(24)それぞれの分岐点
近道らしい近道はない。ただ走りやすい道を選んでたどり着いた育成科女子寮は妙な静けさに包まれていた。
(夜間の女子寮に忍び込むのって……ちょっといろいろまずいんじゃねぇ?)
一瞬だけ躊躇したルキだったが、まずは正面玄関に向かう。鍵が掛かっていたら中に入る方法を考えねば――そう思って近付いたのだが既に先客がいたようだ。鍵が壊されているのを見て、ルキは廊下を走った。夕方に一度ネリアの部屋には入っている。
(三階の角部屋だったよな)
特待生に与えられた特別な部屋。場所は覚えているので迷うことはない。
(間に合えよ、俺)
足音を忍ばせての移動は難しく、わずかに音が廊下に響く。
階段を駆け上ってたどり着いた目的の場所、そこの扉はわずかな隙間を空けて開いていた。
ルキはそっと中の様子を窺う。
「――なんのこと? ってか、あんた、あたしの部屋を荒らした犯人でしょ? やらしいわね」
「知っている情報を吐けばいいんですよ。そしたら危害は加えないと約束しましょう」
挑発するかのようなネリアの台詞。しかしそれには動じない眼鏡の男の声。二人の立ち位置は見えないためによくわからないが、対峙しているらしいことはわかった。
「んなこと言われても信用できないし。それに、あたしが化石の海から持ち帰ったものは授業の課題として提出済みよ? だからここにはないんだけど」
ネリアが言うのはある意味真実だ。彼女は化石の海で課題用の化石を持ち帰り、それを提出しているはずだった。
「あんな小さなものではありませんよ。もっと――そうだな。君と同じくらいの大きさのものです」
やんわりとした口調での交渉。眼鏡の男の声はとても穏やかだ。
「あたしと同じ? ちょっと、よく考えてみなさいよ。こんなか弱そうなあたしが、自分と同じ大きさの化石を持ち帰れるだなんて本気で思ってるの?」
相変わらず馬鹿にするような調子でネリアは問う。だが、彼女の台詞にはルキにしか感じ取れないだろうわずかな焦りが滲んでいた。
「そのために誰かを連れて行ったのでは?」
その問いは明らかに情報を引き出そうとしているものだ。ルキは自分の名前が出るんじゃないかと想像しながら、ネリアの返事を待つ。こんな状況だ、別に明らかにされても仕方がない。
ところが、ネリアはその問いにふっと笑って続けた。
「悪いけどあたし、友だちいないのよ。化石の海へは一人で出かけたの」
しれっと彼女は嘘をついた。
(あいつ……)
ルキを守るため、その思いが伝わってきて歯がゆい。
「ならば、解石して連れて帰ったのでは?」
ねっとりと纏わりつくような声での問い。どうやら彼はカリスがどんな状態なのかにより興味があるらしかった。
(なるほど。カリスを探すといっても、さっきのヤツと違ってがっついてこないのはそういうことか)
その問いに、ネリアははぁんっと鼻で笑った。
「やすやすと言ってくれるけどね、自分と同じ大きさの化石を解石するのって結構大変なのよ? それこそ技術も魔力も必要で、術者の危険も伴うものなの。場合によっちゃ、化石に貯められた瘴気が術者に流れ込んできて、逆に石化症を発症してしまうかもしれないわけ。見習いであるあたしが、そんなことできると思う?」
解石することが可能か、そしてそんな危険を冒そうとするか――その二つを否定するための台詞。ネリアのはっきりとした説明は、学校で習うことであり、ユートが二人に何度も説明した基本的なことだ。
そのネリアの問いに、眼鏡の男は静かに返す。
「なるほど。特待生である君なら可能かと思っていましたが、そういうものでもない、と」
「石化症についての知識においては解石師は専門家でしょうけど、何でも治療できる魔法使いじゃないの。残念だけどね」
聞き覚えのある台詞だ。それはユートが口を酸っぱくして言っていた台詞で、ネリアもちゃんと覚えていたようだ。
「ふむ……ならば、それが本当かどうか確かめましょう」
「え、なに?」
カツンカツンという靴の音が響く。ネリアの戸惑う声。
「ちょっ、近付かないでよっ!? 変態っ! 痴漢っ!」
(まずいっ)
ルキは扉を開け放った。




