6話 転校生?と特訓
結の隣に座った今井は、じろじろを俺の顔を見ながら言った。
「優ちゃんってさ。彼氏いるの?」
ぶは!
「か、彼氏?」
「そっ、どうなの~?」
いきなりなんでこんなド直球な質問してくるんだ。
結の友達じゃなかったら、完全に無視する対象一直線だ。
「あはは……彼氏はいないかな……」
てか、男なんですけど!
「ふ~ん。そうなんだ」
「なに彩夏。ちょっと桐嶋さん困ってるじゃん」
「あ~ごめんごめん。可愛いからさ。ちょっとね」
怖すぎる……なんだその目。
まるで獲物を狙う獣の様な目に少し脅えてしまう。
「い、今井さんは、どのあたりに住んでるんですか」
まったく興味ないが、何話していいか分からないから適当に……。
「あれ、優ちゃん。あたしに興味あんの? あれ? そういや、あたし名字教えたっけ」
「あっ、さっきゆ……矢島さんに聞いて……」
「そっか。あたしの家はね~」
危ない危ない……考えて話さないとな……。
噂とか流されたら……。
今井が話す自分の家のことなどまったく興味がないので耳に入らない。
すると結が助け船を出すように話してくれる。
「ねえ彩夏。最近面白い事って何かない?」
「ん? 面白い事ね~……ん。なんかね。優ちゃんってうちの学園の転校生なんだよね」
「うん」
「実は来週もう一人転校生がくるらしいよ、うちの学園。それも同じ2年生!」
「お~、男? 女?」
「女の子らしいんだけど、結構可愛いみたいなの!」
さすが噂好きなだけある。
なんかもう俺の噂も広まってたりして……いやまさかな。
学園にも登校してないのに、今井以外が知っている訳ないか。
と、思っていると、
「あっ、そういえば雪比良が優ちゃんの事、ちょっと気にしてたよ」
……⁉
「え? 雪比良? なんで彩夏がそんな事知ってるの?」
「あたしがさっき教えたから♪」
ぐあ!
ってか早すぎ!
学園の噂は全部こいつ発信なんじゃないだろうか……。
するとメロンソーダをストローで飲みながら店内の時計を目にし。
「あっ、ごめん忘れてた。あたし拓馬と待ち合わせしてたんだった」
「拓馬君と? どっかいくの?」
「うん。ちょっと遊びで。あっ、麻衣も一緒だよ」
結と今井は1年生の時、一緒のクラスだったが今、今井は3組。
拓馬の名字は吉田。
吉田拓馬。
今井と同じ3組。
そして麻衣。
竹中麻衣。
俺と結がいる1組の女の子。
ん……。
そういや俺って転校性で入ったら、どこのクラスになるんだろうか。
2組には啓太がいる……なんとか2組にはなってほしくはない。
一緒だとちょっと騙してる様で罪悪感が……。
「じゃあね、結。優ちゃんも。学園で会おうね♪」
「あっ、はい……お願いします……」
「気を付けてね」
ファミレスを出て、窓の外から手を振る今井。
その姿を見て、作り笑いで手を振る俺と結。
「……帰るか。なんかもう学園に行く日までは知ってるやつに会いたくない……」
「そうだね」
* * * * * *
買った荷物を持って家に帰り着くと、リビングの床に荷物を降ろす。
そして二人でテーブルに手をつき、椅子にダラっと腰かけた。
「ああ……なんか今日1日で、1週間すごしたくらい疲れた」
「もう、大袈裟なんだから」
大袈裟ね。
確かに大袈裟かもしれないが、俺は結に嘘は言わない。
なんでかって?
バレるから。
「いや、初めてが多すぎるよ。美容室も初めてだったし。女になって初めて結以外の知り合いに会ったし」
言いながら、テーブルにダラ~っと体をあずける俺。
すると結が。
「ねえ。そういえば彩夏が言ってた転校生。来週っていったらさ、優と同じ日でしょ」
ほいきた。
女子の十八番、話しを即座に変える。
これにより、話しが逸らされるのだ。
まあ、今のは別にどうでもいい話なんだが。
「ん。まあ今日が土曜で、来週だからそうだよな」
「どんな子かな。ちょっと気になるよね」
「別に……」
気になる事なんて、ほかにいくらでもある。
どうすれば男に戻れるのか……とか。
「あ、優って店でなんか買ってたよね。あたしがコーデする以外で何買ったの?」
「見たいか?」
「うん! 何買ったのか見せて。優が自分から買った物だもん」
「これ」
紙袋を取って広げて中身を見せると、結はびっくりした様子。
「これ……もしかして全部ニーハイ?」
「そっ。なんか気に入っちゃってさ。全部同じ黒」
「多すぎ……」
紙袋の中には、女になって初めて自分で買った靴下。
そう。ニーハイを大量買いしていたのだ。
太ももの部分に一本白い線がくるっと入っていて、それがちょっと気に入った。
驚いた仕草をみせる結。
フフフ。
びっくりしましたか?
