[Ⅶ]ドット絵の大地④
「よし。思い残すことはないし、レッツゴーだ」
気分をよくして軽くハミングしながら、エニシは行進を始める。すると出し抜けに袖口をつかまれた。
「おぬし、なんぞ大事な見落としはないか」
「え。貴重なドロップアイテムがあったりするのか?」
「下っ端をなぎ払ったくらいで虫がよすぎる。そうではなく、人として見失ってはいけない節度的な」
リージュの要領を得ない言及で、エニシは己の股間を見下ろした。もしや社会の窓が全開では。何食わぬ顔で幼女と和気あいあい語らっていたなどということがあれば、死にたくなるのは必至。
「ふー。危機一髪だ」
エニシは汗を拭う仕草をする。額に水分は一滴も浮かんでいないが。
そもそも彼のズボンはチャックがない。杞憂だったのだ。
「まったく、冷や冷やさせてくれるぜ」
「我は現在進行形で、冷や冷やスースーだがな」
依然としてリージュは意味深な謎かけをしてくる。
「ミステリアスを装ったところで、裸じゃ様にならないだろ」
「あはは、その通りだなぁ。我も失念しておったよ」
リージュは口の端をつり上げているものの、双眸は毛ほども笑っていない。むしろ鬼気迫るものがあった。
「物忘れも解決したみたいだし、出発進行と──」
「いくか~い!!」
リージュが垂直跳びして、エニシの脳天に渾身のチョップを食らわした。
「おまえ、俺に攻撃できないはずじゃ」
「殺意がなければ、やれる。覚えておけ。なんにでも抜け道はあるのだ」
「きったねぇぞ」
「汚れておるのは、エニシの眼だろう。黙って聞いておれば、いけしゃあしゃあと。おぬしの思慮、麻痺しておるのか。極度に鈍感なので、我の感覚が見当外れなのかと危惧したくらいだぞ」
「鈍感?」
エニシはオウム返ししたものの、判然としなかった。
「というか、なぜいの一番に気づかんのだ。我が武器でなかったら、女子供の虐待でおぬしは地獄墜ちすら充分あり得たぞ」
「そこまで重大な罪を俺は見逃していたのか」
「猛省せよ。我も自ら口にするのは野暮と思ったからこそ、おぬしに委ねておったが、よもや涼しげな顔で旅を再開しかけるとはな。開いた口がふさがらないわ」
口は真一文字な気もするけど火に油を注ぎそうだったので、エニシは自粛した。
「ああ、うん。やっぱり俺は鈍いのかもしれない。もったいぶられても、何が何やらさっぱりだ。おまえが激怒する原因、懇切丁寧にご教示願えないだろうか」
リージュが盛大に嘆息する。
「おぬし、我のたたずまいをどう思う?」
「えと、将来美人になりそうで、前途有望な美貌の持ち主、かな」
エニシは最大限の褒め言葉を弄してみた。これでダメなら、打つ手なしになる。
「我が絶世の美女になるのは予定調和だ。おぬしごときに太鼓判をおされるまでもない」
『ずうずうC YO』というラップもどきが脳裏をかすめた。エニシは苦笑いせぬよう苦心する。
「じゃなくて、我のいでたちだ」
「いでたちも何も、生まれたての姿だろ。バカには見えない衣とかをまとっている、ってんなら話は違ってくるけど」
裸の王様ならぬ、『裸のプリンセス』だ。
「我は何も身につけておらぬ。何も、だ」
リージュにとっては大切なことなのだろう。二度繰り返した。
「間接的に俺がバカじゃない、と証明されたみたいで一安心だよ」
「い~や、おぬしはバカだ。他に類を見ないほどに、な。我が裸体と知りつつもとぼけるとは、もしやおぬし、そういう性癖なのか?」
「性癖? またぞろ突拍子もないことを」
「どこが突飛なものか。我のヌードに性的興奮を覚えないとしたら、なぜゆえ裸のまま街道に連れ回そうとするか、説明つかぬだろうが」
エニシは手を打った。
「おまえ、武器なのに羞恥心があるんだな。盲点だったよ。でも気に病むことないって。今のリージュなら、自主規制の網を巧みにかいくぐれるから」
「そこはかとなく愚弄されておる気がするのは、我の取り越し苦労かのう」
「他意はないって。リージュはぱっと見、男か女か判別できないほど真っ平らな肢体だろ。女の子でも銭湯の男子風呂ではしゃぎ回れるレベルだ。下腹部に象さん的なシルエットがあれば、過剰反応する一部団体から批判殺到だったかもしれない。けど不幸中の幸いにも、リージュは女体じゃん。イチモツがついていないから、オールオッケーさ」
