[Ⅴ]ドット絵の大地②
「マインドイーターって、俺の鎌はここに──はれっ」
先刻まで掌中にあったはずの大鎌が、影も形もない。どこかに落としたのだとしても、音くらい鳴るはずなのに。
「愚昧ここに極まれりだな。我が見初めて、御自ら対等な容姿で降臨してやったのに」
裸族の幼児が胸を張った。
「ええーと。つまりおまえは、大鎌の化身ってことなのか」
「うむ」幼児がうなずく。「当たらずといえども遠からず、だな」
「たびたび俺に語りかけてきたのも、おまえ?」
「ご名答。我の美声を拝聴できるだけでも、誇ってよいぞ」
エニシは安堵した。どうやら内なる自己との対話じゃないらしい。
「よし、そうか。では可及的速やかに鎌形態へ戻ってくれ」
「うむうむ、そうだろう。我の神々しくも魅惑の肉体美に気圧され、尻ごみする気持ちも……って、おぉい!!」
幼児がのりツッコミ気味にシャウトした。
「まみえて間もなくおさらばとか、どんだけ我をほったらかしだよ。初対面だぞ。プロフィールとか由来とか経歴とか、我の人となりに関心ないのか!?」
「がなりたてなくても聞こえるよ」
エニシが耳をふさいだ。幼児の金切り声で、鼓膜がキンキンする。
「誰も彼もが面識ない相手のことを知りたがると思ったら、大間違いだぞ。だいたいおまえは人間じゃないし、『人となり』もくそもないだろうに」
「シャラップ。おぬしのへ理屈は聞き飽きた」
幼児がシャットアウトした。
耳にたこができるほどのやり取りをした覚えもないのだけど、エニシはあえて言葉尻をとらえない。
「我は誉れ高き〝グロウアップウェポン〟の中でも随一の博識で、仲間内で『賢者』と一目置かれた兵器。世界の歴史や仕組みなどを知悉した、生き字引だぞ。ほれほれ、なんでも尋ねてみよ」
自画自賛だけでは飽き足らず、幼児がクエスチョンを所望した。エニシとの雑談を終わらせたくない模様だ。
「現時点で俺が知りたいことは一つ」
「存外謙虚な小僧だな。時間の許す限り、列挙してくれてもよいのだが」
「どうしたらおまえが鎌になってくれるか、だ」
「見直して損したわ。おぬし、何があっても我との語らいを拒否するか」
幼児が地団太を踏んだ。
「そんなに我がうとましいか。選んだのはおぬしだろうに。それとも釣った魚にはエサをやらん主義か。なんと腐った性根だ。我が手ずからたたき直してくれる」
すると幼児の細腕が豹変した。二本の華奢なひじから先が、鎌の刀身になっている。『シザーハンズ』の鎌バージョンだ。
「本当にマインドイーターが擬人化したんだな。目の当たりにすると、いや応なしに現実味を帯びてくるよ」
「そこから信じてなかったのか。猜疑心旺盛な人間め」
幼児がカマキリのごとく、二つのかいなを振りかぶった。
「タイム。俺としてはおまえとのいさかいを、極力避けたい。共存共栄していきたいと思っているんだ」
「我としても、おぬしを成敗するつもりなど毛頭ないわ。やりたくとも、できぬしな」
「さらっと毒吐くな、おまえ。俺の命を狙うアサシンみたいな言い回しだぞ」
「言葉のあやだ。我はおぬしとちぎりを交わしておる。契約者を直接手にかけることは、ご法度でな」
これが盟約の戒めだ、と幼児は黒チョーカーを鎌の刃先で示す。
「ただし、からめ手はセーフだが。エニシのバカアホ間抜け、ちんどん屋」
「言葉攻めは契約の埒外、ってことか。つーか今日び、ちんどん屋って聞かないな。罵声なのかもピンとこないし」
幼児が人の手に戻して、腕組みする。
「ほほぅ。一つ勉強になった」
「喜怒哀楽あって、人間より人間くさい兵器か。俄然興味が出てきたかも」
「ふふ~ん、そうだろう。さあ、あけすけに質問攻めしてくるがいい」
短いやり取りで判明したことがある。この幼児は饒舌なのだろう。
「マインドイーター、って長ったらしくないか。ほかに愛称とかないなら、俺がじきじきに命名するけど」
「リージュ」
幼児が手短に即答した。
「ふぅん。リージュか」
「特例として『リージュ様』と呼称することを許可する。感涙にむせいでよいぞ」
「うん。よろしくな、リージュ」
全裸の幼児リージュが、エニシにジト目を向ける。
「我は寛大だ。『さん』づけで譲歩してやろう」
「ところでリージュ、町や村はどっちの方角にあるか見当つくかな」
「呼び捨て一択、ってことだな。石頭すぎて話にならん」
リージュがそっぽを向いた。
ご立腹らしいが、エニシには理由がつかめない。ご機嫌斜めの要因でも尋ねてみるか、と思い立って彼はリージュの変わりように気づいた。
「ドット絵じゃ、ない?」
