sunny day
眠れなかったんで、ありがちなネタを自分なりに書いてみた。
一日目
ゲームアプリ専用端末となっているスマホに着信があった。非通知設定だ。一抹の緊張感を持って通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「もしもしアタシ、メリーさん」
一度耳から携帯を離し、画面を確認する。やっぱり非通知だ。クエスチョンマークを浮かべながら耳に当てる。
「どちらさま、だって?」
「メリーさん!」
「自分のことを『さん』付けとか、新しいな…… 」
「いま馬賀野駅前にいるの!」
「はぁ。たぶん番号間違えてますよ」
「えっ、うそ。可児さんの電話番号であってます?」
「あっ。はい可児は自分ですけど」
「あってんじゃぁーん」
ぶつ、と電話が切られる。なんだってんだ。
メリーさんというと一昔前の怖い話を思い出す。
こんな感じで電話があって、数分おきのコールの度に近づいてきて、最終的に背中に立たれるというやつだ。
相手がゴルゴ13だったらどうするつもりだろう。
と下らないことを考えていたらまた電話があった。
「もしもしアタシ、メリーさん」
「イタズラ?」
「いま、馬賀野小学校の前にいるの」
「え、まじ」
たしかに近づいてきていた。自宅まで十五分くらいの位置だ。
ぶつ、っと切られる。なんてことだ。
ちょっとドキドキしてきた。十中八九誰かのイタズラなのだろうけど、万が一ということもある。
俺は台所に直行し、塩を用意した。
南無阿弥陀仏!
「あっ、電話だ」
すぐに通話ボタンを押す。そもそも恨まれるようなことはしていないはずだ。彼女の電話がどのような結末をたどるかわからないが、最悪に備えておいた方がいいだろう。
「もしもし……っ」
存外、喉が震えた。俺は自分が思う以上にびびっているようだ。
「もしもしアタシ、メリーさん」
「だ、誰だよ、あんた」
「ん、メリーさんだよ」
「イタズラならいい加減にしてくれ!!」
怒鳴り付けてやった。
「ううっ……」
「!」
「なんでぇ、そんなこというのぉ……」
泣かれた。電話の向こうで泣きじゃくられる。
「だって、アタシ、ただあなたのところにいきたいだけなのにぃ……」
「ご、ごめん。悪かったよ」
「ふふん、しょうがないな。ゆるしたげる」
「このくそアマ……」
嘘泣きだった。なんか思ったよりフランクだぞ、こいつ。
「それでね。いま馬賀野郵便局前にいるの」
「あ、違う」
「え」
「そっちじゃない。二又の道あったろ? そこを左だよ」
「そっかぁ」
切られた。大丈夫だろうか。
なんか調子狂うな。妖怪というよりも、声を聞く限り普通の幼い女の子みたいだ。
でも、俺に幼女の知り合いはいない、むしろ女の子の知り合いがいない。強いて言えばお母さんくらいだ。誰だこいつ、と首を捻っていたら、また着信があった。
「もしもし?」
「そういえば知ってる? もしもしって申します申しますの略なんだよ」
「……」
「あ、メリーさんだよ!」
もうすっかり友達みたいなノリでかけてきやがった。
「いま道引き返したんだけどぉ、二又の道がなくってー。とりあえず右に行ったら歯医者さんが見えてきたんだけどあってる? ナウ歯科ってやつなんだけど」
「間違ってる」
このガキ、方向音痴だ。
「え、嘘、どうやっていけばいいの?」
「一回道を引き返して、コンビニが見えたらそこの坂道を上り、中腹にポストがあるから小道をはいり、道が二又にわかれたら、左、交差点を右、しばらく道なりに行くとマンションが二棟あるからウェスト棟の1203号室がうち」
「……えーと、肩の後ろの二本の角の……」
「違う。コンビニの坂道を上り、中腹のポストから小道をはいり、道が二又にわかれたら、左、交差点を右、道なりに行くとマンションが二棟あるからウェスト棟1203号室だ」
「買い物がすんだら、ワイン畑をぐるぐるまわってぇー」
「人の話聞いてないだろ?」
「うふふ、冗談だよ! 大丈夫、ちゃんと覚えてるから、ほら、ちゃんと小学校が見えてきた!」
「戻りすぎだ……」
電話を切られた。肝心なところで人の話を聞かない女の子だ。大丈夫だろうか。保護欲じゃないけど、心配になってくる。
窓の外に目をやると澄みわたる青空が広がっていた。クーラーをきかせた室内の温度は二十六度に保たれているが、本来は今日も真夏日だ。窓ガラスの向こうでは蝉時雨が殺人的太陽光とともに降りしきっている。
こまめな水分補給をしないと日射病で倒れてしまいそうだ。
「もしもし?」
電話が鳴ったので、慌てて取る。
「もしもしアタシ、メリーさん。いま、バス待ってるの」
「バス……」
「そういえば、知ってる? セミの鳴き声って電話口通すと聞こえないんだよ。ハドウケンが違うんだってさ」
周波数のことかな?
