男と女・あたしの場合
1
あたしの名は、石原マリモという。
親がつけてくれた名前だから仕方ないけどマリモっていう名前が小さい時から嫌いだった。
マリモと聞けば誰だって北海道の阿寒湖のあの(まりも)を連想する。
藻が固まってできた緑色の丸い植物。
あたしの父親は阿寒湖の近くの山村で生まれ母親はその隣の小さな町で生まれた。
だから二人が東京に出てきてあたしが生まれた時にはためらいもなく故郷にちなんだ「マリモ」という名前を付けたらしい。
「わかりやすくていい名前じゃない」
母はそう言う。でも、嫌だ。
この間だって、営業先で名刺を渡したら、
「石原マリモさんですか・・。マリモさんって珍しい名前ですね。ご出身はひょっとして北海道ですか?」
初対面なのにそんな事聞くなよ、と思いつつ、
「え?ええ。まア・・。そうなんですよ」
などとにが笑いしながら答えてる自分がまた嫌いだ。
2
あたしの仕事は一応、銀行員だ。
小さな銀行の営業をやっている。もう勤め始めてからかれこれ十年になる。営業の仕事には慣れているけど、問題なのはこのご時世でこの銀行もいつつぶれるかわからないということだ。
課長は何としてもこの銀行は破綻させない、生き残りをかけるんだ、と毎日吠えながら目を血走らせている。
「団塊世代の退職者をターゲットに預金顧客の倍増」
これがスローガンだ。おかげであたし達は毎日、
雨の日も風の日も保険外交員のように外回りをするはめになっている。
団塊世代といっても金持ちなんかそんなにいるわけはない。財布の紐は堅い。
「その紐を緩めるのがセールス外交の腕の見せ所だろ。まずはスマイルだ。
そして相手の目を見ろ」
課長はそう言いながら食い入るようにあたしの目を見つめている。
そんなに見つめられたんじゃ、はっきり言ってあたしはコワイ。
「説得の秘訣はね、いいかい、すぐに本論に入らずに、ま、入ってもいいが、肝心なのはここだ。客と雑談をたくさんするんだよ。例えば、玄関に盆栽なんか置いてあったとする。それを見逃してはいけない。褒めるんだ」。
急に声音まで変えて、課長は続ける。
わあ、この盆栽いいですねえ。丹誠こめてお世話されてるんでしょうねえ。とか、何でもいいから褒めてほめて褒めまくる。ただしうわっつらのおべんちゃらではいけない。
団塊世代の老人はだいたいが暇なんだよ、話し相手もほしいから、相手は必ず乗ってくる。
次に趣味の盆栽のノウハウを尋ねたりしながら、相手にしゃべらせる。
相手が得意満面になってしゃべりだすようになったらしめたものだ。セールスはコミュニケーションだ。相手を尊敬する気持ち。うなづきながら目を見てよく聞いて相手の気持ちを汲み取る。
誠意と真実と信用だ。ここがポイントだ。
その時に相手がのってきてしめしめと早合点して、
「実はこんな金融商品があるんですが、お客さんどうですか」
なあんていきなり無粋なこと言っちゃおしまいだよ。
すべてぶち壊しだ。ここで功を焦るやつは馬鹿だ。
いいかい、焦っちゃ駄目だ。最初から財布を開けてくれるような客はまずいないからね。
そのあとは、すぐ引き下がれ。
そう。帰るんだよ。出直すんだよ。
「いやあ、たいしたもんですねえ。あたしも盆栽したくなっちゃいましたよ。ホントありがとうございました。また教えていただけますかあ。是非また教えてくださいますよね。是非今度また寄せていただきますう。はい。どうかよろしくお願いします」とか言う。
そして何度もスマイルだ。何度もお辞儀だ。何度も、ありがとうございました、だ。
第一ラウンドはこれでいい。
で、そのあとだけど・・・。
そのあとが肝心だ。近くの本屋か、図書館でもいいけど、盆栽のことについて調べるんだ。
