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転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH  作者: 小坂みかん
* 死神生活三年目&more *
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第346話 死神ちゃんとマンマ⑤

 死神ちゃんはダンジョンに降り立つと、〈小さな森〉を目指した。森の奥へと進んでいくと、心なしかやつれたおばちゃんが切り株お化けたちと対峙していた。戦闘でもしているのかと思いきや、彼女はウフフアハハと笑いながら、キラキラと降り注ぐ日の光の中で切り株たちと楽しそうに踊っていた。

 死神ちゃんは〈何か見てはいけないものを見てしまった〉と思いながらも、心配そうに彼女を見つめていた。すると、彼女のほうから死神ちゃんに声をかけてきた。



「あらあ、お嬢ちゃん。久しぶりだねえ」


「あの、えっと……大丈夫ですか?」



 同情するように、たどたどしい口調で死神ちゃんがそう言うと、おばちゃんは死神ちゃんの頭を撫でながら答えた。



「おや、このマンマが疲れているように見えたかい? お嬢ちゃんは優しいねえ。――さあ、ほら、ちょいと休憩しようか。ミートパイ、今日もたくさん持ってきているからね。たんとお食べ」



 おばちゃんは死神ちゃんの背中に手を回すと、腰を掛けるのにちょうどよい切り株へと誘った。

 このおばちゃんは、街で食堂を営んでいる。街のみんなから〈マンマ〉と呼ばれており、彼女自身も〈この街みんなのお母ちゃん〉を自負していた。彼女は時おり、息抜きや珍しい調理器具などを求めてダンジョンにやって来ていた。しかし先日、街の〈お肉屋さん〉から聞いたところによると、多忙を極めて大変なのだそうだ。その件について死神ちゃんが話を振ると、マンマは苦笑いを浮かべて小さくうなずいた。



「正直言うと、さすがのマンマもちょいと疲れたよ。まさか、お嬢ちゃんに見抜かれるだなんてねえ」


「いや、切り株お化けとメルヘンチックに踊っていたら、誰でも心配すると思いますよ」


「そうかい? あははははは。それでも、お嬢ちゃんが心配してくれて、あたしゃ嬉しかったよ。ありがとうね。――さ、お代わりあるよ。もっとお食べ」



 この〈小さな森〉は、入り口こそおどろおどろしいが、奥に進んでいくにつれて明るく爽やかで、そしてメルヘンチックな雰囲気となる。そのことについて、マンマは以前〈まるでおとぎ話の絵本の中にいるようだ〉と評しており、以来彼女はこの森のことがお気に入りのようだった。本日の目的も息抜きだそうで、癒やしを求めて森にやってきたのだという。

 死神ちゃんは目をパチクリとさせると、少しばかり首を傾けて言った。



「癒やし目的なら、溫泉にでも行かれたらいいのに。前にも、お風呂セット片手に五階をウロウロとしていたこと、ありましたよね?」


「それも考えたんだけどねえ。今日はどっちかっていうと、ここで切り株ちゃんたちを眺めていたい気分だったんだよ。――あ、あとね、チョコレート箱とやらを作りに来たんだよ。やっぱり、疲れたときにゃあ甘いものだろう。この不思議なダンジョンで得られるものは不思議な力がいっぱいだから、それを食べたらいつも以上に元気になれるだろうと思ってさあ」



 マンマは立ち上がると、狩りをしに行くべく森を立ち去った。

 彼女は出会う敵全てを拳で殴り倒しながら、ダンジョン内を進んでいった。そして奥に行こうか、それとも低階層でのんびりとしようかと思いながら歩いていると、前方に怪しい人影を発見した。死神ちゃんは顔をしかめると、声を潜めてボソリと言った。



「もしかして、あれ、パン屋じゃあないですかね……」


「あら、奇遇だねえ。お嬢ちゃんにも、そう見えたかい。実は、あたしもそう思っていたところだよ。……それにしても、すっかり太っちゃってまあ。一体本当に、あの人はどうしちゃったんだろうねえ?」



