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[ⅩⅩⅡ]天空の鬼嫁②

『訂正してください。天上界は公明正大で、過ちから目を背けません』

「はんっ。薄っぺらい『公明正大』だことで。現にグロウアップウェポンを抑圧しているだろうが。おまえこそ兄を色メガネにかけた蔑視だけでは飽き足らず、歴史から抹消したこと、反省しろ。天帝に代わって平身低頭するなら、許してやらないでもない」

『謝りません。帝には、私など及びもつかない崇高なお考えがあるのでしょうから』

「だったらこちらも撤回するものか。我は断じて悪くない」

『開き直りもはなはだしい。エニシさんの暗殺未遂も正当化するつもりですか』

「エニシには『巻きこんで申し訳ない』という引け目がある。生き延びてくれて、感極まったくらいだ。しかし貴様らに対する自責の念などないね。むしろ手ぬるい報復だったと悔やんでいるよ。因果応報を、指南してやろうか。我の刃は神にも届く」

「二人とも落ち着け」

 エニシがいさめる。怒鳴り声ではないのに、リージュとニキはそろって矛を収めた。

「食物連鎖すら超越する女神と、天下無双のマインドイーターが、おつむの足りない女同士みたいにキャットファイトするなよ。というか口論に混ざれない俺は、立つ瀬がないどころの騒ぎじゃないぞ。空気扱いされる脇役の身にもなれ。俺は放置プレイでご満悦になったりしないからな」

 一瞬でも覇者の風格を錯覚したリージュは、エニシに土下座させてやりたくなった。

『エニシさんのちゃらんぽらんな仲裁に耳を貸すのは不愉快ですけど、一理ありますね。私と大鎌の激論は本筋からそれています。一悶着の当事者であるエニシさんにこそ、こたびの裁定を下す権利がある』

「女神なんだから俺への不服をそつなくオブラートに包んで欲しい気もするけど、目をつぶろう」

『おあいにく様。私は誰であろうと如才なく、平等に接していますので。ところでエニシさんは大鎌に対し、いかなる処断をなさるつもりですか』

「焦るなって。判決を申し渡す前に、二三尋問したい」

 エニシは裁判長にでもなったつもりだろうか。天界に対するリージュの憤慨も、ごっこ遊びでしらけてしまった。

「被告人リージュ、嘘偽りなく答えなさい。あなたにとって兄貴は、シモンに対するカミナ級に大切な人ですか」

「黙秘権を行使する」

『厚かましい。この期に及んで黙秘できると思っているとは』

「ニキの弁舌はあれだけど、俺としても答えてもらわなくちゃ判断のしようがない。付き合ってくれ、頼むよ」

 後輩からのSOSを突っぱねては、栄えあるグロウアップウェポンの沽券にかかわる。

「兄のみならず十二のはらからは、血を分けた肉親も同然だ」

 満足げにエニシがうなずく。

「では最後の質問です。おまえの兄と俺が海で仲良く漂流しています。救命ボートに乗せられるのは、どちらか一人だけ。リージュはどちらを助けますか。ただし兄貴が武器形態になって両方レスキュー、という離れ業はなしとする」

 エニシは天秤にかけている。リージュが彼と兄のどちらに重きを置くか。答えが最終決定に直結するのだろう。

 処世術にたけた者なら、エニシを選ぶに違いない。けれど自滅回避のブラフであっても、譲っちゃならないものがある。リージュにとっては──

「兄だ。我はおぬしを見殺しにする」

『本性を現しましたね。あなたにとって恩義など、紙切れよりも軽いのでしょう。さあエニシさん、マインドイーターとの契約を破棄してください。一言「契約解除」と口にしてくれるだけで構いません。お手軽ですよね』

 エニシは手をつかねて熟慮している。

 究極の二者択一で、リージュは彼を見捨てた。どこに悩ましい要素などあるだろう。

「よしっ、決めた」

『焦らしますね。てっきり居眠りしちゃったかと思いましたよ』

 女神も気が気じゃないのだ。忠告が限界で、最終決定権はエニシにあるのだから。

「俺はリージュとの契約を更新する」

『かしこまりました。ではマインドイーターを指定の座標に誘導してください。抵抗するようなら──は? 今なんと』

「だからリージュと旅を続けるよ」

『なんですってぇ~~』

 女神ニキの絶叫が脳髄に残響した。

 リージュは叫ばなかったが、単に目が点になっていただけだったりする。

『失敬、気が動転しました。エニシさんも心を鎮めてください。私は一度くらいの言い間違いも認める寛容な女神』

「とちってないよ。俺の希望は現状維持だ」

 エニシは女神の執拗さに、若干うざったそうにしている。

『意味が、分かりません。稀代の裏切り者ですよ。いつ刺客を差し向けて、寝首をかこうとするか』

「元気があり余っていて大変結構。そんくらいのほうが緊迫感あって、旅路もスリリングになるんじゃないか」

『…………』

 女神は絶句してしまった。

「ってゆうのは冗談で、リージュは戦闘力を始めとして、俺にないものをたくさん持っている。どうせ旅をするなら、自分に備わってない能力を保有したやつとのほうが、いざというときに切り抜けられるじゃん」