本気でやれ。
あの銀行員はやる気になってるな、ってとこを見せなきゃいけない。
そして実際に自分も盆栽のまねごとでもしてみるんだな。
「はあ?ぼ、盆栽をですかあ?」
「バカ、例えばの話だ」
・・・課長は熱っぽい視線であたしを見つめながら延々と持論を説く。
3
こうして課長の顔を見てると、なかなかいい男じゃん、と思ってしまう。二重まぶたのちょっと茶色い目が何か情熱的で、年に似合わずふさふさした黒髪もカールしていてけっこう格好いい。細面で鼻筋の通ったとこなんか、ちょっと古いけど、昔のスティーブ・マックイーンばりだ。
ついつい課長の目を眺めながら、その目は確かに凄く血走ってはいるが、うん、うん、そうですね、そうね、と。頷いてしまってる自分に気づく。
課長とあたしの年の差はだいたい十年ぐらいだと思う。
あたしはもう正直いっていつの間にか三十二歳になってしまった。
付き合ってる人はいない。学生時代にはいた。
でも、勤め始めてからは全然その気になれない。
というと、嘘になる。結婚願望はある。本当はその気は大ありだ。
あたしが二十五歳頃の時の話だ。その人と結婚まで考えた。相手のアパートに荷物まで運び込んで、半同棲のような生活をしていた。一年間ほどそうやって生活して付き合ったあと、
「結婚しよう」という話になったその矢先に相手は突然トンズラした。
まったくわけがわからなかった。アパートに帰ると、置き手紙だけがあった。
それ以来、異性不信症に取り憑かれていた。
やっとこの頃それも薄らいでまともになって来たところだ。
けれど、それからというもの異性に対する見方が変わってきているのは事実だ。
あたしには近寄りがたいような雰囲気が、自分ではわからないけど、他人からみるとそんな感じになってるらしい。目に見えない防御バリアがどうやらあたしの身体には張られているらしい。
第一、辺りを見回してもあたしにとっては魅力を感じる人もいるはずもない。
たまにいても、そういう人はすでに結婚していたりするものだ。
そう。あの頃からあたしはヘアースタイルを変えたんだった。
ざっくりと思い切って短髪にした。今でも髪の毛を極端に短くしている。
上司や同僚はあたしの髪を見て、それじゃあまりにも短くし過ぎじゃない、と言う。
でも、接客に支障をきたしているわけでも何でもない。自分のスタイルをずっと通している。
結婚する気はあるの?
あたしだって、自分で言うのは変だけど容姿はそんなに悪い方じゃない、人並みだと思っている。ま、こればかりはこんな事を何度言ってみても始まらないけど・・。
身長だってけっこうある。体重だってスリーサイズだって標準値だ。
4
課長があたしの顔をのぞき込んだ。
「おい。聞いてんのか?」
課長の顔がすぐ目の前にある。あたしの顔の前でひらひらと掌が揺れている。
「瞳孔が開いてるんじゃないか」
課長は言う。まさか。
でも、ついぼんやりしてた。
他の事を考えてるとすかさず突っ込んで来るとこはさすが課長だ。
「よし。もう話は終わり」
教師がぱたんとテキストを閉じるような口調でそう言う。
課長はちょっと怒ったように席を立ち上がりかける。
と、
「ところで、君、今夜ヒマ?」
今度はにこっと笑ってそう聞いた。
「炉端焼きのいい店があるんだ。今夜、一緒に飲まないか」
妙に潤んだ眼差しだ。
あたしは言葉を失っている。課長の顔をポカンと凝視しているあたしに向かって課長は笑いながらさっきと同じように片方の掌をひらひら軽く振った。
「何ボーとしてんだよ」
あたしの眼前に掌をかざしながら、
「大丈夫か?目が死んでるぞ。いや、実はね、他でもない折り入ってちょっと君に話があるんだよ」
折り入って?あたしにハナシ?
