかったのだ。
ゲーム中に邪魔しないで欲しいなどという理屈はたまみさんには通用しない。
あるときはレイドボス戦の真っ最中。
あるときはダンジョンの奥深く。
あるときは船に乗っての海戦の最中。
たまみさんは情け容赦なく僕を強制ログアウトさせ、自分の用事に付き合わせる。
いつしか、それは友人たちに『たまみ落ち』と呼ばれ、五分待って戻ってこなかったら見捨てて移動するというルールまで確立していた。気付くと、家族にまでその呼び方が定着していた。
NEOが始まってから一年半。
オープンベータから参加していたが、僕は同時期に始めた友人たちにあっという間に置いて行かれた。
そりゃ、頻繁にたまみ落ちで突然ログアウトするのだ。
固定パーティーなどは組んでいられず、事情を知らない人達と野良パーティーを組むことも厳しい。
あらかじめ事情を説明した上で臨時メンバーとして入れてもらうか、ソロで活動するか…。
そうなると、最前線についていくほどの強さは手に入らなかった。
幸い、友人関係は続けてくれる人は多く、頼めば快くエリアボス攻略も手伝ってくれる。
最近では定員の6人より少ない4人で固定メンバーを組む友人たちがよく臨時として入れてくれることが多くなっていた。
少しずつ、強くなっているとは思う。
「友人には恵まれているよな。ちゃんと会ってたまみさんのことを話しておかないとな。」
ログインシークエンスが終わり、ログイン可能の文字が表示された。
自分本来の姿から外見を少しいじったキャラクターアバターが、ログインロビーに出現した。
NEOでは性別をはじめとして、体格も大きく変えることはできない。
変更可能なVRゲームもあるが、直接体を動かして戦うMMORPGでは違和感が出るのであまり流行っていない。より自分の体を動かす感覚に近いためだ。
友人からのメールと思われるものがメールボックスに溜まっていたが、とりあえずはまずログインしてしまおうと状況を確認する。
ここ一週間ほどはたまみさんが心配で短いログインで最低限の確認しかしていなかったから、始まりの街にキャラを置きっぱなしだ。
外部情報は『グリーン(安全圏):街中』
そのままログインロビーからゲートをくぐり、始まりの街に降り立った。
『New Evolution Online』略してNEO。
開発元の新東西株式会社改めNEO株式会社の総括プロデューサーは
「新しい進化の先にあるVRMMO=RPGです」
と喧伝していたが、どう見ても弾丸を避ける救世主を意識した略称に当て字を当てたようにしか思えない。
しかしながら、いくつものゲームを渡り歩いてきた熟練のゲーマー達からはその特徴から、
『NPCオンライン』
と呼ばれている。
NEOの開発において、システム、マップ、グラフィック、サウンド、インターフェイスなどのメインの部分は3ヶ月かかったと言われている。量子コンピューターを用いて行われる現代のゲーム制作では十分に大作と言える期間だ。
しかしながら、NPCの制作調整にかかった期間は6ヶ月。量子コンピューターを用いて自動作成AIを組んだ上での6ヶ月だ。そこにネットからのサンプル抽出や人間による再チェックが含まれているとは言っても、現代においては長過ぎる期間だ。
だがその作りこまれたNPCは、後発ではシェアを取るのが厳しく短命で終わると言われるMMORPGにおいて、NEOの飛躍をもたらした。
NEOのNPC達はその細部まで精密に描写されていて表情豊かで感情表現を持ち、そして自然に会話しプレイヤーたちとの関係を築いていく。
そのNPC達の完成度が、よりリアルさを求めるゲーマー達を異世界へと誘い、虜にしていく。
NPCがテキストで返事を返すゲームはもちろん、グラフィックは綺麗だがいつも同じ表情やテンプレートな会話しかできないNPCしかいないほかのゲームを圧倒した。
NEOのNPCを知ってしまうと、もう他のゲームはただの張りぼてにしか思えなくなるとゲーマー達には言われている。
ただ、一部には行き過ぎた連中もいて、NPCを傷つけたり罵倒したりすることに過剰に反応する過激派PKKが現れたり、NPCを恋人にしてリアルの女性に一切興味を示さない若者がいたりして問題になりつつある。
現在、NEOの運営は順調で、シェアも伸び続け、サービス開始一年半たった今でも新規プレイヤーが増え続けているということだった。
僕は心配してくれてる友人たちに短くもう大丈夫でこれからもインしていくことを告げるメッセージを送り、始まりの街中央の噴水のそばのベンチに座ってメールをチェックし始めた。
友人の何人かがログインいているのが確認できる。
メールを読んでいると、視界の端にアイコンが点滅した。フレンドチャットの要請だ。
