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転生死神ちゃんは毎日が憂鬱なのDEATH  作者: 小坂みかん
* 死神生活ニ年目 *
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第147話 死神ちゃんと司書②

 死神ちゃんが三階の人気修行スポットに顔を出すと、一人の女性が黙々と鍛錬に明け暮れていた。彼女は動きこそ俊敏ではあるものの、いまいちパワーが足りないという感じだった。



「ワンツーエルボ、膝ダック……。ワンツーエルボ、膝ダック……」



 彼女はどうやら、ハムのスクールの生徒のようだった。先日ハムが生徒たちの前で披露していたリズムシャドウボクシングと同じものを繰り返しながら、懸命に汗を流していた。

 しかしながら、やはり俊敏でしなやかではあるものの、パワーに欠ける。僧兵か闘士ではあるらしいのだが、エルフという種族柄、力という面ではどうにも弱い印象があった。


 ひっそりと練習に混じって驚かせてやろうかななどと考えながら、死神ちゃんはぼんやりと彼女の背中を眺めていた。そして、ふと首を傾げた。どこか、見覚えがあったのだ。

 死神ちゃんは彼女の正面に回ると、驚きの声を上げた。



「図書館司書じゃあないか! 久しぶりだなあ! お前、たしか侍じゃなかったか? 何で転職したんだよ?」


「あら、死神ちゃん! お久しぶりね!」



 司書はエルボーのポーズを決めたところで動きを止めると、死神ちゃんに笑いかけた。死神ちゃんはそれを見るなり、「エルボーはもっと、こう」と言い実演をしだした。



「こう?」


「そうじゃない。もっと腰を入れて、こう」


「こう……?」


「そうそう。でもって……」



 彼女が嫌がらない程度に腰や腕にタッチしながら、死神ちゃんはエルボー指南を続けた。しばらくして、キ二人は休憩を取ることにした。壁際に座り込むと、司書はポーチからスコーンと飲み物を取り出した。二つに割ったスコーンの片方を死神ちゃんに手渡すと、彼女は水筒をひと煽りして至福の息を漏らした。



「いっぱい汗を掻いた後の飲み物って、最高に美味しいわよね!」


「それにしても、どうして転職なんか」



 分けてもらったスコーンをもくもくと(かじ)りながら、死神ちゃんは不思議そうに首をひねった。すると彼女は「探しているものがある」と言い、真剣な面持ちでスコーンを口に運んだ。

 何でも、彼女は闘士や僧兵の〈現状、最強の武器〉が本であると聞き、これは手に入れなければならないと思ったのだそうだ。本を愛するものとして是が非でも手に入れ、そして余すことなく読みつくしたい。そう思い、何の未練もなく転職をしたのだそうだ。



「転職って言っても、冒険者としての職を変えるってだけで、リアルに反映するわけではないしね。それに、風魔法や侍特有の間合い詰めの技はきちんと引き継いできているし。――転職したらね、以前よりも力がついてね、重たい図録も台車なしで運べるようになったのよ。おかげさまで、より一層本に尽くせるようになって、もう毎日がバラ色で! 前よりも司書としてのスキルもアップしているし、これで〈暗闇の図書館〉を見つけることが出来たら、きっと採用間違いなしだわ!」


「はあ、そう……。ていうか、その〈本〉がどういうものなのか、お前、理解しているのか?」


「ええ、もちろん! この情報を教えてくれた人はどうやら打撃武器と勘違いしていたようですけれど、本で人を殴るとか冒涜もいいところじゃない!? だって、本は愛で物でしょう!? 読む前はもちろん表紙をうっとりと眺めて、敬愛の念を抱きながらそっと撫でて! それから遊び紙の手触りを堪能してね!? 謝辞はもちろん、目次から前書き、本文、後書きに至るまで! 隅から隅まで一文字も漏らすことなく心の中に刻み――」


「いや、お前の〈本への接し方〉とか、別にどうでもいいから。とにかく、本当は武器ではないということは知っているんだな?」



 話を遮られた司書は不服そうに口を尖らせながらも「ええ」と言った。〈本当は武器ではなく、ただの実用書である〉と知っているのであれば、人間に再現は不可能であるということも知っているはずだ。しかしながら、彼女はその本のために転職をしたのだ。これははっきり言って、無駄ではないのか。