「へぇ、知らなかった……って、まて、バスってどうしたんだ!」
「だって、暑いんだもん。歩くのめんどくさいしさ。バスだったらすぐでしょ?」
「ちょ、ちょっとまてよ、ちゃんとあってんのか、どこ行きのバスに乗るつもりだよ」
「んー、えーとねぇ、なんて読むだろ、メリー、漢字苦手だからなぁ……えっーと、なんとか川市役所前?」
「珠川?」
「んー、わかんないけど、たぶんそれ」
「ば、ばか。それじゃな……」
「あっ、バス来たから切るね! 車内でケータイいじっちゃだめなんだよ!」
ぶつ、と切られる。なんてことだ。
俺はため息をついて急いで地元のバス乗り場を調べることにした。
バス案内サイトによると彼女が乗ったのは全くの別方向である。
「……」
もういいや。部屋から青い空を眺めてため息をつく。
テレビ見よ。
十五分くらいアイスを食べながらのんびりしていたら、携帯がポケットで震えた。取り出して画面を見る。非通知。
「もしもし?」
「うっ……うっ……」
「メリー、さん?」
「アタシ、メリーさん。いま珠川市役所前にいるの」
「終点まで乗ってんじゃねぇよ……」
「どこ、ここ……」
「俺が聞きたいわ。とりあえず逆方向のバス停に行って馬賀野駅まで戻れ」
「もうお金ないねん……」
なんで関西弁になったし。
「どないしよ……」
「歩くしかないんじゃね?」
「うっうっ、あついー」
「知らねぇよ。ちゃんと道調べてから来いよ!」
「可児ちゃんちが遠いのが悪い!」
逆ギレされて電話を切られた。だだっ子の相手をするのも疲れる。
大学二年生の夏休みというのは人生において一番暇な時期でもある。就活するにも少し早いし、サークルにも所属していないので、たまに地元の友人と遊んだり、大学の友達と飲んだりするくらいしかやることがないのだ。
有り体に言えば俺は暇だった。
暇じゃなきゃこんな暇な電話の相手をするわけない。
「もしもし」
着信があったので、電話にでる。
「もしもし、アタシ、メリーさん」
「で、いまどこにいるんだ?」
「田んぼの真ん中にいるの」
「まじでどこだ、そこ」
「もうわからない。どうやっていけばいい?」
「いや、この辺り田んぼないぞ。どこに向かってるんだ?」
「あっ、農家のおじさんがいた! 道聞いてくる!」
電話を切られた。
今度かけてきたら、一方的に電話を切る癖を止めさせよう。
と、考えていたら、すぐに返事があった。
「もしもし、アタシメリーさん」
「で、どこだって?」
「スイカ食べさせてもらったの! 甘くて美味しかったぁ!」
「そっか、それはよかったな。で、そこはどこだ? 仕方ないから迎えに行ってやるよ」
「あっ、聞き忘れてた!」
「あっ、まて、切るな!」
切られた。いい加減にしてほしい。
なんか腹立って来た。なんなんだ、こいつ。
スマホを意味もなく睨み付けていたら、答えるように着信があった。
「もしもし、アタシメリーさん」
「あー、よぉ、それでどうだって?」
「農家のおじさんにお金もらったの」
「へぇ、それで」
「いまタクシーに乗ってるわ」
「出たな、最終奥義……」
方向音痴のやつはとりあえずタクシーに乗ればなんとかなると思ってるから嫌いだ。
「おー、お嬢さん、小さいのに電話使えるなんて偉いねぇー!」
電話の向こうでドライバーの声が聞こえてきた。
「うん! メリーね、電話は得意なの」
「そうかそうか。里帰りかい?」
「うん、そんなところ!」
冷静に考えたらこいつなんでウチに来ようとしてるんだ?
「あっ、電話いれっぱだった! 通話料かかっちゃう!」
ぶち。切られた。
そんなしょうもない理由でワンギリみたいなことされてたのかと思うとむなしくなってくる。
とりあえずメリーさんがもうすぐ来るし、烏龍茶の準備でもしておいてあげよう。