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転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH  作者: 小坂みかん
* 死神生活三年目&more *
282/364

第281話 死神ちゃんと芸者③

 死神ちゃんがダンジョンに降り立つと、遠くの方からジャパニーズな音楽の音色が聞こえてきた。久しぶりに聞くその音に、死神ちゃんは目を(しばた)かせた。そして心なしか笑みを浮かべると、死神ちゃんは音のするほうへといそいそと向かっていった。

 ベンベンと弦を弾きながら、着物姿の女性がいなせに三味線をかき鳴らしていた。その隣を、釣り竿を持った男が悠々と歩いていた。――ドサ回りの果てにこの国に辿り着いた遠い国出身の〈芸者〉と、竜を釣るのが目標の〈釣り人〉だ。死神ちゃんは驚嘆の表情を浮かべると、思わず素っ頓狂な声を上げた。



「どういう組み合わせだよ。お前ら、知り合い同士だったのか?」


「あらまあ、死神ちゃんじゃあないかい。お久しぶりだねえ」



 芸者は三味線の演奏を中断すると、笑顔で死神ちゃんの頭を撫でた。すると、ステータス妖精さんが勢い良く飛び出した。



挿絵(By みてみん)



* 吟遊詩人の 信頼度が 3 下がったよ! *



 女性は死神ちゃんから隣の釣り人へと視線を移した。すると、彼は愕然とした表情で口をあんぐりと開けていた。



「何だい。どうしたんだい」


「嬢ちゃん、死神だったのか!? ――いやまさか、そんな。こんな可愛らしい死神がいるわけなんてねえよな。(ねえ)さん、冗談も大概にしてくれよ」



 どうやら、釣り人はいまだに死神ちゃんが小人族(コビート)か迷子のお子さんだと思っているらしい。芸者は呆れ顔でハンと息をつくと、肩がけにしていた三味線を背中へと押しやり死神ちゃんを抱き上げた。



「嫌だねえ。ここは死んでも生き返ることのできる、何でもアリのダンジョンだよ? だったら、可愛らしい死神がいたって不思議じゃあないだろうさね」


「いやあ、そういうもんかねぇ?」


「そういうもんさ。淡水魚だって海水魚だって、大型小型関係なく同じ場所で釣れるんだろう? そういう奇跡がある場所なんだから、何だってあり得るのさ」


「そうだよな。俺のオズワルドがししゃもからイカへと出世したくらいだしなあ」


「ちょっと待て。俺とオズワルドを同列に語るなよ」



 芸者に抱っこされたまま与えられたお菓子をもらって食べていた死神ちゃんは、謎のししゃもと同じ扱いをされたことに驚いた。そして一瞬喉をつまらせると、顔をしかめて不服を露わにした。ところが、何故か釣り人と芸者は楽しげに笑いだした。死神ちゃんは憮然とした態度で鼻を鳴らすと〈本日の目的〉を尋ねた。すると、芸者が悩ましげにホウとため息をついた。



「ちょいとねえ、故郷の味を思い出して。――死神ちゃんは知っているかい? 鯉っていう、お魚」


「何だ、鯉に恋煩いか」


「いやだよお! 死神ちゃん、それはちょっとおっさん臭いよぉ!」



 死神ちゃんがバツが悪そうに顔をしかめると、芸者がおかしそうにコロコロと笑った。彼女は目尻に浮かんだ涙をちょいと拭いながら「まあ、そうだねえ」と言ってウンウンとうなずいた。



「鯉に恋煩い、しているかもしれないねぇ。なにせ、この国では手に入らない魚だからねぇ。鯉の旬は秋から冬にかけてなんだけどさ、洗いは夏が一番美味いんだよ。辛子酢味噌や梅醤油・山葵醤油につけてさぁ。コリコリとした食感を楽しみながら、からめの酒をこう、クイッとね。これがまあ、本当に美味くてさぁ」



 彼女はうっとりとした表情で虚空を見つめながら、再びホウと甘ったるく息を吐いた。その隣で、釣り人が得意気に胸を張った。



「で、俺は〈是非とも鯉を釣り上げて欲しい〉と依頼されたわけよ。俺ほどの釣りの腕を持つモンは、そうそういねえからな。洗いっていう調理方法は生きた魚をすぐさま調理しなきゃあならねえらしくてよ、だから依頼者の姐さんとパーティーを組んで一緒にダンジョン内に降りてきたってわけよ」


「どうせ、人間、死ぬときはあっさりぽっくり逝くもんだ。だから、ここまで来てわざわざ死神祓いに戻ることもないだろう。だからさ、死神ちゃんも一緒に鯉の洗いを食べようよ」



 死神ちゃんは芸者の腕からぴょいと飛び降りると、三味線の演奏をリクエストした。五階の水辺地区を目指しながら、彼女は色々と歌い、踊ってくれた。そのたびに、死神ちゃんは拍手を送りおひねりを投げた。彼女はそれをキャッチすると、笑顔で感謝を述べながら胸元にしまい込んだ。

 途中、彼らはモンスターに出くわした。すると、芸者は魔法のポーチから派手に光る狸の置物型アンプを出して激しく三味線をかき鳴らした。釣り人はというと、銛を槍のように振り回してモンスターを薙ぎ払っていた。死神ちゃんは彼の戦いっぷりを見て漠然と「竜が釣れなくても、これだけ強いのであれば、いつか世界を救える日が来るのではないか」と思った。


 水辺地区に到着すると、さっそく釣り人は釣りをし始めた。死神ちゃんは時おり釣れる魚を肴に、芸者が三味線片手に語る故郷の話に耳を傾けた。しばらくして、ふと遠くの方に目をやった芸者が「あ」と声を上げた。



「ねえほら、あそこ。あの滝の近く。あそこにいるの、鯉だろう」


「おう、本当かい!? じゃあ、急いであっちに移動しよう。ここからじゃあ竿を振っても届かねえから」



 死神ちゃんは二人と一緒に、慌てて滝の近くへと向かった。しかし、彼らが到着する前に、鯉は姿を消した。一同がしょんぼりとしている中、死神ちゃんは驚いて目を見開いた。



「おい、あれ! 滝の真ん中辺り! あれ、鯉だろう!? 滝を登ろうとしているぜ!」


「あら、本当だ」



 鯉は水流に負けて落ちていきそうになっていた。芸者は咄嗟に、三味線を弾き鳴らして鯉に支援魔法をかけた。すると、鯉はするすると滝を登り始めた。



「おい、姐さん。なんでお目当ての魚を逃がすようなことをするかね」


「いいから見ててご覧よ」



 不満げに顔をしかめた釣り人に、芸者は笑顔であごをしゃくった。釣り人は渋々鯉を目で追っていたが、鯉が滝を登りきったころにはこれでもかというくらいに目を見開き、そして興奮気味に頬を上気させた。死神ちゃんも、目をキラキラと輝かせて空を仰いだ。



「おお! まさか〈伝説〉が実際に見られるだなんて! 圧巻だなあ!」


「こいつは、中々に縁起がいいねえ」


「こいつはすげえな! そして、竜は釣れるという確証が持てた! やばいな、俺の釣り人魂に火が点くぜ!」



 死神ちゃんと芸者、そして釣り人は高く空へと昇り去っていく龍をいつまでも見つめていたのだった。





 ――――努力は決して無駄ではない。いつかは実って大きく化けるのDEATH。

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