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day dreaming


二日目


 目覚めは着信とともにだった。充電器からスマホを外し、寝ぼけ眼のまま電話をとる。


「もしもし……?」


 声がからからだ。

 寝起きだから、ずいぶんと不機嫌な声になってしまった。


「もしもし、アタシ、メリーさん!」


「またかよ……」


「いま、カリフォルニアにいるの」


「なにがあった……?」


「国際通話はお金がかかるから切るね!」


 ぶつ、一方的に通話を切られる。

 それにしても随分とハツラツな声だ。

 昨日の夕方、ウチを訪れたメリーさんはウェルカムドリンクを飲み干すと「ぷはぁー」と息をついて「やっとこれた!」と白い歯を見せて笑った。

 肌が白く髪が金色の白人の少女だった。整った顔立ちをしていて、人形のように可愛らしかった。たぶん小学二年生くらいだろう。

 なんでウチにきたのかと尋ねたら「なんとなく」と返された。答えになってないと文句を言っても聞く耳持たず、結局テレビゲームだけして、17時くらいに「チャイムが鳴ったから帰るね!」っとさっさと帰っていった。 まるで嵐だ。

 まったくもって意味不明だった。

 今度はカリフォルニアからのスタートらしいが、彼女はどこに向かっているのだろう。


「ハローアタシメリーさん」


「挨拶が英語になってる……」


「そういえば知ってる? 世界各国のもしもしってなかなか面白いんだよ。アメリカだとハローで中国だとウェイウェイなんだって! いきがった大学生みたいだね!」


「いや、それより、君、なんで海外に……」


「ふとカリフォルニアに行きたくなるときあるよねぇ」


 ねぇよ。

 昨日あのあと飛行機に乗ってカリフォルニアに行ったのか。アクティブ過ぎるだろ。


「いまはねぇー、ハリウッドにいるの!」


「ハリウッド?」


 映画化決定?