なんだそれは。
あたしの脳裏を軽い好奇心と動揺とが同時に走った。
甘く優しい声で
「いいね」
という課長の駄目押しにあたしはこっくりと頷いていた。
5
その夜。
炉端焼きの店は確かに感じのいい店だった。藁葺き屋根の古い民家だった。
あたし達の仕事場は都心からずっと離れたところだが今どきこういう店は珍しい。
中に入ると、これが正面に囲炉裏があって、田の字形の間取りのそれぞれに囲炉裏がある。渋い焦げ茶色のカウンターがそれを囲んでいる。もちろん座敷に座ろうと思えば掘り炬燵も用意してあって、これまた東北の田舎の家を思わせる落ち着いた風情だ。
店内にはゆったりと静かなバイオリンの音が流れている。
課長は席に着くとすぐに慣れた口ぶりで手際よくオーダーを出した。
まずはビールで行こう、そう言うと課長はジョッキをかかげ「乾杯」と言った。
あたしのジョッキにカツンとその縁をあてて流し目でにっこりあたしの目を見つめた。
見つめられると背中の辺りから胸にかけてキュンと何かが走る。
あたしは思わずあたしの短い髪に手をやる。
今夜、ひょっとして何か起こるかもしれない。そんな事になったらどうすればいいのだろう。
そんなあたしの思いとは裏腹に課長はジョッキのビールを半分ほど一気飲みをして、
「ぷはー、うめえ!」
感極まったようにそう叫ぶと手の甲や掌で唇をぬぐっている。
「ったく、仕事がえりのビールぐらいうまいものはないねえ」
口をぬぐったその掌を両手でせわしなく揉みこすり課長は手元の箸を引き寄せた。
6
「いや、実は、他でもない話というのはね・・・」
課長はくさやの干物をかじりながら切り出し始めた。
「君の見合いのハナシだ」
そう言うと、課長はぐいと残りのビールを飲み干した。
「げっ!?」
あたしは思わず後ろへ倒れそうになった。
7
相手の名前は山下ユウキ。商社の営業担当。年は同じ三十二歳。
堅苦しく考えないでサ、気楽に出会ってくれりゃいいんだよ。
結局、課長に口説かれてしぶしぶ出会うはめになった。
しぶしぶというのは実は真っ赤な嘘で内心はやったーといいう晴れ晴れマーク。
この年であからさまに喜びを顔に出すのは何かいかにも普段持ててないようで悔しいから。
乗り気のなさそうな顔をしつつその実胸の中では小躍りしていた。
どっかいい雰囲気の喫茶店みたいなところがいいなあ。と課長は言った。
そうだ、赤坂の第一帝王ホテルのラウンジなんか割といいかもな、というわけだ。
気が早いというか気が効き過ぎるというかこのおせっかい課長の仲介であっという間に見合いの段取りは進められた。
あの古風な炉端焼き屋さんで課長と差しつ差されつ、もうちょっとロマンチックなドラマの展開もいいかなと思ってもいたのだが・・・。
急転直下こんな話になってしまった。
8
一週間後、あたしはその相手と出会うことになった。
実を言うと前夜一人でビールを飲み過ぎてその日はちょっとお腹の調子が悪かった。
きっと冷えたのだろう。翌日の見合いのことを想像するとちょっと心もはずむ。
ついついビールもはずんで喉に流し込んでしまっていた。
朝起きるとなんかお腹がぐるぐるする。市販のお薬を飲んでいった。
ホテルのフロントの奥に広い喫茶ラウンジがあった。座っている客はそれほど多くない。
けっこう大きな観葉植物がいくつか置いてあってその片隅に隠れるように課長とあたしは座っている。
別に奥に隠れるようにする必要もないが、おおっぴらに入り口に席を陣取る必要もまたない。
課長はコーヒーを一口啜ると、向こうの方を見やり、そしてちらっと腕時計を見た。
「お、来た来た、ほらあそこにさっそくご登場だぞ。時間ぴったしだな。やっこさん外のどっかで時間が来るのを今か今かと待ってたんじゃねえか」
笑いながらそう言うと、おーい、こっちだ、こっちだ、馬鹿でかい声を出して手招きした。
相手は少し照れたような表情で笑みを浮かべながら小走りでやってきた。
長身でなかなかカッコいい。
