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転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH  作者: 小坂みかん
* 死神生活ニ年目 *
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第165話 楽し恐ろし★試食座談会

 死神三人が黙々とそれを食べる中、天狐は吐き出してしまいたいのを堪えてぷるぷると震えていた。みるみると顔を青ざめさせていく天狐にぎょっとした死神ちゃんは、心配して声をかけた。



「無理するなよ。つらいなら出しちまえ」


「う゛えぇぇぇ……でも、食べ物を粗末にしたら駄目なのじゃ……」



 目にいっぱいの涙を溜めた天狐の様子に慌てふためいたスタッフが、慌てて口直しの飲み物を持って走ってきたのだった。




   **********




 勤務明け。死神ちゃんはマッコイを伴って、社内の多目的室に来ていた。死神ちゃんたちの属する環境保全部門には様々な課が存在し、社員たちの住環境を整える任を担う課なども、この環境保全部門にはある。その中には、日々の食事に用いる食材を生産している課や、それを加工する課なども存在する。本日死神ちゃんとマッコイはその食品の生産・加工を担う課と、アイテム開発が共同で進めているというプロジェクト関連の用事で呼びだされていた。

 一体どんな用事だろうと思いながら目的の部屋に向かって歩いていると、その手前の部屋から声が聞こえてきた。



「通路挟んで左側の方達はPを食べて、お水を飲んでからQ。右側の方達はQを食べて、お水を飲んでからPという順番で――」



 死神ちゃんは首を傾げると、「まるで市場調査か何かだな」と呟いた。すると、目的地である部屋からスタッフらしき女性――何かの精霊のようだ――が出てきて、偶然死神ちゃんの独り言を聞いていたのか、それに対する返事をしてきた。



「ええ、そうですよ。試食アンケート調査です。社員から無作為に選んだ三十名に参加して頂いております」


「へえ。もしかして、俺らもそのために呼ばれたのか?」



 死神ちゃんがきょとんとした顔でスタッフを見上げると、女性はニッコリと笑って「ちょっと違います」と否定した。どうやら死神ちゃんたちが参加するのは座談会らしい。

 他の参加者はすでに中に揃っていると言われ、死神ちゃんとマッコイは部屋の中へと通された。すると、天狐と、それから休暇を満喫しているはずのケイティーがそこにいて、二人は死神ちゃんたちに向かってひらひらと手を振ってきたのだった。


 死神ちゃんとマッコイが指定された席に着席すると、アンケートを実施中であるはずの隣室からガタンガタンと何かが大量に崩れ落ちていくような音が聞こえてきた。死神ちゃんは怪訝な表情を浮かべると、隣室の方を向いてボソリと言った。



「一体、何を食わされているんだ、隣は……」


「同じものを食べますから、楽しみにしていてくださいね、小花(おはな)さん」


「いやいやいや、それ逆に不安になりますから!」



 スタッフの女性のにこやかな回答に、死神ちゃんは動揺して目をひん剥いた。女性は笑顔を湛えたまま席につくと、咳払いをひとつしてメンバーの顔を見渡した。



「お忙しい中お集まり頂き、ありがとうございます。司会進行を務めさせて頂きます、アディと申します。当プロジェクトでは原材料の生産に携わっております。どうぞよろしくお願い致します。――さて。今日ここにお集まり頂きました皆様のご紹介を、私のほうからさせて頂きますね。まず、現グルメ王者のマッコイさん。冒険者の食事情に多分一番詳しいと思われます、小花さん。このメニューの提案者のケイティーさん。そして、特別ゲストのもふ殿です」



 死神ちゃんとマッコイはアディが発した「メニューの提案者」という言葉に顔をしかめ、じっとケイティーを見つめた。ケイティーはにこにこと朗らかな笑みを浮かべているだけだった。

 嫌な予感を胸に抱きながら、試食品が運ばれてくるのを死神ちゃんたちは待っていた。何かが大量に崩れ落ちるような音が隣から聞こえてくるほどの食べ物だ、きっとまともなものでないに違いない。死神ちゃんは空腹も相まって胃がチリチリしてくるのを感じていると、目の前に紙皿が音もなく置かれた。その上には、おにぎりがひとつ乗っかっていた。