エニシはサムズアップしてみせた。
「何が『オールオッケー』だ。これっぽっちも解決になっておらんだろうが」
なおもリージュは牙をむいてきた。
「ムキになるなよ。絆創膏みたいなテープが三枚あればな。ニップレスと貞操帯の代替物になるかもしれないのに」
「アホぬかせ。かえってひわいな絵になるわ」
リージュは噛みつかんばかりにエニシへ肉薄してきた。
「ちなみに俺はロリコンじゃないぜ。幼児体型の大三角が丸出しだったとしても、ケシ粒ほども『ズキューン』とこないから」
「やかましいぞ、変態紳士。貴様と話していると調子が狂う」
濡れ衣だ。エニシはしがないジェントルマンであって、変態じゃないはず。
「おぬしのレディファースト精神が開花するのを待っていたら日が暮れる、と痛切に感じた。よって命令する。貴様のマントをよこせ。それで妥協してやる」
リージュが手のひらを差し向けてくる。
「俺のマント? ビジュアル面の補完にしかならないから、『持ってけ泥棒』って感じだけど」
エニシは首もとの紐をほどき、女児に差し出した。
リージュはひったくり、マントを裸体に巻きつける。背が低いため裾が地面につき放題で、着られている感が尋常でなかったけれど、一応公衆の面前に出られる水準になったらしい。
「なんと唐変木なパートナーだ。我のまぶしすぎるプロポーションを直視できず、赤面したままたどたどしく衣類を献上するのが男の甲斐性──いやさ、礼節ではないのか。嘆かわしい」
リージュの怨嗟は、とどまるところを知らない。
「まぶしいプロポーションとか、ギャグか何かか?」
「ギャグなものか。黄金比とも言える、完璧な体つきだろう」
こらえきれず、エニシは噴飯する。
「どう見ても寸胴体型です、本当にありがとうございました。それで欲情しちゃう成人男性とか、悲しいほど特殊性癖の持ち主だって」
「笑ったな……貴様、鼻で笑いおったな」
憤りを通り越し、リージュが涙目になった。
遅まきながらエニシも事態の深刻さを思い知る。
「う、ウソだよ。リージュは容姿端麗だから、成長すれば振り向かない男はいないって」
「裏を返せば、今は『ちんちくりん』ということか?」
リージュの舌鋒に、エニシは絶句した。返す言葉もない。
「ここまでコケにされたのは、製造されてから久しくなかったぞ。おぬしは我の逆鱗に触れた。絶対に許さん」
ぶっちゃけ、マントを体に巻く児童に恫喝されたところで一ミリも恐怖を覚えないけど、今後旅をするうえで仲たがいするのは得策じゃない。エニシは軋轢を解消するべく、懸案事項の視点をすり替えることにした。
「素肌を衆目にさらしたくないなら、鎌の形態に戻るってのはどうだろう。あの雄々しいフォルムからは、みだらな情動を喚起することもないだろうし」
「やだっ」リージュが駄々をこねた。「おぬしが我を異性と意識して求愛するまで、鎌の姿には戻らんからな」
「仮定として俺が求愛したら、どうするんだ」
「決まっておる。『美女の姿を維持してください』とおぬしが泣いて懇願するのを、武器形態のまま高みの見物だ。さすれば溜飲も下がるだろうて」
仕返し、ちっちぇー。一瞬でも大物オーラを感じたのは、エニシの買いかぶりだったらしい。けど女児のメンツを潰すのは、ジェントル諏訪の望むところじゃない。
「明日にはおまえの予言通り、俺の立場がはるか底辺かもしれないな。けど今すぐ怒りを鎮めてくれる方法、ないだろうか」
「おぬし、なんでもするか」
エニシはこくこくとうなずく。
「ならば、忠実なる我の脚となれ。人間モードでの徒歩は、ちと気力を消耗するからな」
「お安いご用だ」
エニシはリージュを肩車した。
「軽っ。ずっしり負荷がかかると覚悟したのに」
「おぬしはデリカシーのかけらもないな。おなごに向かって『重い』などと口を滑らせようものなら、万死に値するぞ」
リージュが脅しつけてきたので、エニシは沈黙することにした。
口は災いの元。それは地球でもイスカンディアでも、普遍の真理に違いない。
かくして一度人生リタイアした少年と、正体がデスサイズの幼女は人里目指して歩を進めた。