(16)解石師への道
カリスとの同居生活が始まってから早七日。先生に引き渡すかネリアに押し付けるかのどちらかをするつもりだったのに、ルキはずるずると同居の日々を送っていた。あれからネリアの身が危うくなるようなことはなく、実に平穏で平和だ。
そしてそれはあの裏庭での出来事に進展がないことも示していた。書類などが先生たちの間に回ったことは始業連絡で担当教員が話していたことからもわかったが、犯人が特定されて処分されたという話は届いていない。
まだ、危険を孕んだままなのだ。
放課後の最上階。
(うーん……)
始業連絡にてルキは学院長室に呼び出されたことを知らされた。クラスメートから反感を持たれていることなら実感しているルキであったが、学院長に名指しされるほどの事件を起こしたつもりは毛頭ない。
(何かしたかなぁ、俺……)
不安な気持ちを抱えながら、ルキは学院長室に続く長い廊下を歩く。
やがて学院長室の扉の前に着き、ルキは身なりを確認したあとで深呼吸をした。
(――よし)
扉を叩く。
トントン。
「どうぞ」
凛と響く女性の声。始業式を長引かせた原因であるだけに、その声の主を忘れはしない。
「失礼します」
ルキはゆっくりと扉を開けて入室する。
(なんか他の部屋と違う香りがする……)
学院長の化粧の匂いなのかそれとも香でも焚いているのか、どことなく甘い香りが漂っている。それが普段とは違うので、ルキは必要以上に緊張した。
「えっと……普通科一年のルキです」
言って、とりあえず頭を下げる。部屋の奥にある机の向こうに学院長シエルが腰を下ろしており、他に人はいなかった。
「ようこそ、ルキ君。直接会えて良かったわ。急に呼び出したりしてごめんなさいね」
扉の向こうで聞いたのとは異なる柔らかな声。
「……あの……俺、何か罰を受けなきゃならないことでもしたのでしょうか?」
予想に反したシエルの態度に、ルキはオズオズと問う。
「あら、何か思い当たることでもあるのかしら?」
クスクスと笑いながらシエルは問いを返す。どちらかというと穏やかで柔らかなこの雰囲気は、少なくとも雷を落とそうという感じではない。
「いえ……」
ではどうして呼ばれたのだろうか。ルキは怪訝な顔をする。
「――君はどうも物事を悲観して考えてしまう性格のようね。この部屋では良い報せを伝えることの方が多いのよ?」
(良い報せ、だと?)
明るくシエルが言うものの、ルキにはぴんとこない。首をかしげながらじっと見つめる。
「えっと……つまり、どのような用件で呼ばれたのでしょうか?」
「ふふふ。まだわからない?」
困惑しているルキの様子を見てひとしきり楽しんだシエルは腰を上げる。机の上に置かれた書類を手に取ると、ルキの前に立って差し出した。
(ん……?)
書類の表紙に書かれた文字を視線でなぞる。
(――推薦状、だって?)
読み上げるとルキはがばっと顔を上げてシエルを見る。にこやかなシエルの顔が視界に入った。
「もっと喜びなさいな。ある教授が君を是非とも育成科にと推薦したのよ?」
「推薦? ……俺を?」
全く状況が飲み込めない。目をパチクリさせてただシエルを見つめ返す。
「そう」
大きく頷いて答えるシエルを前にしても、ルキは実感がわかない。
(――どういうことだ?)
まずは冷静に考えてみようと小さく深呼吸をする。
「――その……推薦して下さった教授って、ユート教授ですか?」
そんなことを考えそうな人物はユートくらいだ――そう思ったルキは彼の名を出す。
ルキが尊敬する解石師であるユートは、この学校で教授を務めている。講演会などで飛び回っていてこの学校にはほとんどいないが、ルキが知っていて親しくしている教授は彼くらいしか思い浮かばない。
しかし、シエルは笑ったまま首を横に振る。
「あら、ユート君はそんな依怙贔屓はしないわよ。ましてや、命と向き合う仕事である解石師には絶対にしないと思うわ。鍛え上げるくらいはするでしょうけど」
昔馴染みの友人であるかのように親しげな口調と台詞。
(――言われてみればそうだな)
怪我人と病人には優しくしなさい――ユートが何度も繰り返した台詞をルキは思い出す。
実際、ルキたちが解石師になりたいと訴えたときには「まずは勉強だな」と言って、彼の持つ知識を事細かに教えた。それがどれだけ専門的で、教え子にとって難しいものだったとしても。
「――じゃあ、どこの教授が?」
「そんな野暮なことを聞く? 誰だっていいじゃないの」
「まぁ、そうですが……」
しかし、入学してから一ヶ月も満たずに育成科への編入となるのは奇妙に映る。ルキはその違和感が拭えず、素直に喜べない。
(あれだけ育成科に行くことを熱望していたというのに、変な感じだな……)
「それに、編入するには推薦状だけじゃ足りなくて、役員の承諾も必要なの。役員の過半数が納得しなければ、どんなに偉い教授の推薦があっても却下される仕組みよ。――つまり、君は正式に認められたってわけ」
そう補足されるが、ルキはまだ疑いを持っていた。思い切って訊ねてみる。




