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[ⅩⅣ]天と兄と時代と呪われし兵姫③

「マジレスすると、おまえの気の向くままやればいいと思うよ。リージュが主役の人生だ。大勢に累が及ぶかも、なんて知らんがな。その人らには『ご愁傷様』って気の毒がるしかできないだろう。俺の場合、自分を押し殺してこうむる後悔だけは勘弁かな」

「けけっ。おぬしは単細胞なくらい一本気よの。なんぞ、将来を悲観すること自体、徒労に思えてくるわ」

「単細胞とはご挨拶だな。恩を仇で返しやがって」

「おぬしこそ恩着せがましいぞ。我の番付でせっかく最下層からワンランクアップしてやった、というのに」

「つーか俺の格づけ、どん底すぎないか。野良犬とか魔物未満の気がするんだけど」

 悪態に反して、リージュはエニシの洞察力を侮っていた。ただし言い訳じみて聞こえるかもだが、推論は百点満点だったわけではない。

 彼女は全幅の肯定でなく、どちらかと言えば〝否定〟を望んでいた。

 エニシは物事を『懐疑』からとらえるきらいがある。なんに対しても疑いを持ち、真に受けない。ゆえにリージュの話にも、アンチの切り口で攻めてくると思った。

 まさかその予想の斜め上をいくとは。本当に彼との旅は退屈しない。

 一方でエニシには感謝もしている。リージュのもくろみ通りに計画を全否定されたら、決心が鈍ったかもしれない。兄にたしなめられた、などと錯覚して。

 九死に一生を得たな、とリージュは思った。情緒という一過性の因子は移り気で、手を焼かしてくれる。

 とうにサイは投げられているのだ。立ち往生したり後退するわけに、いかないではないか。

「なぁ、リージュ。人生相談のお返しってわけじゃないけど、俺も聞いてもらいたい話があるんだ」

 エニシがおずおずと打ち明けた。リージュは声のトーンから、言いにくいことなのだと予知する。

「我が否定したところで、話すのだろう。だったら許可を取ること自体、ナンセンスだと思うが」

「俺だって一応、空気を読むんだよ」

 リージュは吹き出す。

「らしくないことするなよ。おぬしが他者の内面の機微など、見抜けるものか」

「へいへい。どーせ俺は唯我独尊ですとも」

 エニシはすねたふりをする。

「なーんてな。白状すると、今のうちにしみったれた話をしとけば幻滅されないんじゃないかって、打算を働かせたりしたわけよ」

「今更取り繕ったところで、手遅れだろう。おぬしのみっともない痴態など、散々目の当たりにしたからの」

「手厳しいな。俺は褒められて伸びるタイプだと、自認してるんだけど」

「我から賞賛を得ようなど、最低でも十年単位でキャリア不足だな」

「分かったよ。俺はリージュに頭が上がらないって」

 リージュはエニシの頭頂部にあごを乗せる。

「実際我は、おぬしの頭上を制圧しておるしの」

「お説ごもっとも。んじゃ本題に入るよ。俺は今後モンスターも含めて、殺しをしないつもりだ」

 リージュは珍しく度肝を抜かれた。

「魔物を殺さない? つまりエニシは参戦しない、ということか」

「いいや。おまえにあらかた押しつけて、傍観するわけじゃないよ。バトルはするけど、俺が弱らせた敵にとどめを刺すのも、リージュが適任だと考えてさ」

 リージュはますます混乱した。エニシの言わんとすることが意味不明で。

「魔物を倒さない勇者など、我は会ったことも見たこともない」

「だろうな。腑抜けと思ってもらって構わないよ。俺は昨日までの戦いで、自分は殺し合いに適性なしと痛感したんだ。敵の息の根を止める瞬間でも、ためらいが生まれる。これって命取りになるだろ」

 青二才なりに己の欠点が見えているらしい。リージュは率直に感心した。

「自衛のため以外で、きっと俺は戦場で二の足を踏み続ける。命を奪うに足る正当な理由が思いつかないからだ。たぶん殺しに目的を求めること自体、俺が脳天気ってことになるんだろうな。でも確たる恨みや動機もなく、俺は殺傷できる自信がない」