そう、ちょっとだけ驚かそうと爆買いしました。
まあ、この程度で驚いてはいけませんよ。
このほかにも……。
……まあいいか。
このリュックサックみたいなカバンは見せなくても。
とりあえず……一息入れるか。
「コーヒー飲むか?」
「あっ、うん。飲みたい!」
「そういや、結ってコーヒー飲んでたっけ。見たのこの前が初めてだったけど」
そう。あんま見ない。
まあ……高校生でコーヒー飲んでるのって、
そんないないのかもな。
「ん~、ほとんど飲むこと無かったんだけどね。けど優が入れてくれるなら飲みたいな♪ みたいな」
「……なんか気持ち悪いな」
「んむ! 気持ち悪いって酷い! あとで特訓だね! 彩夏といる時もなんか危ない感じだったし」
おうふっ、しまった……。
男だった時みたいに話すと、なんか結の反応が違うんだった。
女同士の会話か……なんか難しい。
「じゃあ……コーヒー入れる前に風呂のお湯溜めてくる」
「お風呂! 一緒に入っていい?」
「んな! バカか! 俺は男だぞ!」
「え~、今は女じゃん。あと、俺って言ったよね……」
う……つい俺って言ってしまった。
ってか お気楽にも程がある。
いくら幼馴染だといっても。
いや、百歩譲って、いくら今の俺が女の子だといっても。
数日前まで男だった者と一緒に入りたいとは……。
発想が小学生レベルだ。
もし俺じゃなかったら、一緒に入って襲われても文句は言えない。
……これはある意味 躾が必要だな。
「絶対ダメ! 風呂は別々で入る!」
「え~、つれないな~」
つれないって……ほんとお気楽だな。
そう思いながら廊下に出て風呂場へと歩く。
折りたたみ式の扉を開けて、シャワーをひねってスポンジを手に浴槽をゴシゴシ洗う。
女になって初めての風呂。
何故かちょっと気合が入る。
あとは軽く洗い流して完了。
バスタブ洗剤。
今度買っておかないとな……。
さて、風呂焚き。
古い家なので、今時のボタン一つで湯張りが出来るとかではない。
まず水が出る蛇口ひねりのすぐ下に、左右に動く取っ手の様な物がある。
そのまま浴槽に出すか、ボイラーへ水を通すか分けるステンレス部位だ。
それをボイラー側にして上の蛇口をひねり、黒いコックをひねって外のボイラーの音を聞き分ける。
カチカチカチッ、ボッ。
火が入った音。
後は風呂場の壁に設置されたプラスチックのボードで温度調整して完了。
これで勝手にお湯が浴槽に溜まって、溜り終わると勝手にボイラーの火も消える。
親が家を建てた当時としては最新式だったらしいが、今となっては古品の一つ。
まあ、別に何も不自由はない。
今も現役で故障もなく作動してくれるだけで御の字だ。
リビングに戻ってテレビを見ている結を一目し、そのまま台所へ。
自分用の白い洋食器と、それ以外の白い洋食器を食器棚から取り出し珈琲を作る。
俺は砂糖1杯。結は大さじ2杯。
「風呂すぐに溜まるから。ほいコーヒー」
「あっ、うんありがと」
テーブルの上に置いて椅子に座る。
すると、結は目の前に置かれた珈琲を手に取り言った。
「お風呂入ったら、優の部屋で特訓だからね」
あぅ……ちゃんと覚えてたのね。
「分かった……とりあえず風呂は、結が先に入っていいよ」
「ん。いいの?」
結は目をクリクリさせて、なんだか嬉しそう。
なんか、女の立場から見る結の仕草って面白いな。
女にならなかったら見れなかった部分か。
おっと、俺は男だ。
もののふだ。
ドーナツは好きだが、紛れも無き男だ。
男として当然の事を言ったまでよ。
レディーファーストっていう意味知ってる?
