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[Ⅳ]ドット絵の大地①

「とにもかくにも、布石を打っておかなくては」

 ニキは心臓の前方で合掌した。瞑目しつつ呪文を唱える。

 呼応して彼女を中心とした、同心円状の幾何学模様が展開。さりとて数秒足らずで収束してしまう。

「ふぅ。気休め程度の子供だましでも、彼には重宝するでしょう。余人には無用の長物だろうけど」

 ニキはまぶたをあげる。

「べ、別にえこひいきじゃないのよ。正反対です。彼はブラックリスト入りするほどの問題児。魔の誘惑を打ち払う保険は、多いに越したことないんだから」

 第三者がいない中、エアツンデレをかますニキ。我ながら面はゆくなり、頬を上気させた。二度三度かぶりを振り、合わせていたもろ手を握りこむ。

「かの子羊の再出発に、幸多からんことを」

 女神の面目躍如か、敬虔な祈祷のポーズだった。


¬ ¬ ¬ ¬ ¬


 諏訪エニシが降り立ったのは平原だった。灌木が散見するくらいで、身を隠せそうな造形物はない。いつ天敵が現れるか不明瞭で、小動物は心安まらないだろう。

 ただ、彼としては若干肩透かしだった。天空に突如放り出されてスカイダイビングすることもなければ、プラズマに周囲を覆われて映画『ターミネーター』よろしく大地にクレーターをうがつ現象もなく、異世界旅行完結なのだから。

 あまりにあっけなかったので、エニシは自己演出してみることにした。両腕を広げて快晴の空に向かい、

「海賊王に、俺はなる!」

 海原や河川どころか水たまり一つない乾燥した平野に、咆哮が木霊した。茶番で牧歌的景色が一変するはずもない。

「……徒労だ」

 ひとしきり虚無感を味わった彼は、あてどもなくさまようことにした。人里へ向かいたいが、地図もない現状では集落の方角を見極めるすべがない。

 ちなみにエニシの格好は刷新されていた。長袖シャツにケープを重ねて更に赤マントを羽織り、ズボンをベルト止めしている。手袋とブーツのトータルコーディネートで、彼は愛と勇気だけが友達の『ア○パ○マ○』を連想した。

 かの正義の味方と似て非なる特徴は、素手じゃないことだ。死神の鎌に似た得物(ただし刃なし)で武装しているため、かろうじて肖像権や著作権違反じゃないと思う。

 などととりとめないことを考えているうち、エニシは生物と遭遇した。これが行商人や旅の踊り子なら僥倖だけど、明確に違うと分かる。

 なんせ敵意満々なのだ。そして姿形がヒューマンじゃない。異形の獣が二匹、エニシめがけて奇声をあげつつ突進してくる。

「ぷぎゃああーー」

 一匹は吸血UMAチュパカブラを彷彿とさせる体躯だった。体毛は少なく、鋭利な牙と爪を有している。

「ゴブリンってやつかな」

 エニシは臨戦態勢を整える。

 もう一匹は二足歩行のブタだった。よだれをまき散らし、品性のかけらもない。携えた棍棒が、ひときわ無骨さを強調している。

「こっちはオークだろう」

 エニシはおおよその当たりをつけた。モンスターとおぼしき二匹から前触れなく襲撃されても、泡食わない。手に大鎌があるし、元来彼は物おじしない、という側面もある(剛胆でなく、びっくりしたところで益体もないという割り切りゆえ)。

 しかしエニシが戦慄しない最たる要因は、二匹の魔物が九十年代レトロゲーム調の『ドット絵』で構成されているからだ。凶暴なはずなのに、どこかしら愛嬌のある容姿のため、足がすくまなかった。

「ひょっとして俺もドット絵なのかな」

 疑念を抱いた彼は改めて自分の手足を吟味したが、特段ゲームのキャラクターじみた加工はなされていない。

 深入りしたところで答えも出そうにないので、エニシは頭を切り替えた。さしあたって、迫りくる目先の化け物を排除。安全が確保されたのち、心ゆくまで存在証明しよう。

 気分一新してからのエニシの行動は、果敢かつ迅速だった。守勢に回らず、真っ向から攻勢に転じる。マインドイーターを両手で振り上げ、ゴブリンに踊りかかった。

 ただし正確を期するなら百%自発的というより、内なる声に突き動かされたアクションでもある。

『蹴散らせ。されどもおぬしは戦意を奮うだけでよい。あとは我の領分だ』

 心に直接訴えかけるような指令に従い、エニシはひとっ飛びでゴブリンとの間合いをつめた。といってもトランス状態に近く、彼自身が体を制御する感覚は希薄だ。ニキと対面した際、剣と槍の攻撃を防いだときの状態と酷似している。

「せいっ」

 裂帛の気合いとともに、鎌を振り下ろす。エニシのイメージでは、ゴブリンは殴打されて昏倒するはずだった。刃があれば真っ二つにできたかもしれないけど、ないものねだりしても仕方ない。