「タタタターン、ターン、タタタタターンターン、タタタターンタン、タタタタタンー♪」


「分かりづらいスターウォーズをありがとう。もしかして昨日みたいにまたウチ来る気?」


「昨日? 日本とアメリカだと時差があるからアタシにとってはまだ今日だよ!」


「いや、ワケわかんない屁理屈こねるのやめろよ。どこ目指してるんだよ」


「可児ちゃんち」


「まだ知り合って一日も経ってないのにずいぶんと親しげになったな!」


「……一日じゃないよ。覚えてないの?」


「え」


「日本とアメリカじゃ時差があるってさっきいったばかりじゃん」


「そういうことを言ってんじゃねぇよ! 親はなにして……」


 切られた。都合が悪くなるとすぐ電話を切る癖をやめてもらいたい。

 なんだか頭が痛くなってきたので、二度寝と洒落こむことにしよう。

 毛布に潜り込んで、俺は丸くなった。


 しばし、微睡み、眠りの湖底に沈む。


 再び着信で起こされる。冷静に考えたらひどい嫌がらせだ。履歴をみたらメリーさんで埋まってた。


「もしもしアタシメリーさん。いま空港にいるの」


「あのさ、さっきの話の続きなんだけど、君、親は」


 切られた。さすがに俺が切れそうだ。

 顔をあげて時計を見るとちょうど正午だった。

 お腹も減ったし、起きるか。

 立ち上がって台所に向かう。今日は夕方からバイト先の人と飲む約束になってるし、昼は軽く済ませよう。

 メリーさんからは電話はなかった。さすがに気まずくなって電話をためらっているのだろう。

 ここで彼女との繋がりが途絶えてしまうのは悲しかったがまあ仕方ない。

 何者かなんて知らないけど、もとよりイタズラから始まった通話だ。昨日会えたことが奇跡に近いし、ここいらで終わりがちょうどいい。


 21時頃。

 飲み会いい感じに盛り上がっている途中、非通知番号設定の電話があった。

 慌ててトイレに移動して、取る。


「もしもし、アタシメリーさん」


「こんな遅くに……」


 けっこう向こう口がざわついているのがわかる。


「いま成田空港にいるの」


「まじでか……」


「スッゴい混んでる。つかれた。座りっぱなしもきついね!」


「そりゃあ、お盆の時期だしなぁ」


「よぅし、それじゃあ、いまから向かうね!」


「えっ、正気かよ!」


 再び切られる。まじか、まじかぁー。トイレでため息をついて、俺は飲み会の席に戻った。

 二次会はカラオケにいく予定らしいが丁重にお断りして、場を盛り下げながらも、帰宅した。家につくと同時に、見計らったかのように着信があった。


「アタシ、メリーさん」


「ああ、たったいま俺も家についたよ」


「いま日暮里にいるの」


「……電車使ってんの? 大丈夫か、昨日みたいに乗り間違えない?」


「ば、ばかにしないで。バスは無理だったけど、電車は得意なんだから!」


 電話の向こう側でアナウンスが鳴り響いた。『まもなく山手線外回り電車が参ります。白線の内側までお下がりください』。


「あ、電車来たから切るね! 車内での通話はマナー違反なんだから!」


「まて、外回りじゃない、内回りに乗れ」


「え、あ、そっか。いや、まって……、山手線はカンジョーセンだから関係ないじゃん!」


「まぁ、そうかもしれないけど」


「結果だけ求めていると人は近道したがるんだよ! いつかはたどり着けるんだよ!」


「……いやその理屈はおかしい……」


 電話を切られた。

 結局どのルートをとることにしたのだろうと考えながらテレビを付けて、見るともなしに眺めていたら、30分後くらいにまた着信があった。


「も、もしもしアタシ、メリーさん」


「ああ、結局外回り乗ったの?」


「ひぐ、ひっぐ、いま、新宿にいるの」


「あれ、泣いてるの。また迷ったか?」


 雑踏がすごい。混んでるだろうから心配だな、と考えていたら、電話の向こうで「代わって」と聞こえた。


「もしもし」


 舌足らずの可愛らしい声が野太い声にチェンジした。いままでで一番恐怖だ。


「あ、もしもし」


 誰だろうか。男の低い声だ。


「警察の者だけど」


 補導されてんじゃねぇよ。


「発信履歴からかけさせました。おにぃさん、こんな小さい子をこんな時間に歩かせるのは危ないでしょ」


「はぁ、いえ、その」


「どうする? 交番で保護してるから、引き取りに来てもらいたいんだけど」


「えーと、なんといいますか……」


「まあ、しかたないね。こんな時間だから。お兄さんは何歳(いくつ)?」


「十九歳です」


 引き取りにいってもよかったが、一つ問題があった。未成年者の飲酒は法律で禁止されているのだ。俺は酒に弱く、飲み会のあとだと、すぐに顔に出た。

 この状態で警察署に行くなんてまさに飛んで火に入る夏の虫なのだ。カルーアミルクが悪い。


「んー、未成年か。仕方ないな。今回は特別送ってあげるから、以後こんなことないようにね」


「あ、ありがとうございます」


 なんでかわかんないけど、俺はお礼と自らの住所を告げて電話を切った。


 彼女の保護者のことはよく知らないが、両親のことを聞こうとするといつも電話を切られるので、追求するのはやめておくことにした。

 あんまり深く考えたくない。

 それから一時間ほどして、自宅マンション前にパトカーが止まったのを、ベランダから見下ろした。


「もしもし、アタシメリーさん。いまマンションエントランスの前にいるの」


「ああ、上から見てたよ」


「警察ってやーね。すっごい高圧的! アタシは一人で大丈夫って行ってるのに全然話聞いてくれないの」


「まあ、その見た目じゃね。つか、なんでこんな時間にウチに来たんだよ。帰れよ、自分チに」


「いま、エレベーターに乗ったわ。電波が遠くで聞こえづらいわね。それにしてもアメリカから長い道のりだった」


「いや、ほんとだよ。なんでそんな強行軍なのさ」


 電話の向こう側とドアの向こう側で、同時にチンとエレベーターが到着する音がした。


「いま、ドアの前にいるの」


「ああ、開けるよ」


 通話を切って、ドアを開ける。

 もうわけがわからない。元ネタが怖い話というのを忘れてしまいそうだ。


 昨日と同じようにメリーは立っていた。

 ただし昨日と違うのは彼女がサングラスと星条旗柄のハデなシルクハットを被っているところだ。アンクル・サムかよ。


「くっちゃ、くっちゃ」


 しかもガム噛んでる。ここまでアメリカのイメージを膨らませている人も珍しい。


「ギャングオブニューヨークー!」


「は? 」


「ただいまー!」


「ただい……? あ、えっとおかえり?」


 サングラスをおでこにすっとずらし、彼女は青い瞳を覗かせた。


「はいこれ!」


「え?」


「アメリカ土産!」


「ああ、えっとありがとう」


「ゆぁーうぁるかむ!」


 差し出されたのは体に悪そうな印字が施されたチョコレートの箱菓子だった。


「それじゃあ、またね!」


 ウィンクとともに、バタン、と扉が閉められる。


「あ、ちょっ」


 まさかお土産渡すのだけが用事だったのだろうか。わざわざ届けてくれたのだ、お茶だけでも出してあげようと思って、閉められた扉を再び開ける。エレベーターの方を確かめた俺は思わず息を飲んでしまった。

 廊下には誰もいなかった。




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