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[ⅩⅩ]新旧絆の守り人③

「いつから、気づいた」

「しょっぱなからお見通し、って啖呵を切りたいところだけど、ついさっきだよ。確信に変わったのは、おまえがとらわれの身になったあと、救出方法を真剣に考えた辺りかな」

「我に、過失はなかったと思うが」

「うーん。落ち度ってほどじゃないけど、いくつか『おや』と感じることがあってさ。それらが積もり積もって急転直下した、というのが正直なところ」

「何が、まずかった?」

「えーとね、最初におかしいと感じたのは、町長と面会時にリージュがしきりと廃鉱へ行きたがったこと。おまえ最大の関心事である成長にかかわることならまだしも、突如として義侠心に燃えたのが発端かな」

「王都に行くためには、必要な手順だろう」

「うん。だから深くは考えなかった。次の違和感は、盗賊が判で押したように俺を狙ったこと。ヨークの分身はおまえにもちょっかいかけたのに、人間どもは総出で俺を目の敵にするんだもの」

「我が幼い女で、おぬしが嫌われ者だから、とは考えられんか」

「うっ。ずばっと痛いところをついてくるな」

 エニシが心臓付近を両手で押さえる。

「三つ目はリージュが奈落へ落ちそうになっても、さほどあがかなかったこと。水分はおまえにとって忌避すべきものなのに、潔すぎるだろ。ちっとはもがこうぜ」

「我は消滅の間際にあっても、グロウアップウェポンの矜持を捨てぬ」

 真の意図は、リージュがエニシと別行動することにあった。エニシが単身でいてくれたほうが、何かと好都合だったから。ただし彼の不意な熱血にあてられて、予期せぬ動作をしてしまったのが、運の尽きか。

「最も粗が目立ったのは、挙動不審な盗賊親分かな。リージュだけを捕獲するかのごとき、狙いすました罠を張ってるんだもん。今から考えれば、おまえを不測の事態から庇護したかったんだろうけどさ。チンピラ人間と徒党を組まず、おまえとヨークだけの布陣だったら、俺も太刀打ちできなかったかもしれない」

 リージュは天井を仰いで嘆息した。人ごときに見破られるとは誤算だ。

「だとしても我らだけでは、立ちゆかん。ならず者を抱きこまねば、たちまち計画は暗礁に乗り上げてしまう」

「ふーん、どうして」

 リージュは首筋のチョーカーを指でつまむ。

「我と、眷属であるヨークは盟約により、おぬしを殺せないからだ」

 エニシは下あごを指でなぞる。

「事情は把握した。けど、ふりだしに戻っちまったな。俺を殺害すると、リージュにどんな役得があるんだ」

「おぬしを亡き者にすれば、いち武器の範疇を越えられるのだよ」

「武器を、越える?」

 リージュはうなずく。

「こう表現したほうが理解しやすいか。我は〝魔神〟に昇格するつもりだった」

 エニシは口を真一文字に結んだ。リージュの言葉の続きを待っているのだろう。

「あまたのモンスターの魂を刈れば完全体になれる、と前に話したな」

 エニシは首肯した。

「それは正規のルートだ。道のりは長い反面、なだらかで険しくない。光があれば陰があるように、正式な順路に対して裏口もある。そしてリスキーな近道のほうが、破格の力を手にできるのだ」

