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[Ⅸ]異端の戦士たち②

 出会う村人片っ端に聞き取り調査した結果、収穫があった。情報は足で稼ぐものだと、骨身にしみる。

 まず換金施設(古式ゆかしいタバコ屋ふうの店構え)があり、手持ちの黒いこんぺいとうを差し出したところ、銀貨三枚と銅貨五枚になった。

 イスカンディアには大きく分類して金貨と銀貨、そして銅貨が流通している。交換率を教えてもらうと、エニシにはなじみ深かった。

 日本円と類似しており、金貨は一万円札相当で、銀貨は百円玉にあたる。銅貨が十円だ。金貨の上に金の延べ棒があるらしいけど、通常はギルド同士の大規模商取引でのみお目見えするらしい。

 目下のところエニシ一行の報酬は日本の通貨換算で、350円ってことになる。

 ついでに探し回ったのだけど、衣服を販売する店は見つからなかった。薬草や毒消し草ならあったものの、ダンジョン等の宝箱でゲットできそうだから、購入は見送る。リージュが一騎当千なので、敵からの損害もほぼ度外視できるし。

「いつまでもマント一枚羽織ったままでは、心もとない。装身具の下はすっぽんぽんなど、我は痴女みたいじゃないか」

 よしんば彼女が全裸待機したところで、三・四歳児を『ビッチ』と勘ぐる暇人はいないだろう。いたとすれば世も末だ。

 ただしエンドレスでリージュのぐずりを耳にするのは精神衛生上支障をきたすので、やむなくエニシはRPGのお約束を実践することにした。

 平たく言えば、家宅捜索である。

 土足で民家にあがり、棚やツボの中を物色していく。使途不明なメダルが後生大事に収納されていたり、タンス貯金している人もいた。家捜しの趣旨はリージュの装束を見繕うことなので、へそくりなどは手つかずのままシカトだ。

 意気揚々と実施したことではあるが、懐に入れなかった理由はほかにもある。

 家の中を徘徊するドット絵住人のまなざしが、痛かったのだ。

 彼らの眼は総じて覇気がない。ドット絵なので画素数に限度があるのだろう。されどもエニシたちの傍若無人な振る舞いを非難しているように感じて仕方なかった。RPGでは涼しい顔でやれたにもかかわらず、かような罪悪感にさいなまれるとは。

 侮りがたし、レトロゲームの実写化。

 たわごとはさておき、エニシは子供部屋のタンスから、リージュの琴線に触れたノースリーブのワンピースを拝借した。動きやすさも申し分なく、機能性と女子力を両立している。エニシにも異存なかった。

 早速リージュが着替える(余談だが、エニシは部屋から閉め出された)。

「へー、見違えたよ。女らしくなったじゃん」

「おぬしのことだから『馬子にも衣装』とほざくかと思ったがな。及第点にしてやろう」

 会心の着こなしだったのか、ファッションモデル然とリージュが一回転してみせる。

「でも、ぶかぶかすぎやしないか」

 体にフィットさせるデザインでないとしても、スカートの裾が長すぎる気がしてエニシは指摘した。

「我は魔物の魂を取りこむたび成育する。やがては、ちょうどよくなるだろうて」

 成長を見越してのチョイスだったらしい。育ち盛りの子を持つ母親とかだったら、感動ものだろう。

 リージュの晴れ着が入手できたので、エニシは銀貨一枚置いていくことにした。衣服の相場は寡聞にして知らないが、タダで持ち去るのは良心の呵責に耐えられなかったのだ。

 財布の中身は減ったものの、罪の意識は薄れた。心の平安を金銭で購入したと思えば、安い買い物だ。あとRPGの勇者と一風違った行動ができたことも、エニシ的にポイントが高い。

 とにかくリージュが念願の一張羅を手に入れたことで肩車するエニシはお役ごめんかというと、そうは問屋が卸さなかった。ワンピース姿になっても、彼は幼女を担ぐ羽目になったのだ。

「エニシの頭部は我にとって居心地がいい。おぬしとしても我のぬくもりや抱擁が、やみつきになってきた頃合いだろうて」

 おませなコアラ娘は放置して、最後にこの地で得たのは通行証だった。

「隣町のザクセンへ立ち寄るには、必須アイテムなのです」

 燕尾服をまとった村長が力説した。

 エニシとしては通行証が入り用な理由より、なぜ辺鄙な農村で燕尾服を着用するかのほうが興味をそそられたものの、手を変え品を変え問い詰めたところで村長の一本調子を崩せない。彼も『見えざる神の手』(エニシは〈デウス・エクス・マキナ〉と呼ぶことにした)に支配されているのだろう。

 燕尾服村長の長広舌を総括すると、次のようになる。


 交易で栄える町ザクセンの近辺に近ごろ、盗賊団が住み着いたらしい。狡猾な彼らは、町民になりすまして盗みを働く。警備を増員しても盗人の跳梁跋扈を阻止できない。しびれを切らした町長が、おふれを出したそうだ。

