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[Ⅹ]異端の戦士たち③

 天気は快晴。雲一つないおかげで、直射日光が痛いくらいだった。

 もっとも、リージュは日焼けと無縁らしい。むしろ雨が大敵で、長期間さらされるとサビつくという話だ。そういったのを耳にすると、リージュが人間ではないのだと再確認させられる。

 一行の行方を阻むものは、天候だけではない。魔物も、またしかりだ。

 エニシの体感としては、昨日よりもエンカウント率が高かったと思う。もはや顔なじみ感のあるゴブリンとオークは元より、新種も現れた。

 といってもリージュ無双に陰りはない。ワンパンで手当たり次第倒していく。

 ただ昨日と異なるのは、エニシも戦闘に貢献した点だろう。ゴブリンに連打を浴びせて、地に沈めた。ただ殴る感触はリアルだったし、傷もできて血が流れる(色は紫っぽくて不気味だった)。最終的には光になって消えるものの、リージュが外傷なしに滅するのと、何もかも違った。

 付記しておくと、敵を倒す後味の悪さは幾分緩和されている。一役買うのは、ドット絵であることだろうとエニシは当たりをつけた。

 これで死に際に迫真の断末魔をあげられたら、戦意喪失したかもしれない。エニシは今更ながら、食肉調達のため動物を屠殺する人々を尊敬した。きっと彼は地球で生きていても、第一次産業に就職しなかったろう。

 連戦連勝で街道を進んでいたのだが、唯一苦戦をしいられるバトルもあった。相手は尻尾の生えたコウモリ。敵が飛翔しているので、リージュも戦いあぐねていた。

 そこでエニシが一計を案じ、リージュをジャイアントスイングでコウモリめがけて投擲する。気分はハンマー投げの室伏選手だ。

「どりゃああぁぁーー」

 エニシは勢いを遠心力に加味して、天高く放り投げる。敵を勢力圏にとらえれば、リージュの独壇場だ。鎌に変えた前腕の一振りで、コウモリの精神を食らい尽くす。

「なんぞ、目が回って千鳥足だ。どこかの誰かさんのせいでな」

 エニシは『空中殺法』と命名したものの、おざなり感が拭いきれぬ戦法に、リージュの機嫌が悪くなった。ごますりも兼ねてエニシが取ってつけたように「おまえは俺にもったいないくらいの武器()だよ」と言うと、

「そんなの自明の理だ」

 エニシは太ももの裏側を、強烈につねられた。ザコモンスターからもらうダメージより、はるかにクリティカル。黒こんぺいとうを回収するふりを装い、彼は涙ぐんだ。


「なあリージュ、髪型変わったか」

 マインドイーターを肩車で運搬する最中、なにげなくエニシは尋ねてみた。

「ヤブから棒だな。ひょっとして美辞麗句の名残か」

「下手に点数稼ぎすると、手痛いお仕置きがあると身にしみたから、お世辞じゃないよ」

「ほう。薄のろなりに学習するらしい。しかも女の髪の変化に気づくとは」

 リージュが銀髪の毛先を指に巻きつける。

「言うたろう。我は魂を吸い取って成長する、と。連日の戦闘で暴食したからな。いまだ全盛期にはほど遠いが」

 頭髪がベリーショートから、ショートヘアになっているのが、見た目で一番分かりやすい。次に目につくのは、ワンピースのだぼだぼ感がわずかに解消しているくらいか。

 人間の年齢に換算すると、幼稚園児程度にはなっているのかもしれない。丸一日での成長と考えると、破格だ。

「着々と美女に近づいておるぞ。おぬしも辛抱たまらなくなってきたのではないか」

「成長期に比例して重くなられたら、『運ぶとき押し潰されるんじゃないか』とお先真っ暗ではあるかな」

「ぬかせ。我に体重の増減などない。質量は不変なのに、胸も尻も肉づきがよくなるのだ。神秘だろう。いや、男のロマンと言うのか」

「はいはい。メリハリボディによそ見してバトルで足手まといにならぬよう、気をつけますとも」

「おぬしが脇見したところで、戦況には一切影響ないけどな」

 リージュは得意満面になっていた。

 惜しむらくは今、絶賛洗濯板ですけどね。軽はずみで付け足すと引っかかれそうなので、エニシは言い負かされることにした。これが保護者のやるせなさだろう。


 空が夕焼けに染まるころ、ザクセンの町が見えてきた。町という響きからして『ヘイムの村を二回りくらい広げたコミュニティ』という固定観念があったものの、エニシの予見は大外れということになる。

