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[ⅩⅧ]新旧絆の守り人①

 エニシは停止して両手を掲げる。

「了解。俺に戦う意志はない」

 降伏に納得したのだろう。ヨークがあぎとをリージュの上からどける。

「我々の要望を聞き入れるなら、連れの五体満足を確約してやる」

「でも俺が死んだら、確認しようがないじゃないか」

「約束をほごにするほど、仁義を見失ってはいない」

 盗人たけだけしいな。魔獣に人のモラルを説いたところで、無意味かもしれないけど。エニシはヨークと目線を交わす。

「信じる努力はする。代わりに教えてくれないか。なんで俺は死ななくちゃならないんだろう。ただ『死ね』と言われて『はい、喜んで』とはいかない。俺にだって知る権利くらいあると思うんだが」

 ヨークは沈思黙考し、大きく裂けた口を開く。

「よかろう。自分のあるじが、なんじの絶命を望んでいるからだ」

「軽口をたたいている間に、飼い主と会えなくしてやろうか」

 リージュが首を巡らせ、ヨークを威圧した。それでも銀狼はひるみさえしない。

「飼い主……あんた、誰かのペットなの?」

「答えるいわれはない」

 エニシの問いをヨークが断裁した。

「あんたのあるじ様にとって、俺の死はどういう意義があるんだろう」

「ノーコメントだ。我があるじにかかわる、プライバシーなのでな」

「ヒントすらなしなんて、ご無体な。あんたが俺の立場だったら、真っ当な理由も告げられず、唯々諾々と殺されるのかよ」

 ギリッ、とヨークは奥歯を鳴らした。

「我があるじには……宿願がある。なんじが散らせた命は、欠かせない礎となるだろう。これで、満足か」

「あんたの苦悶に似た口調、俺にはご主人様が『願い』という名の怨念に取り憑かれているふうに聞こえるけど。あんただって身に覚え、あるんじゃないか」

「なんじの耳が遠いのだろう。自分はあのお方に随伴する影にすぎない。意見具申など、もってのほかだ」

 歯がゆかろう。無心でありたい歯車もどき、というのも。エニシはヨークに同情した。

 ドット絵との乖離が、操り人形じゃないことを物語っている。

「下世話な詮索はもうしないよ。ただし教えてくれないか。俺が死ぬことで、あんたの主人は幸せになれるのかな」

「幸せ、だと?」

「うん。俺の死が、なにがしかの利益をもたらすことは理解した。けどその先に幸福感はあるのかい。かすかにでも後ろめたさがあって、心にしこりを残したりするなんてことがない、と断言できるか」

「それは……」

 ヨークは言葉を濁した。

「あるじの心情を自分が計るなど、懲罰に値することだ」

「そうきたか。だったら質問を変える。俺がくたばれば、あんたは幸福になれるのか?」

「なんじが自分の気持ちを知って、どうするのだ」

「俺が命を絶つべきかの参考にする」

 エニシの即答に、ヨークはたじろぐ。

「自分は……自分の幸福はあるじとともにある。あの方の幸せはすなわち、自分の幸福にほかならない」

「裏返せば、ご主人様の不幸は、あんたにとっても不幸せであるわけだ」

 ヨークは言葉を失った。

「誤解しないでくれ。俺はあんたを『諸悪の根源』と弾劾しているんじゃない。ただ、俺がいなくなることで不幸しか生まないなら、犬死にだと思ってね。そんなのって、わびしすぎるだろう」

