表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/23

[ⅩⅦ]そして混沌へ③

 それでか。エニシは得心いった。

 リージュが逃れられないのは、金属製の武器ゆえだ。磁力を帯びた紐を一本一本はがすのは、簡単な作業ではない。同様の理由で人であるエニシには、なんら拘束の用をなさないという寸法か。

「なんでまた、そんな手間暇かかることを」

「こうするためだ、よっと」

 ボスが一本釣りする。リージュを閉じこめる網が、盗賊側に手繰り寄せられた。

「リージュ!」

「いきり立つでない。束縛されようと、一矢報いることぐらいできる」

 リージュが気丈に答えた。盗賊をしかと見据える。やつが間合いに入ったときが年貢の納め時。一瞬にして意識を刈り取るつもりだろう。

「おまえのもくろみは読めるぜ。うかつに近寄らねぇよ。オレも長生きしたいんでね」

 盗賊のボスはハルバードを携え、不動の構えだ。射程圏外では、さしものリージュといえど反撃のしようがない。

「不敗神話の要石を没収しちまえば、てめえなんて恐るるに足らない。今こそ復讐のときだ。よくも仲間を皆殺しにしてくれたな」

「人聞き悪い。死者は一人もいないって。自分の目で確かめてこいよ」

 エニシはホールドアップしたまま大空洞の出入口からどいて、通路をあけた。

「てめぇをなぶり殺したあとでな」

 ちっ。ウドの大木に見えて、凡ミスはしないか。エニシは別の策を講じるにあたって、釈然としない点に思いをはせる。

 あたかもリージュをピンポイント爆撃する仕掛けの数々。敵はエニシたちのパーティーについて、知り尽くしすぎてないだろうか。

「一つ聞きたい。どうやってこちらの情報を入手した?」

「てめぇ、身のほどをわきまえろよ。質問できる立場だと思っているのか?」

 盗賊ボスがハルバードの穂先を、リージュの柔肌に寸止めする。下手なマネをしたら串刺し、という警告なのだろう。

「幼子を人質に取るようなマネして、罪悪感が芽生えないのか」

「全く良心は痛まないぜ。だってこいつ、人ですらないんだろ」

 ぐっ。図星をつかれて、エニシはぐうの音も出ない。

 すると盗賊の頭領が不安げに右方向をうかがう仕草をした。

 つられて、エニシも視線を向ける。生つばを飲みこんだ。

 暗闇に包まれた岩場に〝何か〟いる。二つの眼球が、エニシを捕捉していた。

 物陰に溶けこんでいた何かが、高速移動する。ジャンプしたらしい。着地点は──

「がはっ」

 リージュの上だった。背中に覆いかぶさるように四本脚で立つ。マウントポジションを取られて、リージュはカウンターもままならないらしい。

 照明の中に姿を現したのは、狼だった。いや、その表現だと語弊があるかもしれない。フォルムは狼だけど、明らかにサイズが違うのだから。

 百獣の王ライオンを二回り以上大きくした巨躯に、メタルシルバーの毛皮。鋭い牙と爪に加え、俊敏そうな四肢を兼ね備えている。『シルバーウルフ』と呼ぶにふさわしい猛獣だった。

「子狼の特徴と一致する。合点がいったよ。おまえが分身たちの親玉か」

 ヒステリックな盗賊より、はるかに厄介そうだ。とんでもない動物、飼っているな。

 そこまで考えて、エニシは奇妙な感覚にとらわれた。この場面は彼にとって、至極ありふれている。

「あぁ、なるほど。誰もドット絵じゃないからか」

 エニシは声に出して核心をついた。

 そう、彼やリージュだけならまだしも、シルバーウルフも盗賊ボスも誰一人としてドット絵じゃない。逆説的に述べるなら、このシーンは役者もアドリブまみれでシナリオのない即興劇なのだろう。

