[Ⅺ]異端の戦士たち④
初見の相手からのうろんな誘いなど、普段のエニシであれば「論外」と一蹴したろう。しかし乳酸たまり放題で棒状態のふくらはぎが切実に訴えた。
『今日くらいモブキャラのご都合的イベントに流されても、よくね? 宿探しでまた東奔西走するのはノーサンキューっす』
加えてまたぎ男の役職が、エニシの警戒心を緩める。
彼は警備員らを束ねる『隊長』らしい。ちょうど非番になるとのことで、エニシたちは詰め所からさして離れてない、彼の自宅へ赴いた。
「いらっしゃいませ、勇者さま。狭苦しいうさぎ小屋ですが、羽を伸ばしてくださいな」
隊長と対照的に、線の細い女性──彼のワイフが、丁重に出迎えてくれた。
うさぎ小屋などとんでもない。ちょっとしたセレブの住まいだった。
ガードマンというのは儲かるのだろうか。勇者より地に足がついた職業かもな、とエニシは空想した。
門扉をくぐるなり、豪邸のゆえんが腑に落ちる。隊長は大家族なのだ。子息子女で野球チームを結成できるだろう。イスカンディアの『ビックダディ』かもしれない。
「おにんぎょうさんみたい。ね~ね~、いっしょにあそぼう」
同世代ゆえのシンパシーか、子供たちはリージュを一斉包囲した。相手が魔物じゃないので、一喝するわけにもいかない。彼女はされるがまま、おもちゃになっていた。
「汗でべとべとでしょう。お背中流しますよ、勇者さま」
夕げの前に、エニシは隊長とひとっ風呂浴びることにした。彼ご自慢の総檜(?)浴場は広大で、豪快の一言に尽きる。
大の男二人で裸の付き合いとて、腐女子垂涎の展開にはならなかった。むしろ筋骨隆々な隊長は、エニシの痩躯を痛ましそうに眺める。
「老婆心ながら、体はすべての資本です。まして勇者さまは魔王軍との激闘を、宿命づけられたお方。精力つけねば、道中くじけてしまいますぞ。がっはっは」
風呂あがりの食卓で、隊長はエニシに絶え間なくごちそうを食べさせようとする。鶏のササミっぽい動物性タンパク質が主軸だ。しかも彼ご用達の『魔法の粉』なるものがプロテインとしか思えない調味料で、いや応なくエニシは悟る。
隊長は筋肉美に魅入られた脳筋野郎か、と。
非フードファイターのエニシは嘔吐感と格闘しつつ、マッチョ拷問をからくも乗り切った。
──という一部始終を翌朝語り聞かせるエニシ。
ドS娘のことだから「春のBL祭りだなぁ。赤飯炊いてやるか」などと爆笑されるかと思いきや、リージュも憔悴している。
彼女の断片的な証言をつなぎ合わせると、次のようになるらしい。
リージュは隊長の子供たちと、リアルままごとをさせられた。彼女のキャスティングは、夫の不倫に悩んで自殺未遂する新妻。そして波瀾万丈あった離婚後、追い打ちかけるようにシングルマザーとして極貧生活を送ることに……。
エニシが率直な感想を述べるなら、「ヘビーなB級昼ドラかよ」だ。異世界チルドレンは、日本の児童より精神年齢高めなのだろうか。
「我はボロ雑巾のごとく打ち捨てられる女の悲哀を痛感した。浮気性な男の生殖器なぞ、むごたらしくちょん切ってやる」
なんてこったい。エニシは脊髄反射でムスコを守護した。
リージュのチョロイン気質ないし病んだ感受性が、闇落ちへ拍車をかけている。しかも「対岸の火事だぜ」と座視してもいられない。
なぜなら彼女は泣く子も黙るマインドイーター。ひとたび導火線に火がつけば、本気で男根をジェノサイドしかねないのだ。
「お、おまえが感情移入した寸劇──もとい愛憎劇はフィクションだぞ。エンターテイメントと現実をごっちゃにするなよ」
「い~~や。人間のオスは薄情と、相場が決まっている」
偏見が止めどないな。伝説の武器が児戯くらいで洗脳されるなよ、とエニシは胸中で毒づく。ただ、頭ごなしの否定は逆効果だ。
「おまえの見解も一理ある。男は本能で、種子を広域に残そうとするからな。ただしみんながみんな、二股三股かけたりしないよ。少なくとも俺は、そこまでがっつかないって」
「自らを『いちず』と称するか。ならば我と賭けをしよう」
「何を賭けるんだ?」
「おぬしが最愛なる我以外の武器にうつつを抜かすか、否か。エニシが勝てば、我は一度だけ、絶対服従する。おぬしが敗北した場合、我は直ちに不届きなオスの性器を、軒並み撲滅するからな」
重っ。エニシの軽挙妄動一つで、世界中の男の『ナニ』が虐殺されるとは。
リージュの裏属性が『ヤンデレ(デレがあって欲しいという希望的観測)』であると、彼は心に刻んだ。
ただしピンチとチャンスは紙一重。荒涼とした大地にも一条の光明はさす。
