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解石魔術と石の乙女  作者: 一花
* 3 * 解石師への道
19/34

(19)解石師への道



「ルキっ!」


 学院長室のある最上階に繋がる階段。寮に戻る途中でルキはよく知る人物の声を聞いた。


(何故こんなところで……)


 一瞬無視しようかと思ったが、あとでグチグチ言われることが容易に想像できたので諦める。ルキは立ち止まると声の主と向き合った。


「なんか用か、ネリア」


 育成科の教室群がある方向から歩いて来たのはネリアだった。面白い話を嗅ぎ付けてきたような顔をしてネリアはルキに近づいてくる。


「聞いたわよ。学院長に呼び出されたんだって?」


 担任から直接話を聞いたので、他の生徒にはとりわけ育成科には話が回っていないはず――少なくともルキはそう考えていた。


「……誰から聞いたんだよ?」


 むっとした顔でルキは問う。


「あんたのクラスメート。結構噂になっていたけど、何をしでかしたのよ?」


 からかう気満々であるのが口調からありありとわかる。


(くそ、余計なことしやがって、あの噂好きの連中め……)


 恨み事を言っていても仕方がない。ルキは明日になるまで黙っているつもりであったのをやめて、持っていた封筒から一枚の書類を引き出してネリアの顔につきつける。


「何もしちゃいねーよ。ただ、育成科への転科が決まっただけ。編入扱いらしいんだがな」


 何もしていないのは事実だ。だのに育成科への移動。ルキはいろいろな引っ掛かりを感じながら素っ気なく説明する。


「うそっ」


 驚きと疑いの混じる顔。視線が書類とルキの顔の間を何度も往復する。


「こんな嘘をついても意味ないだろ?」


 やれやれといった気持ちが滲む声で返事をし、書類を封筒にしまう。


 するとネリアの表情が一気に華やいだ。


「やった! 良かったじゃない!」


 そう叫んで、ネリアは勢いよくルキに抱き付いた。


「うわっ! よせっ!」


 初めは書類がくしゃくしゃになるのを心配して拒んだルキであったが、それよりも問題になることに気付く。


(む……胸が当たるんだが……)


 意識してしまうと顔が、全身が火照ってくる。


「何遠慮してんのよっ! 吉報なら抱き合って喜んでも罪にはならないわ」


「そ、そういう話じゃなくてだな――」


 ルキはやっとのことでネリアを引き離すと視線を反らす。


「なによー。嬉しくないの? あたしに抱き付かれて」


「――おまっ……それをここで答えさせるか、普通っ?」


 しどろもどろになりながらのルキの答えに満足したのか、ネリアはにっこり微笑んだだけでそれ以上の追及はしてこなかった。ルキはほっと胸をなでおろす。


「本当におめでとうっ。ようこそ、育成科へ!」


「あぁ」


(――本当に歓迎されているならいいんだがな……)


 待遇には不満のないルキであったが、漠然とした不安が胸の奥でくすぶっていた。


「――どうかしたの? ただでさえ冴えない顔してんだから、もうちょっとはしゃいだらどうなのよ?」


 ぐっとネリアに詰め寄られ、ルキは戸惑う。不確かなことで心配掛けさせるわけにはいかない――そんな気持ちのまま口を開く。


「まだ実感が湧かないんだよ。そう――そういうことなんだ」


 とりあえず口から出任せで言ってみる。それだけで気持ちがごまかせたように思えた。


「なら、実感が湧くようにあたしの胸に飛び込んでいらっしゃい! 特別に許すわっ!」


 ネリアはぱっと腕を広げて構える。手首を動かしておいでおいでと招きながら。


「あ、いやぁ、そういう問題じゃあ……」


 その上、許す許さないの問題とも違うようにルキには思えたが、指摘してしまうと後々面倒になりそうなので胸の奥にしまっておく。


「――わかった。気持ちだけはありがたく受け取っておこう」


「なによぉっ! あたしとあんたの中なんだから、遠慮することないのに」


「どんな仲だよっ!」


 ルキは直視に耐えかねて片手で顔を押さえる。手のひらに伝わる熱。


(何やってんだかな、俺……)


「コホンッ――んじゃ、俺はこのあと荷物をまとめなきゃならないんで。またな」


 逃げるわけではないが早くこの場を去るのが賢明であると判断し、ルキは片手を挙げて別れを告げる。


「あ、転科するから引っ越すんだ?」


 階段を降りていくルキの背中にネリアが確認する。


「そう。つまり忙しいわけだ」


 ひらひらと手を振りつつ、問いに答える。


「手伝いに行くから、そのときは呼んでね!」


 どんどん降りていくルキに、ネリアは手すりから身を乗り出して言う。


(――あ)


 手伝いに行く、その台詞にルキはカリスのことを思い出した。歩みを止め、ルキは振り返る。学院長室のある最上階に繋がる階段付近に用事のある生徒なんて滅多にいるものでもなく、幸い周囲に人の姿はない。


