『間話』 イケメン、天音一颯。
俺の名前は天音一颯。
歳は二十歳。
はっきり言って、イケメンだ。
自分で言うのはアレだが、イケメンの部類だろう。
これまで声をかけて振り向かなかった女はいない。
プレイボーイだって?
そんな軽い者ではない。
ちゃんと愛する者は一人と決めている。
そう、向こうから寄ってくるのだ。
まったく、モテる男は辛いとはこの事だ。
学生時代。
高校生の時には、半年に一度は告白されたものだ。
つまり、6回。
卒業式の後、それも合わせると、10回以上。
遠くからの視線もあったが、ピュアな女の子は声をかけてこないものさ。
だから、実際数は、10回以上に告白されたと言っても過言ではない。
そう、俺はモテ男なのだ。
そして今日。
友人のヒロと共に、女の子を探しに街にやってきた。
モテるのに、わざわざ……。
なんでかって?
ヒロだ。
この男。
まったくモテないのだ。
顔は普通……だと思いたい。
決して俺は悪いやつではない。
そう、悪いやつではないのだ。
だが、言わせてもらう。
ヒロは頭はボサボサ。
髪はセットの仕方を知らないのか、ぐっちゃぐちゃだ。
服は見るからに怠そうなダルダルな服。
間違えた。
ダボダボな服。
そんな男がモテる要素があるはずもない。
それで、ヒロに頼まれ、女の子との話し方をレクチャーするのが、
今回ブラブラとしている内容だ。
……だが、実を言うと、そんな事をする気はサラサラない。
俺は観音様でも、まして恋を結びつける愛のキューピットでもない。
女は勝手に向こうからやってくる。
つまり、飽きたのだ。
女に飽きてしまった俺は、今度は俺の実力を友。
いや、この友と呼んでいる、いわゆるモテない男に俺のモテる実力を見せびらかす。
そんなちょっと子供染みた事をするのに、少しながらの興奮を覚えている。
……まあ、悪いやつじゃないって言ったのは否定しよう。
俺は悪いやつだ。
大学に通って、女の子には事足りない。
そんな俺と違って、
ダラダラとバイトに開け狂うこのバカな友人に俺の実力を見せびらかす。
そんな事に、すこしばかりの興奮を感じているのだから。
だが、そんな俺の悪い思惑を打ち砕く事が起こった。
ガシャーン。
大きな音を聞いて振り返ると、
そこには天使がいたのだ。
黒く長い髪。
そして戸惑う表情の可愛いこと。
鉄のパイプが目の前で倒れ、危うく怪我をしそうになった少女。
それを腕を引いて助ける栗色の髪をした少女。
なんて可愛いんだろう……。
この2人は、今まで会って来た女とは比べものにならない。
今までの最高が、Aランクだとするならば、この2人はSを3つ付けて足りない。
まさに天使。
ああ……神様。
俺はこの瞬間の為に生まれてきたのですね……。
……おっと、妄想にふけているどころではない。
早速声をかけねば。
俺に落せない女はいない。
そう、いないのだ。
まずは……そう。
優しく。
「あの、大丈夫ですか?」
「ん? ……ああ、大丈夫」
パイプが倒れてびっくりしているのか。
いや、俺に声をかけられて、トキメいているのか。
ふっ、どちらもだろうが。
まさに俺、モテ男だな。
近くで見ると、どうやら高校生。
天音一颯は見つけたのだ。
光る原石を。
さっそく、
「あの……今からどこにいくんですか?」
「え? どちらへって、買い物……いや、あんた誰?」
「ちょっと優。買い物より先にいくところあるでしょ」
「ん? どこ」
「もうっ」
……ちょっと答えてくれたが、後は無視。
いや、このくらいは分かっている。
こっちは大学生。
すこしばかり大人なイケメンに声をかけられてびっくりしたのだろう。
罪な男だ……俺は。
「ねえ、モール行く前に行くとこあるでしょ」
「……ん? あっ、ごめん。聞いてなかった」
「ほら、あたしの制服。クリーニング!」
「あっ、そっか」
どうやらクリーニング店に行くらしい。
俺が隅々までクリーニングしてやってもいいが……。
おっと、俺は真面目で愛の溢れる男。
下ネタは厳禁だ。
ましてや相手は高校生。
下ネタはもう少し大人になってからだな、うん。
そしてクリーニング店から出て来た2人を追っていくと、
『クレア』に入っていった。
ほう……今時の高校生だな。
ケバイ感じは微塵も感じなかったが……だけど背伸びはしたいもんだ。
「なあ、何してんの? さっきの2人を追ってんの?」
「ああ。ヒロ。見とけよ。俺が2人を落として片方を紹介してやる」
「え? マジ!」
ふふっ、バカだな。
あんな可愛い2人を紹介するわけないだろ。
2人とも俺の女にしてやる。
……まあなんだ。
浮気っていう事ではないぞ。
俺は素直で真面目なんだ。
片方を本命。
片方は……。
まあ浮気だな。
だが、そんなリスクを負ってでも、2人を取るメリットはある。
だって、あんなに可愛いのだから。
……そろそろ糞野郎とか聞こえてきそうだから、これくらいにしておくか。
30分程美容室の前で隠れて待っていると、
2人が姿を現した。
なんということでしょう。
黒髪の少女は見違えるほどの美少女になったではないか!
