(7)化石の海からこんにちは
むにゅ。
固かったはずの地面が、妙な柔らかさに変わった。
(な、なんだ?)
金槌を振り下ろすのを躊躇し、ルキは縄を当てた地面を揉んでみた。
程よい弾力とふかふかとした感触。手のひらですっぽりと覆えるくらいで、ふっくらと良い感じに丸みを帯びている。
(化石じゃ……ない?)
ぱらぱら……。
地面だと思っていたそれが、徐々に崩れていく。
「えっ……?」
「はぁうぅんっ……あのっ……その手……止めっ……んんあっ」
かすかに聞こえる少女の声。それは地面の中からで――割れて崩れた部分から、顔らしきものが現れた。
「あの……手……どうかっ……」
象牙色の肌の少女は、長い睫毛に涙を乗せて訴える。それを見て、ルキは自分が掴んでいたものに改めて視線を戻した。
「#$%&<>?!」
揉んでいた物の正体にようやく思い至り、ルキは言葉にならない悲鳴を上げて手を離した。
「はぁっはぁっ……」
熱っぽい吐息。地面はすっかり崩れて、少女の上半身が露わになった。
くっきりと綺麗に浮かぶ鎖骨に下着ともドレスとも言いがたい衣裳の肩紐が重なっている。肩幅は狭く華奢な感じがすると言うのに、胸元は谷間がたっぷりあって豊満だ。ルキがさっきまで掴んでいたのはその胸であり、改めて見直して頭痛を覚えたのだった。
「あ、あのっ……」
「な、なんでしょう?」
「私の上、その……退いて……」
指摘されて、ルキは自分が彼女の上に跨っているのに気付く。
「わわわっ!? ご、ごめんっ! ま、まさかこんなところに女の子が埋まっているとは思っていなくって――」
象牙色の肌の少女の上から退きながら告げ、ルキははたと思う。
(埋まって……?)
少女はルキが上から移動したのを確認すると白い岩肌からむくりと上体を起こし、視線をルキの手元に向けた。
「あの……その縄……私、縛る……?」
小首を傾げ、不安げに見つめるその先には長い縄。ネリアを助けるために用意したものだ。
「え? あっ?」
誤解を解こうと口を開こうとしたところで、穴の底から苛立ち始めたネリアの声が響いてきた。
「ルキーっ! 遅いっ! あたしを見捨てて帰る気かぁっ!」
「――そうっ! 俺は今、穴に落ちて身動きが取れなくなった幼なじみを救出する作業中なのだっ! この縄はそのためのもんだ。わ、わかってくれるよな?」
ネリアが不機嫌になりつつあるのを察して、ルキは早口で少女に説明する。
「幼なじみさん、穴に?」
「あぁ。さっきやかましい声が聞こえただろ? 彼女を助けたいんだ」
「そう……わかった」
しばらく思考する時間があって、少女は立ち上がるとその白い手を差し出した。
「この子達、傷付ける、避けたい」
差し出された手の意味するところが理解できなくて黙っていると、少女はルキの傍に落ちていた金槌と釘を見て、再びルキの顔に目を向けた。仮面のように表情は乏しいが、彼女が手伝う気持ちがあって手を差し出してきたことはその仕草でようやく伝わった。
「一人より、二人なら」
懸命に告げる少女に、ルキは縄の端を渡す。
「ありがとう。なら、手伝ってくれ」
こくりと頷いた少女に縄を託し、ルキはネリアの待つ穴に顔を覗かせた。
「今縄を投げる。一応引っ張ってやるが、自分の力でも上って来いよ」
「遅すぎるわよっ! 一体何やってたのよっ!」
むすっと膨れた顔が見上げている。ルキがようやく投げ下ろした縄にネリアは手を掛けた。
(うーん、一体何をしていたかって訊かれるとなぁ……)
何と答えたら良いのかわからない。せいぜい埋まっていた女の子を掘り起こしたとしか言えないだろう。
「ルキっ! 準備できたわよっ! ひっぱってっ!」
あれこれ悩んでいると、再び穴の底からネリアのよく通る声が響いてくる。
「へーいっ。――そおれっ」
縄の端を腰に巻きつけたネリアは、ルキの声に合わせて岩の壁を一歩ずつ登り始める。縄にネリアの体重が掛かって、ルキは幼い頃に彼女を背負って採石場から駆けた日のことを思い出す。
(やっぱり重たいな……あのときの俺、よく走ったもんだ)
あの日から互いに成長した。当時は身長の差も体型の差もほとんどなかったが、今は身長は頭一つ分くらいは違うし、体つきだって全く違う。だからあの時と比較しても意味はないのだけども、ルキはそんなことを思っていた。
(でも、一番変わったのは……)
ネリアは石化症に罹ったあの出来事を境に性格ががらりと変わった。それまではどちらかというとおとなしく、地味な女の子だったのだ。
(――まるで、生まれ変わったみたいに思えたんだ。確かにアレはそれだけの衝撃があったんだが)
あの出来事がなかったら、今自分はここにいないのだろうか――そんなことを考え始めたところで、ネリアが地上に顔を出した。




