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俺と私と世界の理 ―交換日記と黒髪の少女―  作者: 巻大 
そして… ここからすべてが始まった
9/33

7話 デートとドーナツ

 午前中は特訓。

 だが他にもやらなきゃいけない事はある。


 まず掃除!


 リビングと台所(キッチン)、さらに廊下へと掃除機をかける。


 あっ!

 忘れていた。

 洗濯物!


 洗面台の隣に置いてある洗濯機の蓋を開け、ここ数日の衣類が入っているのを確認。

 粉洗剤をふりかけスイッチオン。

 シャーっと水と共に、コウコウと動き出す洗濯槽。


 ここ3日間あまり着替えたりしなかったので、全自動大型洗濯機にはまだまだ入りそうだ。


 また掃除機を使って掃除し始める。

 1階が終わると、次は2階。

 自分の部屋。隣の部屋をくまなく掃除する。

 それを見ていた結が、不思議そうに言った。


「優っていつも大雑把な感じなのに、結構やる時はやるんだね」


「ん~やる時はやるっていうか、始めると止まんないっていうかさ」


 俺が言った事には嘘は無いが、掃除で時間を潰して特訓の時間を短くしようという、ちょっとしみったれた気持ちもあるのも確かだ。


 掃除機を、使っていない2階の部屋に戻すと、今度は一階へ下りて台所(キッチン)の掃除。

 シンクを布巾で綺麗に拭いて、コンロ周りをタワシでゴシゴシ擦る。


 ん~、いい感じ。


 なんか綺麗になっていくのって、意外と好きだったりする。

 すると洗濯機が鳴り、洗濯終わりを告げる音が1階全体に木霊(こだま)する。


 ピー ピー ピー


「あっ、あたしが干してきてあげる! 優の部屋のベランダに干すんでしょ?」


「あっ、いいよ~、やるからっ」


「だいじょぶ だいじょぶ!」


 言って結は洗濯機から衣類を大きな網カゴに入れて、2階へ颯爽(さっそう)と駆け上がる


 うん、まあ。手伝ってくれるならそれもいいか。

 足手まといとかよりは……。

 そう思った瞬間。


「優~! ゴキブリがいる! とって~!」


 あら……はぁ……。




 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢




 掃除洗濯が終わって、昼食作り。

 特訓の時間が無くなってしまった結は、料理する俺の隣に立って授業を始める。


「私の心はあなたのもの。はい!」


「わたしのこころはあなたのもの」


「安定だね……その棒読み……」


 安定ね。

 間違いない。


「じゃあ、私はあなたを大切にします。はい!」


「わたしはあなたをたいせつにします」


「もうちょっと、感情移入(かんじょういにゅう)できないかな~」


 んん。

 フライパン振りながら言う言葉じゃないしな。

 フライパンで炒めている焼き飯がジュジュっと音を出して、

 とても美味しそうだ。

 じゃだめ?


「じゃあ次は……」


「結。飯作ってる間だけは特訓やめない?」


「……じゃあ、優の昼食は抜きだから」


 おふ!

 結先生酷すぎる。


「昼食2人分作ってるのは俺なのに……」


「今、俺って言った! 私100回!」


 ぐは!

 ……もうイヤ。


「わたしわたしわたしわたし…………」



 昼食を作り終わって午前中の特訓が終わった。

 結を(しつけ)ようと思っていた俺は、完全に躾られる側になっていた。


 このままいくと、俺は明日までに結の犬に成り下がってしまう!

 この状況を打開する為、何か考えなくては……。

 しかし女1年生の俺には、まだ女の事がよく分かっていない。

 結先輩に、これからどう接すればいいのか……。


 ‼


 先輩と思っている時点で、もう勝負はついているじゃないか!

