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転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH  作者: 小坂みかん
* 死神生活一年目 *

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第90話 ほっこり★初めての年越し

『ねえ、ジューゾーがいくらメールしても、無線を入れても出てくれないのよ。何かあったのかしら?』



 マッコイが無線に出るなり、アリサはそう言って心配そうに声を落とした。



(かおる)ちゃんなら、今、寝てるわよ?」


『お昼寝してたとしても、いつもならもう起きてる時間でしょう? まだ寝ているの?』


「ええ。こちらに来て初めての年越しだから、年明けの瞬間まで起きていたいんですって」


『ああ、それで……』



 本日は死神ちゃんがこの世界に転生してきて初めての大晦日だった。例年であれば各々好きな店に繰り出して好きなように過ごすのだが、今年は〈新入りちゃんの初めての年越し〉ということもあり、寮の住人全員でパーティーをしようということになっていた。

 住職が蕎麦打ちを披露するというので、日が暮れたら有志が住職と一緒に蕎麦を打ち始めることになっている。死神ちゃんもそれに参加する予定のため、夜にできる限り起きていられるようにということも考えて、死神ちゃんはただいま絶賛寝溜め中であった。


 薫ちゃんがどうかしたの、とマッコイが尋ねると、アリサがしょんぼりとした声を出した。



『来年度はちょっと体制を変えるでしょう? その調整で忙しいから今年はこっちで過ごそうと思っていたのだけど。先ほどお養父(とう)様から〈今日はいつ頃こちらに帰ってくるんだい?〉と連絡が来て……』


「先代様はアンタのことをいたく気に入ってくださってるんですから、忙しくてもきちんと顔を出さないと駄目でしょう」


『ええ、だから帰る前に、ジューゾーに年末年始の挨拶がしたいなと思って。でも、だからってわざわざ起こすのも可哀想よね』



 アリサは〈事実上、組織のトップである〉という立場上、第三死神寮に遊びに来たことはなかった。むしろ、死神達の住まう空間に顔を出すということすらしたことがなかった。友人だからといって死神達のところにばかり顔を出してしまうと、たとえそれがプライベートであったとしても、人によっては贔屓と捉えるだろう。だから、彼女が遊びに来るということはなかったのだ。

 それを理解したうえで、マッコイは彼女に「寝顔だけでも拝みに来たら?」と声をかけた。帰る場所のある社員達はほとんどが里帰りしているのだ、念の為にしっかりと変装していれば、目撃されることもないし誰も咎めはしないだろう――と。アリサはその提案に喜ぶと、今すぐ行くと返事を返した。



「アンタ、馬鹿でしょう」



 マッコイは寮のエントランスに現れたアリサを呆れ顔で見つめると、低く唸るような声で思わずそう言った。彼女は不安げに眉根を寄せると、挙動不審気味におろおろとした。



「えっ、どこかおかしかったかしら」


「ローブのフードを目深に被っておもちゃの鼻眼鏡って、ちっとも〈しっかりとした変装〉じゃないわよ。すごくバレバレ。てっきりコウモリに変身して、飛んで来ると思っていたのに」



 アリサはハッと驚愕すると、今さらながらコウモリに化けた。ニットの編み目に爪を引っ掛けてぴったりとくっついてくる彼女を見下ろすと、マッコイはクスクスと笑いながら〈秘密の来客〉をこっそりと招き入れた。そして彼は死神ちゃんの部屋のドアを少しだけ開けてやり、アリサはその隙間から嬉しそうにパタパタと中へ入っていった。


 マッコイはお料理倶楽部の部員達と一緒に夜の準備を始めた。キッチンが小さい上に〈寮の住人全員分〉となると相当な量となるため、蕎麦よりも先に天ぷらなどのおかずを作っておこうというわけだ。

 少しして、死神ちゃんが匂いに釣られてキッチンにやって来た。その背中には、コウモリがぴったりとくっついていた。それに気がついた女性の一人が驚いて声を上げたので、マッコイは「内緒ね」と口元に人差し指を立てながらかいつまんで事情を説明した。その隙に、死神ちゃんは揚がったばかりの海老天をつまみ食いした。



「あっ、ちょっと、薫ちゃん! なに、つまみ食いしてるの! 駄目じゃない!」



 死神ちゃんは目くじらを立てたマッコイに苦笑いを向けると、海老を咥えたまま適当な謝罪をした。そしてコウモリが帰るのを見送ってくるなどと話をすり替えて、そそくさとキッチンから去っていった。


 日が暮れると、共用のリビングでは蕎麦打ちが始まった。全員が入れるようにと、ソファー等は事前に廊下へと出されていた。その広々とスペースの開けられたリビングの中央で、まずはデモンストレーションということで住職が蕎麦を打った。死神ちゃんを含む全員が住職を羨望の眼差しで見つめ、住職は照れくさそうながらも誇らしげにしていた。