『身元の定かでない人間は入場することあたわず』

 以降ザクセンに出入りする際は必ず、所持した通行証を門番に提示する決まりになったらしい。


 村長はエニシが勇者と知ると、様々な便宜を図ってくれた。そのうちの一つが、通行証の発行だ。

 エニシはくだんの証書をためつすがめつする。村長が一筆したためたもので、いかにも手作り感が満載だった。改ざんは至極容易に思えるけど〈デウス・エクス・マキナ〉が幅を利かせる世界では、偽造という不埒な発想自体ないのだろう(あらかじめ悪党役を拝命している者は、その限りでないかもしれないが)。

「恩に着ます。ところでザクセン以外の集落に行くことはできますかね。世界地図なんかがあると、なお助かるんだけど」

 エニシはダメ元で聞いてみた。案の定、「イエス」「ノー」が返ってくることはない。通り一辺倒の答えばかり浴びせられた。

 村長としては、どうあってもエニシらをザクセンへ導きたいらしい。エニシが運命の強制力に逆らうべく粘り強く交渉すると根負けしたのか、

「ザクセン以外の道のりは、乗り物が不可欠だよ」

 村長が刷りこまれていない返答をしてくれた。

 補足しておくと、その瞬間はドット絵じゃなくなっている。エニシの当て推量が、くしくも実証された形だ。

「ありがとう。俺たちザクセンに行きます」

 エニシの言葉にほっとしたのだろう。村長が朗らかになった。

「旅のご無事をお祈りします、勇者さま」


¬ ¬ ¬ ¬ ¬


「初老いびりとは趣味が悪い。我としては矢継ぎ早な詰問に当惑する無様さが滑稽で、笑かしてもらったけどな」

「いじめてないよ。俺は無垢の厚意ってやつを、寸毫も信用しないだけだ」

「けけっ。相も変わらずエニシがあまのじゃくで、我は胸をなで下したよ」

 リージュにとってエニシの言動は、見世物なのかもしれない。

「そいつはどうも」

 エニシがふてくされると、リージュはにんまりした。Sっ気があるに違いない。

 ひとしきり不毛な応酬をしたところで、エニシの腹が鳴った。リージュは経口での食物摂取をしないそうだが、疲労感もあったのだろう。夕飯に同行する。

 村には食堂に類する施設がなく、民宿みたいなところで料理を振る舞ってくれるらしい。一泊こみで、エニシは前金を払った。

 食事のメニューに関しては地球でお目にかかれないものばかり。けれどエニシは舌鼓を打ち、隈なく平らげた。熟練コックによる絶品料理、だと推察する。

 満腹になったところで別棟の部屋へ向かう。宿泊代節約のためリージュと共用で予約したのだ。背格好からも、年の離れた兄妹と思われたに違いない。

 調度品の乏しい部屋は質素だけれど清潔だった。何はさておき一つのベッドの所有権を巡って議論が紛糾し、

「そんなに寝床が恋しいなら、我と一夜をともにするか」

 リージュが蠱惑的に言ってきたので、エニシはお言葉に甘えることにした。

「はなたれ小僧ごときに添い寝は百万年早い」

 毛布に潜りこむ寸前、エニシは床へ蹴り落とされた。

「我を見くびるな。恋に恋するお年ごろの女神と違って、尻軽ではないぞ。というか、頬を紅潮させることもなく平然と寝ようとしおって。からかいがいがない」

 おまえから誘ってきたんだろうに。

 エニシは不条理さにめまいがしたものの、眠気が反発心をねじ伏せる。めまぐるしく七転八倒したせいで、床に横たわるなり泥のように眠った。


¬ ¬ ¬ ¬ ¬


 夜中に一度たりと起きることなく早朝目を覚ますと、さすがに床の堅さで体の節々が痛んだ。エニシは腰をもみほぐしつつ、ベッドをのぞきこむ。

「おーおー、悠々自適なこって」

 すやすや寝息を立てるリージュに、いたずらを決行することにした。鼻をつまんで呼吸を阻害する。

「……ぐるじい!」

 間もなくリージュががばっと上体を起こした。瞬時に状況を察し、口笛吹くエニシを寝ぼけ眼でへいげいする。

「おぬしが我の窒息を企図するとは、予想外だった」

「大げさじゃないか。素敵なねぐらを提供してくれたことに対する、ささやかな茶目っ気なんだし」

 エニシは不謹慎にも『別の言い方をすれば天罰だけどな』と思っている。

「昨晩の意趣返しか。ケツの穴の小さな男め」

 リージュはぶつくさ漏らしつつ、ワンピに袖を通す。就寝中は真っ裸が彼女の作法らしい。「ワイルドだぜ」と笑っていられるのは今のうちだけだろう。

 食卓でエニシは朝飯のパンを頬張った。日本のものより歯ごたえがあり、パサパサしている。原料が小麦じゃないのかも。

 二人は民宿をあとにし、ほどなくして村を出立した。村長から距離感をヒアリングする限り、半日は移動に費やさなくちゃならない。

 日没前にザクセン到着が、必達の目標だ。

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