 大空洞は静寂に包まれた。不定期に水滴がこぼれ落ちる音しか響かない。

「エニシ」

 静謐を破ったのは、リージュの声音だった。

「おぬし一人で退散しろ」

「俺が撤収したら、おまえはどうするんだよ。現段階で最重要の議題は、リージュの無血解放について、だろ」

「で、バカ正直に敵へ命を献上するか。愚にもつかない冗談だ。おぬしが往生際の悪い輩であることぐらい、我は承知している」

「おまえに俺の何が分かるんだよ」

「その言葉、のしをつけてお返ししよう。おぬしも我を隅々まで理解したとか世まい言を吐くつもりじゃなかろうな」

 エニシは口答えできない。

「案ずるなよ。我にはとっておきの秘技がある。ただし条件つきでな。我一人でなければ、発動不可能なのだ」

 リージュは磁力の檻に四肢を封じられ、加えて大型動物に羽交い締めされている。

 この閉塞感を打破するほどの秘策があるというのか。エニシには信じがたい話だけど、リージュならば絵空ごとじゃないかもと思う。彼はジレンマに陥っていた。

「のうエニシ、破天荒なおぬしと過ごした数日、大層充足していたぞ。かように痛快だったのは久方ぶりだ。我はおぬしとの狂騒が、嫌いではなかった」

「そんな今生の別れみたいな挨拶、よせよ」

「早合点するな。おぬしの脚が地面に根を張っておるから、断ち切ってやったまで。我のいじらしい心配り、水の泡にしてくれるなよ」

「よくさえずる口だな。私語は慎んでもらおうか」

 ヨークが前足でリージュの横っ面を押さえつけた。肉球が妨害して、リージュは物言えなくなる。

 こんな体勢でもなお、形勢逆転できるというのか。

 否、虚勢としか思えない。逼迫した状況を覆せるとしたら、自分以外にはいないはず。エニシは一念発起した。

 けれど気がかりなこともある。傲岸不遜に自分をこき使うリージュが、『見殺しにせよ』と殊勝な提案するだろうか。彼女っぽくない。あいつならきっと──

 エニシははっとなった。

 リージュらしいって、なんぞや。自分たちは、いつから阿吽の呼吸ができる思った?

 出会って一週間と経たず、『リージュならこう思うはず』『彼女はこんなことしない』などと型にはめるとは。自分が嫌悪する根拠なき類型化を、知らず知らずのうちリージュに適用していた。

 彼女にも諭されたろう。俺がリージュと以心伝心でいると思うのは、おごり以外の何物でもない。

 偉くなったものだな、諏訪エニシ。己のことすら把握しきれていないにもかかわらず、他人と心を通わせ合っていると錯覚するなんて。

 俺はリージュのことを何一つ知らない。先入観は、跡形もなく捨て去れ。

 まずは自分らしくあること。分不相応なことに手を広げても勝機は訪れないどころか、五里霧中になるだけだ。

 物事の視点を180度転換するのが、諏訪エニシの持ち味であり生き様だろう。

『いつの言動が不興を買ったのか』や『俺に怨恨を抱きそうな人物は誰』といった、こんな状態に至る元凶を順序立てて導き出すのでなく、この苦境を引き起こすわけがないマイナー要因へ焦点を当てる。

 ぱっと思いつくあり得ないことは、夢オチだ。自分の体験すべてが、夢の出来事である禁じ手。

 しかし却下する。

 これを認めるのは陳腐を通り越して、醜悪ですらあるから。

 次点は、諏訪エニシ本人が首謀者であること。自分が多重人格者であり、サブの俺が主人格を殺そうとする、とか。

 でも論外だな。

 こんなまどろっこしいことをせずとも、副人格でいる間に自害すれば、メインもろともあの世へ旅立てる。

 ただし得るものもあった。ヨークのあるじは俺を亡き者にしたいにもかかわらず、直接手を下せない人物ってことになる。

 三番目にナンセンスな事象は……。

 ははっ、エキセントリック。

 エニシは我ながら『イカれてるな』と感じた。〝これ〟を真顔で俎上に載せる自分が、狂人の領域に片足をつっこんでいる気がする。

 だがしかし、この仮定を全身全霊で否定しうる材料がない。むしろ所々に散らばる沈殿物のごときトゲが、真相の足場を着々と固めていく。

 問題は立証のプロセス。仮説が見当違いの場合、被害甚大なのはリージュだから。

 うぅむ。どう外堀を埋めていくか。

 ──矛先を、変えるしかないな。この場の注目を一心に浴びる。リージュの存在感が、虚無並みにかすんでしまうくらいに。

 イッツ・ショータイム!!

 紳士淑女の皆々様、ご笑味ください。卑しく鬼畜なヒールのお出ましです。

「なんじ、何をへらへらしている。気でもふれたか」

 ヨークが敵意をこめて問いかけてきた。

「人間狂って結構。それが戦争だ」

 エニシの返事にヨークは眼を細める。たばかられた、と感じたのだろう。

「俺が好きな戦記アニメからの引用だよ。戦時中は、とかく心が病むと思ってね」

「戦争はもっと大規模なうねりだ」

「そうかな。俺にとっては充分に非日常でアンビリーバボーな局面だよ。脚なんかもガクブルで、縫いつけられてるしね」

「なんじの体調など興味ない。それより返答せよ。生存を諦める決心はついたか」

 エニシは宣誓するように挙手する。

「俺は死なない。地にはいつくばっても、泥水をすすっても生き延びたい」

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