「すなわち経験則なんて使い物にならない。非常識こそがもてはやされる規格外の宴、と肝に銘じるべきだな」

「てめぇ、頭がおかしくなったのか。何一人でぶつぶつ言ってやがる」

 盗賊ボスがわめいた。

「俺の頭脳は、一周回ってクールダウンしたよ。おまえたちからすれば、ネジが外れたように映るかもしれないけど」

 盗賊のヘッドが、銀狼をさりげなく視界にとらえる。

「何とち狂ったことを」

「おっさん、一つ教えてくれないか。この作戦はあんた一人で立案したのかい」

「だからてめえ、質問ができるような」

「どちらが有利かは心得ている。俺たちが、圧倒的に劣勢だ」

「偉そうに。それが一杯食わされている側の態度か。オレたちの心変わり一つで、仲間が血祭りにあげられるんだぞ」

「ふむふむ。『オレ〝たち〟』、ね」

 エニシがオウム返しすると、ボスは目に見えて動転しだした。脂汗がにじんでいるのも見て取れる。

 あと一押し、ってとこかな。エニシはカマかけを続行する。

「おぼろげながら、三文芝居の骨子が見えてきたよ。つまりはシルバーウルフのほうが、黒幕ってことだな」

 本来であれば唐突なエニシの発言など、一笑に付すだけで事足りた。しかし盗賊ボスのリアクションは、真実を如実に示している。

 彼はフリーズしてしまったのだ。もはや雄弁に物語っているのと大差ない。惜しむらくは、暗躍できるほどの肝っ玉が備わっていなかったことだろう。

「獣にあごで使われる心労、察して余りあるよ。じゃあ本題に入ろうか。狼さん、君は人語を話せるのか? 無理なら、通訳を連れてきて欲しいんだけど」

 銀狼が鼻の頭にしわを寄せる。威嚇のつもりかもしれない。

「おっかないなぁ。俺、君の子分にケツをかじられまくって二つに割れたんだぜ。誠心誠意の謝罪をもらいたいくらいだよ。やっぱ犬のほうが断然ラブリーだよな。狼ってのは、非礼の落とし前もつけられない、礼儀知らずな生き物らしいから」

「人間風情が、そんじょそこらの走狗と十把一絡げにしてくれるな。脳しょう、ぶちまけてやろうか」

 盗賊の頭領が発したものではない。リージュは組み伏せられて、発声自体おぼつかない有り様だし。無論エニシの自虐ネタでもない。

 導き出される答えは一つきり。

「想像してたより、渋い声音じゃん。お名前教えてくれるか、狼さん。ちなみに俺は諏訪エニシという。ご覧の通り、ナイスガイだ」

「ヨークだ、ひ弱な人間」

 銀狼ヨークが瞳孔を狭める。エニシに飛びかかる気、満々かもしれない。

「よろしく、ヨーク。鳥頭じゃないなら、俺を『人間』などと呼んでくれるな」

「どこで看破した、人間」

 ヨークはあくまでエニシを固有名詞で呼称するつもりがないらしい。

「理由は三つ」エニシが指を三本立てる。「一つ、ザクセンの町長がほのめかしたんだ。盗賊の手口ががらりと変わったって。グループが豹変するのって、トップが交代したときかなとぼんやり思って。二つ、御輿として担ぐリーダーがビビりすぎ。ヨークの顔色ばっかうかがってるんだもん。もう少し度胸のあるやつを影武者に擁立すべきだったな」

「最後の一つは?」

「おまえたちがドット絵じゃないから。そいつが俺なりの決め手だな」

 前述の二つと違って最後の回答に、ヨークは首をかしげた。

「分からなくていいよ。感覚的なものだから」

「直感でかぎ取った、と?」

「うん。そういう理解で、ほぼ正解。おたく、頭の回転速いな」

 利発な獣なら、ゴロツキよりも交渉のしがいがある。

「なんじに賞賛されても、うれしくないな」

「つれないこと言うなって。俺からの要求は二つだけ。一つ、リージュを解放してくれ。もう一つ、この鉱山から立ちのいて、ザクセンの町を襲わないこと。これを守ってくれるなら、いがみ合う理由はなくなる」

「まるでほかの町なら盗みを働いていい、みたいな論調だが」

「ご明察だ。ザクセン以外の土地で悪さするなら、目をつむろう。金輪際命の強奪だけは堪忍して欲しいが、聞くところによるとあんたたち、人殺しは専門外みたいだしな。殺人が割に合わない商売ってわきまえているだけ、お利口さんだよ」

 ヨークが鼻を鳴らす。

「空前絶後にもほどがある。品行方正なはずの勇者が、悪事を黙認するなど」

「行儀悪いのが俺スタイルでね。んで、駆け引きに応じてくれるか」

「自分たちは放浪者。この鉱山に定住するつもりなどない。目的が達成されれば、今日にでも巣の引っ越し準備をしよう」

 リージュ解放についてはノータッチか。エニシは相手の出方を静観する。

「あんたの目的とやらは、教えてもらえるのかな」

「傾聴せよ。自分の望みはただ一つ。なんじの死だ」

 エニシは返答に窮した。

「幻聴かな。俺の生死がどうとか、耳に入ってきた気がするんだけど」

「空耳ではない。貴様の死亡こそが、我らの大願よ」

 エニシは腕組みして思案したものの、堂々巡りだ。ならば尋ねるしかない。

「俺にも理解できるよう噛み砕いて」

 エニシが一歩踏み出したところで、ヨークが大口を開けた。そして上あごと下あごの中間に、リージュの頭部を据え置く。まるでスモモを丸飲みするような構図だった。

「誰が動いていいと許可した。こちらに人質がいること、くれぐれも忘れるな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