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俺と私と世界の理 ―交換日記と黒髪の少女―  作者: 巻大 
そして… ここからすべてが始まった
3/33

2話 黒髪の女の子

 本棚の整理も終わり、束ねた図鑑を持って階段を下り玄関に積み上げてゆく。

 明日捨てる予定だ。


「ねえ優。あたし縛った図鑑を下に持っていくからさ。優は本棚入れ替えてて」


「ん? 大丈夫か、一人で。つーか、俺が下に持ってくけど」


「平気平気♪ そのほうが効率いいし。それに自分で本棚に本しまった方が、どこに何があるか解るでしょ?」


 結は重そうな図鑑のビニール紐の間に指を差しこむと、「ほっ」と掛け声をかけて持ち上げ、部屋を出て行った。

 今は慎重に階段を一段ずつ下りてるところだろうか。

 昔からよく一緒にいるが、よくできた幼馴染だ。いい嫁さんになるだろう。


「さ~て」


 黒本棚は背の高い3つの本棚を横に並べて置いていただけで、1つの横幅はだいたい1Mくらいか。

 部屋の中で、空になった黒本棚をベッド側に寄せる。


「よし」


 今度は開いたスペースに真っ白な本棚を置き換えるようにして設置する。

 下の開き戸に勉強机の上にあった普段使わない物を入れていく。


 エロ本とかあったら、ここに入れるんだろうな……。

 残念ながら、俺はそんな物を所持していない。

 まあ、だからこそ幼馴染の結を気軽に家に入れられるのだが。


 以前、クラスでエロ本の話題に無理やり入り込んだ事があるが、卑猥な言葉などが飛び交う事はなく、みんなこれ以上話すと……的なところで話しは終わった。

 つまりは恥ずかしいのだ。


 高校生なら高校生のエロ話があると思うのだが、純な者ほど、適当に話しを反らしたがる。


 アニメなどでもそれなりにエロい場面を見てるはずなんだが、自分はそれほどエロくないアピールでもしたいのか。

 それとも痴情をさらけ出したくないのだろうか。

 まあ、1人暮らしに慣れてしまった俺からしてみれば、ガキな話だった。



 とりあえず本棚の下の開き戸棚には、俺の勉強机の上に置いてあった、いわゆる邪魔だけど必要。的な物で溢れかえった。


「満足満足」


 あとは……。


 黒本棚は、ギリギリ部屋の出入り口を通る高さ。

 うまく横に持ちながら、背の高い本棚を部屋から出すと今度は階段。


「きっついな、これ……」


 難しく考えるまでもなく、本棚を抱えて1人で下りるのは無理だ。


「結、それで終わり? 今度悪いけど、こっち手伝って」


「えっ? 1人で階段下ろそうとしたの?」


「したけど無理だな」


「無理に決まってるよ。ちょっと待っててね」


 大きく頷き、最後の図鑑の束を持って階段を下りてゆく結。

 帰って来るのをすこし廊下で待つと、タタっと階段を上がってくる足音。


「何休憩してるの? 早く下におろしちゃうよ!」


「うぉっ、早いな」


 少し乱れた髪を片手で整え、本棚の裏へと廻った。

 疲れているのを見せたくないのか、結はケロっとした様子だ。


「大丈夫か?」


「平気、大丈夫」


 俺の家の階段は、一般家庭の階段よりは少し急勾配らしい。

 まだ母親がいる4年前くらいに、家に来た地方の親戚から聞いた。

 というのも、俺は人付き合いが皆無ってほどに無い。

 なので他の家の構造がどうなっているか知らないのだ。

 