「すみません。遅くなっちゃって」
課長とあたしとを交互に見ながら相手はそう言った。
「いやいや。全然。ちっとも遅くないよ」
言いながら課長はおもむろに立ち上がると、
「紹介するよ。この人が石原マリモさん。こちらが山下ユウキさん」
片方の掌を広げてそれぞれの胸先に勢いよく突きつけた。
あたしもあわてて立ち上がる。
「初めまして。石原マリモと申します。よろしくお願いします」
相手も復唱するように同じようなことを言う。
「さてと」
椅子に腰をおろすと課長はお互いの顔を見た。
「しばらくしたら俺は消えるけどサ、消える前に、俺から見た二人のプロフィールを言っとかなくちゃね。お互いを紹介した者の責任としてね」
ここで課長はコーヒーを一口飲んだ。
9
ラウンジには心地よいジャズが流れている。ベースの低音がうねるように床を這ってくる。
「この石原マリモってのはいいやつでねえ、俺のもっとも信頼のおける部下なんだよ」
課長は相手の山下ユウキに向かって言った。
あたしは照れながら人に今までに見せたことのない自分で最高の笑顔をつくっていたと思う。
課長を見たり山下ユウキというその相手を見たりしてもじもじしていた。
相手も膝の上に両手を乗せて笑顔満面であたしと課長の顔を見比べている。
「仕事もよくできてね、営業成績も今の部署の中じゃダントツでさ、同僚の受けもいい。見た目はこんな感じだけどサ、しっかりしててホントに思いやりのあるやつなんだよ」
課長はここで言葉を句切ると再びコーヒーカップに手を伸ばした。
「でさあ、一つだけこの際だからあえて言っておくけど。勘違いされやすいことが一つあるんだ。それってのはね、、、」
カップを自分の胸元のところで止め、課長はゆっくりとあたしの方に顔を向けた。
10
「この男はサ、今紹介したようにマリモって名前なんだけどサ、その名前のせいかどうか、よく女性に間違われるんだよ。だから営業先でも名刺を通してから面会する場合なんか、会う前にたいてい女に間違えられる」
課長はそう言って軽やかに笑った。
この男ってそれはないでしょ、課長。せめてこの人はって言ってほしいなあ、と内心思ったが、
「名前ばかりはこれは仕方ないやね。この名前が得してるのか損してるのかはわからないけど、よくまちがえられるのは事実だ。あはは」」
ジャズが今度はドラムソロを奏でている。
「いや、実はさ。俺もびっくりしたんだよ。こいつが営業部に入って来て俺の所属になった時、俺は事前に履歴書だけは見てたんだけどね、写真は見てない。で、ドアを開けて入って来たのはナント丸坊主の背広上下の大男だったんだからね。
石原マリモは正真正銘のオニイサンだったのさ。俺はこの名前からして、てっきり女性だろうと思ってたんだけどね。驚いたね。
課長はそう言うとまた一人で笑い出した。
「でもそんなのよくあることじゃないですか。私も、ユウキって名前だから人がこれ聞いたら男か女かわかんないってよく言われることありますよ」
山下ユウキも笑いながら答えている。
「で、その坊主頭はどうした、って聞くと実は彼女に振られました。だから丸坊主にしましたってんだ」
山下ユウキはここでけらけらと声を立てて笑った。ちょっと厚化粧だけど顔は悪くない。
山下ユウキは目尻が下がると人なつっこい愛嬌のある表情になった。
口に手をやったときに細くて白い指が綺麗だ。
「だけど、こいつはさ。いけないところが一つある。
普通は会社では顧客との接遇では、わたくし、またはわたしだ。ところが舌が短いのかどうか知らねえけど、どんなに言っても、あたくし、あたし。
これなんだよ。そういう風にしかどうしても言えない、発音できないってえの。これにゃ参った」
課長は大口を開けて笑った。
汗をかいていた。何か腹の調子も悪い。
スーツの胸ポケットからハンカチを出して額をぬぐった。
それから課長はその後、もちろんあたしの良いところも並べてあれこれ持ち上げてくれた。