「致し方ないな。その勝負、受けて立ってやろうじゃないか。不肖諏訪エニシ、全人類の男を代表してフェアプレー精神にのっとるよ」
なんちゃって。エニシは胸のうちであっかんべーする。
リージュの提示した浮気対象は『武器』だ。よって女性はノーカン──
「卑怯上等の貴様が『フェアプレー』とは片腹痛いぞ。言わずもがな、人間のメスや女神も含まれるからな。やつらも男のハートを射抜くという点に着目すれば、いっぱしの〝武器〟なのだから」
うぐっ。エニシとっておきの奇策はものの数秒で、はかなくついえた。
¬ ¬ ¬ ¬ ¬
外観からも推し量れたが、ザクセンの町はヘイム村と比べるほどもないくらい発達している。道は石畳で、三階以上の建物もあり、水路もしつらえられていた。交易で栄えているという前評判通り、店の種類もバラエティに富んでいる。
どうやら専門店が多いらしい。武器や防具、道具や書物を扱っているところもあった。
散策の第一段階としてエニシは戦利品を換金する。ザコ狩りにより銀貨七枚と、銅貨六枚になった。しめて760円なり。
『金は天下の回りもの』という含蓄ある格言にのっとり、エニシはショッピングすることにした。自称最強の武器があるし『持ち替え禁止令』も公布されたので、攻撃力の強化はしなくていい。よって、防御力の補強に専念した。
防具屋で試着などして、購入に踏み切る。早速装着した。
「どうだ、リージュ。男前に磨きがかかったろう」
こもり気味の声色で、エニシは力こぶを作る仕草をしてみせる。カチャカチャと金属のこすれる音が、耳障りだった。
「おぬし、重装騎士にでもなりたいのか。剣や斧がないので、いかんせん中途半端だが」
エニシが新調したのは甲冑だった。全身を覆い尽くす感じの、フルプレートアーマー。若干動きに制限はできたものの、守備力は飛躍的に向上したと思う。オークくらいでは傷一つつけられないに違いない。
「命あっての物種だからな。ダメージを最小限にとどめるのが、冒険者の基礎だぜ」
エニシは知ったかぶりをこいた。RPGの受け売りだが、出典を披露せねばならない法律はあるまい。
「しかも、ふっふっふ。オフェンスの増強にも成功しているのだよ、リージュ隊員。この全身鎧で殴打すれば、重みも加算されるのさ。体当たり、というリーサルウェポンもあるな。まさしく攻防一体のお得な買い物だった」
「おぬし、こけたら一人で立ちあがれるのか。我には、甲羅をひっくり返した哀れな亀状態になる気がして、ならないが」
「…………」
エニシは二の腕や太ももなど、関節と関節を結ぶ接合部のパーツを取り除いた。ついでにフルヘルメットも外す。
「おまえの意見を全面的に採用したわけじゃないぞ。むれて汗もができそうだし、息苦しくて身軽にしてみたまでだ」
「おぬしは存外、負けず嫌いよのう」
「うるさいうるさいうるさい」と連呼しようものなら、灼眼のツンデレキャラが定着しそうだったので、エニシは外したパーツを腰の皮袋に入れた。どういう仕組みか不透明なものの、容積を完全に無視した構造なのだ。
「ところでエニシ、そのがらくたを衝動買いしたことで、所持金が底を尽いたろう。今晩どうするつもりだ。まさか野宿か」
大枚はたいた甲冑を骨董品呼ばわりされたことに、エニシは口をとがらせた。リージュにはこの鎧から漂う、少年心を引きつけてやまない気品が理解できないのだろう。かわいそうに。
「すっからかんでも、なんとかなるんじゃないか。善良なる隊長殿も『うちでよければ、何泊してくださっても構いません』と申し出てくれたし」
「おぬしがリバース寸前まで胃袋に食物詰めこまれて顔面蒼白な醜態、今夜こそ間近で拝見できるかの。待ち遠しいなぁ」
人の足元を見る小娘だ。エニシは苦虫噛み潰したような顔つきになる。
「モンスター狩りで日銭稼ぐのが正攻法だよ。あとはぬれ手に粟の暴利クエストがあれば、上々かな。らちが明かなそうだったら、野営か馬小屋になっちゃうかもだけど」
「なんとも行き当たりばったりだな。我は従順な奥方ゆえ、亭主の無謀に付き合わざるを得ないが。『美人薄命』とは、言い得て妙だと思わないか」
リージュはなで肩をすくめた。
こうなったら有力情報を収集して、生意気ガールに「ぎゃふん」と言わせちゃる。エニシは決意を新たにした。
町民への聞きこみ調査を開始してほどなく、エニシはとあることに気づく。尋ねる人を変えても、皆が口をそろえて言うのだ。
「町長に会ってください、勇者さま」
是が非でもエニシを町長の住居へ誘導したいらしい。エニシは口裏合わせを疑った。でなければ〈デウス・エクス・マキナ〉が関与しているのか。
いずれにせよ、悪い予感しかしない。