……これは決まりだな……。
本命を黒髪。
栗毛をサブだ。
うん?
糞野郎だって?
違うな。
俺程のイケメンだからこそ許される行為なのだよ。
見た感じ、2人は友達っぽいが、2人が俺を取り合う情景が目に浮かぶ。
ああ……俺って罪な男だ。
さあ、どうやって攻めるか。
とりあえずは後をつける。
そして後をつけてしばらく。
2人は集合店舗施設へと入っていった。
色々な服売り場を見て回っている2人。
何故か栗毛の方が黒髪の服を選んでいる様に見える。
ほう……黒髪の方はまだ初々しい感じなのか。
それとも、まだ色に染まってないのか。
……だが分かる。
2人には男はいないな。
それは俺だからこそ分かる能力。
第六感ってやつだ。
うんうん、まさに原石。
俺色に染まるのが楽しみだ……。
「……ちょっと、何してるんですか」
後ろから声をかけられ、驚いて振り向いた。
すると、小麦色の健康的な肌色。
顔もまあまあ可愛い女の子。
……やるか。
いや、俺には黒髪が待っている。
「ああ、悪いね。ちょっと覗いてて」
「覗いてる? 女性の下着売り場を?」
……まずったか。
黒髪に集中しすぎて分からなかった。
そういや、その店は服も売ってるが、ほぼ下着。
それも全部女性物だ。
「あ~、いや。ちょっとね……」
「……別にいいですけど」
別にいいなら声をかけてこないでほしい。
うん?
いやまて。
声をかけてきたってことは、俺に気があるのか。
この子も結構可愛いが……。
いや、惑わされてはいけない。
あの2人と比べれば……。
いや、失礼だな。
俺は女に優しい男。
そしてイケメンなのだ。
ここは優しくお断りを……。
「すいません。俺には……」
「あっ! 結!」
小麦色の少女。
高校生らしきその子は2人に声をかけている。
おおっ!
知り合いだったか。
まあ、さっきシカトされた雰囲気があったが……。
いや、俺の目に耐え切れなかったんだろう。
そこに知り合い発見。
ふいに逃げるように声をかける。
うん。
まさにそれだ。
そしてそこでも遠くから観察する。
どうやら栗毛と今の子は友達らしい。
黒髪は違うのか、少し奥でぎこちない顔になっている。
だが、その顔も可愛いではないか。
まさに理想郷。
その顔の奥に広がるマイスイートを見つけてしまったようだ。
おかしい。
俺が恋をしているのか?
いや……。
女が俺に惚れるのは分かるが、俺が女に惚れることはない。
女は俺の供物なのだ。
あっ、いまのはごめん。
後ろから刺さないでね。
さて……どうする。
「ねえ、俺帰っていい?」
「あ? ヒロ……いや、悪かったな。そうだな。ちょっと用事が出来たから、ここで別れよう」
「……あ~、ちょっとガッカリだけどな」
なんだこいつ。
俺に悪態ついてんのか?
……まあいい。
モテない男ってのは、いつもそうだ。
ふふっ、後で2人を捕まえて自慢してやる。
「じゃあ、またな」
「ああ、じゃあな」
ふん。
バカだな。
最低でも俺に今日べったりついていれば、あの小麦だけでもあげたのに……。
ヒロを別れてさっきいた3人を見ると。
あれ?
2人はどこにいった?
小麦だけしかいない。
……くそ!
あんなバカ野郎にかまってる間に、どこかに移動したのか。
まだ、そう遠くまで行ってないはずだ。
急いで辺りを見渡すと、エスカレーターに乗って下りる2人を発見。
すぐに後を追う。
逃してたまるか!
俺が見つけた宝石だ。
誰にも渡さん。
トレジャーハンター天音一颯とは俺のことだ!
2人を追って集合店舗施設から出て、
抜き足差し足忍び足。
時には店の陰に隠れ。
時には電柱の脇に。
時には人混みの中へ。
……そういえば、何故隠れているのだろうか。
堂々と話しかければいいじゃないか。
……だが、なんだこのトキメキは。
ドキドキとした感覚は。
まさか……。
探偵みたいな事をしてちょっと興奮しているのか。
俺もまだまだガキなのか。
ふっ、子供心を忘れない俺。
それもアリか……。
しばらく追っていると、2人はファミレスへと入っていった。
おおう。
高校生の聖地ファミレス。
懐かしいな……。
俺もよくここは通った。
ここのハンバーグは本当に美味しい。
特に安い!
それが最高だな……。
すると後ろからポンポンと肩を叩かれた。
ん?
振り向くと、2人の警察官と、さっきの小麦少女。
「この人です。ストーカー」
「……ちょっと話聞かせてくれるかな」
「……は?」
その後、自称イケメン天音一颯は交番へと連れていかれ、色々としぼられるのであった。
自分に芽生えた恋心に気付かぬまま……。
さらに次の日。
友人のヒロ。
さらにどこからかの噂によって、彼自身がストーカーとして大学の女の子に笑われ、嫌われ避けられるという話はまた、別の話である。