プロローグ
部室の床にぽたぽたと流れ落ちる涙。
カチカチと部屋の中に響く小さな振り子時計の音。
あいつは俺の為にこんな事をしてくれていたんだ……こんな俺の為に……。
泣きっ面で顔を上げると、悲しい顔をした親友の姿。
「……はお前の為に…… …… …… …」
あまりの悲しみにその声が耳に届く事はなかった。
俺は……の気持ちを分かってあげれていたんだろうか……。
頭の中で響く無念と自分に対するやるせない気持ち……。
この世界の真実なんて、みんな考えた事なんてないのだろう。テレビをつけてはTV人の話す言葉に左右され、街を歩けば自分の視界に映るものがすべて。
そう、人間ならそれが普通。それが常識なのだ。
—————————時は約1ヶ月半前に遡る。
涼しい時期が過ぎてすこし暑くなってきた6月下旬。
ミーンミンミンミンミン……ジージー……。
高校2年生の高梨優は、蝉の鳴き声で目を覚ます。
「ん、朝……」
ベッドからむくっと起き上がり部屋の中を見渡した。
時刻セットしていた目覚まし時計をオフにする。
「鳴る前に起きれたな。てか蝉がうるせぇな」
少し開いていたベランダの窓からは、暖かく優しい風が白いカーテンをひらひらと靡かせている。
ベッドから降りて立ち上がり、両手を上げてあくび。
「ふぁ~……ああ、今日でこの本棚ともお別れだな」
目の前には、優が生まれる前にこの部屋を使っていた母親の、年期のはいった古く黒い本棚が部屋の壁一面を支配していた。
「……とりあえず支度しなきゃだな」
ボサボサの頭の髪を手で掻きながら、壁に掛けてある学生服へ手を伸ばす。ささっと着替え、ネクタイを手に取り丸めてズボンの右ポケットにつっこんだ。学生カバンを手に部屋を出ると、軽い足取りで1階へと下りる。台所で珈琲を作り、食パンを口に銜えてダラっと椅子に座った。
食事を済ませると、そのまま何もしないで登校時間を待つ。
「そろそろか……」
椅子から重い腰を持ち上げ、カバンの持ち手を握って廊下へ出る。
中学の時に買ったシューズを履いて、玄関の扉を開けた。
ふわっと暖かい風。
「いってきます……まあ、誰もいないけど」
独り言を呟き、扉はパタンと閉まる。
シーンと無音になる玄関。
家の中ではカチカチと掛け時計の音だけが、部屋の中に小さく鳴り響いていた。