(23)それぞれの分岐点
――ガサゴソ。
「んっ……?」
急に冷たい風が入ってきて、物音が聞こえる。夢から覚めたルキはうっすらと目を開ける。
(あれ? カリスが起きたのか……)
同じ寝台の隅っこですやすやと眠っている普段のカリスを思い浮かべ――。
(違う、カリスじゃない)
ルキは思い出した。ネリアの部屋が荒らされて先生にそのことを報告し、部屋を片付ける要員としてカリスを預けたことを。カリスが寂しげにしていた様子が脳裏をよぎる。
(じゃあ、何が――)
寝返りを打つ振りをして、音が聞こえてきた窓の方に頭を向ける。
紗幕が開いていた。月影に照らされているのは二人の人物。両方とも背は高く、がっしりとした体躯。身体にぴったりとした黒っぽい衣裳をまとっている。顔のほとんどを布で隠しているが、その体型からはおよそ普通科の生徒には見えない。
(何者だ? こんな夜更けに……)
「――本当にここなんだよな?」
影の一つが小声でもう一方の影に問う。
「女生徒のところにはありませんでしたからね。同伴していたとの情報が正しいなら、こっちにあるんじゃないでしょうか?」
(女生徒、だって?)
ルキは足音に注意しながら、耳を傾ける。彼らが話しているのはネリアのことだろうか。
「ったく、普通科の人間が気安く化石の海に入るなっつーの。探すのに手間取ったぜ」
「しっ。あんまり無駄口を叩かないで。他の連中に気付かれます」
「気付かれたって構いやしねーだろ。――んじゃ、手っ取り早く本人に聞いてみようぜ。上の奴らは待たせすぎておかんむりだ」
近付いてくる足音に、ルキは両目を閉じて眠っている振りをする。被っていた毛布に手が掛けられたのがわかった。
ばっ。
引き剥がされる瞬間に合わせ、ルキは素早く起き上がると寝台の外に着地した。
「――あんたら、なにもんだ?」
寝台を挟んで対峙する。この距離ならすぐに手は届くまい。
「ちっ……起きていたのかよ。良い子は寝てる時間だぜ?」
舌打ちをすると、男は握っていた毛布をその場に落とした。
「あいにく、起こされたんだ。窓から入ってくる風で、な」
視界に二人の男を入れる。
「今夜の風は冷たいからな」
正面の男はそう答えるとじりっと間合いを詰めるべく摺り足で半歩ほど迫る。
ルキもそれにあわせて半歩下がる。これ以上下がると壁だ。
(――さて、どうしたもんかな)
脱出路として使用できそうな廊下へ続く扉は正面にいる男が邪魔だ。また、外に繋がる窓はもう一人の男が立っていて押さえられてしまっている。
(助けを呼ぶなら、大声を出してってところか)
そうは思えど、ルキはすぐにそうしなかった。彼らの話が気になったからだ。
(苛立っているふうだったから話の主導権を握れるかと思ったんだが……)
会話を続ける気はないらしく、攻撃的な視線が向けられたまま動かない。
「――で、まだ俺の問いに答えてもらっていないんだが。あんたら、何者なんだ?」
一挙手一投足、その動きを見逃すまいと正面の男を観察しながらルキは問い掛ける。すると男は肩を竦めて笑った。
「答える必要はないね」
(だろうな)
端から答えなど期待していない。ルキは次の質問に移る。
「じゃあ、何の用だ? さっき女生徒がどうのって言っていたが、育成科の女子寮で騒いでいたあれをやったのもあんたらなのか?」
あえてネリアの名前を伏せる。ここで関係性を語るのは得策ではないと判断したのだ。
(探すのに手間取ったとか言っていたしな……さぁ、どう出る?)
