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解石魔術と石の乙女  作者: 一花
* 4 * それぞれの分岐点
25/34

(25)それぞれの分岐点

「ネリアから離れろっ!」


「ルキっ!」


「ちっ……」


 一時停止。眼鏡の男はあからさまにわかるように舌打ちをした。


(どう動くのが得策か……)


 眼鏡の男とネリアの二人の距離は手を伸ばせば届くくらいだ。ルキが直接触れられる距離に近付くには大股で三歩ほどだろうか。


(カリスが見えないな)


 視線はできるだけ変えずに注意のみをわずかに動かす。寝台の上が不自然に盛り上がっているように見えるところからすると、カリスはその中なのだろう。


「――二対一だが、どうする?」


 ルキは眼鏡の男に問う。


 眼鏡の男の注意がルキに向けられたのに合わせ、ネリアは目で寝台を指した。カリスの居場所を指しているのだとルキは察する。


「いやぁ、面倒ですね」


 ルキの問いに、間の抜けた口調で男は告げた。


「僕はあまり戦闘が得意じゃないんですよ。身体を動かすことよりも、頭を使うことの方が得意でして。――こんな感じに」


 すっと男が移動したかと思うとネリアの後ろに回りこみ、彼女の首に腕を回した。


「うそっ……」


 あまりにも滑らかに動くので、反応に遅れてしまった。ネリアは焦ってもがくが、その腕も男によってあっさり封じられてしまう。


「化石の回収は確かに重要なのですが、僕は彼女に秘められた力のほうが興味深い。――それにね、完全に化石になったものを回復させることが難しいことくらい僕も知っていますよ、お嬢さん。僕だって、解石師ですからね」


「なぬっ!?」


 ルキもネリアも、眼鏡の男の告白に驚きを隠せない。


(解石師が……なんで?!)


「おや。これほど驚かれるとは思いませんでしたよ」


「な……なんで解石師なのにこんなこと……」


 やっとのことで声になった疑問。ルキの台詞に、眼鏡の男は肩を竦めて見せた。


「研究のためですよ。治療も大事ですけど、根本的に治すには研究は必要不可欠。そしてその研究を行うには莫大なお金が必要だ。さらに、研究費用をもらうためにはたくさんの申請書が必要で、それが必ずとも通るとは限らない。――ですから、自分が好きな研究をするためにはこういった活動も必要なわけです。ご理解いただけましたでしょうか?」


 偽っているようには感じられない素直な口調。当然と言わんばかりの堂々とした話し振り。


 しかしだからと言って納得できるかといったらそうではない。


「あんたは……今目の前で苦しんでいるやつがいたとしても、それを見捨てるって言うのか……?」


「えぇ。場合によっては。大儀をなすためなら、多少の犠牲は付き物ですよ? まだ若い君たちにはわからないことでしょうけど」


「犠牲……多少って、そんなのおかしいだろ」


 ルキの握った拳が震えている。


「助けられるものとそうでないものを冷静に判断して分けているだけですよ。全部救おうとして、全部失うよりはマシだ。そうは思えませんか?」


 冷ややかな男の台詞に、ルキの中の何かがぷつりと切れた。


「俺は――俺は全部救う努力をして、全部救ってやるっ!」


「だから、それは現実的じゃないと――」


「うるせえっ! 現実がどうとかじゃねぇよっ! やれることがあるのにやらないだなんて、そんなの諦められっかっ! ネリアを返してもらうぞっ!」


 全身を駆け巡る瘴気を一つに束ね、ルキは男の眼鏡を狙って力を解き放つ。白い光の魔法陣がネリアの頭の傍に展開する。


「この魔法陣――」


 男が気付いたらしく、発動する前に動く。


「ルキっ」


 ネリアが男の腕が緩んだ瞬間を狙ってルキに向かって駆ける。彼女を抱きとめると、ルキはネリアと男の間に立った。


 男は掛けていた眼鏡を外して投げた。外した瞬間から眼鏡は石に変わり、そして砂に変わって風の中に消える。


「はぁ……はぁ……」


 わずかに息が上がる。それを隠すようにルキは続ける。


「これで、少しは改める気になったか?」


「正直、驚きましたよ。君は特殊体質保持者のようですね。最初の症例患者と同じ『ゾイドロ』ってことですか」


(ゾイドロ……?)


 男の話していることに思い至らない。


「ルキ君、でしたっけ? ゾイドロの化石を解石したのは君だったのですね。僕はてっきり特待生の彼女がやったのだとばかり思っていたのですが」


「あんた、何の話をしているんだ?」


 昂揚した様子で饒舌に語る男に、ルキは問いを投げる。


「ふふふ……まさかこんなところで出会えるとはね。ゾイドロたちを発掘するよりも手っ取り早い」


「だから、何の話をしてるんだ?」


 自分の世界に入ったまま帰ってきそうにない男に、ルキは苛々した様子でもう一度問い掛けた。


 男は笑い続けたままようやく答えた。


「今日は出直すことにしますよ。その問いの答えを知りたければ、君がゾイドロを見つけた場所に来なさい。君が連れて帰ったゾイドロとともにそこに来たら、教えてあげますよ」


 そう告げると、男はルキたちがいない窓の方に移動しそこから飛び降りた。


「ちょっ……ここは三階――」


 ルキは慌てて窓から下を見下ろす。しかし男は無事に着陸していた。窓の端に丈夫そうな蔓が付着し、地面まで延びている。


(解石師ってこんなこともできるのか)


 その蔓に石化症特有の斑点が浮かぶのを見て、ルキは再び地面に目を向ける。男の姿はもう見えなかった。

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