 翻って、彼の予想に反する結果となった。跳ね返されたわけでも、頭蓋骨がひしゃげるわけでもない。切っ先がゴブリンの肉体を〝透過〟したのだ。

 彼(?)の胴体をすり抜け、地面にめりこむマインドイーター。敵がいることを除けば、くわで畑を耕す仕草に似ていた。

 さしものエニシの表情がこわばる。

「おいおいおい。初耳だぞ、ポンコツ女神ちゃん」

 聖剣や神槍は紛れもなくはじき返した。ここにきてすり抜けマジックを披露するとか、トリッキーにもほどある。もしや、徒手空拳でモンスターを撃退しないとならないのか。だとしたら大鎌の存在意義とはなんぞや。

 身構えたものの、待てど暮らせどゴブリンからの反撃はない。しびれを切らして、エニシは敵の様子をうかがった。

 一刀両断されてもいないのに、ゴブリンが口を半開きにしてほうけている。ひょっとして大鎌には相手を金縛りにする付属効果でもあったのだろうか。

 またしてもエニシの予見をあざ笑うかのごとく、ゴブリンに変化の予兆が現れた。出し抜けに肉体が光の粒子となり、霧散し始めたではないか。なんらかの技や魔術の予備動作にしては、地味すぎる。

「え、終わりなの?」

 我が目を疑うエニシの眼前でゴブリンだったものは、光に還元されて視認できなくなる。序盤に登場するザコモンスターっぽいくせして、透明化という高度かつ凶悪な反則技を駆使してきたり──しない。順当に息の根が止まったらしい。

「…………」

 エニシはリアクションに窮して棒立ちになる。

『注意力散漫となるのは早計だぞ。もう一匹いたろう』

 謎の声に叱咤されて、エニシはゴブリンの片割れがいたことを思い出した。オークの姿を視界にとらえるべく、周辺を見渡す。

「ほへぇ。いっそすがすがしくなるくらいの一心不乱だな」

 仲間が討ち取られたことで義憤にかられるかと思いきや、オークは脱兎のごとく逃走していた。しかも四足歩行になっており、感服するほど俊足。この逃げ足では全速力で走ったところで、追いつけないだろう。

「うん。去る者追わず、かな」

『たわけ。我を敵に向かって投げよ』

 エニシの内なる声が罵倒した。自分に罵詈雑言を浴びせて、愉悦に浸る趣味はないはずだけど。

「ゴーストのささやきには、素直に耳を傾けるか」

 これといって否定材料もなかったので、エニシは大鎌をスローイングしてみた。

 彼は生前ピッチャーじゃなかったし、球技全般が特技でもない。仮にメジャーリーガーだったにせよ、白球と鎌では相違点だらけだろうけど。かてて加えてマインドイーターは鎖鎌じゃないので、投擲には不向きと評して差し支えない。

 要するに投げたはいいものの、あさっての方向に飛んだのだ。スピードで迫れたとしても、方角が異なれば命中するはずもない。

 拾いにいくのかぁ、と意気消沈したエニシの眼球が、奇跡みたいな光景をとらえた。

 マインドイーターが曲がったのだ。ロックオンした追尾ミサイルのごとくカーブして、遁走するオークの背骨を狙いすます。

 けどまたしても敵に打撃を与えることはなかった。オークの肉体を透過し、地面に突き刺さる。逃げ続けるブタさんが、急遽横倒しになった。石くれにつまづいたのだろうか。

 鎌を回収がてら、エニシが小走りで現場に向かった。デスサイズを引っこ抜き、オークの様子を確認しようと接近したときには、光の粒となって雲散霧消している。

 エニシにとっての記念すべき初戦は、これにて閉幕らしい。

「手応えなさすぎて、まるっきり実感湧かないんだけど」

 エニシがぼやくのもむべなるかな。『一撃必殺』といえば聞こえはいいが、これでは弱い者いじめになってしまいそうだ。

『おごるなよ、人間。何もかも我の地力のたまものぞ』

 内なる声がエニシをたしなめる。自分で自分を諭すとか、どうかしている、とエニシは思った。

「くそっ。俺様の右手がうずきやがる」と口にしようものなら、中二病(しかもエニシは二十歳間際)のそしりを免れない。

『三下が二体では腹八分目にも満たぬが、ギリギリ実体化できるだろう。我の威光にひれ伏せ、人間』

 サイコチックな妄想が白熱してきた。エニシはいよいよ自分の正気を疑い始める。

 死んだと思ったら、あれよあれよという間に異世界へ派兵させられたのだ。頭のネジが一本や二本緩んでも不思議じゃない。

 折しも彼の思惟が正常と証明するためか、目の前に幼児が出現した。

 髪の毛は白銀でベリーショート、肌は色素異常を疑いたくなるほどの白皙。一対の瞳は金色で、極めつけが素っ裸だった。首筋に黒革のチョーカーがあるものの、装束とはカウントできないだろう。

 ただ『一糸まとわぬ裸』といっても不健全さは一切ない。なぜなら、幼児もドット絵なのだから。

「やあやあ我こそは、天魔大戦の趨勢をも左右するマインドイーター。すべからく獅子奮迅の活躍せし、おぬしの伴侶なり。狂喜乱舞するがいい」

 全裸の幼児が居丈高に口上を述べた。

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