「んじゃ、下ろすか。慎重にな」


「うん」


 俺が下になって、ゆっくりと一段一段階段を下りてゆく。

 古い本棚は、空になっていても結構重い。


「そこ、引っかからない?」


「大丈夫だ。いける」


 二人で声をかけ合いながら階段を下る。

 一階に着くと一度手から下ろして、廊下の奥へと一時的に追いやる。

 その作業を三回繰り返し、やっとの思いで3つの本棚を1階に下した頃には、外は薄暗くなっていた。


 思ってたよりも時間かかったな。

 二人で、内一人は女の子だからな。欲は言うまい。

 そんな早く出来るとは思っていなかったし。


 リビングに入って麦茶を飲み、十分休憩してから玄関へと移動した。

 玄関前には図鑑の束が無造作に積み上げられている。


「ありがとな。送ってくよ」


「えっ? 別にいいよ」


 そう言いながらも、結は自分の服の裾を掴んでやや頭を下に向けている。少し嬉しそうだ。

 幼馴染だと、そう言う事が不思議と分かる。



 休憩している間にちょっと喋っていた事もあって、窓の外は街灯のほのかな光以外は暗闇に包まれている。

 リビングの壁に掛けられた時計は、午後8時を示していた。


「外、暗いしな」


「うん……」


 何やらちじこまっている結から目を離し、積み上げられた図鑑の上から靴置き場を見ると、そこにも大量の図鑑の束が折り重なっている。靴は見えない。


 あ、これ。

 結のダメなところが出たな……。

 適当に済ますところだ。

 手伝ってもらって言える立場ではないが、幼馴染として言っておかねばならないだろう。


「何も考えないで置いたな」


「あ……ごめんね♪」


 俯き加減で下を向いていたのが一転、いつものニコっとした笑顔。

 こんなところも学園三大美少女と呼ばれている原因だろう。

 恐ろしいのは、それを天然でやってしまうところだ。

 だが、幼馴染の俺には通用しない。


「ごめんねじゃね~よ。これじゃ靴出せないから、ある程度外にだすぞ」


 俺は靴の上にも積み上げられているであろう本束の上に乗り、手を伸ばして玄関の扉を少し開いた。

 隙間から見える外は、思っていた以上に暗い。

 すると生暖かい風に乗って、何かがゆらゆらと腕にからみつく冷たい感触。

 ふと目線を落とすと、腕の周りに黒い霧が。


 え?……なに?


「どうしたの?」


「えっ、今ここに……」


 結の声に反応して後ろを向き視線を戻すと、腕に纏わりついていた黒い霧は消えていた。


 あれ? 錯覚か?

 それとも、疲れが出た?

