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[Ⅰ]導かれぬ曲者男子①

「あぁ、諏訪(すわ)エニシよ、死んでしまうとは情けない。されどそなたには天帝の加護により、復活の機会が与えられるでしょう」

 美形少女はおごそかに宣言した。

 燃えるような真紅の頭髪を姫カットにし、整った目鼻立ち、パステルカラーのローブを身につけている。背筋から伸びる一対の純白の羽が、人外であることを暗示していた。

 それもそのはず、彼女は〝神〟である。天帝を頂点として形成された、天上界の末端構成員だ。

「わたくしはニキ。曲がりなりにも女神です。以後お見知りおきを」

 彼女の目の前にいる人間──諏訪エニシは所在なさそうに周囲を見渡す。自らが置かれた状況把握の糸口を、探し求めているのかもしれない。

 とはいえ、特筆すべきものがない空間ではある。宇宙を模しているため全方位真っ黒で、色彩あるものは女神と質素な貫頭衣をまとう黒髪・黒眼のエニシ、あと彼が座る四脚イスのみだった。上下左右の方向感覚さえあやふやになりそうな暗黒の部屋(?)だ。

「あなたとは縁もゆかりもない新天地『イスカンディア』で、第二の人生を歩むのです。ただし生まれ変わるにあたり、依頼したいことが一つ」

 ニキが白魚のような人差し指を立てた。

 人間界では『ギブ・アンド・テイク』と言うらしい。女神として新米の彼女が、地道に異文化研究を積み重ねた成果だ。

「〝勇者〟となって、かの地で暴虐の限りを尽くす〝魔王〟を退治していただきたいのです。無論、裸一貫でほうりこんだりはいたしません。偉業成就の足がかりとなるであろう特殊技能も授けましょう。世界の均衡を崩さない範囲で、一つ希望の能力を述べてください。なお、あなたの記憶が引き継がれることも付け加えておきます。いかがでしょう?」

 女神はいかにも相手の意思を尊重する口ぶりだったものの、実質エニシに選択肢はない。ニキの誘いを突っぱねれば、正真正銘の『死』を迎えるだけなのだから。

「確認なんだけど」

 体に染みついた癖なのか、エニシは折り目正しく挙手した。彼は生前、大学受験に失敗して予備校に通う浪人生だったのだ。

「どうぞ」

 女神がおうようにうなずいた。

「俺は死んでいて、ここは黄泉の国である、と」

「信じられないなら、死因をつぶさに解説しましょうか」

 エニシが手のひらで制する。

「それには及ばない。暴走車にひかれた直前までは覚えている。認識が食い違ってないか、確かめたくて」

 思いのほか平静だな、とニキは思った。自分の死を許容できず、半狂乱になる者すらいるのに。

「なるほど。けど訂正しておくこともあります。正確を期するなら、ここは天国や冥府といった死後の世界じゃありません。現世とあの世の狭間、みたいな場所でしょうか」

「枝葉末節に関心ないんで」

 エニシのすげない言いぐさに、ニキの柳眉がひくついた。でも努めてポーカーフェイスを装う。煩悩まみれの人間ごときに神族の威厳をかなぐり捨てるなど、あってはならないのだ。

「要約すると、チート能力つきで転生させる代わり、魔王をぶっ飛ばして欲しい、ということかな」

『チート』という聞きなじみのない単語があったものの、ニキは首肯する。彼の態度をうかがう限り、曲解してはいないだろう。

「強くてニューゲーム、ね。だが断る」

 エニシはきっぱり拒絶した。

 ニキは内心で舌打ちしたものの、おくびにも出さない。

「参考までに、理由をお聞かせ願えますか」

「『一から人生リセットやっほーい』なんてまどろっこしくて、かったるいじゃん。人間限定なら、なおさら」

 流れ作業でさばいてきた人間の中で、彼と同様億劫がって難色を示す手合いはいた。ただ、来世で人間に生まれ変わるのを拒否する輩に、とんとお目にかかったことはない。ゆえにニキは興味をそそられた。

「ちなみに何になりたいのでしょうか」

「木だよ。樹木ね。ただし天然記念物みたいに手厚く保護されるやつがいいな。伐採されて何かの原材料になるなんて、まっぴらだから」

 植物になりたい、か。酔狂な答えだ。

「木になって何がしたいのです?」

「何も。強いて言えば、対人関係のしがらみや煩わしさから解放されたい」

 エニシは超ド級なまけ者かもしれない。人選を誤ったろうか、とニキは気が滅入った。

 そもそも選抜基準に偏りがあるので、やむなしと言えなくもないけれど。

 なお転生候補者たりうるのは、大往生できなかった連中だ。非業の死を遂げたり、うつしよに未練たらたらな非リア充が最有力となる。

「なんで、霊験あらたかな木にしてくれたら、転生話に乗ってやらないこともない」

 女神に上から目線とか何様だろう。不快感はあるものの、けしきばむほどじゃない。

「誠に残念ながら、ご意向に沿うことはできかねます」

「なーんだ。女神とかうそぶく割に万能じゃないのか。看板に偽りあり、かよ」

 不意に口角が引きつったものの、ニキは厳粛な挙措を持ち直す。

「神の御業をもってすれば、やれないことはありません。ただしわたくしどもの提案は、あくまで人間として再起する道です。皆さんのご意見を、まんべんなくかなえられないこと、ご了承ください」

