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[Ⅱ]導かれぬ曲者男子②

「口先では『俺のため』なんて言っておきながら、無償奉仕じゃないんだろ。あんたたちにもなにがしかメリットあるはずだ。あるいは、そう仕向けざるを得ない事情とか」

 ニキはひそかに歯噛みした。無念の死を遂げた人間の惑星イスカンディア派遣は、『苦肉の策』に近い。

 ざっくばらんに述べれば、天上界と魔界の〝代理戦争〟を繰り広げる、舞台セッティングなのだから。

 されど実情は口が裂けても言えない。口外は天界における禁忌の一つで、女神の地位を剥奪されても異議を申し立てられないのだ。

「答えられない、か。だったら」

 沈黙を保つニキに業を煮やしたのか、エニシが彼女を指さす。

「俺を異世界に送り届けることであんたは、どんな得をするんだ。逆にミスすることでこうむるデメリットでもいい」

「そ、そんなことを知ってどうするのです?」

 ニキはたじろいだ。いまだかつてエニシが口にしたのに類する、とんちんかんな質問をされたためしがない。

「答えによりけりで、ファイナルアンサーしようかと」

 つまりまだ翻意のチャンスがある、ということか。女神は慎重に言葉を選んだ。

「あなたが新天地で実り多き人生を謳歌することが、ゆくゆくはわたくしどもの無上の喜びと──」

 発言するにつれ彼のしらけていく様が、手に取るように分かった。NGであるらしい。とっさにニキは発言を撤回する。

「というのが天界の総意であり、一丸となって掲げるスローガンです」

「俺は上っ面の大義名分とか、投げっぱなしのマニフェストを聞きたいんじゃない。あんた個人と意思疎通したいの」

 女神を『個人』と同列視する時点で不敬極まりないが、ニキはとがめないことにした。エニシが破れかぶれになると、ひいてはニキにしっぺ返しがきてしまう。

 恐らくエニシは耳触りのよいお題目を所望してはいない。本音や真実に近いことが知りたいのだ。

 しかし勇者と魔王に関する機密をつまびらかになどできない。かといって嘘八百を並べて虚言だと露呈すれば、態度を硬化させるのは必定。

 八方ふさがりだ。建前を封じられることが、これほど手詰まりとは思わなかった。

 脳天から煙が立ち昇るほど熟考する。そしてニキが至った結論は、『どうとでもなれ』という自暴自棄だった。人間一人ごときに頭を悩ませるなど、ナンセンスの極致。

 本心を知りたくば、ぶちまけてやる。結果転移がふいになっても些末なこと。

『死人に口なし』だ。彼が冥土に墜ちれば、ニキの爆弾発言が漏洩する心配もないのだから。

「あなたが異世界行きを渋ったら、私の査定に響くでしょうね。駆け出しでもこなせる簡単な仕事をしくじるのだから」

「あんた、新人なのか。道理でキャラが定まってないし、無味乾燥な応対だと思った」

 エニシが侮辱めいた発言をした。

「悪かったですね。つたないMCで」

 ニキはさじを投げた。大ヤケドした気分だ。意を決して胸襟を開いたのに、彼は意見を覆そうとはしない。

 結局、周章狼狽した女神を眺めて悦に入る、性悪な企てだったのだろう。これだから人間は度しがたい。

「ルーキー女神さん、この中だとどれが人気あるんだろう。俺は武器って門外漢でさ」

 エニシがしゃがんで、武具を物色していた。

「あなた、いったい何をしているの?」

 ニキの素朴な問いに、エニシが顔を上げる。

「『この中から選んでいい』って言ったじゃんか。自分の言葉には責任持てよ」

「言ったけど、あなたは頑として異世界行きを拒んでいたはずじゃ」

 エニシが肩をすくめる。

「俺だって率先して貧乏くじを引きたくないよ。でも固持したら、あんたが困るんだろ。女神に積年の恨みがあるわけでもないし、寝覚めが悪くなるのもごめんだから」

 死者が寝心地を気にするとか荒唐無稽、とのどまで出かかった言葉を、ニキはすんでのところでこらえた。

「だってテンプレがどうこうって」

「ああ、あれか」エニシが自嘲気味な笑みを浮かべる。「俺はベタな流れに便乗するのが嫌いだ。憎悪していると言ってもいい。『みんなやってる』だの『流行』だの『グローバルスタンダード』だの、知ったこっちゃないね。俺からしたらオカルトと同義だよ。あたかも『あまねく人類発展のため』とか慈善家ヅラしておきながら、フタを開けてみると『私利私欲』とかざらにあるし」

 ニキは人間界に精通していない。なれど極論ではないかと感じる。

「たとえば朝食のパンをくわえた女子が、街角で美少年とぶつかったとする。俺の見解だと、それは幸運な偶然じゃない。女の子がイケメンと懇意になりたいから、待ち伏せしてタイミングを見計らい、彼に衝突したわけだ。もし計算高い彼女がそそっかしいキャラを演じたら、俺はどん引きするね。いっそ『ミッションコンプリートで、してやったり』と言われたほうが、しっくりくる」