 これが女の上下関係というものか……恐るべし。


「変な顔して……何考えてるの?」


「えっ! あ、いや、何も……」


「まあいっか。それより昨日買った服さ、ご飯食べたら着替えてみようよ!」


 皿に盛った焼き飯をテーブルに並べながら思う。

 女ってなんでこんなに服が好きなんだ……。

 あっ、そういや俺も今、女だった。

 なんとかに入らば、なんとかに従えってやつか……。


「まあ……飯食べ終わったらな」


「うん! 可愛いのあったからね♪」




 * * * * * *




 昼食を食べ終わって食器を洗っていると、後ろから結の声。


「ねえっ、早く!」


「分かってるよ。ちょっと待って」


 片付け終わって後ろを振り返ると、結はパジャマの上着を脱ごうとしていた。


「ばぁっ、ばか! 何してんだよ!」


「えっ? 着替えてるに決まってんじゃん」


「俺がいないところで着替えろ!」


「あっ! また俺って言った!」


「いっ、いいから! 風呂の前で着替えろ! ほらっ!」


 首を脱ぎ終わって腕だけ引っかかったパジャマ姿の結。

 背中が丸見えブラジャー丸見え状態。

 後ろから肩を掴んで押して廊下を通って洗面台の前へ。


「ちょっと! 学園に行き出したら更衣室でみんなと一緒に着替えるんだよ?」


「いっ、行ったら行った時だから! とりあえずここで着替えて」


「もうっ……じゃあテーブルの上の服持ってきて」


「はぁ……ちょっとまってて」


 バクンバクンと心臓を鳴らしながら、リビングへ戻ってテーブルの上の結の服を手に取る。


 ハ~っ、ハ~っ、っと何もしてないのに息が切れる。


 バカだろあれ。いきなりだったから……。

 目の保養?