 死神ちゃんが眉根を寄せると、彼女はニヤリと笑った。彼女にとって〈余すことなく読みつくす〉ということは、それが実用書であるならば自分にとって可能か不可能かは別としてその方法を試してみるというところまでが〈読みつくす〉ということなのだそうだ。だから手に入れたときのことを考えて、彼女は迷うことなく転職したらしい。


 当然のことというかのように胸を張る彼女に、死神ちゃんは苦笑いを浮かべた。そして心なしか頬を引きつらせながら、死神ちゃんは言いづらそうに口を開いた。



「でも、その本、たしか凄まじくレアものだったよな? だから、手に入れてから転職すればよかったんじゃあないか? レベルが下がって経験値積み直しの状態じゃあ、アイテム掘りもしにくいだろう」



 司書は目を見開き口をあんぐりとさせると、顔いっぱいで〈しまった!〉という表情を作った。愕然として固まったまま動かないでいる彼女を呆れ眼で見つめ返すと、死神ちゃんは小さくため息をついた。



「そのような本、見つからなくても大丈夫ッ! その証拠に、見せてやろうッ!」



 突如、聞き慣れたくもないのに聞き慣れてしまった男の声が響いた。しかし、広間の入り口のほうに目をやっても男の姿は無かった。次の瞬間、男は司書の腰に手を回し、肩を抱いていた。男――尖り耳狂はしたり顔で司書を見つめて言った。



「どうだ! 俺の尖り耳への愛は、光の速さをも超越するッ! 尖り耳さえあればッ! 本などは必要ないのだッ!」


「はあ? 何言ってるんですか。ノーブックノーライフでしょう。本は絶対必要なんですよ。ていうか、あなた、どなたですか」



 冷たく、吐き捨てるように言い捨てながら司書は尖り耳狂の腕から逃れた。すると彼は「以前、四階の暗闇ゾーンで出会ったことがある」と言い、ニヤリと笑った。



「再会するとは、これは絶対に運命に違いないッ! そうだ、これは運命だッ! さあ、尖り耳よッ! 俺と結婚し――ヘブッ!」



 尖り耳狂が最後まで言い切る前に、司書のワンが決まった。彼女は以前、何も見えない暗がりでセクハラを受けたことを思い出したようで、顔を青ざめさせてツーを繰り出した。そのままエルボー、膝とリズムシャドウボクシングの振り付け通りに尖り耳狂に攻撃を繰り出した。

 諦めることなく、尖り耳狂は立ち上がると司書に抱きつこうとした。それを彼女はダックで(かわ)し、横にスライドしながらパンチを数発お見舞いした。そしてよろけて膝をついた尖り耳狂の膝に乗り上げると、司書は風魔法を纏って勢いをつけながら尖り耳狂の顔面に思いっきり膝蹴りを叩き込んだ。



「おお、決まった! シャイニングウィザード! ――ん? シャイニング? 閃光……?」



 死神ちゃんは握りこぶしを振り上げながら、声援を送った。そして、自分が今口にした言葉が何かに似ているような気がして首を捻った。

 司書は涙を浮かべながら、ぜえぜえと肩で息をしていた。完全にノックアウトされた尖り耳狂を蹴りつけると、死神ちゃんを伴って修行スポットを後にしたのだった。




   **********




 待機室に戻ってくると、権左衛門が興奮気味に尻尾をバタバタとさせていた。



「パワーは物足りないやけど、敏捷さと魔法のコラボレーションは素晴らしかったやか! 彼女はいい戦士になるがで!」


「図書館で一体、何と戦うんだよ」



 死神ちゃんは苦笑いを浮かべてそう言ったが、ハッとして顔をしかめた。――以前、彼女はこう言っていたのだ。「ご利用者様の中には稀にナイフを持ってフラフラしてるような危険な方もいらっしゃる」と。



「そうだった。あいつ、普段から実は戦闘慣れしてるんだった……」


「司書というのは文系仕事だと思っちゅうが、実は歴戦の戦士じゃったがやき……!?」



 権左衛門は「そんなに強いのならば、今度図書館に行ったら司書さんに戦いを挑んでみよう」などということを呟きながらダンジョンへと出動していった。

 後日、借りた本を返しに来た死神ちゃんは一緒に来ていたマッコイとともに、図書館スタッフにじゃれついている権左衛門を必死になって取り押さえたという。





 ――――本は愛で物。そして、図書館ではお静かに。これはどこの世界でも共通のお約束なのDEATH。

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