「あんま長風呂は無しな。順番だから」
「うん! ありがと」
その後1時間待ちました……。
女子高生ってこんな風呂長いの⁉
なんかポーチから色々出して持っていったけど、あれって何⁉
「どうしたの?優。お風呂入んないの?」
「は、入る! 入るよ!」
と、言いながら脱衣所兼、洗面所から買ったばかりのパジャマを着て出て来た結の手の物を見る。
ちっちゃな洗顔クリームに後、何か分からないちっちゃな容器。
女の子って、風呂で何してんだか……。
いや、変な意味じゃないよ。
あれこれと考えてもないし。
そう。
あれこれとは。
……。
そこは割愛でお願いします。
「何見てんの……」
「あっ、いや別に……」
「変態」
おふっ!
自分で一緒に入りたいとか言っておいて変態とか……。
「じゃ、じゃあ風呂入ってくる……」
「うん。出てきたら特訓だからね!」
あんまり特訓、特訓って言わないでくれ……。
考えただけで疲れる。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
「パジャマ可愛いね。さすがあたしコーデ♪」
「まあ、可愛いかな」
俺は白一色のゆったりとしたボタンが無いパジャマ。
結も同じパジャマで色は黄色。
風呂から上がった後、二人で2階へ上がって俺の部屋に入る。
対面し合うように座って、人差し指をピンッと立てて先生モードの結。
なんか、この結は苦手だ……。
「はい まずは、私は桐嶋優です。言ってみて」
「わたしはきりしまゆうです」
「…なんか棒読みなんだよね」
いや……ただ怖くて緊張してるだけなんですけど……。
それとその上から目線や、下から覗くのやめてくれませんか。
いろいろとその……。
胸元とか見ちゃうんで。
「じゃあ次。私の上履きはどこですか。言ってみて」
何それ!
イジメられてんの?俺!
「ゆぅう……」
「うっ! わたしのうわばきはどこですか」
「ん。やっぱり棒読み……」
いや……お題のコンセプトが何かおかしいぞ!
それにやっぱり怖い……。
「じゃあ次ね。私って可愛い? はいっ、言ってみて」
「………わ、わたしって…か、かわいい……」
「……! 可愛い! 合格!」
は、恥ずかしすぎる……。
穴があったら入りたい!
俺が悪かった。
もう胸元見ないから……。
っていうか、見ても何故か興奮しないから。
……なんかいろいろと地獄だ。
目はいくのに、何も感じないのは……。
男が終わった気がする。
その後、何故かそういうお題ばかりが出てくる。
「私の事… 好き? はい! 言ってみよう!」
「わ……わたしのこと……す……すき……?」
「あはっ! すごい優! 才能ある~!」
どこの何がどういう理由でどんな才能なんだ……。
頭がおかしくなりそう……。
「んふっ。じゃあ次は… 私あなたの事、好きになっちゃった… はい!」
「わ、わたし……あなたのことが……す、す」
「す?」
「す……すきに……」
「すきに?」
「す……す……す……っダメ! 俺これ以上言えない!」
すると目の前の結の目がみるみる鋭くなってゆく……。
あっ……。
「俺って言った……」
「あ……いや、今のはちょっと恥ずかしくって」
「ダメ! これから俺って言ったら私100回ね!」
ぐほっ!
マジですか……。
「はい! 私100回!」
「う……今から……?」
「当たり前じゃん! そう決めたの!」
「……わたしわたしわたしわたしわたし…………」
とんでもなルールを決められてしまった。
本気で気を付けないと、学園でもやれ!
って言ってきそう……。
その後、まだまだ特訓は続き、俺は合計3回わたしを100回言う羽目になった。
……300回ね。
部屋の掛け時計は午後12時過ぎ。
時間を確認した俺は眠たそうにしてる結を見て、
「そろそろ寝るか。もう日付変わっちゃったし」
「ん~だね~もう眠いし」
「じゃあ、お……私はあっちの部屋で寝るから……このベッド使っていいよ」
「! ダメ! 一緒に寝たい!」
ぶは!
