[Ⅲ]導かれぬ曲者男子③
不慮の事故に見せかけ、大鎌を完膚なきまでに破壊する。あれはずらりと並んだ武具の中で、唯一の〝オリジナル〟。よって壊せば、取り替えのきくストックはない。
選ばせたくないから粉砕する。すこぶる乱暴な考え方だけど、大鎌が損なわれることで誰にも不利益とならない。
勇者はナマクラをつかまされて天界を逆恨みしないし、『あれが選択されたら、ひんしゅく買うかな』と未熟な女神が萎縮する事例もなくなる。
まさしく、いいことずくめだ。
幸いにしてニキの制御下にある聖剣と神槍は、攻撃力で双璧をなす兵装。当てさえすれば、原形をとどめなくなるに相違ない。
ニキは手を後ろに回し、腰の付近で組んだ。エニシからは視認できぬよう、二強の兵器を浮遊させる。
「ふぅん、〝マインドイーター〟ってゆうのか。立派すぎて、名前負けっぽいな」
脈絡なくエニシが独りごちた。あたかも誰かと会話するような一挙一動に、ニキは自分の思惑が気取られたのかと、戦々恐々になる。
「誰としゃべっているのですか」
「あれ、変だな。女の声だから、あんただとばかり思ったのに」
ニキは口を開いていない。無闇にトークすれば、剣と槍の接近を察知されると懸念したからだ。
エニシが女性の声を聞いたとすれば、幻聴になるのだろうか。この空間に女神と人以外、知性を持つ存在はいないはず。
何はともあれ、たくらみは露見してない。計画続行だ。ニキはエニシの死角から二大武器を忍び寄らせる。
射程圏内に入った。あとは実行命令を下すのみ。
照準はエニシが握る大鎌。エクスカリバーを刃先に、グングニルを柄に向かわせよう。挟撃で木っ端微塵だ。
「あなたにとって心地よい声音でしたか」
「どうかな。どことなく勝ち気で高飛車、というか」
妄想も、ここまでくるとあっぱれだ。エニシも所詮は盛りのついた男。幻聴にも理想の声色を当てはめてしまうほど、異性を恋い焦がれてるのかもしれない。とどのつまり尻に敷かれたい願望がある、草食系男子なのか。
さておきエニシは油断しきっている。間隙を縫う、絶好の機会だ。
「ごめんなさい。手が滑って」
そこつを装い、ニキは剣と槍を差し向けた。
軌道は寸分たがわず思い通り。大鎌の破砕コースだ。
やった、と胸中で快哉を叫ぶニキの視界に、不可解な光景が飛びこむ。
エニシが防御行動に出たのだ。それだけならまだしも『防衛本能が働いた』などと処理できたろう。にわかに信じかたかったのは、エニシが『背中に目がついている』と言わんばかりに腕の挙動のみでガードしたこと。
正確には鎌の一振りで、エクスカリバーとグングニルをいなしてしまった。
「滑るも何も、あんた手ぶらじゃん」
しかもエニシは自身がニキの強襲を回避したことにも気づいてない模様だ。女神に視線を固定して、語りかけてくる。
顔面と四肢の動作があべこべで、同期していない。同じ体でありながら、右脳と左脳が別個の指揮系統で動きを誘発したようなイカサマ感がある。いや、腕をコントロールしたのはエニシの本能じゃないのかも。
大鎌がオートで迎撃したように見えた。
単なる無機物が自律思考する、なんて奇妙なことがあり得るだろうか。先輩に相談したら、「白昼夢でも見たのね」と小言をもらいそうだ。
しかしそう考えると腑に落ちるのも、また事実。だって武芸者然としていないエニシが、達人のごとき所作をしたのだから。
「……うん? 剣と槍が飛んできてたのか」
やはりエニシは無自覚だ。ますますニキの疑惑が深まる。
「す、すみません。私の不注意で」
「いや、いいよ。あんたの意図は伝わっている」
まさか魂胆が見破られたとでも言うのか。ニキが冷や汗をかく。
「この武器のスペックを体感させるため、予告なしで攻撃してきたんだろ。無意識に防御しちゃうとか、便利すぎだろ。どうして不人気なのか、俺には想像もつかないね」
エニシが拡大解釈したものの、断固否定して心証を悪くすることもない。ニキは尻馬に乗ることにした。
「え、ええ。お気に召しましたか」
「うん。俺はこいつを使うことにするよ」
エニシが大鎌マインドイーターを高らかに掲げた。
「あなたがそう望まれるのでしたら、私は止めません」
言葉と裏腹にニキは戸惑った。こんな得体が知れない物、エニシに供与して問題ないのだろうか。心なしか不吉に思えてならない。
ニキは手招きし、聖剣と神槍を片づけようとする。あとは宝物庫にしまうだけ──のはずが、彼女ははたと思いとどまった。
剣の白刃と槍の穂先に異変がある。刃こぼれしているではないか。考えられる原因は一つ──エニシが手にする大鎌しかない。
確かにこれは模造品。されどまがい物であっても、本物を精巧にコピーしたレプリカをいためるほどの破壊力があるというのか。かの大鎌にそんなポテンシャルが秘められているなどという話、ついぞ耳にしたことがない。
由々しき事態だ。
ニキに去来する漠然とした胸騒ぎが、確信に変わりつつあった。
未知数の大鎌と、潜在力を引き出す底知れないエニシ。この組み合わせは非常に芳しくない。場合によっちゃ、天帝に仇なす災厄となるのでは。
「エニシさん、やはりその武器はあなたにふさわしくないかと……」
「んじゃ異世界なりなんなり、送っちゃってくれ。ここに長居したって、もう何ももらえないんだろ」
話聞かねぇ~マイペース坊ちゃんめ!