 マンマは表情を曇らせると、心配そうに肩を落とした。この街のパン屋は今、〈宿敵を打ち倒すまで休業とさせて頂きます〉と張り紙を出して店を閉め続けている。そのせいで街の人たちは気軽にパンを買えなくなり、ピザやハンバーガーの販売を行っている肉屋や、自家製パンの提供を始めたマンマのところに大挙して押し寄せていた。つまり、彼こそがマンマの多忙の原因だった。

 マンマは彼のことが気になるのか、あとをこっそりとついていくことにした。すると彼は、何かに導かれるかのように広間の中へと入っていった。追いついたマンマは部屋に入ることなく、こっそりと中を覗き見た。そこで目にしたものは、彼女にとって未知のものだった。



「何だい、ありゃあ……。鉄製の馬車かねえ? でも、馬が見当たらないねえ……」


「うわ、マジでネオ屋台だ。すごいな」


「ネオ屋台? 何だい、そりゃあ?」



 マンマに質問されると、死神ちゃんは〈どこにでも移動が可能な、魔法のキッチンのようなもの〉と教えてやった。すると、マンマは目を輝かせた。



「もしかして、お嬢ちゃんのお母さんのお店って、アレなのかい……!?」



 死神ちゃんはどう答えたらいいか分からずに、苦笑いでごまかそうとした。しかしマンマがなおもキラキラとした眼差しで見つめてくるので、遠慮がちにうなずいた。マンマはその答えに興奮し、今すぐにでもお店の前に飛び出して行きたそうだった。しかし、パン屋の行動を観察している最中だったと思い出した彼女は、何とかそれを我慢した。


 パン屋がやって来たことに気がついたダークエルフは、表情を強張らせると彼の動向を伺うためか息を凝らして身構えた。すると、パン屋はワゴン車の前で仁王立ちし、けたたましい声で宣言した。



「私は! パンと一心同体! 今日という日まで、自分なりの最高のパンを作り上げるべく、来る日も来る日もパンを作り食べ続けてきた! 見るがいい! この、先月よりも丸々と太った姿を! パンと同じく膨らんだ、この私の体! 私は今まで以上にたくさんのパンを取り込み、たくさんのパンと同化したのだ! さあ、本日こそ、あの子のお母さんとやらを出すのだ! そして私と対決しろ! それが叶わないのであれば、分かっているだろうな!?」



 死神ちゃんはマッコイをはじめとするワゴンメンバーから〈彼はやって来るたびに襲いかかってくる〉と聞いていた。今のこれを聞くに、どうやら彼はいつもマッコイが手の離せない時に現れて口上を垂れ、そしてすぐさま現れないことに腹を立てて暴れ狂い、ようやく対応可能となったマッコイに倒されていたようだった。

 死神ちゃんが困り顔を浮かべていると、マンマが心配そうに見下ろしてきた。



「お嬢ちゃん、どうしたんだい?」


「いや、あの、実は、()()()()から、パン屋さんによく襲われてるって聞いていたので……。大丈夫かなあと」


「あらいやだ、本当かい!? 何でもっと早くに言わないんだい! 知ってたら、馬鹿なことをしないようにと出ていってたのに!」



 死神ちゃんとマンマの心配をよそに、パン屋はおとなしくパンを購入し始めた。販売窓口にはダークエルフさんではなく、マッコイが立っていた。本日はどうやら、ちょうど手が空いていたらしい。何事も起こらなかったことに死神ちゃんとマンマがホッと胸を撫で下ろしていると、パン屋はその場でもりもりとパンを食べ始めた。

 かなり大量のパンを購入したはずなのだが、彼はどんどんとパンを消費していき、とうとう食べきってしまった。食べ終えた彼はぷるぷると震えると、バタールを棍棒代わりにワゴン車の前に躍り出た。