今しがたまでポリゴン未満だったのに、いつの間にやら、なんの変哲もない幼児の容姿になっている。エニシは契機を回想しようとするものの、思い当たる節がなかった。
「ドット絵だと? 面妖なことを言う。我の辞書にはアーカイブされてないぞ」
「ああ、こっちの話」
エニシは深く考えないことにした。もしかしたら見間違え、という可能性もある。はなっからリージュはドット絵でなかったのかもしれない。
まじまじと観察してみて、エニシの中に新規の疑義が錯綜した。
……ついているべきものが、見当たらないぞ。
「もしかするとおまえって、『女の子』なの?」
「やっと悟ったか、朴念仁め」
リージュが半眼になった。
「武器が変身したら花も恥じらう乙女でしたとか、いかにもベタな流れだな。お次に待ち受けるは、ラッキースケベだらけのラブコメ大会かよ。食傷気味だっての」
「わけの分からんことを。なあエニシ、前もって忠言しておくぞ。ゆめゆめ図に乗るなよ。我は人間のせせこましい尺度で計れる存在ではない」
どれほど高貴か知らないけどオールヌードだと形なしでは、とエニシは思った。
「我に性別という観念はないのだ。兵器だからの」
「でもさっき、認めたろ」
「早まるな。『今は』という条件つきだ。おぬしはオスだろう。よってメスに顕現したまで。いわば『兵姫』だな。我の粋な計らいに感激するといい」
リージュは鼻高々という風情だ。
「どうだ。我のなまめかしい艶姿に劣情を催してよいぞ」
彼女はわざとらしく、しなを作った。
幼女が行なうなけなしの背伸びを台なしにするほど、エニシは無粋じゃない。
「あー、眼福眼福。鼻血噴出しそうだぜ」
リージュが眉間にしわを寄せる。
「むぅ~、憎たらしいくらいあからさまなリップサービスしおって。忌々しい人間め。こうなれば成熟したナイスバディで、おぬしを骨抜きにし、吠え面かかせてやる」
「人間じゃないんだから、成熟しようがないだろう」
「浅はかだな、エニシ。我は他者の魂を食らうごとに成長する。今にみておれ。おぬしの身長など、抜き去ってやるからな」
「確認するが、おまえ武器のくせに成長するの?」
リージュはさも当然、とばかりに首肯する。
「我こそは悪魔粛清用兵装の始祖にして、三千世界に十二しか現存しない、最古のグロウアップウェポンが一振り。発育くらい、造作もない」
エニシはあんぐり大口を開ける。不覚にも意表をつかれた。
でも不可抗力ではなかろうか。だって武器が人型に変化するだけでもインパクト大なのに、人のごとく成育するとのたまっているのだから。
「『魂を食べる』と言ったな。じゃあ二体のモンスターを秒殺したのは」
「我に決まっておる。まさかおぬし、秘められし神通力で始末したとか、うぬぼれておるんじゃなかろうな」
「そこまでおめでたくないよ。解せない、とは思ったさ」
「よろしい。手始めに、己の器量が月並みだと知覚しろ。何ができないかを余すところなく知ることこそ武運長久、ひいては長生きの秘訣ぞ」
リージュの説教は、エニシの中に芽生え始めた楽観を打ち砕いた。それ自体は感謝すべきかもしれないが、かといって快くはない。エニシはへの字口になる。
「おまえに比べたら無力かもしれないけど、俺だってやるときはやるって」
「気負うな。足を引っ張ろうとも、我がカバーしてやるよ。なんせ我は、相棒さま専用の女房役だからの」
リージュは歩み寄りの姿勢を示した。器のでかさアピールだろうか。
「おまえにとって俺と組むことは、何かメリットあるのか」
「あるよ。我は武器だからな。使い手不在では、自力で動くこともままならん」
こうしてなにげなく受け答えしていると、リージュが大鎌であることを忘れそうになる。エニシは気を引き締めた。
「おさらいしておくぞ。我は第三者の魂を食らい、自らの養分とできる。魂を食することが我の真骨頂であり、レゾンデートルでもあるわけだ。今の状態は、よちよち歩きの赤子も同然。完全体となるには、千以上の魔物を取りこまねばならない」
エニシは直感的に『ドラゴンボール』の悪役『セル』を思い浮かべた。彼のベースは昆虫でリージュは武器という差異があるものの、敵を吸収する点については遜色ない。
「我の本懐は進化し続けること。おぬしは魔王を討ち滅ぼし、世間知らずな箱入り女神と乳繰り合いたいのだろう。旅路をともにすることは、双方にとって有益だと思わないか。利害が一致するうちは、加勢してやらないでもない」
ニキの手料理にありつくのはおまけであって、最終目標じゃない。エニシの当面の指針は、魔王とやらと対峙することだ。
とはいえ、彼は永遠の死よりも異世界で復活するほうがマシという消去法でよみがえった節があるので、訂正を求めるほどでもなかった。