 町の周囲をぐるりと壁で囲み、塀の上から歩哨っぽい人たちが監視の目を光らせていた。町の手前に掘がある模様で、門へと続く跳ね橋を上げると籠城できそうだ。

 よく言えば城下町、悪く言えば要塞という雰囲気を醸している。自警団とか自衛の組織があったとしても、驚かない。

 エニシが跳ね橋を渡ると、最前線で治安を維持する門番らしき中年男性に止められた。通行証の提示を求められたので、懐から村長の署名つき証書を手渡す。

 文面を一読するなり、門番が色めき立った。もう一人の見張りにも見せる。

 誹謗中傷が書かれていたり、怪文書だったりするのだろうか。エニシは首をひねった。文字を判読できないので、内容をあずかり知らないのだ。村長は「お任せください、勇者さま」と言うばかりで、事細かに説明もされなかった。

 いざとなったら即時撤退しよう。気がかりなのは、どさくさ紛れにリージュが彼らの魂を捕食しないか、だ。エニシは内心で作戦を立案した。

「勇者さまでしたか。お待ちしておりました。ザクセンの町は貴殿を歓迎します」

 エニシの警戒と裏腹に、門番が道を譲ってくれた。しかもエニシに握手を求めてくる。さながら出待ちをしていた、アイドルの追っかけみたいに。

 相手が妙齢の女性ならばエニシも快諾したろう。しかしむくつけきおっさんから暑苦しいラブコールされても、鳥肌しか立たない。

 及び腰の当人をよそに、門番はエニシの手を取って上下に振った。恍惚の表情であるように見えるのは、幻覚だと信じたい。

「どうぞお通りください、勇者さま、お連れ様」

 スキンシップでほくほく顔の門番が、門の奥へと手のひらを向けた。

 彼の脇を通り過ぎてしばらく歩き、振り返ると敬礼してくる。エニシはげんなりして、見て見ぬふりした。

「あやつ、男色かもしれんな」

 リージュが縁起でもないつぶやきをした。

「やめてくれよ。俺の貞操が心配になるだろ」

「というか我をお供扱いとは、無礼にもほどがある。精神をつまみ食いしてやろうか」

 リージュが物騒な算段をしている。

「我慢だって。俺たちは一蓮托生。おまえが犯罪すると、俺は自動的に共犯者だ。賞金首にはまだなりたくないぜ」

「案ずるな。殺しはせん。精神の端っこにしゃぶりつくだけだ。昏倒して、最悪でも数日の記憶がなくなるくらいだろう」

「へー。おまえ、そういう調節もできるんだな。芸達者じゃん」

「我を誰と心得る。古代から脈々と息づく、最高峰の決戦兵器ぞ。その程度、朝飯前よ」

 リージュはエニシの頭頂部をぺしぺしはたいた。気分を良くしたらしい。

「ただし微調整はプロセスが煩雑で、神経がすり減る。よって我は手心を加えず、常に魂を丸飲みしているのだ。せこいのは好かんしな」

 結局ジャンクじゃねぇかよ。エニシは危うく心の声を吐露しそうになった。

「もし、勇者さま」

 エニシは後方から呼び止められた。

 まだ何かあるのか。古畑任三郎ばりのしつこさだ。用件はいっぺんに済ませて欲しい。

「なんすか」

 長時間の移動と連闘による疲弊も相まって、エニシは素っ気なく回れ右した。

「街は夜になると、どこもかしこも店じまいになります。僭越ながら宿泊する当てはあるのでしょうか」

 慇懃な口調に反し、『またぎ』ふうの男だった。口ひげとあごひげ、もみあげがつながっており、ショールのごとく肩から動物の毛皮を羽織る猟師みたいな風貌だ。

「ご覧の通り、初見の新参者です。宿の手配は今からっすね」

「部屋選びの基準は、いかように?」

 このまたぎ、微に入り細をうがってくるな。よもや宿泊施設に押しかけてくる気では。

 エニシは言葉選びに細心の注意を払う。

「長旅でくたくたですし、雨風さえしのげれば贅沢言いませんよ」

 エニシのセリフは想定の範囲内だったのか、またぎ男が破顔する。

「よかった。掘っ立て小屋でおそれ多いのですが、勇者さまをうちにご招待してよろしいでしょうか」

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