[Ⅷ]異端の戦士たち①
街道沿いを徒歩する道中、二回モンスターと遭遇した。一度目はゴブリン単独。
「目障りだ、ザコめ」
機先を制したリージュのおかげで、エニシの空手技が日の目を見ることはなかった。
二戦目はスライムとオークの混成パーティだ。
「死にさらせ、ブタ野郎」
リージュが目の色変えて襲いかかる。どちらが魔物か一瞬見分けがつかなくなるくらい、好戦的だ。オークが一発KOで地に伏せる。鬼神のごとき快進撃だった。
ただエニシはリージュが躍起になる理由に、おおよそ察しがついている。ゴブリンやオークはスケープゴートなのだ。
エニシがしでかした数々の粗相を水に流すほど、彼女の度量はでかくない。しかしリージュは盟約とやらで、エニシを死に至らしめることがかなわない。よってリージュはモンスターを憂さ晴らしのはけ口に選定したのではなかろうか。
ヤブ蛇をつつきそうだったので、エニシは真相を究明しなかったけれど。しかも彼にはほかにやることがあった。
リージュ抜きでのスライムとの対戦だ。
透明な軟体生物は動作ものろく、攻略度としてはゴブリンやオークより格段に下だろう。エニシの攻撃も百発百中でヒットする。
でもエニシは体得した。アメーバーみたいなゲル状の敵には、殴る蹴るといった打撃が有効でないことを。
決定打を与えられない膠着状態の中、オークを仕留めたリージュが矛先を向けてきた。エニシの獲物を横取りする。
「小物のスライムごときに手こずるとは、先が思いやられるなぁ」
リージュが肩をすくめて、嫌みをぶちまけてくる。これで彼女のガス抜きは、おおむね完遂したらしい。
リージュは彼の肩にちょこんと乗り、足をぶらぶらさせながら「前進せよ」と促す。
これではどちらが使う側か、示しがつかない。でも弱肉強食が鉄則の世界では、釣果なしの坊主が不平を述べたところで、負け惜しみにしかならないだろう。エニシは仕方なく、おてんば娘の運搬役に徹することにした。
エニシの感覚で、一時間ほど歩いたろうか。村らしきものを視界の隅にとらえることができた。エニシの足取りも自然、軽やかになる。
いかにも『主産業は農耕です』と言わんばかりの、のどかな集落だった。高くそびえる建造物はなく、石造りや木造の家がちらほらあるくらい。都会の喧噪などと縁もゆかりもなく牧歌的だった。
周囲をぐるりと囲んだ柵の切れ目(恐らく入口だろう)に、年のころはエニシと大差なさそうな青髪の少年がいる。彼はモンスターと同じくドット絵だった。
とはいえ、少年に限らず道行く村人は例外なくゲームキャラじみているのだけど。むしろ生身のエニシとリージュのほうが、イスカンディアにおける異分子かもしれない。
青髪の少年は、マントかぶった幼女を肩車する奇抜な流れ者に刹那唖然としたものの、気さくにしゃべりかけてくる。
「旅人さんかい。ここはヘイムの村だよ」
「こんにちは。宿屋とか道具を売っている店、あるかな。もしくはこれを換金できる施設でもいい」
エニシは皮袋から戦利品の、黒いこんぺいとうを指し示した。
青髪の少年は返事までに、若干のタイムラグをおく。
「特産物も観光名所もないけど、くつろいでいってよ」
微妙に知りたい情報とマッチしてない。エニシは再度質問してみることにした。
「最悪物々交換でもいいから、服を選べる店はあるかな。ファッションにうるさいお子様がいるものだから」
少年が答える前に、リージュがエニシの後頭部に爪をたてた。
「我はえり好みしているわけじゃない。女としての尊厳に言及しているだけだ」
武器の分際で、と口にしたが最後、リージュと冷戦に突入しただろう。大人げない幼女と異なり、エニシは眼光鋭くするにとどめたが。
青髪の少年は的外れな仲裁をする。
「旅人さんかい。ここはヘイムの村だよ」
既視感を覚えるエニシ。一言一句同じセリフを、数十秒前に聞いた。
「そーいや、自己紹介してなかったな。俺たちは通りすがりの勇者見習いさ。村の名前より、教えて欲しいことがある。どういうラインナップのショップがあるか、だよ。アー・ユー・オッケー?」
エニシは英語で念押ししてみた。異世界でイングリッシュが公用語になっているか、はなはだ疑問だけれど。
「特産物も観光名所もないけど、くつろいでいってよ」
「…………」
エニシは眼をすがめた。
彼は『気長』と自負している。世の中理不尽がまかり通っていて、逐一短気を起こしてはキリがないからだ。
けど無為かつ無益なやり取りを延々続けられてニコニコしていられるほど、エニシは人格者じゃない。彼の害意に感化されたのか、
「なんなら我が、きゃつの魂を根こそぎ奪ってやろうか。おぬしは晴れてお尋ね者デビューするに相違ないが」
「それは最終手段としてキープしとくよ。気が進まないけど友好的にアイアンクローで、彼の意図を聞き出すから」
エニシは指の骨を鳴らして、青髪少年との距離を一歩詰める。
彼も剣呑な気配を肌で感じたのだろう。後ずさった。
「早くどっか行けよ。こっちだってノルマがあるんだから」
エニシが尋問を思いとどまる。
紋切り型以外のセリフを口にした少年が、ドット絵じゃなくなったからだ。髪の色さえ除けば、日本の繁華街にいそうな立ち居振る舞いだった。
「おまえ、どうして」
エニシが理由を尋ねると、
「旅人さんかい。ここはヘイムの村だよ」
青髪少年がみたび定型句を口にした。そしてドット絵に戻っている。
エニシの中に仮説が生まれた。
彼はイスカンディアで、二つの決まり文句を言う役目が割り振られている。それを全うする間はゲームのキャラクターよろしく、ドット絵になるのか?
