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[Ⅵ]ドット絵の大地③

「具体的にリージュは、どういう助力してくれるのかな」

「知恵を貸すことは言うに及ばず、おもに役立つのは一触即発の局面だな。我は闘争において右に出る者がいない、プロ中のプロ。おぬしは荒事以外の雑用に、心血を注いでおればいい」

 聖剣を返り討ちにしたのもさることながら、ゴブリン戦の手並みは鮮やかだった。エニシの独力では圧勝など、夢のまた夢だったろう。

「バトルはおまえの専売特許だから任せきりで構わない、という解釈でいいのか」

「うむ。しかし恥入ることはないぞ。適材適所だ。我は戦勝をもたらす切り札として創造された。対しておぬしは、ぬくぬく育ってきたのだろう。いきなり死闘や果たし合いを演じろと言われても、酷だと思うのでな」

 リージュの主張は一理ある。直近のエニシは日本でもっぱら受験勉強にいそしんでおり、ケンカに明け暮れてはいなかった。

「おまえの案は理にかなっているよ。俺のことを気遣ってくれているとも思う。気持ちはありがたい」

「なぁに、『年の功』というやつだ。これでも我はおぬしの数十倍生きておる。赤髪のひよっこ女神なんぞ、足元にも及ばぬよ」

 女性に年齢の話はデリケートすぎやしないか。こっちの世界の慣習だとタブー視されないかもしれないけど、エニシは聞かなかったことにした。

「一つ教えてくれ。おまえ、手を鎌の形にしただろ。俺抜きでも戦ったりできるのか?」

「愚問よのう。おぬしから離れすぎるとおぼつかなくなるが、勢力下にあれば能動的な戦闘も可能だ。なんせ我は凱歌と栄光を司る兵姫だからの」

「重畳。だったら二人一組じゃなく別々に戦おう。戦闘要員が複数のほうがコスパいいと思うんだよ」

「コスパとは、なんだ」

「コストパフォーマンスの略。効率のことだよ」

 リージュの笑顔が鳴りを潜める。

「能率など二の次だろう。効率を重視した挙げ句におぬしが死去しては、元も子もない」

「俺も漫然とやられはしない。学生時代はフルコンタクトの空手に熱中していてね。数少ない取り柄なんだ。実のところ実戦での使いどころなくて、くすぶってたんだけどな」

 エニシは中空に向かって正拳突きをしてみせる。高校卒業時には黒帯だったけど、物足りなくて不完全燃焼だった。

「丸腰でモンスターと渡り合うとか、正気の沙汰か。少なくとも勇者の所業じゃない。まるで体術にたけたモンクだ」

「勇者は肉弾戦しちゃいけないのか?」

「いけなくは、ないが……」

 リージュが尻すぼみになった。

「格闘が十八番の勇者がいたって、いいじゃん。前任者の模倣ばっかじゃ、能がないだろ。俺は俺らしくやるよ」

「しかし有史以来、刀剣不携帯で戦地へ赴く勇者など、定石にないと思うぞ」

「俺は定番なんて、どうでもいいんだ。支持する根拠が『多数派』とか『平均値』とか、どんだけ統計学を信奉してんだって話じゃん。原因と結果が筋道立てて結びつかないのが、何より気持ち悪い。テンプレートに至っては半ば暗黙の了解と化していて、どいつもこいつも論理矛盾を考察しようとすらしないし。型にはまるのって気楽だし大ポカもやらかさないけど、没個性なロボットに成り下がっていくこと、みんな受容してんのかな。ならば俺はマイノリティーの道を邁進するね。生涯、〝人間〟でありたいから」

「……分かった」

「マジか。おまえが賛同してくれるなんて俺、感無量だよ」

 エニシがこの手の話をした際、同意されることはほぼ皆無だった。以前知人に「空から美少女が降ってくる物語って、商業的な思惑が介在したご都合主義」と力説したところ、「夢ぶち壊すなよ。フィクションは童心にかえって堪能するものだぞ」と同情されたことがある。疎外感たるや、筆舌に尽くしがたい。

