敗北
土の聖剣『ガイアペイン』が光を放つ。すると大剣は姿を変え、長い『鎖』へと姿を変えた。
「なんだって!?」
鎖はツヴァイの左腕に巻きつき、強く締め上げる。動揺している隙をリンは見逃さなかった。
(ここで流れをこっちに引き込む!)
隙をついてツヴァイの腹部を蹴り、距離を無理矢理取らせる。この距離を維持するために全力で挑む。
「何かと思えば鎖か! けどその程度じゃまだまださ!」
「捕まえたらこっちのもんだってこと忘れるなよ」
一気に引き寄せる。ツヴァイも抵抗するが、鎖を切ることができずに手こずっている。
意思を持つかのように、鎖はツヴァイの全身へと鎖が絡まっていく。
「あ〜もう! なんだよコレ!?」
「動けない敵をなぶるのはどんな気分だろうな?」
鎖に力を込め、上へ鎖を思いっきり持ち上げるとツヴァイが宙へ浮く。そのまま地面へ叩きつけて今度は引きずりに移行する。
更に近くの木々へぶつけてなぎ倒しながら、確実にツヴァイへダメージを与えていった。
「なかなか気分がいい」
「最低の気分だよこっちは」
「喋る余裕があるんだな?」
「そう上手くいくと思わないことだね」
「そうかい!」
再び宙へと持ち上げ、地面に叩きつける。
だが地面へぶつかる直前に態勢を立て直し、ツヴァイは足から着地した。
「次縛れたら足も縛っとくんだね!」
「参考になるよ」
流れが少しだけツヴァイへ傾く。そのままツヴァイの反撃へ行動が移った。
縛られたままこちらへ突撃してくる。
鎖をこちらへ引き寄せる力を利用されてしまったら、むしろ逆効果になってしまう。
一旦鎖を剣の姿へ変える。苦肉の策だが、今はこうする他はない。
「これで解放された! 同じ手が何度も通じると思うなよ!」
「そいつは俺の台詞だ」
最後の賭けだ。右手には剣へ姿を変えた土の聖剣『ガイアペイン』が握られている。
右手に力を込め、大きく地面へ振りかぶる。
「ツヴァイにできて土の聖剣ができないはずがねぇ!」
叩き壊す勢いで地面へ聖剣を叩き込む。
すると地面の一部が盛り上がり、土の柱がツヴァイへ向かう。
突然のことに対処しきれなかったツヴァイはその一撃が直撃した。
「ぐわあああぁぁぁ!?」
会心の一撃だった。勝てる筈の無い戦いに、ついに終止符をうてるその一手を、ツヴァイへ叩き込むことができたのだ。
砕けた柱がツヴァイに突き刺さる。倒れたツヴァイを見て、リンは呆然とした。
「おいおい……勝たせてくれよ」
「へへへ……そうかこれが『敗北感』か」
地面に仰向けに倒れたままツヴァイは口を開く。
負けたわりには、随分と余裕そうにリンは聞こえた。
「……まだ動けるのか」
「ああそりゃあね けど負けたんだろうねこれは」
潔く負けを認め立ち上がるツヴァイ。あれだけ叩き込んでもまだ立ち上がるその姿に再び恐怖を覚える。
「本当……化けもんだな」
「こりゃいいや 『負けたくない』の気持ちが強くなった」
その顔は不気味にも笑顔だった。
「もう二度と味わいたくないこの気持ち……それを教えてくれてありがとう」
ツヴァイは構える。
リンは知りたくなかった。だが理解してしまった。
これが本当に『本気』で相手をする時、全力を出す時の構えなのだと悟ってしまったのだ。
「第二ラウンドだよ聖剣使い もう勝ちは譲らない譲らせない」
その絶望に何も出来なかった。
諦めてしまいたい、そう思った時にもかかわらず、突然現れた男によって場の空気が壊された。
「待ちなさいツヴァイ」
「アイテッ!?」
その男はツヴァイの後ろ髪を引っ張り制止した。
「なにすんだよ〜!?」
「何を勝手なことしているんですかアナタは…… すぐに帰還を」
ツヴァイと同じくらいの身長に濃い灰色の髪、アインのようなローブ姿だがフードは被っておらず、その代わりに口元は黒いマスクで隠されていた。
青色の瞳に眼鏡をかけたその男は物怖じせず、ツヴァイにズバズバと文句を言う。
「まったくアナタという人はちょっと目を離すと何をしでかすかわかりません 長い付き合いですがどうにもこればかりは治してもらわなければ困ります それにいつもアナタはですね……」
「わかった! わかったからもうそのへんで勘弁してくださいこのとおり!」
(ツヴァイが頭を下げてるだと?)
