(33)君と出会った場所で
「こんな……まさかこれほどの力を秘めていたとは……ふふふ、素晴らしい、素晴らしいよ君たちはっ!」
簡単に逃げ出せるような状態でもないだろうに、様子を見ていたらしい眼鏡の男は懲りた感じのない台詞を吐く。この状況をむしろ喜んでいるようだった。
「少しは黙って反省しろっ! 俺たちは実験動物じゃねぇっ!」
そんな男を眺めて、ルキは自身の額に手を当てる。
(間違ってもああいう大人にはならないようにしよう……)
ふとカリスを見やると、彼女はそれに気付いたらしくルキを見てかすかに笑んだ。そして、手を取り直す。
「ルキ、私、役に立った?」
「あぁ、助かった」
「良かった」
言って、カリスはルキをぎゅっと抱き締めた。
「ちょっ! どさくさに紛れてなにしてんのよっカリスっ!」
「良かった、の、抱擁」
「なっ……」
カリスに言ったところでどうにもならないと判断したのだろう。ネリアの怒りの視線がルキに向けられた。
「ったく、ルキもルキよっ! あんまりカリスを甘やかさないでよねっ! ルキの婚約者はあたししかいないってのを、はっきりさせておいてくんないと困るわ!」
「へいへい」
カリスを引き剥がして手を繋ぎ、ルキは適当に頷く。そして改めて緑の牢屋に閉じ込めた男たちを見た。
「――さて、理事長を探しているんだが、どこにいるのか知らないか?」
ルキの問いに、男たちは何も答えない。眼鏡の男も黙っている。
(む……さすがにこの地下空間を探しに行かなきゃならんか? 学院長によれば、この化石の海の地下のどこかにはいるって話だったが……)
端から端まで移動するのに数日は要するといわれている化石の海を当てもなく彷徨うのは愚の骨頂だろう。しかし情報が少なく、シエルでさえもその全容は把握しきれていないのだと言う。
情報を失い、困っているルキの耳に近付いてくる足音が入る。
「しっ……」
ルキは二人に指示を出し、音が聞こえてくる場所を探る。三人の視線が重なった。
「――おやおや。いつもと違う反応があるからと見に来てみれば――派手にやられたものだな」
地下空間。その奥に立つ黒っぽい衣装に身を包んだ男が朝陽の下に現れた。口ひげを撫でながら喋る様子には見覚えがある。アナニプスィ学院理事長コーメイだ。
「理事長、ですね?」
「あぁ、そうだ。君たちは――アナニプスィ学院の生徒か。そっちのお嬢さんは特待生のようだね」
ネリアの胸元に輝く宝石を見て、コーメイは告げる。
「そしてそちらのお嬢さんは『ゾイドロ』か。実に興味深いな」
コーメイの目は値踏みをするようにルキたちを見ている。ルキの背筋を冷たいものが走った。
「実に興味深いって――」
「えぇ、とても興味深い実験動物だよ、君たちはね」
カチャリ。
「なっ……」
ルキはコーメイの手の中に現れた拳銃を見て戦慄する。ネリアも驚いたらしく、身動きせずにごくっと唾を飲み込んで固まっている。カリスもそれが危険なものだと察知したらしい。握る手に力をこめていた。
「人殺しはしたくないのでね、これは麻酔銃だ。下手なところに当たらなければ命を落とすこともない。優秀な研究材料になる可能性がある君たちを殺すだなんて惜しいことはしたくない。だから君たちには、ここの地下でずっと残ってもらうことにしよう」
「そんなっ……」
思わず声を漏らしたのはネリア。衝撃で身体の自由が利かなくなっているらしく、逃げようにも足が震えて動けなくなっているようだ。
対して、ルキは――。
(――あれが麻酔銃である保証もないよな)
流れ始めた汗を拭う余裕のないまま、ルキは必死に思考する。眼鏡の男が代えはいくらでもあると発言していたことを思うと、コーメイの台詞を信じられない。
(ネリアとカリスだけでも逃がしたい。だが……)
思考をめぐらせるが手詰まりだ。
「さぁ、まずは威勢のいい君からはじめようか?」
銃口がルキに照準を合わせる。
(いや、待てよ。俺にはこの力があるじゃないか)
あまりこの力に頼りたくはないが、ルキにしかできないことだ。消耗しているネリアに頼ることもできないし、すっかりおびえてしまっているカリスを戦わせるわけにもいかない。
(俺しか、できないんだ)
決意を固めると、ルキは意識を集中させる。ただじっと、その銃口に目を向けて。
(引き金を引く直前なら――)
体中を巡る瘴気をかき集め、向ける先はコーメイの構えた銃。
(機会は一度)
ルキは賭けるしかなかった。
「おやすみ、良い夢を」
「散れっ!」
コーメイが引き金を引くのと、ルキが瘴気を放ったのは同時だった。
「な?!」
ルキとコーメイの間に突如出現した巨大な光の魔法陣。それに目が眩んだのだろう。銃口がわずかにあがり、弾は後方に流れる。
「ふざけおってっ!」
二射目――引き金は引かれたはずだったが、弾は発射されなかった。
「ば、ばかなっ! こんな……」
引き金は引きたくても引けなかった。石に変わり、固まってしまったのだから。
「まだ、続けるか?」
ルキは額に汗を浮かべたまま、片手をコーメイに向けた。白い魔法陣が既に展開され、その発動の時機を待っている。
「場合によっては、俺はあんたの腕ごと石に変えちまってもいいんだぜ?」
「ひっ……き、君たち、私にこんなことをして良いと思っているのかっ!? 解石師になりたくはないのか?」
(往生際が悪い……)
ルキはため息をつく。何事かを喚き散らしているが、ルキの耳には入らない。
「……カリス。こいつも檻に入れといてくれないか?」
「……うん。わかった」
カリスも呆れたらしく、ルキの指示にすぐに頷くと魔法陣を展開させた。すぐにコーメイも他の連中同様に閉じ込められる。
「これでおしまいっと」
ルキはほっとするとその場に腰を下ろした。集中力の限界だ。
ふと空を見上げると、すっかり青くなった空に一つの影が見えた。
「おーい、ルキ君っネリアちゃんっ! 無事かー?」
「迎えに来たわよー」
懐かしい男性の声と、よく通る女性の声。目を凝らすと、翼を持った大きな獣の上にユートとシエルが乗っているのがわかる。
「ユートさんっ! こっちですっ! みんな無事ですよっ!」
疲れているけれど喜びが溢れたルキの声が、白い大地に響き渡った。