「ネリア」


「ん? 何?」


 そのまま立ち去るものと思っていたのだろう。ネリアはきょとんとした顔で返してきた。


(う……言いにくい……)


 しかし躊躇している場合ではない。ルキは思い切って問うことにする。


「まだ俺のところにカリスがいるんだが――」


「はぁっ!?」


 文句言いたげな、明らかに驚いている表情で、ネリアは階段を駆け下りてきた。そしてそのままついと顔を寄せる。段差が良い感じに身長の差を埋める。


「俺のところにカリスがいるって――ちょっ、一体全体どうしてそういうことになってんのよっ!? 適当な教授に預けたんじゃなかったのっ!?」


 感情的な、納得しかねるといった口調で捲くし立てるように告げるネリアの顔が間近すぎて、どうにもルキは直視できない。


「それがどうにもうまく説得できなくってだな……離れてくれないと言うか、なんつーか……」


 ごにょごにょと言葉を濁し、それとなくネリアの顔から視線を外す。


「不潔っ! 信じられないっ! あたしという婚約者がいながら、そんなことを――ッ!」


「ま、待てっ! ただ部屋に匿っているだけだっ! 変な言い方するなっ!」


 好からぬことを言いだしそうだったので、ルキは慌ててネリアの口をふさぐ。彼女は涙を睫毛に乗せ、恨めしそうに見つめてくる。


「と、とにかく落ち着いて聞いてくれ」


「んぐぐごごがごぢづげでっ――」


 口を塞がれたまま、ネリアは懸命に喋る。そんなネリアをルキはじっとを見つめた。


「俺を退学に追い込みたいなら好きなだけ騒げ。だが、その前に話を聞いてほしいんだ。頼む」


 真っ直ぐに見つめ、ただ答えを待つ。


(これで聞く耳を持ってくれなかったら、所詮俺はその程度にしか思われていないってことだが――)


 見つめ返されるネリアの瞳。かすかに揺れて、そしてこくっとあごを引いた。


(大丈夫、か)


 ルキは手をそっと外してやる。ネリアはいつもよりも大きく呼吸をした。


「……わかったわよ。退学なんて――させないから」


 少しだけ膨れて、ネリアは上目遣いにそう答えた。


「感謝するよ」


 ふぅ、と小さくため息。これはほっとしたときに出る方のため息だ。


「――で、どうするつもりよ? キャッキャウフフの生活にようやく後ろめたさが出て、あたしに助けを求めてきたわけじゃないんでしょ?」


 声は潜めて、ネリアは苛立ちが感じられる口調で問い掛けてきた。


(なんか根に持っていやがるな……)


 ため息をつきそうになるのをぐっと堪えて、ルキは話を続ける。これでやっと本題に入れそうだ。


「まぁそうだ。――できるなら、納得できる相手に彼女を託したい。俺らが信用している相手なら、カリスもおとなしく部屋から出て行ってくれると思うんだ」


「うん。なるほど。一理あるわね」


 こくっと頷き、ネリアはルキを見つめる。


「そういうわけで、俺は託すならユートさんが一番適任だと思うんだよ。この学校で教授をやっているわけだし、研究室もある。そこで保護してもらうのが俺らにとっても安心だと思うんだが、どうだ?」


「そうね。確かにユートさんなら安心できるわ」


 うんうんと力強くネリアは頷く。その様子を見て、ルキはほっと胸を撫で下ろした。


「そのユートさんはまだ各地を転々としていて学校には戻ってきていないらしい。――俺としてはユートさんが学校に戻るまでカリスをお前んところに引き取ってもらいたいんだが、どうだ? 確かお前、一人部屋だろ?」


 ルキの提案に、ネリアは自分の腰に手を当てて胸を張った。


「んんっ、そういうこと? だったら仕方がないわね。あんたのところにいるんじゃ、カリスちゃんも安らげないだろうし。任せなさい!」


 得意満面の笑み。やる気満々のようで実に頼もしい。


「あぁ、是非とも頼む。――ついでといっちゃなんだが、カリスに服を貸してやってはくれないか? あの服一着しかなくって、部屋を移動するにもちょうど良いものがないんだ。あの格好じゃ目立ちすぎるだろ? 浮くというか」


 カリスの服は肌の露出の多い衣裳だ。化石の海から帰ってくるときは課外授業用の外套を被せてやったが、用もないのにその外套を使うのもいささか目立ってしまう。できるなら普通の服に着替えさせるべきだろう、そうルキは考えていた。


「む……しょうがないわね……それなら、あたしの部屋に寄っていってよ。あんたの男子寮に行ってから戻ると遠回りだし」


 あまり気が乗らないようだが、ネリアはそう提案してきた。ルキはすぐに頷いて返す。


「あぁ、了解。助かるよ」


「んじゃ、ちょっと待ってて。帰りの荷物、持ってくるから」


 ネリアはそう告げると、教室に向けて駆けて行った。


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