 機動力の乏しい樹木が、いかにして強大な魔王を滅するというのだ。ビーム的な光線を発射できるわけでもあるまいに。

「杓子定規だな。結局、お役所仕事ってことか」

 これが風の便りで耳にする『DQN』というやつかもしれない。よりにもよって、自分が外れくじを引くことになろうとは。ニキは暗澹たる気分になった。

「では別案を提示いたします」

 ニキはエニシのざれごとを一顧だにせず、殺し文句を放つことにした。これでなびかなかった人間はいない。

「あなたの生い立ち、人格はそのままに、勇者となっていただきましょう」

 ごねる人間の共通点は、アイデンティティー喪失への恐怖だ。たとえ本人の記憶が継承されても、DNAレベルでは別個体になるのだから、快諾しにくい側面も分かる。

 ならば疑心暗鬼の胞子を根絶してやればいい。別人になりたくないなら、ずばり当人を転移させれば万事解決だ。

 ニキは更にダメ押しする。

「特別に超能力か伝説級の武器、どちらか一種類を選べるようにもします」

 女神のセリフが呼び水となり、エニシとの間にありとあらゆる武具が出現する。その様は、織り姫と彦星を容赦なく引き裂く『天の川』さながらに壮麗だった。

「さあ、どうです。次の世界では威風堂々たる英傑になれますよ。生きたくて行きたくて、うずうずしてきましたよね」

 これだけ至れり尽くせりであれば気後れすることはあっても、無下にされることはない。とりわけ人間の男はその傾向が顕著だ。女神の先輩が「坊やには多かれ少なかれ英雄願望があるものよ」と豪語していた。

「願い下げだね」

 エニシが即答した。

 とうにニキの中では、次なる応酬がシミュレートされている。

 多少の紆余曲折はあったものの、やっとルーチンワークに修正できた。あとはエニシに武器か異能力を授け、ざっくりした世界観に言及。しかるべきのちに彼を地上に転送してから、新たな死人訪問まで待機だ。

 ここまで瞬時に考えて、ニキは不協和音を感じた。今しがた、聞き慣れないフレーズがエニシの口から発せられなかったろうか。

「ええ~と、ごめんなさい。思索にふけって、うっかり聞き損じました。イスカンディアへ旅立つことを承諾してくださるんです、よね?」

「対面しているさなかにうわの空とか、フリーダム女神さんだな。分かったよ。今度は心して聞いてくれ。俺は異世界にコンバートして魔王と一戦交える情熱なんて、ないね」

「で、でも英雄になれるビッグチャンスで」

「猫も杓子もヒーローに憧れていると思ったら、大間違いだよ。貝に生まれ変わりたい人だっているんだから」

 押し問答しても、らちが明かない。ニキは伝家の宝刀を抜くことにした。あとでお局的な上司から「越権行為よ、ニキさん。お使い一つまともにできないのかしら」ととやかく叱責されそうだけど、背に腹は代えられない。

 眼前にいるのは、強欲の権化に違いないのだから。

「かしこまりました。ならば片方のみとみみっちいことは申しません。伝説の武具と特殊能力、両方プレゼントすることにします。これなら一考の余地が──」

「新聞勧誘員の常套句、『洗剤二個つけるから』的あこぎな抱き合わせ商法かよ。どれだけ副賞上乗せされても、俺の決意は揺らがないって」

「なんでよ!?」

 思わず素の口調が出てしまい、ニキは口元を手で覆った。己の失言にほぞを噛む。

 天界の末席を汚す者として、最低限の畏怖は与えねばならない。彼女たちは迷える民草に施しを恵む側であって、フレンドリーな隣人ではないのだ。

「ごほん」決まり悪くなったニキはせき払いした。「理由をお尋ねしても?」

「たぐいまれな力を付与するので異世界救ってくださいよ、なんてありがちでしょ。俺はモットーとして、テンプレ展開は頭っから疑ってかかることにしているの」

 テンプレうんぬんというのはニキの辞書に未掲載だけれど、類推すると『話がとんとん拍子すぎる』ってことだろうか。用心深いというか、疑り深いたちなのかもしれない。

 ならば臨機応変、アプローチを工夫するまで。

「諏訪さんの先行きを憂いて伏せておりましたが、わたくしの誘いを断れば、今度こそ永眠することになるのですよ」

「脅迫のつもりかい。だったら揚げ足取らせてもらうけど、俺はとっくに死者。これ以上失う命なんてないよね」

 彼の正論に、ニキは詭弁を完封された。なんとかせねば、という焦燥感だけが募る。

 言動を鑑みるに、エニシは積極的にかかわりたくない部類の人種だ。彼らには共通項がある。

 独自法則に基づいて理論武装するのだ。端的に言えば、支離滅裂な先入観で凝り固まっている。他人が理詰めで説得したとて聞く耳持たぬのだから、始末に負えない。

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