「もうそんな噂になってるのか」
返ってきた答えはそれで、正面の男は寝台を飛び越えて一気に間合いを詰めてきた。
「くっ……」
逃げ場がない。避けることができず、ルキは完全に壁と男に挟まれた。窓に近い右の壁に手を置かれてしまう。
「用件を教えてやる。――化石の海から持ち帰ったものをこちらに渡せ」
(持ち帰ったもの、だと? ――そうか)
彼らが何を探しに来たのか、何を探していたのかの見当がついてきた。
「なんのことだ?」
ルキは表情に出さないようにしれっと問いで返す。
「しらばっくれるなよ。お前が化石の海に行ったことがあるのは知っているんだ」
「何言ってんだ? 俺はまだ普通科の生徒なんだぞ。育成科じゃないのに、化石の海に入れるわけがないだろ?」
カリスに関したことだろうとそうでなかろうと、ルキにとっては隠しておきたい話だ。否定してごまかすことを選択する。
「あくまでも、その件については否定するか」
「行ってないところから何かを持ち帰るのはできないからな」
「――じゃあ、女生徒のほうに直接聞いてみましょうか」
ドクン……。
声は窓際の方。一つ大きく脈打って、ルキの視線がもう一人の眼鏡の男に移る。
「その反応からすると、女生徒は知り合いのようだな」
「知り合いなのかどうかはわからんが、こんなふうに寝込みを襲われたらさぞかし嫌だろうなと想像しただけだ」
名前も出ていない。まだ確証は得られない。
(落ち着け……落ち着くんだ、俺)
この流れだとルキを狙った男たちはすぐにネリアの元へと向かいそうだ。今彼女の元に行かれたら、カリスが見つかってしまう。彼らの目的はわからないが、カリスをよくわからない男たちに引き渡すつもりは毛頭なかった。
ルキが平静を装って答えると、正面の男はくすっと笑った。
「おい。こっちは任せろ。お前は女生徒のところに行って来い。ちまちま探すよりはそっちの方がラクだ」
「ですね。二人で行動するのも効率が悪いですし」
眼鏡の位置を直しながら、窓際の男はあごを引く。
「わかりました。ここはあなたにお任せします」
(まずい。このままではネリアが――)
また危険に晒してしまう。
ルキは咄嗟に正面の男の腕を握った。
「行くなっ! 行かせねぇっ!」
眼鏡の男はもう窓に足を掛けている。
「おっと。あんたは俺の相手だろ? 俺らが探しているものの行方を知っているならさっさと吐け。そしたら、俺があいつを引き止めに行ってやらぁ」
開け放たれた窓から男は飛び降りた。躊躇せず、ルキの制止にも反応しなかった。
「くそっ……」
握る手に力がこもる。視線は窓の外に向けられたまま。
「ここで抵抗していても無駄だぞ。知っている情報を出せばいいんだ。さぁ、化石の海から持ち帰ったものはどこだ? なんならお前を殺して、部屋を漁っても良いんだぜ?」
「……させない」
「ん?」
ルキの口からこぼれた台詞。小さくて初めの声は聞き取りにくい。
「んだよ。喋るならもっとはっきり話せよ」
「――ネリアの元には行かせないっ!」
身体の中を瘴気が巡るのがわかった。ルキの力強い言葉に反応して、握っていた男の腕に白い光の魔法陣が展開した。
「なっ!?」
異変を感じ取ったのだろう。男はルキの腕を振り払い、状態を確認する。
「お前……」
白い石に変わった腕を見て男はルキに視線を向ける。
(ユートさんが知ったら嘆くだろうけど、今回は許してくれと頭を下げよう)
ルキは男から解放されるとすぐに窓際に移動していた。男の視線に気がついて、一度振り向く。
「すぐに治療してもらった方が良いぜ。全身にまでは影響出ないだろうけど、石化症が進行しやすいのは確かだから」
伝えて、ルキは眼鏡の男を追うために窓から外に出る。
窓から出入りしたのはこれが二回目。カリスを部屋に入れるために、窓から近い木に飛び移れることを確認したことがあったのだ。
(とにかく、今はネリアにこの状態を伝えないと)
後ろに続く音はない。男は追ってこなかったようだ。
ルキは最短でたどり着ける道を思い出しながら、月明かりが照らす暗い道を育成科の女子寮を目指してひたすら駆けた。