「本日のお題は〈プロテインおにぎり〉です。PとQ、ふたつのおにぎりを食べて頂きます。まずはPからですね。どうぞ、お食べください」



 ケイティーと天狐が目を輝かせて元気よく「頂きます」と声を上げる横で、死神ちゃんとマッコイは〈これかよ〉とでも言うかのように顔を歪めた。おしぼりで手を拭ったあと、彼女たちに遅れて死神ちゃんたちもおにぎりに手を伸ばした。

 ケイティーは美味しそうにおにぎりを頬張っていた。マッコイははじめのうちは苦い顔を浮かべていたのだが、意外と食べれると思ったのか無言でおにぎりを口に運んでいた。それでも思うところがあるのか、始終無表情だった。天狐はというと精一杯顔を歪ませて、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

 プロテインなどというものとは無縁の彼女には、この味が耐えられないのだろう。顔を青ざめさせて目を白黒とさせる天狐の様子にぎょっとすると、死神ちゃんは「吐き出してしまえ」と声をかけた。しかし、彼女は必死に首を横に振ってそれを拒否した。ぷるぷると震える彼女を心配したスタッフ――主に、彼女の管轄の部門に属する者――が慌てて水と、それ以外の〈美味しい飲み物〉を用意すべく右往左往した。


 Pのおにぎりを食べ終えてすぐ、ケイティーとマッコイが眉根を寄せた。どうしたのかと死神ちゃんが首を傾げると、ケイティーが自分の腕を擦りながら首を捻った。



「なんて言うの? まるでパンプアップしたときのような高揚感と、体の張りがあるっていうか」


「たしかに、力が漲ってくるような感じがあるわね」


「――もうお気づきですか? そうなんです、実はそのおにぎり、食べると一時的に肉体強化されるんですよ」



 一同が感心して声を上げると、アディが死神ちゃんに向かって「筋肉神様、念の為に効果をご確認頂けますか?」と声をかけてきた。死神ちゃんは目をパチクリとさせると、隣りにいたマッコイをじっと見つめた。顔をしかめるマッコイに、死神ちゃんは無言で手を伸ばした。身を捩って抵抗する彼に、死神ちゃんはにっこりと笑って言った。



「ちょっとくらい、いいだろ。ほら、腹筋」


「いやよ、何でアタシのなのよ、恥ずかしいったら。ケイティーのを触ればいいじゃないの」


「お前のほうがTシャツをペロッと捲るだけで済むだろ。今日のケイティー、結構着込んでるし。――ほら、村人A。腹筋出せよ。そんなパンパンの筋肉してたら、もう村人Aには見えないよな」



 嫌がるマッコイに死神ちゃんが詰め寄る中、水で口の中をすすいだ上に甘いココアで心を落ち着かせた天狐が不思議そうに首を傾げさせた。



「マッコは何故(なにゆえ)また村人Aになっておるのじゃ? いろいろと洋服を買い揃えておったであろう?」


「勤務となると、どうしても……。表世界に溶け込みたいっていうか」


「どうせ骸骨姿で彷徨(うろつ)くんだし、冒険者も気にしないだろ。普段からおしゃれしろよ、もったいない。――ほら、腹。諦めて、出せよ」



 死神ちゃんに促されて、マッコイは諦めのため息をつきながら少しばかりTシャツを持ち上げた。死神ちゃんは苦笑いを浮かべながらそう言うと、マッコイの腹筋を撫で回し始めた。

 部位ごとの筋肉の解説を行いながら、死神ちゃんは真剣な顔つきでマッコイの腹筋を撫で回した。ケイティーもそれに参加し、さらには天狐も加わってペタペタと触りまくっていた。アディは呆れて頬を引きつらせた。



「あの、マッコイさんが今にも泣きそうなので、そろそろ止めてあげてください。もう、効果の程は分かりましたので」



 一瞬ぽかんとした顔を浮かべた死神ちゃんは、恐る恐るマッコイを見上げた。すると彼は羞恥で真っ赤にした顔に、僅かながら涙を浮かべて震えていた。全員で彼に必死に詫びると、死神ちゃんとケイティーは味や食感についての感想を捲し立て始めた。