『トール、大丈夫か!』
『トール君、心配しましたよ。』
『うぅぅ…たまみちゃん…』
『インしてきて安心したわ、もう平気なん?』
「あぁ、みんな、久しぶり。もう大丈夫だよ。」
許可すると、向こうはパーティーでリンクモードにしてたのか、一気に四人が話しかけてきた。これだけ一気に話しかけられると、大丈夫じゃなくても大丈夫と答えるのが日本人だ。
『とりあえず、顔を見に行く。今どこだ?』
「いまは始まりの街の噴水広場にいるけど、狩りの途中じゃないのかい? 無理しなくてもいいけど…」
『いや、一度顔を見ないと安心できないから行く。狙ったアイテムがあまりにでなくて、そろそろ飽きてきたところだったしな。』
『すぐ行くから、ちゃんと待ってるんやで?』
「わかった、溜まったメールを見ながら待ってるよ。」
最近世話になってる四人組の勢いに押されながら、メールをくれた友人ともども感謝する。
「インして良かったな。ほんとに元気が出てきたよ。」
短く同じような内容であるけれど、多くの友人が心配してくれてるということが、また歩き出す活力をくれる。
メールを読み終え短い返事を返し終わったところで、ふと視線を上げる。
そこに一匹の猫が立っていた。
全身真っ黒で、短くなめらかな毛に覆われ、その黒い尻尾の先っちょが少しだけ白い。
その猫はたまみさんにそっくりだった。
そう、たまみさんは黒猫だ。
亡くなる前の姿というより、出会った頃、いやそれよりももう少し若いくらいか?
黒猫は初めから僕を目指してきたかのように、まっすぐ近づいて来る。
「にゃ~~」(久しぶりね、透 と言っている気がする。)
僕は驚きに目を見開いた。
あれ? いま、透って言った? いやでも、別に猫語が分かるわけじゃないから気のせいか?
その猫にはNPCの緑のタグが付いている。
タグが付いてるってことは幽霊じゃない? でもここゲームの中だし…。
黒猫はすすっと近付いてくると僕のすねに右前足の猫パンチを叩き込んだ。
たまみさんの猫パンチは普通の猫のものより重いが、これは更に上の威力に感じる。
「にゃあぁ?」(なに惚けてるのよ? と聞いてきてる気がする。)
「え? たまみさん? 死んだんじゃなかったですか? しかもここはゲームの中ですよね?」
僕の混乱が加速する。
猫ってVRゲームできるのか?
いや、そもそも死んでるんだよね?
というか、どうしてNPCなんですかね?
そんな僕の混乱を吹き飛ばすように、黒猫は軽くベンチをひと蹴りして高く飛ぶと、僕の頬にえぐるように強烈な猫パンチを叩き込んできた。
これはたまみさんの必殺技、『三角蹴りフライング猫パンチ』である。
身長173cmになる僕の頬に届かせるために開発された必殺技だ。
今のベンチに座った状態の僕なら助走をつけない『垂直跳び猫パンチ』でも充分届くだろうが、より深く叩き込むために使ってきたと思われる。
僕の記憶にあるものよりも数倍上の威力だ。
ここが街中で安全圏でなかったら、ごりっとHPが減っていたかもしれない…。
「にゃ~~あぁ~~?」(しゃっきりしなさい、透。また会えるって言ったでしょ? と諭してる気がする。)
「たまみさん? ほんとにたまみさんなんですね?」
「にゃ~」(そうだって言ってるじゃない と呆れてるように見える。)
黒猫に付いているNPCタグに『たまみ』と名前が追加される。
そのスラリとして凛とした立ち姿。
滑らかな黒い毛とゆらゆらと揺れる尻尾の先の白。
そして、僕より小さいのになぜか僕を見下ろすような冷たい視線。
それは間違いなくたまみさんだった。
「たまみさん!!!」
僕は思わずたまみさんを抱き上げ、抱きしめた。
「に゛ゃ~~~!」(なに抱き上げてるのよ、変なところ触らないで! と怒っていると思われる。)
たまみさんの怒りの連続猫パンチが頬に叩き込まれるが、僕には嬉しい痛みだった。
僕はVRMMOの中でたまみさんと再会した。
当然ながら、この話はフィクションです。
実際の猫がこんな行動をしたり意思の疎通をしたり犬を撃退しまくったりしないとしても、そこはたまみさんなので許してください。
チョコレートやオニオンスライス入りのサンドウィッチ、アルコールを口にしたり、偏食だったりしても、たまみさんなら大丈夫です。
少し未来の話なので、VRのシステムがありますし、ゲームの世界も発展してるので、たまみさんなら介入可能です。
何が言いたいかというと、いろいろ問題があってもたまみさんなので許してくださいってことですw
ほかにも作品を投稿してますが、そちらは少し硬い雰囲気の上にちょっと皮肉を聞かせたものになってます。
こっちが書きやすいと、少し偏るかもしれませんが、そこは様子を見ながら…。