(3)入学式の朝に
アナニプスィ学院に響き渡る鐘の音。予鈴だ。
「「あっ?!」」
はっと我に返ったルキとネリアが辺りに目をやるとすでに生徒の姿はなかった。
「やばいっ! 本当に遅刻になっちゃう!」
「ったく、お前にさえ会わなけりゃ、こんなに慌てなくて済んだはずなのに!」
ルキは急いで走り出す。
「あたしのせいにしないでよ! そもそも、あんたがこんなギリギリの時間に登校してこなけりゃ、余裕があったんでしょうがっ!」
ネリアはルキを追うように走り出す。
「俺を待たずに先に行けば良かっただろうが!」
「バカッ! 今までだって入学式や卒業式は一緒に行っていたでしょ!」
「んなことにこだわるなよなっ! もうガキじゃねぇんだし!」
「こだわるわよ! 入学式だって卒業式だって、一緒に行ける回数には限度があるんだからね!」
「そんなにそれが大事なことかよ?」
「そういう行事の想い出は、こんな特待生のしるしよりもよっぽど大事でキラキラしてるもんなのっ!」
「けっ。わからねぇなっ! 俺はそこに価値は見い出せねぇ」
「一生に一度しかないのよっ! 大事だと思わないあんたのほうがおかしいわよっ!」
「さっぱりわからねぇな。特待生サマ方の考えなんて、育成科試験で補欠になって結局普通科に入学するような半端者には理解不能ですよーだ」
「そこっ! いつまでも拗ねないっ! 男でしょ? ガキじゃないんでしょっ!」
「やっと離れられるかと思ったのに同じ学舎であることを呪っているんだよ!」
「うわっ。こんな美少女に言い寄られているのに、それを幸福だと思わないわけ?」
「自分で美少女とか言っちゃうヤツを美少女とは認めない主義なもんで」
「何? あんた、ブス専だっけ?」
「変な言い方しながら叫ぶなっ! 俺の美的感覚に一致しないだけだろ!」
「ボンキュッボンよりもスットントンのほうが好み?」
「そういう話じゃねぇだろっ!」
その台詞に、ルキはネリアの容姿をつい思い浮かべ、頬を赤らめる。実際、ネリアは出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるメリハリのある体型だった。
「うっわ、やらしーっ。朝っぱらから何を想像したのかしら?」
そこをすかさずネリアが指摘する。
「その台詞をお前が言うのかよっ! 元はと言えばお前が振ったネタだろうが!」
「言う、言いますぅ! 想像しろとは言ってませんもんねー! ……って、きゃっ!」
他の場所に気を取られていたからだろう。ネリアは躓いて盛大に転んだ。スカートがひらりとめくれて下着がチラリと見え、間もなく砂埃の中に消える。
「いったーいっ!」
「ったく、何やってんだよ」
一応立ち止まり、ルキはネリアを見下ろす。
「何やってんだよ、じゃないわよっ! こういうときはすかさず手を差し伸べる場面でしょっ! 美少女が転けていたら「大丈夫か」とか言って手を差しのべる、これって礼儀でしょうがっ!」
ブーブー文句を言いつつもネリアはすっくと立ち上がり、パタパタと制服の裾を直している。
「お前なら一人で立ち上がれる」
言ってルキは親指を立てる。
「だいたい、お前は俺よりもたくましい」
「うれしくないっ!」
「いや、誉めてないし――あ」
そこでルキは台詞を止める。ネリアの前に行くとすっとしゃがみこみ、ポケットからハンカチを取り出す。
「ネリア、お前、血が出てるぞ」
左ひざをすりむいたらしく、彼女のひざが赤く染まっていた。
「た……大したことないわよ」
「自称美少女には優しくない俺だが、けが人と病人には優しくしろっていうのが俺の尊敬する人の教えだからな」
言っててきぱきとネリアのひざにハンカチを巻いて手当てをする。
「む……」
「――しかし、おぶって走れるほどの体力が俺にはない。手ぐらい引いてやるから走れ」
ルキはぶっきらぼうに手を差し出す。
「ばか……一人で走れるわよっ」
頬を赤らめてむすっとすると、ネリアはその手を払う。
「会場まで競争だからねっ」
「はいはい。――ったく、素直じゃねぇなぁ」
いつものやりとりがあって、仲良く会場に向かって走り出す。まもなく、入学式が始まろうとしていた。