『あなたは「いざというとき」のただ中にいますよね。そして仕掛け人は、誰あろうデスサイズです』

「もっともだよ。でも俺たちに課せられた任務って、魔王討伐だろ。そんなクエスト、平凡なパーティーで成し遂げられると思うか? ちょっと羽目を外すくらいエッジのきいた連中じゃないと、四天王にすら苦戦すると思うぜ」

『マインドイーターのめちゃくちゃな特性は、私も疑義を差し挟む余地などありません。けどボス戦を前にして謀殺されれば、世話ないです』

「うん。四六時中殺されかけるんじゃ、旅どころじゃないな」

 ニキがたたみかける。

『お忘れですか。大鎌は死地において持ち主の生命を軽視する、と宣言しました。エニシさんに忠誠など誓っていないのです』

「俺は忠誠心なんて求めちゃいないよ」

『え?』

 ニキがリージュの心情を代弁した。

『ならば被告人尋問に、どんな意図が隠されていたと』

「ニキも後押ししてくれたろ。正直者は評価されるべき、って。強いて言えば、リージュが俺にホラを吹くかどうかを試したのかな」

『……私にも理解できるよう解説を所望します』

「あんな見え透いた二択、我が身かわいいやつなら真っ先に俺を選択する。でもリージュは不利を承知で、兄を選んだ。俺はその心意気にしびれたのさ。こいつとなら腹を割ってつるめると思ったわけ。理路整然とした動機だろ」

『全然。ほころびだらけで頭痛がします。大鎌が適当に選んでない、という保証がどこにあるんですか。気分やくじ引きで決めたのかもしれない』

「リージュは運任せで選ぶようなやつじゃない」

『なぜ言い切れるのです』

「俺がリージュと苦楽をともにし、同じ釜の飯を食ったからだ。あと一回のケアレスミスをやり玉に上げ続けるのも、あしき慣例だと思うし」

『私も一概に前科者の更生を否定いたしません。ただし犯罪の質にもよるでしょう。デスサイズのはかりごとは、何があろうと再発させてはならない』

「参った。君のほうが正論だよ、ニキ」

『では』

「蛇足もあったけど俺は結局、リージュとケンカ別れしたくないんだ。諏訪予報によると、雨降って地固まるよ。たぶん」

 胸の奥がじんじんと痛み、リージュはいたたまれなくなった。

 疲労困憊にも似たニキの吐息が漏れる。

『聞くだけで忍耐の求められる暴論の挙げ句の果てが「楽天思想」とか、お話にならない。死んでも治らないバカって、あるんですね』

 リージュもニキに激しく同意する。

「手加減なしっすね、ニキさん。俺が豆腐メンタルだったら、号泣しているぞ」

『手抜きなんてするものですか。生き死にがかかっているんですよ。救えるはずのあなたに息を引き取られたら、女神の名折れです』

「あくまで反対って姿勢か。どうしたら俺やリージュを信頼してもらえるんだろう」

『最低でも、マインドイーターが魔神と化す気運が濃厚なうちは、信を置けませんね』

「リージュから殺意をなえさせる名案があれば、か」

 エニシは思索にふけっている。

「閃いた。リージュ、約束ごとをしよう。少なくとも魔王を倒すまでの間、俺の命を狙わないと誓ってくれ。めでたく打倒したあとは、そんとき考えるとして」

 リージュは反応に困った。

「ただ、約束破ったときの罰則も用意する。今回もおとがめなしとはいかないぞ。俺は肝を冷やしたんだ。お返しに実例交えて、ペナルティを体に刻みつけるからな」

 エニシが手を伸ばしてきた。

 思わず、リージュは目をつむってしまう。彼女は武器なので、折檻の耐性は高く設定されてないのだ。

「これが罰ゲームだ」

 リージュの予想と全く異なる感触があった。彼女は顔面や頭部に対する痛覚を覚悟していたのだ。不意打ちされた先は──胸。

 エニシはワンピ越しに、リージュのバストをまさぐっている。

「平坦だから握りにくいな。ビーチクつまむので、よしとするか」

 思考停止していたリージュは己の防衛本能に従い、両腕を鎌の形状に変化させた。

「乙女の大事な突起物を触るんじゃねえ、万年発情くそ虫が!!」

 エニシに両腕を振り下ろす。

 示し合わせたように、ヨークもエニシの首筋にかぶりつこうとした。

 されど二人のコラボ攻撃のかいなく、エニシの肌は無傷。パートナー契約の拘束力で、寸止めになっているのだ。

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