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解石魔術と石の乙女  作者: 一花
* 2 * 恋文は不幸を招く
13/34

(13)恋文は不幸を招く

「――ところで、なんでルキがここに?」


 ニコニコしながら首をかしげるネリア。でもそれが無理して作っているものだとルキにはわかる。


(ったく……)


 気付いていても、それを指摘するのは粋じゃない。ルキは素知らぬ振りをして続ける。


「手紙もらって、裏庭に行ったって噂になっていたからな」


「噂? ……ひょっとして、ルキ、妬いてくれたの?」


 だんだんといつものネリアらしさを取り戻していく。


「いーや。ネリアの説教を喰らうやつが不憫だと思ったから、それを止めにね」


 照れ隠しでもなんでもない台詞。ルキが正直に答えると、ネリアは眉を寄せた。


「なにそれ。あたし、説教なんてしないわよ? このあたしに声を掛けるのに、手紙で呼び出すなんて回りくどいことしないで、男らしく正々堂々と真っ正面から向かって来いって言ってやろうと思っただけなんだから」


「――ん? じゃあ、誰がここに呼び出したのか知っているのか?」


 男らしく、と口にしたネリアに、ルキは疑問を述べる。


「え? 書いてなかったわよ?」


 きょとんとしてネリアは答える。


「じゃあ、なんで相手が男だと思うんだ?」


「そりゃ簡単よ! あたしに手紙を押し付けてくるような不届き者は男だと決まっているからよ!」


 きっぱりはっきりとネリアは胸を張って言い切る。


(あぁ、やっぱりな)


 ルキは頭を抱えた。どうせそんなところだろうと予期していた彼であったが、こうも自信満々に言う彼女を前にすると頭痛を感じずにはいられない。


「いつ、どこで、それが法則として確立したんだ?」


 ため息混じりに問うと、ネリアは人差し指を立てて横に振る。


「古今東西世の中はね、手紙で呼び出す相手は異性だと決まっているのよ! その他に何があるっていうの?」


(うーん……果たし状だと直感した俺は少数派か?)


 よくよく考えてみると、手紙の内容を他の生徒が知っているはずもないのだが、それなのにすれ違う人たちは一様にそれが恋文だと決め付けているふうだった。


(――周りから恒常的に恨まれていると思い込んでいるってことか……)


「んん? どうしたのよ、ルキ。暗い顔をしちゃってさ。反論、異論はないの?」


 ネリアは手を腰に当てて、うつむき加減のルキの顔を覗き込む。


「受け付けるつもりがないのによく言うよ」


 そしてため息。


(ま、元気を取り戻したならそれでいっか)


 ほっとして、ルキは視線を網に向ける。四隅とその間に巨大な重りがくっついている。閉じ込められても厄介だが、その重りにぶつかっていたら――そう想像して、ルキはぞっとした。


(とにかく、無事でよかったな……)


「――に、してもよ。あたしみたいな美少女に向かって対大型獣捕獲用投網を投げてくるだなんて失礼しちゃうわよっ!」


 普段の迫力は半減しているものの、むっとした口調でネリアは文句をつける。


「対大型獣捕獲用投網?」


 聞き慣れない単語をルキは繰り返す。


「あれのことよ」


 そんなルキに、ネリアは視線で落下して放置している網を目で示す。


「解石によって目覚めた動物が暴れたときに使用するものよ。生態がわかっていないものはとりわけ警戒しなきゃいけないから、大型の動物には決まって使うことになってるの。この前授業で見せてもらったわ」


「なるほど。つまりここに呼び出した相手は、お前を獰猛な獣とみなしたわけだ」


 本気で言っている訳ではない。気落ちしているように見えるネリアに発破をかけるつもりで告げた台詞だ。


「くぅっ! ますます失礼なヤツねっ! こんなか弱くて可憐な美少女を猛獣扱いするだなんてっ! どこをどう見ても庇護したくなる小動物でしょうがっ!」


「まぁ、猛獣扱いしたかどうかは相手に問い質してみるまではわからんが――お前、何か恨まれるようなことしたのか?」


 食ってかかるようなキレと勢いはないものの、想定された範囲の返事が聞けて安心したルキは、その流れに任せてようやく一番訊きたかった質問を投げる。


 ネリアはぷくっと膨れた。


「あいにくルキと違って思い当たる節はないわよ」


「あぁ、そうでございますか」


 ルキは引きつりそうになる笑顔を必死に堪える。


(俺にはあると決め付けている辺りがすごいな……そしてそれはあながち間違いではないという事実とか)


「……あれ?」


 何かに気付いたらしい。ネリアは落下してきた網に引き寄せられるように近付き、顔を寄せてじろじろと見始めた。


「おい、ネリア。まだ何かあるかもしれないんだから無闇に近付くなよ」


「あ、うん。そのときはそのときで助けてくれりゃいいのよ」


「お前なぁ……」


「――そんなことよりも、何か妙だと思わない?」


「何がだ?」


 ルキもネリアの隣に並ぶ。彼女は丈夫な投網を引っ張って、その隅々を眺めて首を捻った。


「管理票が見当たらないのよ」


「管理票?」


 今度はルキが首を捻る番だ。言っている意味が通じていないルキに、ネリアは説明を続ける。


「こういう大型の道具は厳重に管理されているのよ。持ち出しが簡単にできないようにね。今日みたいに、人に対して使ったら危険なものなんていくらでもあるんだもの」


 言いながら、ネリアは恐怖を思い出したらしく身体をわずかに震わせた。


「なるほどな。確かにちゃんと管理されていないと困る」


 地面が凹んでいるのを見て、ルキは改めてその危険性を意識した。


(誰かが意図的に持ち出した、か。こんなことをするために、わざわざ……)


 何故ネリアが狙われているのかは、これだけではわからない。しかし、ネリアを害そうとしたことははっきりしていると言えるだろう。こんな危険なものを持ち出すのも、さらに使用するのもどう考えても目立つ。それなりの覚悟を持ってでないと、こんな大型の網を使用しようとは考え付くまい。


「だから管理票が付いていれば、貸借名簿から犯人を特定できるんじゃないかと思ったんだけど……これじゃあ無理ね」


「む……それは残念だな」


 恐慌状態に陥ってしまうかと思ったが、意外と彼女は冷静だ。解石師になるための適性試験には緊急時の対処の項目があるが、この様子だと余裕で通過したのだろうなとルキは想像する。解石によって蘇った生物がどんな性質を持つものか知れないことも多いため、何事に対しても常に冷静さが求められるのだ。


(さすがは特待生、か……)


「しょうがない。このことは先生に伝えておきましょ。また同じようなことが起こったら嫌だし」


「そうだな」


 ルキが同意すると、ネリアは歩き出す。数歩進んだところで足音を大きくし、彼女は振り向いた。


「何してんのよ。先生のところに行くわよ」


「ん?」


 なんでそこで立ち止まったのか理解できなくて、ルキが不思議そうに返すとネリアはめいっぱい頬を膨らませて怒鳴った。


「ついてきなさいよ! あんたも目撃者なんだからねっ!」


「へいへい」


 ルキは頷いてネリアのあとに続く。


(俺のところにも手紙が来ていたことは黙っておくか。心配させたくないし、巻き込むわけにも行かないからな)


 はぁっとため息をついて、彼女の隣に並ぶ。なんとなく微笑みかけると、ネリアはむすっとしたままぷいっと横を向いてしまった。


(ま、いつも通りに振る舞っている分には良いことだ)


 二人は職員室を目指し、歩幅をそろえたのだった。

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