隠し
リンは首筋に痛みを、そして生暖かいものが流れるものも感じた。
血が出ている。大した量でもなく、痛みも大したものでもない。
問題はこの身体が傷がついたということだ。
(ガイアペインで硬化したのに……傷が?)
左首を抑えていた手を離して見てみるとやはり血が出ている。
(それだけじゃない……俺は確かに躱したはずだ)
この身体が切られた事も気になるが、それと同じぐらい信じられない事がある。
ギリギリではあったが、確かに躱していたのだ。
(俺の読み間違いか……? それとも別の何かか?)
自分の死角になる首筋を目視する事が出来ないので何とも言えないが、切り裂かれたのは確かだ。
何が起きたのかと混乱している中、ムロウと名乗る男はニヤニヤとこちらを見ている。
「『理解できない』って顔をしているなぁ? まあおりゃあ強ぇからしょうがねえか」
全てを見透かしていると言った表情が、リンはとても気に入らなかった。
なにより、そんな相手に恐怖を感じた自分の心にも非常に腹を立てている。
「仕留められなくて残念だったな」
「なあに燕を切るよりも簡単な事さぁ 楽に倒された方がそっちも良いだろう?」
余裕綽々の態度が益々腹を立てさせる。
自らの短気さに嫌気がさすも、ムロウの挑発に乗ってしまう。
「ピーチクパーチクと……燕に手こずる奴に負けると思うか?」
「口だけ達者なヒヨッコが どこまでついてこれるかなぁ?」
リンの雀の涙程の抵抗には、全くムロウは動じない。
ムロウはそのまま斬りかかってきた。さっきと同じような事にはならないようにしなくてはならない。
今度は余裕をもって躱す。これならば先程のように読み間違いをしたかどうかがわかる。
ヒュンッと、空間を切り裂く音がする。先ほどリンが聞こえたシュンッという音と同じであった。
(突きは躱せなかったが……今度は躱せたか)
だが大振りに躱せばそれだけ隙がうまれる。太刀筋を見切る事ができても、これではムロウの思う壺である。
(これじゃただ体力を消費するだけ 早く打開策を見つけないとな)
こちらが攻めるとのらりくらりと躱され、その返しに鋭い一撃が飛んでくる。
そして体力以上に、精神的にも追い詰められたいていく。
今までの敵は受け止めるか、打ち合いになるかがほとんどだったためか、戦いづらさに苦戦する。
「どうした? さっきまでの威勢は? 弱いものいじめは好きじゃあないんだけどなぁ〜」
「なら攻撃をやめてくれ 受けの方が得意なんだろう?」
「隙を見せられちゃあ攻めるしかないだろう?」
気にしている正論を突きつけられる程、腹ただしい事はない。
まだ戦いに慣れていないリンは、戦い慣れた相手からすれば鴨である。
(打ち合いをする気は無い……居合いの一撃必殺とヒット&アウェイが主戦法か)
ならばこちらも無理な打ち合いは避ける。それが一番安全だった。
ムロウの攻撃を大きく躱し、ガイアペインに力を込める。
「『形態変化 鎖式 土の聖剣!」
ガイアペインが姿を変え、大剣からツヴァイの時に見せた『鎖』へと姿を変えた。
ギョッとした表情を見せると、すぐに後退してムロウは遠くへ距離を置く。
「今度は鎖……こりゃあ本当に違うのか」
ボソリ呟くムロウの言葉リンには届かない。
笠を深く被り直し、一本だけ携えた腰の刀を握り再び居合いの構えに移る。
(また居合いか……どれほどのものかもう一度見ておこう)
クルクルと鎖を回して遠心力を付ける。
このままぶつけてしまおうかと考えたが、リンはムロウの純粋な切れ味が見たかった。
鎖を飛ばす方向はムロウではなく、明後日の方向である。その理由は、神社の周りに植えられた『木』であった。
「うん? どうするつもりだ?」
「こういうつもりさ」
鎖を機に巻きつける。全身に力を込めて、思いっきり引っこ抜く。
人間離れしたその怪力に、流石にムロウは驚いたようだ。
「……想像以上の馬鹿力なこって」
「褒め言葉として受け取るよ」
その反応に少しだけリンは優越感に浸るが、今はそれどころでは無い。
そのまま空中で遠心力を付ける。あとはこのまま叩きつけるだけであった。
「ぶっ潰れろ!」
ムロウ目がけて大木を叩きつける。
躱すか、それとも切り伏せるのか。リンにとってそこが問題だった。
「……潰れるのはごめんだね」
切り伏せるつもりだった。
居合いの構えから一瞬動いたと思えば、大木は真っ二つに分かれてしまった。
(……やっぱりそうきたか)
予想通り、あまり当たって欲しく無い予想程よく当たるものである。
だがそのおかげで、リンは想定していた動きができる。
鎖で叩きつける直前に、巻き付いていた鎖を解いていた。空いていた左手で、充分な長さの鎖を準備している。
これでムロウが切り伏せるている時には、既にリンは先に攻撃を仕掛ける事ができのだ。
(狙うは刀 あれを落とせば勝算はある)
鎖は一直線にムロウの刀目がけて飛んでいく。
その瞬間『貰った』っとリンは確信した。
だが、一枚も二枚も上手なのはムロウだったのだ。
「……狙いは良いんだがね」
そう言って居合いに使った刀では切った直後では防御にはまわせない。
なのにその余裕は右の懐に隠し持っていたもう一つの刀によるものだった。
左手で取り出した脇差しによって鎖ははじかれ、地面へと落ちた。
「ちっ!」
「『攻撃は最大の防御なり』ってな これも受けの内なのさ」
鎖を弾かれたリンの態勢は、僅かではあるが崩れていた。
それを見逃すはずもなく、疾風の如き速さでリンの懐へと攻め込まれる。
「見えてるもの程信じちゃいけねえもんはねえ 『疑ってかかる』のは戦いの基本さ」
腰に携えた刀は一本だけだった。だからこそ、それを基本とした立ち回りをしていた。
だがそれはブラフだった。一本だけだという先入観が、他の武器という存在を失念していた。
「一つ一つは小さな事でも 見逃せば命取りになる」
その言葉は幾多もの戦いで学んだ確かなものなのだろう。
「さあて おじさんそろそろ本当にお命頂戴しちゃうよ」
左手に逆手で持たれた脇差しは、リンの胴体を切りつけた。




