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[ⅩⅨ]新旧絆の守り人②

 リージュは大空洞内に滞留する空気が張りつめたのを、肌で感じた。

「では人質がどうなってもいい、と申すのだな」

 ヨークが念押しした。

「ああ。リージュを押しのけても、俺は助かりたい」

「同じ人間として虫ずが走る。仲間を売ってまで生にしがみつこうとするとは」

 長らく置物と化していた盗賊ボスが口を開いた。彼は悪人であるものの、子分たちとの連帯感は尊んでいるらしい。

「人間なんて一皮むけば、こんなものだろ。俺は腰かけ勇者でね。借り物の信条を貫いた末に殉職なんか、まっぴらごめんさ」

「けっ。同族のよしみで天誅を下し、肉塊にしてやりてぇぜ」

「早まるな。虫けら一匹ごとき、いつでも踏み潰せる」

 ヨークに制止されて、盗賊親分は黙りこくった。

「なんじはトカゲの尻尾を切ってでも、生き残りたいというのだな」

「そうだよ。惨めなことだって愚直にやる所存だ。なんなら、足の裏をなめてやろうか」

 ゲスが、とヨークは吐き捨てた。

「殺害を許可する。もう顔も見たくない」

 統率者からの指令で『待ってました』とばかりに、盗賊親分がハルバードを構えた。

「ちょ、ちょい待ち。話せば分かるって。ラブ&ピース、『愛は世界を救う』だろ」

 エニシは一歩たたらを踏んだ。

「外道と交わす言葉など、持ち合わせていない」

 ヨークは聞く耳持たない。

「か、考えてもみろよ。俺の相方は人間じゃなく、武器の化身だぞ。仮に壊れても、修復すれば済む。有機物と無機物、どっちの存続を優先するかなんて、明々白々じゃないか。人の命は惑星よりも重たいんだ。後生だから見逃してくれよ」

 エニシはたなごころを合わせて拝んだ。

「自分からすれば、なんじの命など羽毛よりも軽い。せめて散り際くらい潔くできないのか、薄汚い人間め」

 哀願を一蹴するヨーク。全身の毛が逆立っていることから察するに、怒り心頭に欲しているのだろう。

 対してリージュは平静だった。むしろ胸騒ぎが止まらない。エニシはいったい何をしでかすつもりなのだろう。

 彼は常識的な言動を遠ざけることに定評がある。ただし選民思想に傾倒しているわけじゃない。エニシは『特別でありたい』のでなく、『普通でありたくない』のだ。

 勇者の行動規範に照らせば、軽薄な命乞いはアブノーマルに違いない。されどエニシは勇者という稀有なジョブに、なんら帰属意識がない。一般ピープルであるとか、エリートであるとかは些末事なのだろう。

 つむじ曲がりが『愛は世界を救う』だの『人の命は星より重い』だの、大衆がこぞって口にするであろう凡百の定型句を使うだろうか。しかもリージュを『武器風情』とこき下ろしたうえで、自分だけ助かろうとする愚民の定番みたいな態度のおまけつきで。

 死に直面すれば、きれいごと大好きな人間でも仮面がはがれ、保身第一となるのは無理からぬことかもしれない。エニシは常識外れといえども、青臭い男子だ。死に際まで初志貫徹するような鋼鉄の精神力を備えていないとしても、なんら不思議じゃない。

 でもこの数日、密にエニシと触れ合ったリージュだからこそ分かる。

 これは壮大な狂言だ。彼は何かしらの悪巧みをしている。それをミスリードするため、軟弱な一挙手一投足で敵愾心をあおっているのだ。

 現にヨークは、軽蔑のまなざしをエニシにそそいでいる。一刻も早く排除したいに違いない。盗賊のお頭に至っては、エニシへ憎しみの炎を燃え盛らせている。あるいは場違いな使命感さえたぎらせているかもしれない。