 食事中の少女が美男子とぶつかるといかなる化学変化を起こすのか、ニキには想像を絶する。しかしエニシが執念めいた、いびつな感性の持ち主であることは、おぼろげながら分かった。

「別に丸ごと理解して欲しいとは思わないよ。俺はあんたの本意が聞けて満足したんだ。少なくとも、女神の手のひらの上で踊ることはないだろうから」

 他者から指図されることをいとう一匹狼気質、ということだろうか。

 いや、核心をついてない気もする。どちらかといえば、神経過敏なくらい策略を警戒する陰謀論者に違いない。

 ニキはそう結論づけた。

「やる気になってくれたみたいで、私もうれしいです」

 極上の女神スマイルを浮かべるニキ。余談だが、今ので人間の若輩男子(死者)が悩殺されないことはなかった。

「社交辞令はいらない。武器の中でどれが評判いいのか、早いとこ教えてくれ」

 エニシがにべもない反応をした。照れ隠し、という感じが微塵もない。

 ニキのプライドがそこそこ傷つく。おかげでテンションだだ下がりになった。

「……最も満足度が高いのは〝聖剣〟を冠する『エクスカリバー』でしょうか。次いで〝神槍〟と名高い『グングニル』で、中には防御力を極限まで上げるべく〝鉄壁〟を誇る『イージスの盾』を選択なさる方もいらっしゃいますね」

 ニキが指をさした剣と盾、槍が虚空に浮遊する。どれも意匠がきらびやかな武具だ。『伝説』という枕ことばがつくだけある。三つともレプリカであるものの、運用次第で宿敵の魔族すらほふりうる逸品ぞろいだ。

「感触など試していただいて結構ですよ」

 手に取りやすくするため、エニシのそばまで滞空させた。

「ランキングをうのみにする、安易なチョイスはしないよ」

 エニシは殿堂入りする武具を歯牙にもかけない。いったい何が不満なのだろう。

 なるほど。ニキは閃いた。

「諏訪さんは日本人でしたね。あなた方民族は〝刀〟に固執しがち、と小耳に挟みました。なんでも『武士の魂』とか」

「俺がちょんまげ結う絶滅種の『侍』に見えるか。あんたの知識って、化石クラスに古めかしいな」

 ニキはむっとした。女神といえど不備や不手際くらいあるけど、言い方ってものがあるだろう。『現世において彼の交友関係は壊滅的だった』という調査結果も信憑性がある。

「俺は別のことが知りたいんだ。一番不人気な武器は、どれになるのかな」

 ニキは小首をかしげた。取るに足らない雑学を得て、なんになるのだろう。

 支持されない物には、看過できない欠陥があるもの。それを故意に選ぶのは自らにハンディキャップを課すのと同義で、およそ合理的とは言えない。

「『花形を選べ』という前提であれば、十人十色で意見が割れます。ただし最も名声と縁遠い物については、満場一致でしょう。そこにある〝鎌〟です」

 ニキが左斜め前方に横たわる大鎌を指さした。されど聖剣などと異なり、浮上することはない。勧めること自体、愚行だからだ。

「ふーん。案外、しっかりしたフォルムだけどな」

 エニシが大鎌に近寄って、柄を両手で握る。

「見た目よりも全然軽いじゃん。楽勝でぶん回せる」

 嬉々として〝8〟の字を描くように振り回す。おもむろに動きを止めた。

「これが敬遠される理由、教えてくれる?」

 問われたものの、ニキは即答しなかった。いったん言葉を咀嚼する。

「刃がついておらず、武器を装備する優位性が著しく薄まるからです」

「刃がない、ね」

 エニシが大鎌の刀身を指でなぞった。もちろん彼の指先に裂傷は生じない。

「逆刃刀よか平和的だな。練習用なのかい?」

「ええ、まぁ」

 ニキは生返事した。彼女自身、くだんの得物の正式な出自を記憶していないのだ。分かることは使用者からの苦情の数が、飛び抜けて多いということ。

 よってニキの真意としては、エニシに大鎌を選んで欲しくなかった。

 気難しい彼のこと。性能が想定を下回っていると判明したら、十中八九クレームをつけてくる。たやすく未来予測できるだけに、エニシを目移りさせることが急務だ。

「その鎌は刃物というより、鈍器に近いです。どうせなら敵を派手にやっつけるほうが、気分爽快じゃありませんか」

「ちなみに、こいつはなんて銘柄なのかな」

 ニキの努力もむなしく、エニシは大鎌にがっぷり食いついている。今更ながら彼女は己の下策を悔いた。

 エニシはへそ曲がりだ。他者から「やめろ」と言われると、より執着が強固になるのかもしれない。

「ごめんなさい。これだけあるので、一つ一つ覚えていないのです。調べれば分かると思いますけど、資料を洗うだけでも一苦労でして」

「調べなくていいよ。元よりあんたには、過度な期待してないから」

 だったらなぜ質問した!!

 のどまで出かかった悪罵を、ニキは必死に嚥下した。そっちが不誠実で非協力的なら、こっちにだって相応の対処というものがある。

 強硬手段だ。

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