またこの子は……俺より大人なのか子供なのか分からん……。
「あのさ……普通に考えてみろよ。お……じゃなくて、私はこの前まで男だったんだぞ」
「そんなの気にしないもん。今は女の子だし」
これは……何言っても聞かないいつもの結だ……。
なんでそんなにころころ変わるんだ? いや……それが女なのか。
「……じゃあ……一緒の部屋ってだけなら……」
「ええっ⁉ 一緒にベッドで寝ればいいじゃん。優のベッドセミダブルだし」
「お前。それ以上言うと、あっちで一人で寝るからな」
「う……分かった……」
いくら女同士だからって一緒に寝たいなんて。
はぁ……。
なんで俺が結に、こんなに気を使わなきゃならないんだ……。
「じゃあ……布団取ってくる。結はベッドで寝ていいよ」
「うん……ごめんね」
隣の六畳間は畳の部屋で、押し入れには敷布団、掛け布団共に何枚か入れてある。
移動して一式の布団を出して、自分の部屋へと戻る。
ベッドの隣に丁寧に布団を敷くと、ベッドに横になって既に眠ってしまっている結を見た。
「んむ……デー……と……」
ほんと、寝てる顔はほんとに可愛いな……。
三大美少女か……なるほどね納得。
ベッドに座った状態からそのまま倒れるようにして眠っていた結の体を、
ベッドにちゃんと縦の状態に移動させてあげて掛け布団を掛けてあげる。
よし……じゃあ寝るか。
俺も床に敷いた布団に横になって目を瞑った。
うとうととし始めた頃……。
ギュッ!っと顔に押し付けられるものが……。
んん……?
寝惚け眼で気付くと、顔の上に結の足の裏がのっている。
んあ? ……!
嘘だろ……どんな寝方だよ!
さらにギュギュ!っと力を入れるように踏んでくる。
堪たまらずバッと状態を起こしてみると、枕元の位置でベッドに座った状態に戻った様な姿で眠っている。
「んふ……デー……と……にヒ……」
「……」
信じられん。
どんな移動の仕方だ。
眠いながらも起き上がって、結の体を元に戻す。
まったく起きる気配がない。
……もう大丈夫だよな。
また布団に横になって目をとじる。
すると隣でもさもさと布団が擦れる様な音がする。
まさか……。
ギュッ!
「……」
いや……もう何回なおしてあげても無駄な様な気がする……。
ここはちょっとベッドから少し離れて……。
ギュギュッ!
だは!
離れても同じですか。
なんでピポイントで顔を狙えるんだ。
「うふふ……デー……トにゃから……ね」
もう嫌だ……!
寝かせて!
♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦
次の日の朝。今日は日曜日。
「これ……化粧で消えんのかな……」
洗面台で顔を洗った後、
目の前の鏡を見ると、目の下にクマを作った女の子が映っている。
昨夜は本当に酷い目にあった。
下で寝ている俺の顔を踏んづける寝相の悪さ。
わざとか?
いや……完全に眠っていた。
これは今後の為に躾が必要だ……。
いやホント本気で。
タオルで顔を拭いてリビングに入って珈琲を作ろうとすると、
起きた結が2階から下りて来た。
「おはよ~、ほんと良く寝た! 優起きるの早いね♪」
「……おはよ。コーヒー飲むか?」
「うん♪ 飲むよ!」
やけにテンションが高い。
「今日はちゃんとおはよっって言ってくれたね!」
「ああ……おはよう返しねだり。がね……ちょっと」
「うん? 何か言った?」
「あっ、いや。なんでもない」
二つの洋食器を持ってテーブルに置き、食パンと冷蔵庫からバターを取り出して朝食。
ああ……なんか寝不足で頭痛い……。
ん~、それで今日って何するんだっけ。何も決めてないよな……。
「結。今日の予定とか決めてるの?」
「は? 覚えてないの? ほんとに?」
えっ? 何か言ってましたっけ……。
結の目が怖い……。
「昨日、今日の予定決めたじゃん! 午前中は特訓! 午後からデートだって!」
「デ、デート!」
……ほんとに覚えていない。
‼
まさか何かの罠⁉
「あの……俺一応女なんですけど……」
「俺じゃなくて私でしょ! 私100回唱えよ!」
罠でした……。
「わたしわたしわたしわたし………」
私を連呼する俺を見ても、結先生の機嫌は直らない。
「それから! ちゃんとデートは行くからね!」
もう結が無鉄砲を通りこして、独裁者にしか見えん……。
誰か助けてください。