女神らしからぬ毒づきをしそうになって、ニキは懸命にこらえた。はらわたが煮えくり返るものの、なんとかして牽制しておかねば、のちのちの禍根となりかねない。
不本意であるものの、ニキは身を切ることにした。
「エニシさんが魔王を倒した暁には、何か一つ褒美を進呈しましょう。私でできることであれば、なんなりとお申しつけください」
「そういう特典つきシステムなのか。宮仕えの女神さんかと思いきや、融通きくんだな」
本来であれば死者である人間に、成功報酬を提示することはない。復活の好機が与えられるだけ御の字、ゆえだ。従ってニキの提案は極めて異例になる。
でも四の五の言っていられなかった。情緒がブラックボックスで不安定なエニシは、敵に籠絡される危険性を大いにはらんでいるのだから。
惑星イスカンディアにおける代理戦争では、天界の使者である勇者と、魔界の息がかかった魔王を恒久的に自軍へ従属させる拘束力はない。双方とも謀反は自由で、どちらの陣営にくみするかは一任されている。そのほうが道義的だし、悪魔側も過保護を疎んじたからだ(実態は裏切り上等のほうがだましだまされのゲーム性があってエキサイティング、だかららしい)。
歴史的事実として勇者が寝返ったことはある。前例はないものの、魔王を天界の手駒に加えることもルール上不可能じゃない。
エニシとデスサイズのコンビには、一抹の計り知れなさが漂う。彼が万が一、魔族の軍門に下れば、天界にとって驚異となるかもしれない。
よってニキは不穏な芽をつむため、エサで釣ることにした。好物を鼻先にぶら下げ手なずけておけば、滅多なことで反旗を翻したりしないだろう。
エニシは「うーん、どうしよっかな」と懊悩した。
「いいこと思いついた」やにわにかしわ手を打つ。「あんたの手料理がいい」
「料理?」
ニキは拍子抜けした。
「人間の欲望は果てしない」と、先輩から口酸っぱく言い聞かされている。てっきり金銀財宝とか、ふしだらなリクエストをしてくるものとばかり思って腹をくくったのに、よもや無難な要望が出てくるとは。
あっけにとられたニキを眺め、エニシがけげんな面持ちになる。
「なんだよ。女神のくせに飯も作れないのか」
ほほ笑みそうになるのを、ニキは自重した。
「それは人間界でセクハラに抵触する発言と見受けますが。女性だから料理ができる、というのは、いささかステレオタイプですね」
「一本取られたな」
正論だったからか、エニシが自らのおでこをはたいた。
「俺も妥協するよ。フルコースとは言わないから、何か一品だけでいいや。振る舞われるのがことごとく出来合いの物だったら、あんたを指名する意味ないじゃん」
聞く人によっては、「風俗嬢と混同するな」と目くじら立てる物言いだった。でもニキはそこまで人間の世俗を熟知していない。
「ではほっぺたがとろけ落ちる物を、丹誠こめてご用意しましょう」
「大した自信だな。念のため胃薬もセットで支度してくれると、助かるよ」
つくづくかわいげがない。ニキはしかめっ面になる。『飼い犬に手を噛まれる』ということわざは、こういう場面で用いるのだろうか。
「毒にも薬にもならない美食なんかより、心をこめて作ってくれた劇物のほうが、俺としてもうれしいけどね」
ずるい、とニキは思った。こういう不意打ちされたら、憎みきれないではないか。
棒読みに近い、事務的な口調になる。
「では転送しますので、心の準備をしてください」
エニシの足元に燐光を放つ魔法陣が錬成された。
彼が大鎌を担ぎ、空いた手を振る。
「じゃあ行ってきます」
「いってらっ──」
エニシが魔法陣とともに消失する寸前、ニキは自らの言葉に虚をつかれ、唇を手でふさいだ。
「私は、何を言いかけた?」
いってらっしゃい、などと応じる義理がどこにあるというのか。エニシは下働きの人間で、ニキは慈愛を体現する女神。不要な相互干渉をせず、一線を画するのが流儀のはずなのに。
「たるんでるな。自戒しないと」
発破をかける語調に反し、まんざらでもない表情のニキ。鏡などの反射物質がないこの空間では、客観視しようもないのだけど。
出来の悪い子ほどかわいい、というやつかもしれない。デフォルトが素行不良であれば、時折かいま見せる善行が際立つのだ。それを理解したとて、あとの祭り感は否めないが。