何かのきっかけで世界のことわりを外れたとき、ドット絵の呪いが解け、等身大の自分になれるのかもしれない。
「ありがとう。得心いったよ」
「特産物も観光名所もないけど、くつろいでいってよ」
適切な返礼と言いがたいものの、エニシには青髪少年が「どういたしまして」と述べたように見えた。彼の横を通り抜け、村の中へと分け入っていく。
「何をつかんだのだ。我には陳腐な喜劇にしか映らなかったが」
「内緒。おまえにドット絵のからくり説明しても、盛り上がらないだろうし」
「ドット絵? またお家芸の妄言か」
リージュにはドット絵の概念自体ないのかもしれない。異界の住人であるエニシにのみ覚醒した、特殊スキルなのか。
いや、女神ニキの恩恵って線もあり得るな。今更だけど、エニシは異世界人との会話に難儀していない。彼が異界の話術に堪能なバイリンガルなのか、エニシのセリフが異世界の言語に適宜翻訳されるのかは判然としないけれど。
いずれにせよニキは彼を勇者として祭り上げる代わり、大鎌のほかにオプションサービスもつけた模様だ。エニシとしては別段ありがたがったりしないが。
世界観や異能の解説ほぼ割愛で、戦火渦巻く乱世へ送りこまれたのだ。貸し借りなしのチャラが妥当だろう。意識高い系みたいに殊更自分の手柄を誇示しないことだけは、好感を持てるけれど。
ドット絵化現象がニキの仕業だとすると、エニシにはうってつけの能力かもしれない。人の顔色うかがう機会を大幅に軽減できそうだし。
エニシはTPOで仮面を使い分ける生活に順応できなかった。人と交流する際は忌憚のない意見を述べ、できる限り裏表なく自然体で接してきたつもりだ。結果友達の輪は遅々として広がらず、『奇人変人』枠で孤立する羽目になったが、決して後悔していない。
──上辺の関係しか築けないくらいなら、孤独に死んだほうがマシ。
エニシのモットーであり、図らずも有言実行したわけだが。
閑話休題。
このドット絵の力は使えそうだ。世界の歯車たる上っ面の存在と、操り糸を切ったマリオネットを選別する、という意味において。
事実、リージュはエニシの瞳にドット絵と映らない。取りも直さず彼女は、テンプレの呪縛から逸脱した気ままな風来坊に違いない。たとえ武器であろうとも『長いものには巻かれろ』主義の有象無象より、断然信用できる。
女神さまさまだ。今度ニキと対面したら、頭なでなでくらいしてあげよう。
「のうエニシ、いかがわしいことでも考えているのか」
エニシの頭のてっぺんから、空想を打ち砕く辛辣な声音が降ってきた。
「心外だぞ。下心どころか、俺は魔王を駆逐することに余念がないって。なんせ『弱きを助け強きをくじく』勇者、だからな」
「弱者救済する勇者にあるまじき、思い出し笑いしていたぞ。それはもう、身の毛もよだつくらい気色悪かった」
リージュがデスサイズでなかったら、お尻ぺんぺんしているところだ。エニシはぐっとこらえて大人の対応を心がける。
「食う寝る遊ぶが仕事の子供には分かるまいよ。リーダーとして俺は、パーティーを切り盛りすることに大わらわなんだ」
「半世紀も生きていない若造が、大口たたくもんだな。だいたい集団なんぞ、どこにある? 我は武器ゆえ、実質エニシの一人旅だろうに」
幾星霜年輪を積み重ねたマインドイーターは、エニシより一枚も二枚も上手だった。