表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
解石魔術と石の乙女  作者: 一花
* 0 * プロローグ
2/34

(2)入学式の朝に


「……遅い」


 爪先を鳴らしていた少女はピタリとそれを止めると呟く。見れば彼女の両手は拳になっており、それが細かく震えている。


 どうやら彼女――ネリアは怒っているらしい。


「このままだと遅刻になるじゃない……」


 ぼそぼそと呟かれた口調がトゲトゲしている。整った顔立ちであるのに、眉間にしわが寄りつつあった。


「ったく、女のコを待たせるなんて、なにやってんのよ、あの男はぁっ!」


 真新しい制服に身を包んだ少年少女が次々と彼女の前を通過してゆく。通り過ぎながらチラチラと見ているのは、ネリアが魅力的だからというだけではない。彼女の胸元に輝く宝石に目を奪われているのだ。


 その宝石はアナニプスィ学院付属高校でも、とりわけ優秀だと認められた生徒だけに与えられる勲章だ。学院に通う生徒なら誰もが憧れるだろう人物しか持つことが許されないもので、学院に期待されている特待生であることを示す。そんな代物を、入学試験を上位で通過した実績から、ネリアは新一年生でありながら身につけているのだった。


「ふふっ……ふふふふふ……」


 ただ待っているのにも限界が訪れたらしい。ネリアは顔を伏せると肩を震わせながら、抑えた声で笑い出す。


「……さぁって、今日の第一声はどんな言葉を掛けてやろうかしらねぇ?」


 怒りの炎が目で見えそうなネリアの視界に、寝癖がついたままの髪で走ってくる少年の姿が映る。


「あんのバカ……!」


 ついと通りの真ん中に移動すると、足を肩幅に広げ両手を口の横に添える。そして大きく息を吸うと――叫んだ。


「こぉらぁっ! ルキ! あんた、あたしの婚約者だってこと、自覚してんのっ! こぉんな可愛い女のコを待たせるなんて、男の恥だと思いなさいっ! 反省しなさいっ! 埋め合わせしなさーいっ!」


 校門から響き渡るネリアの怒声。登校途中の生徒はみな、彼女が呼んだ人物を探すためにきょろきょろする。


(げっ……)


 ルキはとっさに回りに合わせてきょろきょろと見回してみる。さりげなく歩を緩めて集団に紛れて姿を隠すのも忘れない。こんなところで目立ちたくはない、その気持ちが瞬時に行動に表れた。


「な、に、し、て、い、る、の、か、な?」


「ひぃっ!」


 しかしそれを見逃してくれるほど、ネリアは優しい女のコではない。


 気が付けば距離は縮まっており、ネリアはルキの顔をぺちんと両手ではさんでいた。目だけが笑っていない飛び切りの笑顔を展開する。


「約束の時間に間に合っていても、女のコより後に来るような男はただでさえ減点対象だってゆーのに、女のコを待たせただけじゃなく遅刻してくるとは良い身分じゃありませんこと? 普通科一年のルキ君?」


「オタクら育成科の特待生と違って、普通科の男子寮は遠いんだよっ!」


「あらぁ、ルキ君? あたしに口答えしちゃうの? 幼い頃にあたしにしたあんなことやこんなことを学校中にばらしちゃうけど、それでも良いってことかしら?」


 みなに聞こえるように大きな声で言うと、暗い気配をまとってネリアはさらにルキに詰め寄る。


(う……面倒なことを言いやがる……)


 ついうっかりいつものノリで返してしまったことをルキは悔やむ。生徒たちの冷たい視線が集まってきていた。


「あの美少女に何をしたんだ? アイツ」


「ってか、普通科の人間が育成科特待生に話掛けられるなんてスゴくない?」


「その前に、さっき婚約者がどうのとか言ってなかったか?」


「くっはー。ウラヤマシー! カノジョじゃなくて婚約者ってっ!?」


「育成科の特待生っていったら、将来安泰じゃん! ずりーなぁっ!」


「つーかさ、あの少年、なんか特技でもあんの? 釣り合わなくねぇ?」


「どーせ普通科じゃ育成科と付き合ってもすぐに別れるって。相手は特待生だろ? 時間の問題」


「ってことは、あれか? オレらにもチャンスはありってか?」


 あちらこちらから届く好奇の視線と勝手な文句。そして茶化して馬鹿にする笑い声。


 ネリアと一緒にいるときはいつでもこんな調子であり、ルキはすでに慣れっこになっているつもりであった。だが、高校からは落ち着いた生活を送りたいと思っていた彼は無視するわけにはいかない。とりあえず出方を窺おうと、ルキは顔を青くしたまま黙る。


「あれれ? 黙っちゃう? 反撃しないの?」


 期待と違う反応に調子を崩したのか、口では挑発しつつもネリアの顔に不安が表れる。


 その自分勝手な態度にイラッときたルキは黙っていられずに答えた。


「――アホらしい。俺に構わずお前は自分の夢を叶えりゃいいだろ? 俺は叶えられねぇんだからよっ」


 言って、ネリアの手を軽くはじく。


「な、何それっ! 育成科に入れなかったのはあんたの実力不足が原因でしょっ?」


 むすっとして反論。


「んなこと、俺が一番わかってるさ! 一々指摘してくんじゃねーよ、特待生サマっ!」


「二言目には特待生サマって、ひがむのも大概にしなさいよね!」


「これではっきりしただろうが! 俺とお前じゃ住む世界が違うんだよ!」


「そういう台詞は上の人間が言うもんでしょっ?」


 キーンコーンカーンコーン……。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