 冗談ではない。

 ……いや、合ってるのか。


「優まだ~?」


「あっ! 今持っていくからっ!」


 両手で結の服を持って廊下を歩く。


 俺に気を使ってくれているのか、洗面所から顔だけ出して待っている。

 腕を伸ばして服を差し出すと、片手で受け取り。


「ありがと。すぐ着替えるから。優もここで着替えるんでしょ?」


「あっ、うん。そこで着替えようかな」


 すると20秒ほどで、さっと着替え終わった結が出てきて言った。


「どう? 可愛い?」


 上着は白の半そでブラウス。

 スカートは青のサロベットスカート。

 結の栗色の髪の毛が全体的にマッチングしていてとても可愛い。


「か、可愛い……」


「でしょ♪ ちゃんと考えてチョイスしてるんだから」


「女の子ってすごいな……」


「んもうっ そんな事より優も着替えて! あったでしょ?優の服。テーブルの上に」


「あっ、うん」


 またリビングに戻って、テーブルの上に置いてある結がコーデして買った服を手に取る。


「じゃあ、あたし軽く化粧してるから」


「うん」


 洗面台で顔を洗った結とすれ違いで洗面所へ。

 持って来た服を洗濯機の上に置いて、パジャマを脱ぐ。


 上着(トップス)はピンクのキャミソール。

 スカートは白のロングスカート。

 着替え終わってリビングへ戻ると。


「おお! 優めっちゃ可愛いじゃん! 鏡見てみて」


「ん……」


 言われた通り鏡の前に立つと、自分の姿にびっくりする。


 ……可愛いじゃん。


「ほらっ ここ座って。化粧してあげる」


「う、うん」


 結の化粧は薄化粧でとても速い。

 髪をさっと流すように櫛でときながら何かをつけてまた流す。

 ささっと眉毛を書いて軽くほっぺにぽんぽん。

 グロスを唇にペンで塗って出来上がり。


「ほい出来たよ。鏡で見てみて」


「うん……」


 さっきと同じ様に鏡の前に立つと、軽くしただけなのに全然違う。


 すごく可愛い……これ俺なんだ。


「優ほんと、その服似合ってるよ」


「結の服も可愛いから」


「ふふん。当たり前でしょ♪ ありがと」


 結はクルっと回って、テーブルの椅子の上に置いていたハンドバックを取って肩にかけた。


「優。散歩しながら夕飯食べにいこ」


「えっ、さっき食べたばっかだろ? まだ食べるの早いよ」


「もうっ、分かってないな~。女の子がそう言ったらいいよって言うんだよ。女の子は言ってもいいの。分かった?」


「……いま俺。教えてもらってるのか、そうじゃないのかどっちなんだ?」


 あっ、しまった……。


「あ~また俺って言った。まあいっか♪ 今のはいじわるだったね」


「え?」


「んもうっ 何してるの。行こうよ♪」


 そんな事もあるんだ。

 俺の顔を見て結は、にこりと笑った。

 めちゃくちゃな理論を言う結。普通にしている結。

 その笑顔はまぶしいほど綺麗で可愛い。

 そんな事を考えていると、あのノートの恐怖も和らぐ。

 一応女になった日から、あのノートは寝る前などに毎日確認している。


 今のところ、変わったことは無いが……。


 だが、ノートの初めのページから何枚目かまでは、

 俺と結が遊んだみたいなことが、ヘナヘナな絵とよれよれな字で書かれている。


 俺にはそんなこと書いた覚えがまったく無い。

 結も無いと言っていた。


 あのノートは何なのか。

 あの『こうかんにっき』とは、誰と誰の事なのか。

 今はまだ謎に包まれたままだ。

 謎はこの先、解けるのか。女になった以外に何か起こるのか。

 それともこの先何もないのか。俺は男に戻る事が出来るのか。

 思い詰めても何も分からない。


 考えに浸っていると、結が下から俺の顔を覗き込んで言った。


「どこで何食べる?」


「わっ、びっくりした」


「なに~? びっくりしたって」


「ご、ごめんごめん。ちょっと考え事しててさ」


 下を向いて考えながら歩いていた俺。

 それに何かを感じたのか、結が明るく話してくれる。


「それで、優は何食べたい?」


「うん、そうだな……最近ファミレス多かったから……ドーナツとか」


「夕食にドーナツ~?」


「あっ、ごめん。変だよな。夕食にドーナツなんて」


「ううん、食べたいんでしょ?ドーナツ。食べにいこ♪」


「えっ、いいのか?」


「うん。……そっか。優ってドーナツ好きなんだ」


 まあドーナツは好きなんだが……女の子っぽいな。

 あっ、いいのか……。


「あっ、それにあたし今日帰るから。お父さんとお母さんにお土産も出来るしね」


「そっか。そういう事なら行こっか」


 南山駅の近くには、商店街や集合店舗施設(ショッピングモール)以外にもファーストフード店などが集中している。

 駅に向かって歩いて行く途中で、おもむろに結が手を繋いできた。


 なんか恥ずかしいが……。

 これも役得ってやつだろうか。

 まあ……結にトキめいても仕方ないか……。

 あっ、ちょっと今のは悪口じゃないから。

 幼馴染だから。

 妹みたいだから!

 と、とりあえず落ち着こう。


「ど、どうした?」


「きょ、今日はデートって言ったでしょ」


「あぁ、午後からね……」


「つっ込まなくていいよ! もうっ」



 商店街の近くの歩道を歩いていると、家電屋のショーウィンドウのテレビで明日の天気予報がながれていた。

 それを見た結の足が止まる。


『明日は関東地方は全体的に、雨になるでしょう』


「……優の転校初日。雨だね……」


「まあ、雨だって降るよ」


「そうだね……」


 少し寂しそうな悲しそうな顔をする結。

 何故か少し、心が苦しくなった。




 ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢




 自動ドアがさっと開き、甘い香りが漂ってくる。

 中は夕食前の時間だというのに、かなり混んでいる。


 ここはドーナツの全国チェーン店。

 男だった時でも一人で月1回以上は来ていた。


「結構人いるね」


「うん。ちょっと並ぶけどいい?」


「いいよ。ならぼ」


 と、手を繋いだまま、列の最後にならぶ。


 そんな俺達を仲の良い友達だ。

 という目で周りの客達は眺めてくる。

 その視線は俺と結の間をちょっと広くさせた。


 俺も恥ずかしかったが、結も恥ずかしい様だ。


 普通考えたら女の子同士、手を繋ぐなんて事は不思議ではない。

 けど、それとこれとはまったく別で、俺と結は今、デート中なのだ。

 それは俺と結にしか分からない事。

 何か人には言えない秘密をもった様で、後ろめたい感じがする。


 まあ女になった時点で、大きな秘密をもってしまっているのだが。


「あ、優。前あいたよ」


「うん。あっ、ここおごるからいいよ財布出さないで。ここで食べちゃお」


「何になさいますか?」


「ああ、えっと。私はこれとこれと… あとこれとコーヒーかな。結は?」


 ん? えっ 涙……?


