(9)化石の海からこんにちは
ここは化石の海――その地下にある暗い部屋。
光の届かない空間から話し声が聞こえている。どうやら複数の男たちがひそひそと話し合いをしているようだ。
ばんっ!
扉が勢いよく開かれ、壁にぶつかった金属音が室内に響く。それと同時に話し声が止んだ。
「『ゾイドロ』を見失ったとは、一体どういうことことだ!?」
怒鳴り散らしながら部屋に入ってきた口ひげの男は、みなの視線を集めながら足音を潜める様子もなくずんすんと奥に進む。先にいた部屋の男たちが一様に身体を固くして姿勢を正したので、どうやら入ってきた人間は彼らよりも立場が上なのだろう。
上司らしい口ひげ男が椅子に腰を下ろすのを待って、部屋にいた若い一人が敬礼をして立ち上がる。そして彼の問いに緊張した面持ちで答えた。
「調査班によりますと、日中までは同じ場所での反応があったのですが、夕刻に行った定期確認によると別の場所への移動が発見されたようで――」
「計器の故障ではないのか?」
「はい。他の反応については異常は見られませんので」
「ということは持ち出されたか、何らかの理由で解石されて自分の意思で移動したのか、か……その辺のことはわからんのか?」
「なにぶん、見張りをずっと貼り付けているわけではありませんので……」
威圧的な口調に萎縮しながら、報告をしていた若い男は答えた。
「くっ……運がないな。まさか動物がほとんど発見されていない区域内でこんなことが起こるとは……」
苛々とした感情がありありと出ている独り言。上司らしき男は口ひげを引っ張った後、がりがりと頭を掻いた。
「――それで、今日、その時間より前に化石の海に入った人間はいるのか?」
きつい口調のまま、部屋にいるみなの顔を見て情報を求める。眼鏡の一人が手を挙げ、椅子から立ち上がると敬礼をした。
「はい。ちょうど今は学院の生徒による実地調査の時期でして、前回の定期確認からその時間までに例の場所に到達できそうな人間の絞込みは完了しております」
丁寧ではっきりした説明に、上司らしき口ひげ男は彼を睨む。
「そんな説明はどうでも良い。絞り込めているなら、その一覧を回せ」
「回せ、と仰いますと?」
上司が何を考えているのかわからなかったらしく、眼鏡の男は怪訝そうな顔をして上司を見る。
「我々の手で極秘に回収するんだ。異変が起きたということは、我々が捜し求めている存在である確率はとても高い」
「それはそうかもしれませんが、よろしいのですか? その生徒が本件と関わったかどうかが確定できていないのですが――」
その忠告に、口ひげ男はふんっと鼻で笑った。
「いつもやっているようにすればいいじゃないか。何を恐れる必要がある?」
その台詞に、眼鏡の奥が不気味に光る。
「――では承知いたしました。仰せのとおりに手配いたします」
その返事に満足したらしく、上司らしき男は口の端を上げて他の人間たちの顔を見やる。そして威厳のある声で命令を下した。
「できるだけ傷付けるな。そして、解石されている場合は絶対に殺すな。あの『ゾイドロ』が無事なら、回りがどうなろうと構わん。――いいな?」
「はい」
「了解」
「すべては、石化症撲滅のために――」
返事をすると各々席を立つ。
こうして、広い化石の海のどこかで行われた会議はお開きになったのだった。




