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解石魔術と石の乙女  作者: 一花
* 6 * 君と出会った場所で
32/34

(32)君と出会った場所で

(早いっ!)


 ルキは外套を翻し、カリスを相手の視界から隠すように手を引いて後方へ大きく飛び退く。


 眼鏡の男はルキたちの脇を通り抜け、かと思うと機敏に反転。手を伸ばしてくる。さらにその手には白い光の魔法陣。


(何か来るっ!)


 初手をかわしきれたと思っていたが、ただの接近ではなかったようだ。男の手の中から蔓が触手のように伸び、襲い掛かるっ!


 しゅるるっ!


(この蔓……)


 ネリアの部屋からの脱出の際に使ったものであるとすぐにわかった。動作に無駄がなく、使い慣れているのがわかる。


(まずい、このままじゃ避けきれない)


 近すぎる。せめてカリスだけでも――そう思ったとき、地下に差し込む光に影が生まれた。


「いっけぇぇっ!」


 ほぼ頭上から響き渡る少女の声。


 パチンッ!


 軽く弾かれるネリアの指。それと同時に解放される巨大な力。


 ボゥンッ!


 これまで感じたことのない風圧。


 風の力を利用して、ルキはカリスとともにさらに後退する。


 砂煙が徐々に晴れて現れたのは緑色の牢屋だった。


「まさか二人して地下に誘導されるとは思っていなかったから、一瞬焦ったわよ」


 降り立ったのは外套を揺らすネリアだった。


「危機一髪、だな。助かったよ」


 赤い杭の立つ区域は植物の化石が多い。それらのすべてを解石したらどうなるか。


 シエルは作戦として、敵が攻撃しようとしたときに地面で眠っている化石たちを起こすことを提案した。さすがにアナニプスィ学院に長く所属しているだけあって、化石の海の生物分布を熟知している。幸いその場所には動物が少なく、巨木が多い地域。そこならば多少派手に解石しても問題ないと、許可を出してくれたのだった。


「……さすがにこの規模だときついわね……次は出せないわよ?」


 額にできた大粒の汗を手の甲で拭いながら、ネリアは緊張した面持ちで眼鏡の男が納まっている牢屋を見つめている。


(人間を囲みこむだけの植物を一気に解石するとなると、さすがにきついか)


 息がわずかに上がっていて、消耗が窺えた。それでも念のため警戒は解かず、次を放つ準備を始めているネリアには頭が上がらない。


「悪いな、ネリア。この借りはいつか返す」


「何言ってんの。これは裏庭で助けてくれたときのお礼なんだからね。ありがたく受け取っておきなさい」


 きらっ。


 ルキは視界に一瞬だけ入った不自然なきらめきに反応して、ネリアの手を大きく後ろに引っ張る。


「え? あ? ちょっとっ!?」


 体勢を崩したネリアはそのまま引きずられてカリスのいる後方へ。


 ルキはネリアの盾になるように素早く移動。


「お前は少し休んでろ」


(ネリアみたいに使えりゃ良いんだけど――)


 解石魔術を使うのに補助魔法陣を必要とする自分の能力の低さに心の中で悪態をつきながら、つま先で地面に簡略した魔法陣を描く。化石にするのは簡単でも、その逆を行うのはあまり得意ではないのだ。


「小賢しい真似をっ!」


 どうやらここにいる敵は一人だけではなかったらしい。植物の牢のさらに奥から声が聞こえ、光を反射させながら何かが飛んでくる。


(小刀かっ!?)


 動揺している場合ではない。完成した魔法陣を中心に瘴気の流れを変える。


「俺をなめんなっ!」


 足元の魔法陣に光が走る。浮かび上がる複雑な図形。


「解放っ!」


 ルキが叫ぶと同時に、地面から巨大な樹木が生えてくる!


 ガガガッ!


 樹木の肌に何かがぶつかる音が数回。


(悪い、不本意な使い方しちまって……)


 盾にしてしまった太い樹木に詫びる。しかしゆっくりしていられるほどの余裕はない。


「小癪なっ!」


 解石した樹木によって視界が阻まれて相手の姿は見えない。しかしその声には聞き覚えがあり、その相手が昨晩腕を石に変えてしまった男であることに気付く。


(厄介だな)


 殺意むき出しの気配に、ルキはネリアとカリスの二人を見る。


「カリスを連れて逃げろ、ネリア!」


「ばかっ! あたしに見捨てろって言うの!?」


 次の魔術に備えていたネリアはルキの台詞に文句つける。


「状況を悟れ! 敵が増えてんだよ!」


「え?」


 瞬時に暗闇から伸びてきた蔓。それは二方向から三人を狙う。


(小刀は陽動かっ!?)


 何の準備もしていない。この状態ではルキも、ネリアにしても解石魔術を使用することはできない。


(くそっ……ここまでかよっ!)


 ルキがある種の覚悟を決めたとき、カリスが驚くべき行動に出た。


「ルキっ」


 庇っていたはずのカリスがルキたちの前に盾となるように手を広げて立ちふさがった。


「カリスっ!?」


 みるみるうちに蔓が纏いついてゆく。


「これでまず一人だな」


 陰から一人が現れて、その黒尽くめの男が余裕ありげに言葉を漏らす。しかしそれもつかの間、次の瞬間彼は一気に後退した。ルキたちから間を取っている。


「な、何をしたっ!?」


 驚愕が伝わる声。


「こんなの、彼ら、望まない」


 カリスに纏いついていた蔓が解け、それどころかカリスの手の中に収束していく。それはさながら時間を巻き戻しているかのようで、気付けば彼女の手の中に小さな粒となって存在していた。


「あなたたちは、私の、敵」


 小さな白い魔法陣が次々と高速展開をする。それは退避したはずの男の周囲に現れ、さらに姿が見えないはずのもう一人もその魔法陣が放つ光で明らかにする。


「なっ」


 回避を試みて動き出したようだったが、魔法陣も彼らの動きに合わせて移動する。すでに手遅れなのだろう。


「くそっ!」


 解石魔術の発動。それに伴い、男たちの足元に眠っていた植物たちが次々と目覚める。草やら木やら蔦などが絡まって、瞬く間に緑色の壁を形成した。


「しばらく、反省」


 様々な植物によって作られた檻の中に新たに現れた男たちはすっかり閉じ込められてしまった。


「石に変えること、可能。だけど、それはしない。永い眠り、つらい。そこまでは、したくない。することは、できない……」


 告げて、カリスはそっと瞳を伏せた。


(カリスもつらいんだよな……)


 久し振りに目覚めたと思ったらこんなごたごたに巻き込まれてしまった――そんな少女のことを思うと、ルキは心の奥が軋む。


(こんなのを、彼女には見せたくない。俺ができるなら、石化症を完治させる方法を見つけて根絶し、彼女の自由を取り戻してやりたい――いや、ここに眠る、理不尽な理由で化石になることを運命付けられてしまったすべての者たちの未来を、俺は取り戻してやりたいんだ。ネリアが、戻ってこられたように)


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