 いずれもエニシの思うつぼではないか。リージュには彼が内心でせせら笑っているのが、透けてみえた。

 この先どれほど滑稽な惨事が繰り広げられるか、リージュにも知る由はないけれど。

「身ぐるみはいでもらって構わない。金目の物は全部あんたらにやる」

 エニシはプレートメイルを始めとして、甲冑を次々と外していく。防具を足元に並べて、ついにはブーツまで脱いだ。肌着のみになって、卑屈な愛想笑いを浮かべる。

「だから命だけは助けてくれ」

「なんじを勇者に指名した天上界も、地に落ちたものだ。同じ空気を吸っているだけで、不愉快極まりない」

 ヨークがあごで処刑続行を合図した。

「無防備になって、俄然切り刻みやすくなったぜ。せめてもの情けだ。ひと思いにほふってやる!」

 盗賊ボスがハルバードを抱えて全速前進した。

「一生の頼みを聞き届けないばかりか、命まで強奪する快楽殺人者め。地獄へ墜ちろ」

 エニシは顔面の前で両腕をクロスする。

「人でなしには言われたくないぜ。おとなしく成仏しな」

 賊は勝利を確信したのか、ニヤリと笑いつつ突撃した。

「悪霊となって化けて出るからな。末代までたたってやる」

 エニシの捨てゼリフは敵の耳朶に届かない。

 しかしリージュは見逃さなかった。下着姿で人の威厳をかなぐり捨ててまで生に粘着した男が、したり顔するのを。

 次の瞬間リージュは我が目を疑った。驚いたのは彼女だけではないはず。銀狼も動揺のあまり、リージュを組み敷く集中が乱れている。

 盗賊ボスが脇腹めがけてハルバードを横なぎに払うや否や、エニシが大ジャンプした。爪先の下を空振りする斧の白刃。

 エニシの跳躍には、ひねりが加わっていた。敵に背を向けたタイミングで脚がしなやかにしなる。

「あらよっと」

 ローリングソバット。

「ほげっ」

 遠心力を上乗せしたかかとが盗賊ボスの顔面に炸裂し、彼は後ろざまに倒れた。痙攣するばかりで、逆襲する素振りはない。一撃KOされた模様だ。

「蝶のように舞い、ハチのように刺すってね。諏訪選手、着地も決められるか」

 エニシは地に降りた直後、両手を高く掲げてポーズを取った。

「どれだけ優勢でも勝って兜の緒を締めないと、いかんぜよ。でなけりゃ相手に下克上の醍醐味、堪能させることになる」

 下着オンリーは不格好と思ったのか、いそいそと防具をまとうエニシ。身支度を整えたところで、リージュたちの方向へ歩んでくる。

「き、貴様、何をしたか分かっているのか。こちらには人質がいるんだぞ」

 ヨークが大口で再びリージュを丸飲みするポーズをした。リージュのほっぺに生温かい吐息が当たる。

「手あかまみれのセリフなんで、あんまし言いたくないんだけど」

 エニシは手のひらで後頭部をかいた。

「やれるもなら、やってみやがれ。あんたは飼い主さまに噛みつけるほど、恩知らずなしもべじゃないと俺は信じているが」

「なん、だと」

 ヨークが硬直した。

 その隙にエニシは歩み寄り、リージュの目と鼻の先でしゃがむ。

「おまえ、詰めが甘いな。ギャングスターにも、つまはじき者なりの『悪の美学』があるもんだ。よしあしはおいといて『やる』と腹を決めたら、とことん突っ走れよ。キャラがブレてちゃ早死にするぞ」

「おぬし、何を言うておる」

「ボケてんのか。おまえ、俺に情けをかけて逃がそうとしたじゃん。あれはいただけない。悪代官として落第だぞ。まぁきっとリージュには、悪党の素養がないってことに尽きるんだろうけどな」

「我には、なんのことやら」

「知らぬ存ぜぬ、一点張りか。だったら断言させてもらうけど」

 エニシは人差し指をリージュに突きつける。


「俺を抹殺すべく手ぐすね引いた真犯人はリージュ、おまえだな」


 リージュは刹那、呼吸の仕方を忘れた。

「ただ、いまいちピンとこないことがある。リージュが俺を殺したい原動力だ。無知蒙昧な人間にも分かりやすく、教えてくれよ」

 目を泳がすヨークに成り代わり、リージュが疑問を呈する。

「責任転嫁はやめてもらおう。おぬしの右腕たる我が、なぜ持ち主を死に至らしめようとせねばならんのか、逆に知りたいくらいだ」

「しらばっくれるなよ。おまえが書いた筋書きだろ。真実を白日のもとにさらしたんだから、種明かしするのが犯人の礼儀だと思うけど」

「我は被害者だぞ。今もこうして、死と隣り合わせの危機に直面しておる」

「おまえ、女優なんだな。危うくだまされるところだったよ」

 こいつはことあるごとに、自分の予測を越えた動きをする。リージュは歯噛みした。

「確証はあるんだろうな」

 エニシがヨークを指さす。

「俺が意に沿わないのに、おまえに危害を加えようとしない。したくてもできないのかもしれないけど。これが証拠じゃ、ダメかな」

 リージュは舌打ちする。

「ヨーク、もうよい。潮時だ」

「は?」

「だから猿芝居は、しまいにする。我を戒める縄、噛みちぎれ」

「は、はい。仰せのままに」

 ヨークはかいがいしく、一本一本の網を牙や爪で切り裂いていった。リージュが立ちあがったところで、顔についた汚れを舌で取り除こうとする。

 リージュは手で払って、ヨークをお座りさせた。

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