「生粋の殺戮者など、誰一人いない。そうせざるを得ない修羅場をくぐり抜け、生き残ったからこそ百戦錬磨の戦士たりえたのだ」

 エニシはほんのひととき黙りこくった。

「慰めてくれるのはありがたいけどさ、俺は戦士になりたいんじゃないんだ」

「だ、誰が慰めるものか。思い上がるのも大概にしろ!」

 思いがけず大声を出してしまったことに、リージュは舌打ちした。自分が主導権を握っていたはずなのに。それもこれも、エニシの魂の色が兄に似ているせいだ。

『リージュ、僕は殺したくなんかないんだ。悪魔であってもね。我が身が武器でなかったら、と常日ごろ夢想するよ』

 史上最高に洗練された兵装でありながら、誰よりも温和だった兄。事なかれ主義とやゆする向きもあったものの、リージュは敬愛していた。

「悪い、勘違いしちゃった。でも俺はやっぱ根本的にリージュと違う人間だから」

 そもそもリージュは人じゃない。でも彼女は黙っておくことにした。

「俺はできることなら戦いたくない。生き返る交換条件の打倒魔王だって、どうにかこうにか戦闘なしでやり過ごせないかと、一計を案じてばかりさ」

「悪党やモンスターを倒さない勇者など、前代未聞だ。ましてや頭領の魔王だぞ。話し合いだけで穏便に決着つけられるわけがなかろう。ガキでも分かる理屈だ」

「そこをなんとかするのが腕の見せ所だろ。だいたい勇者が魔王を成敗するなんて、ありきたりすぎて面白味に欠けるし」

「じゃあおぬしが魔王と結託して世界征服すれば、斬新な結末を迎えるのではないか」

 皮肉をこめたつもりだったが、エニシは「その発想はなかった」と納得しかけている。

「ジョークはさておき、俺には『魔物を殺したい』という欲求がない。対して、リージュにはハングリー精神がある。『強くなりたい』というあくなき渇望が。それはおまえにとって必然、みたいな衝動なんだろう。だから戦う理由があるリージュに、武勲を譲るのが筋かと思ってさ。『もちはもち屋』って感じかな」

 エニシには宿ってない戦う意志が、リージュにはある。よって戦功はおまえのもの。

 一見つじつまは合ってるように聞こえるけど、

「御託を並べずともよい。要するにおぬしは戦闘の功罪ひっくるめて、我に委ねる腹積もりだろう。自分の心の平穏を保つためにな」

「否定はしないよ。あさましいとか腹黒いと、軽蔑してくれていい」

「いいや。我に糾弾するつもりなどない。おあいこだからな。我も自らの利益追求のため、おぬしを活用するつもりだ。おぬしも思うがまま、己のメリットをむさぼれ。我らは意気投合した仲良しこよしグループではない。天界によって暫定の運命共同体にさせられただけのこと」

 エニシは閉口した。彼女の本心の一端をのぞき、ショックを受けたのかもしれない。

 リージュは静かに行く末を見守る。

「ぎゅふっ」

 調子外れな声が漏れた。リージュの口からではない。

 エニシのやつ、歯に衣着せない情報ラッシュでキャパオーバーを起こし、発狂したのだろうか。リージュとしても好ましくない展開だ。前倒しの必要はないにせよ、プランを微調整すべきかも。

「おい、エニシ。思い詰めるなよ」

「へひひっ、いいね。足並みをそろえない、か。俺はリージュの独自理論が気に入った」

 エニシは笑っていたらしい。薄気味悪いリアクションだ。

「俺は俺のために、おまえはおまえのために、互いを利用する。欲望むき出しでシンプルじゃん。保身、大いに結構。『一人はみんなのために、みんなは一人のために』って清らかでヘドが出る教訓より、よっぽど俺好みだ」

「我はおぬしの武器。有無を言わず身を捧げろ、とか思わないのか」

「思わないね。つーかおまえは普通の武器じゃないだろ。だったら一般論に無理やり当てはめる道理もない。俺はリージュの戦闘力にあやかりたいのであって、忠義とかボランティア精神まで求めないって」

 今までリージュの極端な意見に同調してくれる者はいなかった。やんわりと諭してくるやつや、露骨な嫌悪感を示してくる手合いなら腐るほどいたけれど。旧態依然とした彼らは口をそろえて言う。

「利己主義に陥り忠節をおろそかにするなど、兵器失格だ。自己実現にかまける暇があったら何も考えず、主人を勝たせることに専念しろ」

 だからリージュは、すかさず反ばくした。

「思考力を与えておきながら『頭空っぽにしろ』とは本末転倒だな。我が自らの戦闘技能向上に貪欲で、何が悪い。結果的に、使い手が勝利を収めるじゃないか」

 野次馬どもは、それでおおむね口をつぐむ。論破したというより、リージュに札付きのレッテルを貼り、お手上げするだけのことだったが。

 しかしエニシは門前払いしないだけでなく、あろうことか正面から受け止めた。高潔で清濁あわせのむ兄のごとく。

 あるいはこいつとなら……。

 リージュは頭を振った。

 同じてつを踏むつもりか、我は。他力本願になってどうする。

 同胞以外(所有者であろうが)に依存すれば破滅を招くと、過去に学んだはず。だから四面楚歌になろうとも、一人でやり遂げると一大決心したじゃないか。

「リージュ、一連の話題に絡んで一つ頼みがあるんだ」

 やすやす特例を認めると、たちまちつけあがるのが人間のサガ。

 リージュは気を引き締める。

「言ってみるがいい。ただし、かなえるかどうかは聞いてから判断する」

「OK。実は──」

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