 だからリージュが同志だったことに、エニシは歓喜したのだ。

「おぬしが協調性ゼロでとっつきにくい偏屈野郎、ということが如実に分かった」

「ブルータス、おまえもか!」

 エニシは語気を荒らげた。今ならユリウス=カエサルに共感できると思う。

「我はマインドイーター=リージュだ。そのような妙ちくりんな名ではない」

 律儀に訂正するデスサイズだった。というか彼女の価値観だと、『ブルータス』はキラキラネームになるらしい。

「ごめん。反動がでかくて失意が半端なかったから、逆上した」

 リージュが首をかしげる。

「? ともかくだ、おぬしは我の庇護下に入らず、独自に戦いたいと申すのだな」

「うん」

「喜び勇んで苦難の道を歩もうとするのは理解に苦しむが、おぬしたっての希望なら止めはせん。骨くらい拾ってやろう」

「朽ち果てる前提の展望、やめてくれないかな。やばいと判断したら、即座におまえの傘下に入るよ。俺だって引き際は心得ているつもりだ」

「なんともお粗末な決意表明、恐れ入る。我なしでは片時も生きてゆかれんと、瞬く間に思い知るだろうよ」

 エニシが頼みの綱にしたからか、リージュはらんらんと瞳を輝かせた。

「では頭脳明晰な兵姫さま、お知恵を拝借したいのですが」

 エニシは試しに下手に出てみた。

「苦しゅうない。明言してみよ」

 効果てきめんで、リージュは得意顔だった。おだてに滅法弱いらしい。

「人が住まう集落は、どっちに行けばあるだろう。一休みするにしても情報収集にしても、無人地帯では望むべくもないから」

「なんともちっぽけな願いごとだな。失望したぞ」

 ナビゲート役は彼女の虚栄心を刺激しなかったらしい。

「うろつき回って、馬車の通る道でも探せばいいんじゃないか」

 リージュの回答はやっつけ仕事気味だったけれども、

「やるな。その発想は、なかった。さすが『賢者』とうたわれるだけのことはある」

 リージュの地獄耳がぴくりと動くのを、エニシは見逃さなかった。

「我に蓄えられた知見は海より深い。凡庸なる後進の指標となるのも、やぶさかじゃないぞ」

 ちょろいな。エニシはリージュの本質を見抜いた。

 彼女は戦闘経験豊富で聡明な歴戦のエリートかもしれない。ただしいかんせん、肝心の部分が欠落した『アホの子』なのではなかろうか。

 完全無欠の優等生よりよっぽど、エニシ好みではあるけれど。

「で、人通りのありそうな往来ってのはどこかな。見渡す限り草っ原で、片鱗すらうかがえないんだけど」

 エニシは手をひさし代わりに額へ当て、一回転してみた。

「地べたにはいつくばっているから、一面的なものの見方しかできないのだ。物事は俯瞰でとらえろ。渡り鳥くらい上空へ跳躍すれば、道の一つや二つ見えてくるだろうて」

「俺のジャンプ力を過大評価しないでくれ。『能あるタカ』ってあんばいに羽を出し惜しみしているように映るか? 鳥並みに飛べるわけがない」

「…………」

 リージュは口をつぐんだ。可憐な顔に書いてある。

 万策尽きた、と。


¬ ¬ ¬ ¬ ¬


 リージュが降参ムードを醸したので、エニシがアクロバティックな善後策を進言した。サッカー漫画『キャプテン翼』に登場する合体技『スカイラブハリケーン』から着想を得ている。

 かいつまむと〝高い高い〟だ。乳幼児の両脇を掲げてあやす方法。ただしやや特殊なのは、幼児を天高く『ぶん投げる』という点だった。

 無論発射台はエニシが務め、大砲はリージュという分担で、初めての共同作業と相成る。難を言えば、終始彼女が仏頂面だったことか。

「我を酷使しおって。こんな形で道しるべになどなりとうないぞ」

 愚痴をこぼすリージュを黙殺して、エニシは力いっぱいスローイングした。気分は運動会の玉入れだ。

「どっせーい」

 数秒の空白があって、リージュが自由落下してくる。キャッチしてお姫様抱っこするや否や、ねめつけてきた。

「首尾はいかがでしょうか、見目麗しき姫君」

「我がヘマするものか。道は向こうだ」

 リージュが四時の方角を指さした。

「でかした。いにしえの由緒正しきオーパーツが味方だと心強いな」

「ふんっ。チープなおべっかで、和解すると思うなよ。我を小間使いにしたこと、後悔させてやる」

 憎まれ口の割に、リージュは気分を持ち直したらしい。チョロインちゃんは今日も今日とて健在だった。

「リージュの献身を無駄にしないためにも、早速出発するか」

 エニシが一歩踏み出したところで、

「おぬし、戦利品を拾わないのか。欲がないんだな」

「戦利品?」

 エニシが復唱すると、二本の足を地につけたリージュが草むらを指さす。オークが事切れた辺りだ。

 彼女の指先を目で追うと、こんぺいとうみたいな物体が転がっている。サイズも似たり寄ったりだ。ただし拾い食いしようとは、まかり間違っても思わない。

 なぜなら、まがまがしくどす黒いからだ。食欲減退どころか、生存本能が『毒物』と訴えてくる。

「モンスターの核みたいなものだ。未加工では路傍の石ころも同然だが、一手間加えることで武具やアイテムの原料となる。すなわち、人の集落で換金可能だぞ」

「そいつは耳寄り情報だ」

 エニシは黒いこんぺいとうを回収し、ベルトからつるした皮袋に投入する。

 もののついででゴブリンが消滅した付近を捜索すると、オークと同程度のこんぺいとうを発見した。すかさず拾い上げる。

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