「俺の命を奪うのが、裏ルート?」

「いかにも。所有者の殺生が第一関門であり、難易度も高い。グロウアップウェポンは持ち主を害せないよう、遵守させられているからな」

「だから、外野の盗賊一味を舞台に引っ張り出した」

「全員戦闘不能にされたがな。いや、最大の不確定要素は、おぬしだったのかもしれない。エニシをターゲットにしたことが敗因か。我の眼も曇ったものよ」

 リージュは自虐的にほにかんだ。

「ちなみにここへ来る途中、相談を持ちかけてきたじゃん。おまえの悩みって魔神になることだったり、俺の生殺与奪についてだったりするのかな」

 矮小な人の悩みと一緒くたにされるのは心外であるものの、エニシの神妙な面持ちに免じてリージュもとがめない。

「おおかた正解だ」

 耳まで真っ赤にして「うぅー」とうなったあと、エニシが頭を抱えてうずくまった。

「どうした。体調がすぐれないのか」

 リージュは駆け寄って下からのぞこうとするも、エニシは頑として表情をのぞかせない。耳たぶの赤さが増した気もする。

 熾烈な争いの中で奇病をもらい、緊張の糸が切れて発症した。あり得ない話ではない。

「異性の思わせぶりな態度で浮き足立つ、思春期男子の通過儀礼をしてしまった。穴があったら入りたい。いっそ殺してくれ」

「おぬし、何を言うておる。殺りたくとも我らにはできないと──」

「だいたいおまえのせいでもあるんだぞ。男心をぬか喜びさせやがって」

 エニシがリージュをにらみつけた。ただし涙目なので圧迫感に乏しい。

「ぬか喜び? おぬしを処刑しかけたことについて、申し開きするつもりはな」

「いいや」エニシは首を横に振った。「命のやり取り以前の話だ」

「それ以外で我がおぬしにしたことは……なんだ?」

「猫なで声で、心を開きかけたろ」

「いちゃもんもはなはだしいぞ。我はこびた声色など出しておらぬ。おぬしの思い違いだろう」

「出たよ。小悪魔女の固有スキル、自己弁護。おかげで涙をのむ男が、あとを絶たないんだ。純朴な俺まで奸計にかけるとは、卑劣なやつめ」

 リージュは首をひねった。エニシは夢うつつで幻でも見たのだろうか。

 蚊屋の外に徹していたヨークが、ため息を漏らす。

「恐れながらリージュ様、横やりをお許しいただきたい。このままでは平行線で、水かけ論になります」

「よい。申してみよ」

「自分はあなた様と人間風情の会話を耳にしてはおりません。よって憶測で物を言います。リージュ様は最近その男と、こみ入った話をしましたね」

「大仰だ。我が計画を漏らすような失態、するものか」

「情報漏洩の責任の所在など論じておりません。あなた様は旅の途上で軽率にも、人間とフランクに接した。あまつさえ、弱みなど明かしませんでしたか」

 ヨークのプレッシャーが尋常じゃない。リージュはエニシ側に後戻りした。その行為により、圧力が二割増しになる。

「み、未遂だったと言うておろう。我も分別くらいわきまえておる」

「はぁ~~。リージュ様の場合、『罪作り』という枠外ですね。鈍感にもほどがある」

「『鈍感』はエニシの特質だ。我ほど思慮深い賢者はいない」

「そうですか。ならば当然お分かりですね。そこの人間は、リージュ様に寄りかかられて有頂天になったのです。有り体に言って『ひょっとしてこいつ、俺のこと好きなんじゃね』という論理的飛躍でしょうか」

「やめてくれぇぇ。聞きたくなーーい」

 エニシが身をよじって悶絶した。

 リージュが振り向きざまに問いかける。

「おぬし、我の魂胆を看破したのではなかったのか」

「おまえの悩み相談の断片から、魔神うんぬんなんて思いつくかよ。俺は虚構を自在に創作する、新進気鋭のクリエイターじゃないんだ」

 自己完結の末に会話を腰折れさせた張本人はエニシだろうに、というツッコミをリージュは控える。

「謙遜する割に、なんやかんやで我がおぬしに首っ丈だと曲解したのだろう。ベクトルこそ違えど、人並み外れてたくましい想像力だと思うがな」

 エニシのくねくね運動が終息する。

「毒を食らわば皿まで、だ。煮るなり焼くなり好きにしてくれ」

「百歩譲って、我がおぬしにぞっこんだとしよう。ならばなぜ殺そうとする? 自家撞着ではないか」

「愛と憎しみは表裏一体って言うじゃん。いっときの迷いと勢いで恋に落ちたはいいものの、やはり『種族の壁は越えられない』と捨て鉢になり、いっそ心中しようと常軌を逸したという流れで──うぅ、ちくしょうめ。冷静に考えれば、お約束すぎるよな。どうして疑わなかったんだ、俺ってやつは」

 エニシのセリフは尻つぼみになって聞き取れない。

「我がおぬしと添い遂げられぬから、心中?」

「リージュ様のお心は強靱だ。狂気が巣くう余地などない」

 異を唱えるヨークとは裏腹に、

「あはっ。あはは……あははははっ」

 リージュは抱腹絶倒した。

「はしたないですよ、リージュ様」

 ヨークの諫言など馬の耳に念仏で、リージュは腹を抱える。

 世間体や対面など捨て置いて笑い転げたのは、いつぶりだろう。グロウアップウェポンが四散して以来、ご無沙汰だったに違いない。

 エニシは魔剣の兄と似ているが、別人なのだ。賢明な彼は、『妹と恋仲になったらどうしよう』などと空回りしなかったろうから。

 リージュとしてはエニシの空転や勇み足を、愛でたくもなるけれど。

 あぁ世界の、なんたる広さよ。千年単位で生きると『未知のことなどない』と傲慢になりかけるが、謎なんて山のようにある。

 リージュからすればエニシは未確認生命体だ。彼と触れ合うほどに、一人で肩ひじ張るのがバカバカしくなってくる。全力で道化を演じる生き方も、乙かもしれない。

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