 見てしまった現実に言葉を失っていると、


「ねえ、早く出しちゃおうよ」


 後ろから結の声。

 ハッとして僅かに開いていた玄関のドアを開ききった。

 当然そこに何かがあるはずもなく、うっすらと月の光が地面を照らしていた。


「ああ……そうだな」


 何かが胸の奥にひっかかった感じ。

 だが気持ちを切り替え、玄関の横の靴箱からビーチサンダルを出すと、それを履いて玄関の外へと出た。

 勘違いだ……。


「……んじゃ、出してくか」


 玄関の扉を全開に開き、玄関と家を囲む塀の間の何もない所に1つ目を置いた。

 その後はまるでバケツリレーの様に本束を結から受け取り、その場所を起点に積み上げてゆく。

 ある程度積み上げると、本の下敷きになっていた靴が見え初めた。


「ああ、もういいよ。後は結を送ってからするから」


「え~全部出しちゃおうよ。もう半分も無いじゃん。すぐ終わるし」


 言いながら結は本を束ねている紐に指をかけ、くっと持ち上げ放り投げる様にして本束を渡してくる。


「お前ほんと元気な」


「だって、途中でほっぽりだすのって、なんかヤだもん」


「じゃあ、最後までお願いしますよっと」


 高く積みあがった本の山の上に、背伸びしてさらに本束を積み上げた。

 三つの本棚に収まっていた図鑑の量は、想像していたよりもかなり多い。

 この量の本束を結は2階と1階を何往復したのだろうか。

 小物や本の収納に夢中で気が付かなかったが、1時間近くは行ったりきたりしていたな。

 適当に置いたとか思ったけど、悪い事を言っちゃったかな。手伝ってもらっておいて。


 チラっと結の顔を見ると、少しだけ疲れた顔が一瞬見えた。


「あの、結」


「うん?」


 声をかけると、疲れのない笑顔を見せる。


「ありがとな」


「うん」


 そんなやり取りをしつつ図鑑を移動させている内に、さっきあった出来事は記憶から薄れていった。

 すべての本束を移動させ終わった頃には、午後8時半を回っていた。


「じゃあ送っていくから」


「大丈夫だよ」


 結の家は、目の前に見える道路の直線状にあり、部屋のベランダから遠目で見えるほどに近い。

 だが、夜に女の子の一人歩きは危険だし手伝ってもらったのもある。


「ダメだ。早く靴履けよ。送ってく」


「……うん。ありがと」


 お気楽頑固な結も、真面目な顔をする俺に俯きながら答えた。


 家を出て、二人で緩やかな上り坂を並んで歩く。

 夏前の暖かい風に吹かれて、結はとても機嫌がいい。

 通り過ぎる家の庭先には、夏の訪れを知らせる様に、黄色いひまわりが植木鉢(プランター)に植えられている。


「ひまわりが咲いてるね」


「もう夏だな。そういや最近蝉が鳴いてるし」


「蝉か~、ねえ優! 今度海いこうよ」


 歩道に立つ街灯には、羽根を広げた小さな虫達が、暗闇から光を求めてその周りを飛んでいるのが見える。


 海か……日焼けとかあまり好きじゃないんだよな。

 まあ、海じゃなくても近くの川くらいなら。


 振られた返事を考えていると、


「そいえばさ、玄関前でちょっと優おかしかったよね。何かあったの?」


 結は話の筋を変えてきた。と同時に、黒い霧が頭に浮かぶ。


「ああ、あれ、ただの勘違いだから……」


 話ながら丁度、俺の家と結の家の中間ほどに差し掛かった時だった。


 突然ぱっと辺りが暗くなり、目の前が真っ暗に。

 まるで別の空間に入ったような錯覚。

 もしくは大きな何も見えない穴に落ちていくような感覚。

 それが全身を通して体に染み渡った。


「なに? どうしたんだ!?」


 ぞわぞわっとした感触が全身を覆いつくす。

 

「停電?」


 見えはしないが、結の声を聞く限り、そこまで同様している様子はない。ただの停電だと思っているのだろうか。

 だが、俺の体に纏わりつく感触は不自然且つ異様だ。

 まるで霧で覆われた山の中に落されたような気持ち悪さ。


 しばらくすると、辺りを黒く染めていたものが目の前に渦を作ってグルグルと集まってゆくように見えた。

 街灯の光が目に届くと、黒い渦は中央に向かってさらに早く回転して周りの途切れた黒い霧をも吞み込んでゆく。




 次の瞬間、俺は自分の目を疑った。




「なにこれ⁉」


 結が叫んだ後、元に戻った街並みにはまったく似合わない、白いワンピースを着た若い女の子が渦の中心から現れたのだ。

 その姿は、夏のテレビ番組で放送される奇怪現象。

 白い肌は幽霊とも例えれるものだった。


「嘘だろ……」


 綺麗な黒い髪は腰の辺りまであり、街灯の光でキラキラと輝いて見える。

 まだ幼さの残る顔立ちは、虚うつろな目をしている事で、なんとも言えない妖艶な色気を醸し出していた。


 俺は目の前で起こった信じられない出来事に、まったく体が動かない。


 女の子は渦の中からゆっくりと地に足をつけると、ゆっくりとした動きで俺に狙いを定めた様に動き出した。


 頬を両手で撫でる様に支えられ、何も言わずに顔を近づけてくる。


「……⁉」


 俺はそのままその少女に、唇を奪われてしまった。

 まるで精気を吸われるように、体の力が抜けてゆく。



 ……………。




 我に返ると、女の子の姿はどこにも無く、辺りを見回すと結が放心状態のままで立ち尽くしていた。

 そんな結の顔を見ながら彼女の方へと半歩進んだ。

 長い黒髪の女の子が現れてから時間にして数秒。もっと短いかもしれない。


 すると結は驚きの行動を見せた。

 突然何かに気付いた様に俺の左手首を握り、慌てた様子で元来た道にのほうへ体を向けたのだ。


「戻るよ!」


「えっ? なに?」


 結のらしくない行動に唖然としたが、それよりも驚く事が!