「優、今……普通に私って言った……」


 そう言った後、突然泣き出してしまった。

 戸惑う店員。


「ど、どうなさいました?」


「あっ、だっ、大丈夫です。どうした結」


「優が……ちゃんと……私って……言ってくれたから……」


 ひくひくと泣き止まない結。

 そうだ。

 今俺は無意識に私と言っていた。

 結の特訓のおかげなのかと思うと、なんだか俺も嬉しくなってしまった。


 結は俺の為に特訓をしてくれていたんだ……。


 男だった時には無い感情が体を巡ってゆく。

 いや男だったからではない。

 一人暮らしで好き放題していた頃の俺には、考えられない感情だった。

 この二年間で俺は一人で生きる(すべ)を身に付けた。

 だが『人間一人では生きてゆけない』とはよく言ったものだ。

 そこには色々な意味が込められているんだと痛感する。


「ありがと結……ハンカチ持って来てる?」


「うん。バックの中……」


 バックを開けてハンカチを取り出し涙を吹く結。


「あの……お客様。ご注文は……」


「あっ、すっ、すみません」


「ごっ、ごめんなさい! あの、これと、これと、これ。あとコーヒーで」



 ドーナツと珈琲(コーヒー)をのせられたトレーを受け取り、店内のテーブルに着く。

 さっき泣いてたので、結の目は真っ赤だ。

 まさかこんなところで感動させられるなんて……。


「ごめんね優。びっくりしたでしょ」


「えっ、そんな事ないよ。なんか嬉しかった」


「ふふっ やっぱ優って(やさ)しいね」


 ドキっとする。

 めちゃくちゃ可愛い……。


 少し泣いてちょっと化粧が落ちているが、その笑顔は〝本物の笑顔〟だった。


「た、食べ終わったらさ、結の父さんと母さんのも買おう」


「うん」




 * * * * * *




「ありがとうございました。また起こしくださいませ」


 結の両親のドーナツも買って店を出た。

 結がスマホで時間を確認すると、まだ午後5時40分。


「あっ、そうだ! クリーニング。取りに行こうよ、たぶん出来てるから」


「んじゃ、取りに行くか」



 昨日行ったクリーニング店に入って、結から借りている制服をもらう。


 クリーニングって早いんだな……。

 でも早すぎないか?

 と、疑問を持ちながら店から出ると、結がこちらを向いてニコニコしている。


 あ~、なんか聞いて! って顔だな。

 よしよし。

 優お兄ちゃんがのってあげよう。


「クリーニングって、こんなに早いの?」


「あ~ここって昔からきてるところだから顔がきくの」


「へ~。結がこんなところ利用してるなんて知らなかった」


「女の子だったら絶対知っておかなくっちゃ! 優もここ覚えててね」


 上機嫌の結。

 メーデーメーデー!

 作戦は成功であります!


 ……まあ、冗談はさておき。

 次はどこに行くのか何も決めてはいない。


 デートって男が色々決めるんだっけ……。

 でもデートなんてした事ないからな……。


「ん~まだ日暮れまで時間あるけど。どうしよっか」


「ふふん。今日はデートだもんね」


「……ああ、駅の近くの公園でも行こっか」


「ん~、そうだね♪ このまま帰るのも色気ないし」


「色気って。お前、意味分かっていってるか?」


 日暮れまで時間がある為、線路沿いにある公園へ行く事にした。

 ベンチだけがある小さな公園。

 暖かい風がふわっと砂埃(すなぼこり)を足元で小さく巻き上げている。


「ここ座ろ」


「うん」


 時刻は午後6時5分前。

 座ったベンチの後ろで、南山駅から出た列車が涼しい風を運びながら走り去っていった。


 

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