「何故だ! 私こそがパンに愛されし者のはずなんだ! 貴様さえいなくなれば! そうだ! 貴様さえ消してしまえば!」


「ちょっとパン屋さん! 馬鹿お言いでないよ!」


「この声はマンマ!? もとはと言えば、あんたが!」


「いやだ、あたし、何かしたかい!?」



 パン屋は叫び声を上げると、マンマに向かって突進していった。マンマは愛用ののばし棒でバタールを受け止めると、困惑の表情で応戦し始めた。



「パン屋さん、あんた、少し見ないうちにかなり強くなったんじゃあないかい? 前はあたしに守られていたってのにさ」


「パンは私の魂! 私の拳! さあ、とくと食らうがいい!」


「だから、食らうの意味が違いますよね!? 食べ物をそういうふうに扱うの、駄目ですよね!?」


「うるさい、幼女! お前もあとで覚えているんだな!」



 パン屋はマンマを軽くあしらうと、再びワゴンを襲おうとした。マンマは同じ街の飲食店仲間に手を下すことをとまどっていたようだが、彼の攻撃の矛先が再びワゴンに向いたのを見て腹を括ったようだった。彼女は棒を握りしめ直すと、パン屋の名前を呼びながら走っていった。仲間であるからこそ、手加減せず全力で挑んでやらねばと思ったのだ。しかし、彼女がパン屋に到達する前に、パン屋の体は大きく跳ね飛ばされて壁に激突した。



「ああん、もう。手加減が難しいったら。またやりすぎちゃったわ」



 動かなくなったパン屋をぽかんとした顔でマンマが見つめていると、その背後からマッコイが現れた。



「お見苦しいところをお見せして、本当にごめんなさいね」


「いえ、こちらこそ、仲間がとんだ粗相を……。そして、あの、はじめまして」


「あ、はい、はじめまして。いつも()()()()がたくさんご馳走になっているみたいで。すみません、ありがとうございます」



 マンマとマッコイは、挨拶と謝罪と感謝をペコペコと頭をさげながらし合った。マンマはふと首を捻ると「失礼ですが、お風邪を召されてる?」とマッコイに尋ねた。

 マッコイは今でこそ女性らしい姿をしてはいるが、体格はどう見ても人間(ヒューマン)の男性だし、声も普通に低い。しかし、マンマは目の前の人物が〈物理的には男である〉ということに気づいてはいないようで、とにかく〈声が低い〉という点だけが気になって仕方がなかったようだ。

 マッコイは返答に一瞬困ると、パッと笑顔を浮かべて言った。



「そういう()()なんです」


「あー、そうだったのねー。ごめんなさいねえ、気づかなくって!」



 その後、マンマはマッコイとおしゃべりを楽しんだ。彼女は商品も購入していこうとしたのだが、〈いつも()()()()がいろいろと頂いているお礼〉としてお代を受け取ろうとしなかった。



「あ、そうそう。それから。この前、チョコレートイベントにあやかって、アタシも焼いてみたんですよ。チョコワインケーキ。よかったら、どうぞ」


「あら、いいのかい? 嬉しいねえ」



 マンマはさっそく、頂いたケーキを一口食べてみた。カッと目を見開くと、マンマはマッコイの手を握って〈うちのお店の即戦力に〉と熱心な勧誘をし始めた。



「お嬢ちゃんからお母さんの作ったお菓子やパンを頂いたときから、ずっと思っていたんだよ。美人なうえに戦えて料理も得意だろうあなただったら、うちのお店にぴったりだって。あたしの勘は全てにおいて正しかった! わざわざダンジョンの中でお店をやることはないよ! あたしの店でやったらいい! ね、だから、是非うちに! それとも、どうしてもダンジョンでなくちゃあならない理由があるのかい?」



 マッコイは返答に困ると、一言「夫がギルド職員なんです」と答えた。マンマは「それじゃあ仕方がない」と肩を落とすと、小さな声で「どの職員なのか割り出して、そちら側から口説き落とそう」と呟いた。

 マッコイは苦笑いを浮かべると、死神ちゃんのほうを向いて言った。



「さ、ほら。そろそろいいお時間だし。マンマを教会までお送りしてきて」


「うん、分かった! さ、マンマ。一緒に教会に行きましょう」


「いやでも、お嬢ちゃん。――あ、お母さん! また来ますから! 今日は本当にありがとうございま――」



 マンマは死神ちゃんに背中をグイグイと押されながら、その場をあとにした。死神ちゃんは「もしかしてあいつは、俺よりも〈面倒くさい冒険者〉担当に向いているんじゃあないのか」と心中で呟いたのだった。





 ――――伊達にチーフ職を任されてはいないのDEATH。

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