 声……。


 俺の声が女の子の声だったのだ。


 身の毛もよだつような感覚。背中に悪寒が走る。

 腕を見ると、俺の腕より細く肌白い。

 えっ? 俺の腕?

 握られていない方の腕で触って確かめる。

 触っている感触がある。


 フワっと温い風を足元に感じて目線を下に向けると、白いワンピース。


「なっ! なんでっ!」


「いいから来て! 優なんでしょ⁉」


 結の言葉にさらに驚かされ、何も分からず腕を引っ張られる。


「入るよ!」


 されるがまま玄関の中に入ると、結は勢いよくバンっと扉を閉めた。

 もう、何が何だかわからない。


 キョロキョロと肩から腰、足元へと目をやり、両手で頭を触ってみると、信じられないくらい長い髪が腰のあたりまである。

 結は小さくなってしまった細くか弱い俺の肩に手を置いた。


「落ち着いて聞いて……優よね?」


「えっ! あっ、うん。そうだけどこれ……何がどうなんてんの」


 自分で確かめるように言ったのに、あまりのことに心が追い付いていかない。


「あたしにも分からないわよ!」


「じゃあ、これっ、何なんだよ! 何がどうなってんだよ!」


「だから分からないって言ってるでしょ!」


 結はそう叫んだ後、俺に突然抱き着き泣き出した。


 どれくらい抱きしめられていただろうか……。

 抱き着かれている間は、ずっと泣いていた。

 結の体が、小刻みに震えているのも感じた。


 これはきっと夢だ……。


 自分の胸に手を当てると柔らかい感触。

 体が女になっているのは、すぐに分かった。






 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦






 長い夜が明けた。



 俺はベッドで夏布団に包まり、まったく動けずにいた。

 動けないというより、動きたくなかった。

 頭の中は、疑問と不信感で覆われていた。


 昨日はあの後、本当に大変で、結は何度も俺に言っていた。

 前日の記憶がよみがえる。


「これ……俺、女になってるよな」


「優……今日はもう家から出ないで」


「俺……なんで女に……」


「優聞いて! 絶対に家から出ないで!」


 ……言われなくても出る気がない。

 というか、何故女になってしまったのか分からない今は何もする気が起きない。


 昨夜は訳が分からないままベッドに横になり、ほとんど眠れないまま一夜を過ごした。


 不安もあるが、それより。

 結が言った、「優よね?」の言葉が頭から離れない。


 なんで結は、女の子になってしまった俺を〝俺に確かめる事無く〟俺だと分かったんだろう……。


 顔も違うし、背も低くなっている。

 体も小さくなり、髪は腰の辺りまである。

 体は女で、見た目も声もすべて含めて全くの別人だ。


 昨日結を送る途中の道に現れた女の子が、そのまま自分になってしまった。


 ……ありえない。


 そんな疑問と不信感ばかりが、ベッドの枕に伏せた頭の中をぐるぐると何度も廻っていた。


 ベッドから動かず、何もしないまま時間だけが過ぎてゆく。

 すると、

 ピーンポーン。

 家のインターホンが鳴った。


 誰だこんな朝早くから……動きたくない……。


 そんな事を考えてる間にも、

 ピーンポーン。ピーンポーン。

 何度も何度も鳴る。


 枕を両手に取って頭の上に被せた。

 ここに俺はいない……。

 いるのは知らない女の子だけだ!