いいやつなんだよホントに、真面目だしそうかといって堅物でもなく人間味もあるしサ、俺が女で もう少し若かったら惚れるね、とか何とかお世辞の大盤振る舞いをしてくれていた。
山下ユウキは、笑ったり頷いたりまた感心したり。
課長の例のおしゃべりと話のうまさに引きずりこまれている。
さすが営業のベテラン。勧誘セールスのプロだ。
人の気をそらさせず上昇気流に乗せていく。とても真似ができない。
「で、こちらの山下ユウキさんはねえ」
今度は、こっちに向き直って彼女の紹介をし始めた。
「俺の友達がこの山下ユウキさんと同じ営業部署にいる関係でね、一緒にゴルフなんか、今まで何度かやってて、それで知ってるんだよ。気だてはいいしさ、見たとおりの美人だしね、ホントいい人」
課長が得意満面でそう言ったその時だ。
下っ腹に激痛を感じ始めた。
思わず顔を歪めてしまった。
「何、その顔・・・」
課長はこの変化を見落とさない。
すかさずそう言った。山下ユウキもあたしの顔を見た。
耐えられない激痛が下腹部に走っている。返事もできない。やばい。
その激痛は今度は肛門から大腸あたりにかけて震撼するような強烈な周波に切り替わった。
耐えられない。思わず歯を食いしばる。するとまた口がへの字に曲がってしまう。
笑顔を作ろうと今度は必死に笑おうとする。が、それは何とも不自然で、
これじゃ昔学校で習った「ベロだしチョンマ」人形の泣き笑いだ。
志村ケンが変顔でけっけっけと笑っているような顔をしているに違いない。
押し寄せる下腹の波に耐えられずに椅子の上で腰をもじもじと左右に捻ったりして我慢していた。
二人は、あぜんとしてあたしの変顔を見ている。
いけない、これではいけない。早く治まってくれ。
唇を尖らせたりすぼめたりして何とかごまかそうとする。
でも、運が悪いとはこのことを言うのだろう。こんなところで夕べのビールが災いするとは。
その時怒濤のような大周波が肛門の辺りを直撃したのだ。
どうにもならない。思わず腰を浮かせた。
その拍子に、ブリッという鈍い音がパンツの中から聞こえた。もう駄目だ。
課長と山下ユウキは驚いて顔を見合わせている。
「うわ。ご、ごめんなさい。ち、ちょっと失礼します」
そう叫ぶが早いか、あたしは脱兎のごとく走り出していた。
走りながら肛門から何かぬるぬるした液体が漏れ出すのがわかった。
もうどうにでもなれ。
あたしが駆け込んだのはもちろん間違いなく男性トイレだった。
あたしはトイレの中で周期的に押し寄せる下っ腹の激痛にいつまでも身悶えていた。
11
その後。このお見合いは結局・・・。
破談?
イヤ、仕切り直しになったよ。
そりゃそうでしょう。
これから付き合って将来新郎になろうかって男がうんちを漏らしたままでサ。
っていうか、ズボンのケツにうんち染み出したままの姿でサ、
そのあとまさか一緒にデートするわけにはいかないでしょうが。
あのおかしなブリッていう直撃音を聞きゃお前のパンツの中にうんちが漏れたってのは相手にもわかってんだからよ。
いつまでもトイレから出てこないからあの後俺心配になってトイレまで見にいっただろ?
お前、トイレのドア超しに泣きそうな声出してさ、今日は最悪ですもう駄目です。
課長は涙目になって笑いながら言った。
まったく困った男だよ。いざって時にこれだもんな。
でも、これで破談ってのはあまりにもあまりだからナ。
別の日にもう一度出会いましょうと、
こういうわけでそのあとユウキさんにはうまく言ってお引き取り願ったよ。
それに、相手の山下ユウキも、そんな事誰にだってあることじゃないですか、
調子の悪い時はお互い様、と全然気にしてない様子だったよ。
別にお前を嫌ってるわけじゃないからね。安心しろ。たまたま体調が悪かっただけだ。
で、どうだい、来週の日曜日空いてるか。仕切り直しの見合い第二弾の開催だよ。
今度は、前の晩のビールはほどほどにしときなよ。
課長は、あたしの肩をぽんと叩くと笑いながら出て行くのだった。
おしまい