 デモを見終えると、みんなでわいわいと蕎麦粉と格闘し始めた。そのうちの一人が新たに蕎麦を打つために粉を取りに行き、うっかり手を滑らせてつなぎの小麦粉が宙を舞った。偶然にも死神ちゃんが作業を行う場所の近くでそれが起きたため、死神ちゃんは小麦粉まみれとなった。くしゃみを連発しながらムスッとした顔を浮かべた死神ちゃんに、小麦粉を浴びせてしまった当人が必死に謝っていた。しかし、死神ちゃんも当人も、そして周りのみんなもおかしそうにクスクスと笑い出し、あっという間にリビングが笑い声で包まれた。


 出来上がった蕎麦は〈誰が打ったか〉が分かるように配慮して茹で、ざるに盛りつけられた。ざるの前には〈打った人の名前〉が書かれた札が立てられた。――めんつゆの入ったカップを片手に、好きなざるをつついて回るという形式で頂くという手はずだ。

 住人達は好き勝手にめんをつつきながら、好みの天ぷらやおかずを頂きながら、誰それさんの麺はどうこうと楽しそうに批評しあった。



「さすがに全員入ると、ソファーをどかしていても狭いなあ」


「でも、たまにはこういうのも楽しくていいね」


「住職、もっと食べたいから追加で打って!」


「寮長、これもう少し食べたいんだけど、おかわりある?」



 そんな声が飛び交う中、死神ちゃんは仲間達と蕎麦を嬉しそうに食べていた。


 食事が済むと、酒盛りをしながらの雑談タイムとなった。何とはなしに〈今年一年を振り返って、良かったと思うこと〉や〈来年の抱負〉の発表会となり、一人ずつ順番に話した。

 マッコイの番がやって来た。彼は照れくさそうに微笑むと、死神ちゃんを見つめて言った。



「アタシは、〈薫ちゃんと出会えた〉のが今年の一番良かったことかなあ。薫ちゃんには、公私ともにたくさん助けられたし。薫ちゃんのおかげで、毎日が楽しくなったわ。薫ちゃんが他のどこでもなく、この〈第三〉に来てくれて、本当に感謝してる」



 死神ちゃんは目をパチクリとさせると、心なしか眉根を寄せた顔をほんのりと赤らめた。すると、住人のうちの一人が素っ頓狂な声で「薫ちゃんがこっち来たのって、今年だったっけか」と言い出した。



「馬鹿だな。だから今年は、みんなで年越ししてるんだろう?」


「ああ、そう言えばそうだったっけ。すごく馴染みすぎてて、もう何年も一緒にいる気がしてたよ」


「たしかに寮長の言うとおり、薫ちゃんが来てから楽しいよな。もしこれが元の姿の状態でやって来てたら、ここまでおもしろおかしい毎日にはなってなかったかも」


「それ、言えてる。見た目幼女なのに中身おっさんだから、そのギャップが余計におもしろいし可愛らしいっていうか。おかげですごく飽きない。――薫ちゃん、幼女姿でご降臨してくれて、本当にありがとう!」


「――なんか、最後のくだりがすごく釈然としないんだが」



 死神ちゃんが苦虫を噛み潰したような顔をすると、軽い謝罪の言葉とともに笑い声が上がった。死神ちゃんは不服そうだったが、みんなの笑顔を見ているうちに笑顔を浮かべていた。


 年越しのカウントダウンをして、日付が変わるのと同時に「おめでとう」と全員で声を揃えた。各々が新年の挨拶をし合う中、死神ちゃんはうとうとと船を漕ぎ始めた。マッコイは死神ちゃんを抱きかかえて立ち上がると、みんなを見渡して言った。



「薫ちゃんを部屋に連れて行ったら、アタシもそのまま部屋に戻るわ。片づけは明日になってからでいいけど、最後まで飲む人はゴミだけでもきちんとまとめておくのよ」



 元気よく住人達が返事を返すのを笑顔で聞き届けると、マッコイはリビングをあとにした。

 死神ちゃんの部屋へと向かう途中。死神ちゃんは眠たい目を擦りながら、何やらブツブツと言っていた。どうしたのかとマッコイが尋ねると、死神ちゃんは彼にしがみつきながら寝言のようにボソボソとしゃべった。マッコイはクスリと笑うと、死神ちゃんを抱え直しながら小さく頷いた。



「もちろん。今年の年末もまた、みんなで楽しく過ごしましょうね。こちらこそ、今年もどうぞ、よろしくお願い致します」



 マッコイの腕の中で、死神ちゃんが返事を返すかのようにもぞりと動いた。そして死神ちゃんはへにゃりと様相を崩すと、完全に夢の世界へと沈んでいったのだった。





 ――――幼女にさせられ、変態に絡まれ、良いことなんか無いと思っていた〈新しい人生〉。でも実際は、それ以上に嬉しいことや楽しいことがいっぱいでした。次の年も、そしてその先もずっと、憂鬱と隣り合わせながらも楽しい毎日を、死神ちゃんはみんなと過ごしたいと思ったのだそうDEATH。

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