 アディは苦笑いを浮かべると、本人の口から肉体強化の効果を語って欲しいと言いながらマッコイにナイフを手渡した。ダーツの板が用意されており、そこに向かって投げて欲しいという。マッコイは受け取ったナイフを何故かテーブルの上に置くと、ボールペンを手に取り、それをダーツ板に向かって投げつけた。

 ドッと音を立てて板の真ん中に刺さったボールペンを呆然と見つめた一同は、恐る恐るマッコイの顔に視線を移した。彼は笑みを浮かべていたが、まだ少し怒っているようだった。



「あら、すごい効果ね。ただ、これだと効果時間が問題になってくるわね。あまり長いと冒険者に有利になりすぎると思うし。――消化が終わるまでだと、三時間くらい? それだと、長すぎる気がするわ」


「え、ええ、そうですね……。その辺りはもう少し検討の余地がありますね。――ケイティーさんも、どうぞお試しください」



 そう言って、アディは部屋の隅に設置されたサンドバッグを指し示した。ケイティーがそれに回し蹴りを入れると、サンドバッグが破裂して砂が滝のように流れ出た。



「……これ、やっぱり効果すごすぎじゃない? もうちょい弱くてもいいだろ」


「え、ええ、そうですね……。その辺りも、もう少し改良しようと思います」



 もはや頬が引きつったままとなったアディはそう言うと、スタッフに〈効果打ち消しの魔法のかかった水〉を配るように指示した。三人がそれで口をすすいでいる間、隣室からは先ほど以上の〈何かが崩れ落ちる音〉が響いてきた。

 天狐以外の三人は、運ばれてきたQのおにぎりをひと口食べた。瞬間、三人は()せたり机を思わず叩いたりした。あからさまに、Pよりもまずかったのだ。しかし、食感はこちらのほうが断然良かった。

 味や食感の感想を述べながら、三人は何とかQを食べきった。途端に、三人の身体はボンと音を立てて脇が閉まらないほどの筋肉ダルマなボディーへと変化した。



「ちょっと、これは盛り過ぎじゃない……?」


「マコ、あんた、もう一回ダーツ投げてみなよ」


「ええ。……うーん、()()()()のせいで、かえって腕が動かしづらいわねえ……。


「……うわ、全然飛ばないどころか、途中で落ちたぞ。強化どころか弱体化してるじゃあないか。――でもまあ、同じ見た目でハズレおにぎりとして実装したら、それはそれで面白そうだな」



 一同は、苦い顔を浮かべて互いの顔を見つめ合った。

 味や食感を含め、効果についてもあれこれと良かった点と改善すべき点を三人が語り合っていると、天狐がフウと息をつきながらココアの入ったコップをテーブルの上に置いた。



「〈ぱっけーじ〉も考えねばならぬのう。冒険者が手に入れるまでは傷まぬような魔法がかかっておって、手に入れてから一定時間経ったら腐るようにしておかねば〈ばらんす〉が崩れるからのう」


「おお、お前、〈もっと派手にバーンと!〉みたいな曖昧な感想だけでなく、しっかりとしたコメントもするんだな。しっかり管理者してるんだな」


「うむ! わらわはきちんと〈四天王〉しておるのじゃ! カッコイイじゃろう!?」



 死神ちゃんが苦笑いを浮かべると、天狐は得意気に胸を張った。

 アディは感謝と締めの言葉を述べると、一同を見渡してにっこりと微笑んだ。そして、朗らかな声で言った。



「第一回座談会はこれにて終了です。また来週、よろしくお願い致しますね」


「これ、まだやるのかよ!?」



 思わず、死神ちゃんは絶叫して立ち上がったのだった。





 ――――死神ちゃん達が座談会会場から退出するのと同時に、隣の部屋からも人が雪崩のように出てきた。みんな、よろよろと出てきて、ここそこで膝をつき、えずいていた。最後に出てきた受付のゴブリン嬢だけは涼しい顔をしており、死神ちゃんたちに気がつくとニヤリと笑って(みやび)な感じでゆっくりと手を振ったのDEATH。

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