「優、いるんでしょ! 玄関開けて! お願い!」


 結の声……。


 ベッドから起きて立ち上がり、一日中つけっぱなしだった部屋の照明(でんき)を消した。


 ギギッ、カチッっと、少し固めのベランダの鍵を開け、柵の手すりを握って下に目をやると、結が女の俺を見つけて下から手を振っている。


「大丈夫?」


 結。と言おうとしたのを喉に詰まらせ、頭の中に浮かぶ反抗的な思い。


 大丈夫な訳ない……。


「えっと、今日あたし学校休んだから」


 そうは言ってはいるが、服装は学園の制服を着ている。

 親には登校する振りをして、自分で休む連絡でもしたのか。

 その目には、薄く涙が光っている。


 気をつかってくれているのか……。

 少し考えた後、軽く深呼吸をした。


「ちょっと待ってて」


「うん」


 ベランダから部屋に戻り、その周辺を見渡した。

 昨日途中だった本の片付けがまだ終わっていない。

 窓を閉めてカチッと鍵を閉め、部屋の扉の上の少ないスペースに掛けている白い時計を確認する。


 丸い淵の中で動く時計の針は、午前8時をすこし過ぎていた。


 部屋の扉を開け、2階の廊下をぺたぺたと歩く。

 階段から下を見下ろすと、背が低くなった為か、なにか視界が違っている不思議な感覚に陥る。


 階段を下りてすぐにある玄関。

 取手(ドアノブ)に手をかけゆっくり扉を開けると、古くなった(つがい)蝶番(ちょうばん)が、キィ~っと音を立てた。


「ゆう……」


 目の前に飛び込んできたのは大きな紙袋を両手に持ち、目に涙を浮かべた結だった。

 その顔は、女になった俺の顔を(うかが)っている様にも見える。

 頭の中に浮かんだ不信感を拭い切れないまま、なんで……と何度も心の中で繰り返した。


「結……学園だろ? ……なんで来たんだ」


「優が心配だからに決まってるじゃない!」


 目に滲んでいたいた涙が、大きな声を出した瞬間に頬へと流れた。

 その涙は太陽の光で輝いて見えた。

 声を失い、キラキラと輝く両の頬に気をとられていると、


「これさ あたしの服なんだけど……使って」


 持っていた大きな紙袋に目線がいく。


「……なにこれ」


 ゆっくりと手を伸ばして渡された大きめの紙袋には、女の子の服がぎっしりと詰まっていた。

 上から確認できるのは、スカートとブラウス。


 女になった俺の事を想って持って来てくれたのか。という気持ちと、なんでこんな物を持ってきたんだという気持ちが弄り舞う。

 ありがとうが言えない。

 なかなか言葉として口から出てこない。

 不信感が頭から離れない。


 言えるのに言えない。


「入るよ」


 そんな俺を察してか、結は俺の手首を掴んで靴を脱ぎ、一階のリビングに引き込むように家に入った。


 俺の家のリビングの壁には大きな鏡が張り付けてある。

 鏡の前まで手を引かれてくると、結はこちらに振り向いた。

 何故か結の目線が怖くて目を逸らす。


「服さ、着てみて。背も同じくらいだし、たぶん大丈夫」


「着てみてって言われても……」


 やる気のない態度をとる。

 ワザとじゃなくとも、今の俺は何もやる気が起きない。

 そんな俺をみた結は、突然昨日から着っぱなしだった俺の白いワンピースの裾を握った。


「じゃあ、あたしが脱がしてあげる」


「えっ! ちょっと待て!」


「女の子同士なんだからっ 気にしない!」


「いやっ! 気にするだろ!」


 ワンピースの裾を掴む結の手を上から押さえつけ、必死に耐える。

 だが抵抗虚しく、着ていたワンピースを強引に下から胸元まで脱がされてしまった。


「うわっ! ちょっとマジか!」


「あ~ブラ。パンツも穿()いてなかったんだね。昨日からかな」


「あっ、当たり前だろ! 脱ぐ訳ないだろ!」


 胸と局部を腕で隠してしゃがみこんだ。

 恥ずかしさの為か、頭の中は真っ白だ。

 一つ解った事は、どうやら今の腕力は結の方が強いらしい。

 下から一気に捲し立て上げられたワンピースは、首と胸の間でくしゃくしゃになっている。


 次にワンピースから手を放した結は、手を腰に当てて見下ろしてきた。


「……なんだよ」


「買いに行くしかないね」


「はぁ? 何言ってんだよ。外出たくねぇよ」


 激しく抵抗すると、結はしゃがんで同じ目線になった。

