(30)告白
「な、なんかまだ疑われているみたいね。先生を信じられない?」
「何故、そこまで詳しいんですか? 普通科の出身なんですよね?」
ルキは警戒しながら問う。相手からは友好的な空気が伝わってきているのだが、どうにも信用できない。自分だけならとにかく、後ろにネリアが、そして近くの寝台にはカリスがいる。その二人を守れるのは自分しかいない、ルキはそう思うとより慎重にならざるを得ない。
「なるほど、そういうことね。――『ゾイドロ』って名づけたのはわたくしの父よ。研究の第一人者でもあるわ。その傍でいつも父の研究を見てきたの。それなら信じてくれる?」
「名付け親は理事長……」
つぶやいて、ルキは思考する。
(どういうことだ? やっぱり、学院長は黒尽くめの連中の仲間じゃ……)
警戒を緩めないルキの様子に気付いたらしく、シエルは小さく肩を竦めて続ける。
「まだ疑いは晴れず、か。――じゃあもう一つ明かしておくわ。わたくしが学院長に就任することにしたのは、父の暴走からこの学院を、いえ、生徒たちを守るためよ」
シエルの物言いには迷いがなく、芯がしっかりしていた。嘘や冗談であったり脚色して言っているようには感じられない。
「……えっと……どういう?」
戸惑いの声を漏らすルキに、シエルは真面目な顔をした。
「おそらく君たちを襲ったのは、父の研究に付き合っている人間たちよ。父は『ゾイドロ』を研究することで、より石化症を明らかにしようとしているの」
「でも、それは正しいことじゃ――」
ルキの台詞をシエルは首を横に振って制した。
「父は石化症を使って、巨額の富を手に入れようとしているの。石化症を自在に操作することで、この世界の経済や社会を動かすことができると考えているのよ。だから、自分の私服を肥やすための手段は選ばない。都合が悪ければこの学校の生徒にも手を出すし、治療目的ではなく研究のために解石魔術を使うの。わたくしはその使い方は間違っていると思うし、生徒の未来をそんなことのために奪うだなんて許せないのよ。――だから、君たちを守りたい気持ちに偽りはないつもりだし、手を貸してあげたい。この気持ち、わかってもらえないかな?」
懸命に訴えかけてくるシエルを見て、ルキは視線をネリアに向ける。
「……どう思う?」
「どう思うって……あたしはただ、あたしたちだけじゃどうにもならない事態なんじゃないかって思っているところなんだけど」
戸惑いと不安な気持ちが強く出ているネリアの台詞に、ルキは同意して頷く。
「だな。俺もそう思っていたところだ」
告げて、ルキはシエルに視線を向けた。
「――学院長、会って欲しい人がいるんですが、良いですか?」
「会って欲しい人?」
急に話が変わったからだろう。シエルはきょとんとして首を傾げる。
「俺と同じ『ゾイドロ』の女の子ですよ」
いいよな、とネリアに確認を取って彼女が頷くのを確認。そしてルキは寝台に近付き、毛布を剥ぐと真っ白な石の手を取った。
ぼんやりと放たれる白い光。それは幾重にも広がる小さな魔法陣。
「彼女は俺がうっかり見つけてしまった化石の少女だ。カリスって言う」
「ん……ルキ? おはよ」
状況がよくわかっていないらしい。きょろきょろとしたカリスはルキを目に入れるなりぴったりとくっついた。
「ちょっ……カリス、少しは空気を読め」
「私、ルキに、捨てられたかと、思った。寂しかった……」
「って、夕方に会ったばっかじゃねーかっ!? まだ一晩も経ってないしっ」
「離れる、嫌、怖い」
「わかった、わかったからちょっと離れろ。手は握っていていいから」
すりすりとしてきたのを何とか引き剥がし、手を握らせてほっと落ち着く。
「こほん」
わざと咳をして意識を切り替える。ふと視線を向けた先にいるネリアの背景に、怒りの炎を感じ取ったルキだがあえて見なかったことにした。
「――で、どういうわけか、俺がカリスに触れている間、または俺から離れてしばらくの間は彼女は動けるんですが、そのままにしていると化石に戻っちまうわけでして。試しにネリアに解石魔術を使ってもらったんですが効果はなし。俺が触れている間限定ってことのようなんです」
その説明に、シエルは自分のあごに片手を当ててふむとうなった。
「こんな症例、初めて聞いたわ。どういう原理なの?」
「いや、それはどうにもわからないもので。カリスによって石化された部分ならどこに触れても解石することは可能みたいですけどね。ネリアが触っても変化はないんですよ」
何の話なんだろう、そんな顔をしているカリスの顔が視界に入る。不安げと言うより、状況を把握できなくて思考停止しているような雰囲気だ。
「なるほど……これを知ったら、父は君たちをさぞかし欲しがるでしょうね」
「えぇ。早速呼び出されてます」
「む……それは厄介ね」
眉間にわずかにしわを寄せる。本気で取り組もうとしている様子に、ルキはやっとシエルを信用してみようと思えた。
「それで学院長――いえ、しーちゃんにお願いがあるのです」
学院長と口にして睨まれたため、ルキはすぐに言い直す。シエルは首をかしげた。
「何かしら?」
「俺たちに、理事長の野望を打ち砕く手伝いをさせてはいただけませんか? とにかく俺は元より、カリスを実験台にさせたくはない。彼女にも普通の暮らしをさせてやりたいんです。お願いします」
ルキはシエルに勢いよく頭を下げる。
(このまま狙われ続けるだなんてまっぴらごめんだ。ネリアを巻き込むのも、もってのほか。どうにか、どうにかしなくちゃ……)
「――わかったわ」
返ってきた台詞に、ルキは喜びで溢れた笑顔を上げた。
「わたくしにできることは少ないかもしれないけど、作戦会議といきましょうか。でも、ここじゃ色々と問題があるから移動しましょう。わたくしについてきなさい」
こうして、真夜中の作戦会議の開催が決まったのだった。