早口でツヴァイを責め立てている男は、こちらを見ると嫌味ったらしくご丁寧に頭を下げて挨拶する。
「これはこれはご機嫌よう聖剣使い御一行 私は『ドライ』 『軍士ドライ』などと呼ばれてますがどうぞお見知り置きを」
消去法でなんとなくリンも察していたが、姿を現したの最後の魔王三銃士。
魔王三銃士が二人のこの状況。勝ち目はもはや見出せない。
「勘違いしているようですが 私に戦う意思はありません」
「……何だと?」
「魔王様の命により早急に戻るようにと言われております……聖剣使いはそのままにとも」
メガネをクイッと持ち上げそう言った。
つまりこの状況下で、リン達を見逃すというのだ。
「……にわかには信じられないな」
「私は戦いは苦手でしてね」
「どの口が……」
「何か言いましたかツヴァイ?」
「いえ何も」
ドライに睨まれるとツヴァイは口をふさぐ。どういう関係なのかすぐに理解できる。
「それに魔王様の命に背くことなど死んでもごめんです」
「何で魔王は見逃すような真似をする?」
「さあ? それに知っていても私がわざわざ話すとでも?」
「おっしゃる通りで……」
こちらは話すメリットなどこれっぽっちもないのだから当然であった。
「それよりどうです? まだ信じられないのなら取引するのは」
「言ってみろ」
「我々はアナタ方を敵として排除します ですが……それはあなた方が我々の『邪魔』をするからです」
「つまり……もう魔王軍に関わるなと」
「さすが聖剣使いは理解が早いですね」
パチパチと嫌味ったらしく拍手し、ドライは取引を持ちかけてきた。
「悪い話ではないでしょう? アナタが我々を見逃してくれさえくれれば我々もあなたを見逃す ギブアンドテイクですよ」
元々リンのこの旅の目的は、魔王を倒す事ではない。あくまでも『元の世界に帰る』事をである。
元の世界にさえ帰れるのであれば、魔王を倒す必要は無いのだ。
(……いつのまにか目的が変わってたな 賢者の石を集めるのにわざわざ魔王軍と戦う必要なんてない)
ここで提案を呑む事がが正解だった。
そう言ってしまえば楽になる。
「さあ早くしてください 我々も暇ではないんですよ」
「そうだな……お前らと関わるのは真っ平御免だ」
「交渉成立ですね」
「いいや……交渉決裂さ」
「……何ですって?」
ドライは信じられないという顔をする。
リン自身も、この返答は普通に考えたら信じられない返答であると理解している。
「魔王に伝えとけ 邪魔してるのはお前の方なんだから世界征服なんてガキっぽいこと考えてねえでおとなしくすっこんでろってな」
大人しくしてればいいのに、どうしても嫌だったのだ。
この世界をいいようにしようとする魔王が。
「……いいでしょう 伝えておきましょう」
意外にもあっさり引き下がる。
それは『魔王軍の勝利』を確信しているからである。今更こちらを危険視などしていない。
後ろを向きツヴァイの首根っこを掴んで引きずるとこちらに振り向いてドライはこう言い放った。
「一つ言っておきますが……次に会うときは消し炭にしてあげましょう」
表に出ないだけで、相当頭にきていたようだった。
「やってみろよ こっちには火の聖剣があるけどな」
「一つ忠告しておきますビッグマウス アナタは所詮この世界に紛れ込んだドブネズミであると自覚しておくんですね」
「肝に銘じておくよ」
「今回はあなた方の勝ちということにしておいて構いません 我々は最後に勝てればそれでいいのですから」
ツヴァイとドライは虚空へ消えた。魔王のところに帰ったのだろう。
緊張が解け、身体から力が抜けていく。薄れゆく意識の中感じたのはただ一つ。
(見逃しておいて……何が勝ちを譲るだよクソッタレ)
敗北感であった。