 顔が笑っていない。


「あんたさぁ……ずっと家にいるつもり?」


 細くなった体がその言葉を聞いて僅かに震える。

 結があんたって言葉を使う時は、ちょっと怒った時だけだ。

 今度はまた立ち上がって、上から呆れ顔で見下ろしている。


「ちょっと待って……」


 情けなくも、やっと絞り出せた言葉がこれだ。

 だが今のは、優しさで怒っているのも分かっていた。

 不信感は拭いきれていないが、少なくとも結は俺の事を心配してくれているのか。


 ス~……ハ~……。

 大きく息を吸って深呼吸をした。

 下から見上げる俺と上から真剣な顔で見下ろす結。

 今までの人生で無かった場面だ。


「なに? まだ何か言いたい事があるの?」


「いや……」


 まるで母親の様な迫力に、目を逸らしてどこかを見る。

 あまりにも違う結の姿。

 そのギャップと迫力に負けてしまった。


「じゃあ、買い物いくよ」


「かっ……買いに行くのは分かったけど……俺、そんなの買った事ないし……その、どうすればいいんだよ。靴だってぶかぶかだし」


「だから一緒に行くって言ってるの! とりあえず着替えて」


 恥ずかしくてしゃがんだままだったが、結の迫力に負けて脱ぎかかったワンピースを元に戻し、持って来てくれた紙袋の中から着れそうな服を探す。


 結の服を漁っている俺。気持ちが治まっていないながらも、何故か少し変な気分だ。

 袋の中から、無造作にチノパンと薄いブラウスを取り出した。


「結の服だな……見た事ある」


「当たり前でしょ。ほかに誰の服があるの?」


 すると背が低くなったせいもあるのか、前屈みになった結の胸元からチラっと谷間が見えた。

 すぐに目を逸らして下を向く。


「なに? どうしたの?」


「あ、いや……」


 が、……ん? あまり何も感じない。


「どうしたの? 早く着替えてみて。それともそのまま行く?」


「いや……着替えるよ。せっかく持って来てくれたし。スカートって慣れないし……」


 恥ずかしながらもチノパンを穿いて結に背を向け、ワンピースを脱いでブラウスを羽織る。

 チノパンのウエストはピッタリ。


 結ってこんな細かったのか……。

 ブラウスの肩幅もピッタリで言うことはない。


「どう? 着てみたけど」


「あっ、ちょっとそれは」


 戸惑いのような声に結の顔を見ると、目線が俺の顔より下にきている。

 何かと思い首を下に向けると、胸の辺りが2つとがっていた。


「あ……」


「優、ブラ無いからどうしよっか。それだとちょっと見た目が……」


「……見た目。エッチだよな」


「うん……」


 俺は不思議とそうでもないが、結は恥ずかしかったのだろうか。目を合わせないように、すこしずらして斜め下を見ている。

 なんだろう。変な感じだ。


「ブラは持ってこなかったから……ほら、サイズとか下着は大事だし……それにし、下着だから……」


 みるみる頬を赤らめていく結は放っておいて、胸を隠す手段を考える。

 そこで昔見た女性誌に載っていたある事を想い出した。


「……さすがに下着はその……持ってこれな……」


 とりあえず、軽いトランス状態の結は置いておいて台所へと歩く。

 シンクの上の戸棚。

 ん~と手を伸ばすが届かない。


 リビングに戻って、テーブルの椅子を持って戻り、戸棚の前に置いて手で探る。


「たしかこの辺に……あった!」


「え? 何探してたの?」


 我を取り戻した結が後ろについてきていた。

 手に取ったものを見せる。


「これ、ラップ」


「……ラップ」


 トランスの次は、何をするのかピンときていない表情をする結。


「ちょっと待ってて」


 一言告げて廊下に出て洗面台の前まで移動し、ラップを箱から出して胸と背中の周りをクルクルと巻いてゆく。

 仕方なくブラの代わりは、ラップを体に巻き付ける事で解決した。

 初めてあじわう気持ち悪さだが、今だけの我慢……。


 靴は男だった時のは大きくて履けないので、ビーチサンダルを靴箱から探す。


「じゃあ行くよ!」


「うん……」


 結の掛け声で俺は恐る恐る外へと出る事になった。

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